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ナディアの魔力

 ナディアがヴァイオレットの手に口づける。それだけでくすぐったくも嬉しい気持ちになるけど、それと同時に暖かい何かに撫でられるような感覚を感じた。


「ん?」


 暖かい何かがヴァイオレットの手を包み込んでいく。まるでぬるま湯の中で素人からハンドマッサージを受けているような、気持ちいいけどちょっとくすぐったい、と言う感じだ。

 一瞬首を傾げたが、じっと上目遣いで見つめてくるナディアの目元の笑みですぐに気が付く。ナディアもまた意図的に魔力を送り込んでいるのだ。ようは仕返しだ。


 だけどこれは種族特性のせいなのだろう。残念ながら、めちゃくちゃ気持ちよくて声がでちゃう、なんてことはない。

 と考えながら自分で恥ずかしくなってくる。さっき自分はナディアを気持ちよくしてわざと声を出させたのだ。セクハラして喜んでた自分が恥ずかしい。


「ふふ、どうですか? マスター? 気持ちいいですか?」


 思わず顔があつくなってしまったヴァイオレットに、ナディアがにやりとしながら口を離してそう聞いてくる。


「うん。気持ちいいよ。確かにお風呂に似てるね。くすぐったいけど」

「? あれ、なんかこう、思ってたより反応薄いですね。それにくすぐったいですか?」

「うん。こう、ずっと手を撫でられているような感じ」

「えー? あれ? 中に全然入ってません?」

「そうだね。中ではない。たぶん皮膚からそんな吸収できるのってエルフだけなんじゃない?」

「えー……えぇー……なんかずるいです」


 ナディアは不満そうに唇を尖らせながら手を下ろした。

 気持ちいいことは気持ちよかったのだけど、思った反応ではなかったからか非常に不服そうでやめてしまった。残念、と思いながらはっとする。


「と言うかナディア、魔力送って大丈夫だったの? エルフは魔法とか基本的に使わないんでしょ?」

「え、ああ。全然。だって今マスターからもらった魔力がまだ手にあるくらいですし。これを消化するころには多くなりすぎてしまうくらいですよ」

「消化? 魔力を消化って概念があるの?」

「え? そう言われたら困りますけど。うーん? 消化って言いますけど、まぁ、自分の魔力として取り込むのに時間がかかるってことです」


 面白いなぁ、と思ってからヴァイオレットはいかんいかんと頭を振る。ついつい学術的興味が出てきてしまいがちだけど、恋人をそう言った好奇心な目で見るのはいけない。近い距離だけに遠慮なく質問してしまいそうだ。

 先日のデリケートすぎる問題は、はっきりさせない方が後々大問題になるので聞いたけれど、こう言った生態系的なことは知らずとも問題ないのだから、下手に質問しない方がいい。


「どうしました? マスター?」

「ううん、なんでもないよ。じゃあ、とりあえず今は魔力の状態はちょうどいいってことでいいのかな?」

「そうですね、お腹いっぱいなくらいです、多分。手の感覚でって言うのは慣れないのであれですけど」

「そっか。よかった」

「はいっ。……あ、でもよくないです。私ばっかり変な声でて、はずかしいめられました」


 ちょっと噛んでるけど気づいてないのか、半目で不満を伝えてくる。辱められました、か。ナディアの口からきくといかがわしく感じられる。がそもそも割といかがわしいことをしている。


「可愛かったよ」

「ううんん。か、可愛いって、もう。そういう風に言われたら、許したくなっちゃいますぅ」


 ちょっと甘ったれた感じに語尾を伸ばすとこ、本当に可愛い。元々外見は幼げだけど、有能で大人びて見える時もあるナディアなので、照れたりして甘えたように外見年齢相応どころか以下くらいになるの、本当に可愛い。こっちもうんうん、そうだねぇと何でも受け入れる祖母くらいの感覚になってしまいそうだ。


