魔力の練習 手の甲
少しずつ、魔力をナディアに送って慣れてもらう。それは必要なことではあるけど、もちろんヴァイオレットとしてとても楽しいことでもある。ただでさえ可愛いナディアが、ヴァイオレットのちょっとした魔力一つで可愛い声をあげるとか、考えるだけでにやける。
そう思っているのはナディアもわかっているだろうけど、かと言ってあまりに下心丸出しと言うのも格好悪いと言うか、年上として余裕ある態度をポーズだけでも誇示したいところだ。
なので翌日、何でもないように朝、いつものように好き好き言いながら朝食をとったら普通に仕事をして、一日自室での作業だったのでお昼もあーんこそなしだけど見つめあいながらゆっくり食べ、そしてまた仕事をしてから夕食を、もちろん遠慮なくあーんしあってお互いの手で膝なり肩なりちょくちょくふれあいながら食べ、そして一息ついてから、じゃあ今日もちょっとだけ魔力送ってみようか、と平静を装ってごく普通なことのように提案してみた。
「え、あ、は、はい……結構、急、ですね」
「そうかな? 昨日少しずつならそうって言ったし」
「そうですけど、お風呂入った後かな、と何となく思ってました。だって、なんか、その、あ、汗とかかいてますし」
いや汗全然関係ない。関係ないのにめちゃ恥じらって、身をよじるように両手を組むように両肘をかかえてるの可愛い。ちょっと胸が強調されているのもエロティックでいい。むしろわざとなのでは?
その反応ですでににやけてしまいそうだが、しかしこの時点で下心を察せられては、ナディアもまた余計に恥ずかしくなってしまうだろう。必要なことでもあるのだ。
ヴァイオレットは殊更穏やかな表情を意識して、そっとナディアの肩をぽんと叩いて顔をあげさせる。
「大丈夫だよ。手なんだし、それに、ナディアは汗をかいていようとなんだろうと、ナディアは全部、いつでも綺麗だよ」
「マスタぁ、もう、そんなこと言われても、でも、やっぱり、お風呂の後じゃ駄目ですか? その方がゆっくりできますし」
「うーん、あのね、ナディア。昨日も言ったけど、ナディアは元々可愛いのにお風呂にはいるともっと可愛くて、魅力的になりすぎてしまうんだよ。それにお風呂に入った後も会うと際限なくずっと一緒に居たくなってしまって、ついつい夜遅くになってしまうかもしれないでしょ? だからお風呂入らないと、って言う時間制限があるくらいがちょうどいいと思うんだけど、どうかな?」
若干早口での説明になってしまったが、それだけ真剣なのだと理解していただきたい。ヴァイオレットはナディアに紳士的でいたいのだ。狼にはなりたくない。それに性欲は我慢したって、一緒に居たいと言う思いまではなくせないので、寝不足になってしまうのが想像に難くない。
「う、そう言われると確かに、昨日も引き留めちゃいましたし……迷惑ですよね?」
「もちろん迷惑なんかじゃないよ。だから困ってしまうこともあるって、ナディアもそこはわかってくれるよね?」
「はい……マスターが寝不足になって、お仕事できなかったり、体調を崩されるのは嫌です」
「ありがとう。まぁ、今日は少し改まったけど、なれてきたらもうちょっと気軽に、夕食中に送ったりとかってなるかもしれないし、あくまで今日は今どうかなって提案だよ」
「き、気軽に……」
ナディアは何を想像したのか、真っ赤になって俯いてしまった。今のは全然他意はなかったのだけど、言って魔力は食料でもあるのだから、慣れて手からなら普通の食事感覚になったらそれもありかな、くらいの意味なのだけど。
全然違う意味で受け取られている気がするし、おそらくその予想は合っているだろう。だろうけど、どう訂正するべきか。魔力そのものへの感覚が異なっているとは理解しても、ナディアがどう受け取るかをすべての場合で完璧に把握するのは難しすぎる。
「あの、気軽と言うのは、その」
「わ、わかってます、大丈夫です」
「え、本当に?」
「はい、完璧に理解してます。大丈夫です」
とりあえず赤みが多少引いたからか顔をあげたナディアが真顔でそう頷いたけれど、すごい、全然大丈夫じゃなさそう。でもつっこめない。
「うん、じゃあ、いいかな?」
「は、はい。お願いします……!」
とても気合の入った返事だ。非常によろしい。でも大真面目な顔で緊張気味に若干震えながら手をだされると、悪いけどちょっと笑ってしまう。でももちろん可愛いので、いい意味でだけど。
くすくす笑いで誤魔化しながら、そっと左手でナディアの右手をとる。
「うん、大好きだよ、ナディア」
「はいっ、私もですっ」
見つめあって微笑んで、ナディアの手から力が抜けたところで、そっと手の甲に唇をおとす。
少しだけ、口の端から涎がもれでたくらいの少量、魔力をたらす。
「ん……? あれ、これだけですか?」
「少しずつ、だから。最初は特に少なくしたけど、物足りない?」
「……なんか、マスター、顔がいやらしいです」
「……」
はい、正直に言って、物足りない? と言う聞き方はちょっとナディアにあえて言ってほしいなと思って言いました。見たら大丈夫なのはわかりました。
下心を見透かされたヴァイオレットはそっと右手で、キスしたところを撫でて感覚をリセットしてから、黙ったままもう一度キスをする。
「……」
ナディアが黙ったまま受け入れてくれたので、ゆっくりとさっきよりは多く、蝋燭の火を消すように息をふきかける程度に魔力を送ってみる。ナディアはぴくりと、一瞬だけ指先が動いたのが手の甲の筋に伝わってきたのを唇で感じる。
「んっ……」
「さっきよりはきた? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「どういう感覚?」
「……わかってて聞いてません?」
「いや、まぁ、気持ちいいくらいだといいなと思ってしてるけど、でも本当にそうなのか、少しも違和感とかないのか、ちゃんと言ってもらえないとわからないし」
ここはちゃんと細かく聞かないといけない。もちろん下心は依然としてあるけれど、痛気持ちいいとかならこの状態でならしていってもいいし、全然まだいけそうならもう少し強くしていかないといけない。
さっきのはわかった上で言わせようとしたけど、これはちゃんと言ってもらわないとわからない。
「……」
答えるナディアの表情を一瞬も見逃したくないのでじっと見つめて待つ。
ナディアは唇をむにむにさせて、少しあけて言いよどんで、また一度閉じて唇を尖らせてむうとヴァイオレットを睨むようになる。赤らんだままなのもあって、半泣きでぐずっている子供みたいだ。
よしよしと頭を撫でてあげたくなる可愛い顔をしている。この顔を自分がさせているのかと思うと、それはそれで興奮するなぁ、とヴァイオレットがにやけそうなのを我慢していると、ようやくナディアは口を開く。
「き、きもちいい、です。マスターの魔力が、暖かくて、手の中を優しく撫でられているみたいで、ちょっとくすぐったい感じですけど、痛みとかじゃなくて、全体的に気持ちいいって感じです」
気持ちいいのか。聞くだけだと、そんな性的快感っぽい感じでもないのだから、そこまで恥ずかしがる必要があるのかわからないけど、単純に触って人肌で撫でられている気持ちよさでも、頭を撫でられるのと太ももを撫でられているのと気持ちが変わってくるくらいのものなのだろうか。
とりあえず可愛すぎるけど、魔力自体は問題ないようなので真面目な雰囲気をキープしたまま続ける。
「そっか。じゃあ、もう少し強くしてみるね? 痛いの前くらいで慣れていった方がいいと思うし」
「は、はい。お願いします」
「少しずつ強くしてみるから、痛かったらとめてね」
「はい」
唇をよせる。強くしていくと言うことでまた緊張したみたいで、ナディアは指先を閉じた。それが可愛くて、位置を変えて人差し指の半ばに普通にキスをしてみる。
「ん、マスター、やっぱり指が好きなんじゃないですか?」