「でも本音だから。許してくれたら嬉しいな」

「んー、もう、マスターってほんと、優しくて頼もしくて王子様みたいで格好いいのに、意地悪で可愛いってほんと、ずるいですねぇ……ふふ、許してあげます」

「ありがとう、ナディア。ナディアもうっとりするほど綺麗で見とれてしまう高嶺の花そのもののお姫様なのに、気さくで健気でとっても可愛いお嬢様で、どんなナディアも愛おしくて大好きだよ」

「うーん、もー、マスターってばぁ、好きっ」

「私も好きっ」

「うふふ」

「あはは」

「……」

「……」


 照れ笑いでお互いに誤魔化してから、自然と黙って見つめあう。にやけてしまうのが抑えられない。ナディアは頬を染めて見とれてしまう微笑みでじっと見つめてくるのだ。目をそらせるはずもないし、その必要もない。

 見つめあっていると、段々と握り合っていた手の力がお互いに強くなる。美しい瞳に見とれていると、徐々に淡い光が強くなってきた気がする。


「マスター……今日、ありがとうございます。最高のデートです」

「ありがとう。そう言ってもらえると、準備した甲斐があるよ。と言っても、結構急ごしらえだったけどね。思い出に残ってもらえたなら嬉しいよ」

「思い出になんて、そんなの、残らないはずないじゃないですか。あんなに素敵な劇を見て、手に初めてキスをしてもらって、ずっと手を繋いで、ずっと一緒に居て、初めてマスターに直接魔力をもらいました。こんなに初めてだらけのデート、忘れられるわけないじゃないですか。きっとずっと先まで覚えています」

「ナディア……うん、よかった。私も忘れないよ」


 いつか、どれも当たり前になるんだろう。劇を見ることも、手を繋ぐことも、魔力も。傍にいるのが当たり前で、デートとして特別じゃなくて、何度もデートして、もうデートなのかただの外出なのかわからなくなるかもしれない。全く同じデートをしても記憶に残らなくなるかもしれない。

 だけどそれでも初めてはいつだって特別だ。今日と言う一日、したこと、思ったこと全部が全部、特別な思い出として残る。

 ああ、それは、なんて幸せなことだろう。


「っと、そろそろお風呂できるね。入ろうか」

「え、一緒にですか?」

「えっ……いや、別々で」


 もう体が違うことも言っているので、隠すことはない。ないので少し心が動いたのだが、しかし一緒に入るってそれはもう背中を流すだけよりハードルが高い。

 と言うかそんな状態でおかしな気にならないほうがどうかしているだろう。ましてこの流れで入ったら。苦渋の思いで否定する。


「そうですか。ちょっとびっくりしました。えへへ、じゃあマスター、お先にどうぞ」

「んー、そうだね。じゃあそうさせてもらうよ」


 ここで譲り合ってもしょうがない。名残惜しいけど手を離して、入浴した。









 昨日今日と充実した休日を過ごした。なので当然明日は仕事だ。

 だけど今日があんまり幸せで盛りだくさんだったので、何だかぼーっとしてしまう。二人の時はそれなりに気分も盛り上がり浮ついてテンションも高いが、落ち着くと色々と詳細に思い出してしまって、あー、やってしまったなーと思ってしまう。

 別に悪い結果ではなくて、ナディアと笑顔で終わったわけだけど、もっとこうしていればああしていれば。と言った風に考えてしまうのは常に試行錯誤をする研究者としての職業病なのかもしれない。


「はぁ……」


 ナディア。可愛い。それにしても可愛い。可愛すぎてついつい積極的になり過ぎてしまうし、もうっと怒る顏も可愛いからついつい調子に乗ってしまっている。

 自分だったらナディアが何をしても許してしまうから、逆にナディアも許してくれると確信していての態度なのもまた問題だ。今はいいけれど、後々冷めた時にあの時強引だったな、何て風に思い出すかもしれない。


 反省しなければならない。今現在間違いなく両想いであるからと言って、その感情の熱量がそのまま永遠に続く保証なんてないのだから。


「……」


 いや、それにしても、可愛かった。悶えるナディアとか、そのまま抱きしめたかった。もう手とかまどろっこしいこと言