「ナディアなら、どこだって好きだよ」
「ふふ……もう、お風呂、そろそろ沸いちゃいますよ」
「ん、そだね。とりあえず基準だけ確認して、今日は終わろうか」
「もちろん、駄目です」
「え?」
「だって、まだ私がキスしてませんから」
視線だけ見上げると、ナディアはにこりと微笑んでいた。ぞくり、とした。昨日程度、ナディアに魔力を送られたところで普通にマッサージくらいの気持ちよさだ。恥ずかしくもなんともない。
だけどナディアがヴァイオレットをキスで気持ちよくさせようとして、にっと意地悪気に微笑んでいるのだと思うと、妙にぞくぞくしてしまう。
「そ、そっか。じゃあ、順番に」
「はい」
ヴァイオレットは両方の意味でぞくぞくしながら、魔力を送って、ぴくぴく反応したり時々声をだしたり、気持ちいいですっと少し震える声の艶を楽しんだ。
そしてちょっと痛いまではいかないけど違和感、と言われたところでしばらく続けてから、ヴァイオレットの番は終わった。
「ふぅ。じゃあ、私の番ですね」
「うん、お手柔らかに」
「えー、どうしましょう、ふふ。マスター、意地悪ですしー」
「えー、酷いなぁ。私なりの愛だよ、愛」
「え、その言い方はちょっとずるくないですか? だったら私が、マスターに魔力おくって泣かせたいのも愛ですからねっ」
泣かせるつもりだったらしい。さすがにちょっと引くって言うか、ナディアは加虐趣味でもあるのか。先ほど涙目のナディアに興奮していたヴァイオレットなので、否定はできないけれど、そんな大っぴらに言われると反応に困る。
ジト目になるヴァイオレットに、ナディアははっと口を半開きにしてから、ぐい、とヴァイオレットの手を有無を言わさず掴んだ。
「い、今のは言葉の綾です。魔力をつかうことがないので、マスターみたいに細かい調整ができないので、もしそうなったとしても、っていう、そういう事ですからね!」
「う、うん。お手柔らかに頼むよ、ほんとに」
「だ、大丈夫です。行きますね」
「うん」
ナディアの唇が当たる。その柔らかさに単純な心地よさとときめきを覚えてすぐに、ピリピリしたものが突き刺さるような、ちくちくしたものが押し付けられたようなむず痒い痛みが走る。
「ナディア、少し痛いよ」
「え、そんなにですか?」
「それほどではないけど、何というか、昨日は中に入ってこなかったんだけど、今日は無理やり押し込もうとされている感じで、でも中には入ってきていないから、ただ強いって言うか。熱は感じるけど」
「うーん。マスター、中に入らないから気持ちよくないんですかねぇ? それって、えーっと、なんでしたっけ? なんとかムンク、みたいなやつだからですか?」
ムンク? あ、ホムンクルスか。そこを覚えているのか。その可能性もあるが、そもそも魔力摂取でないエルフ以外は皮膚から魔力が入る必要がないのでエルフ以外はみんなこうであると言う可能性もある。
「今、結構強くやった?」
「はい、とにかく入れようと思ってしました」
「魔力イメージの問題かな? ちょっと調べてみるよ」
魔力は簡単に形、性質が変化する。それを利用して魔法陣等で変換して魔法にするのだが、単純な魔力操作になるとそれ以前になるので、体から出す時は特にイメージが大事になってくる。魔法をあまり使わないナディアにはなじみがないのかも知れない。
しかしそもそも吸収できないなら仕方がない。すこし調べて見ないとわからないだろう。
ヴァイオレットの返答に、ナディアは瞳を輝かせる。
「本当ですか? 嬉しいです。私、マスターに魔力をいっぱい流し込みたいです」
可愛いけど、あれ、何だかちょっと物騒なことを言われているような? いやいや、そんなことはない。魔力は愛情表現だから、愛情深いナディアはそう言う発想になるだけだ。たぶん。おそらく。
「そ、そう。まぁ、期待せずに待っててよ」
この日はお風呂に入っておわった。こうして、魔力を送ることを習慣化する第一歩が始まった。




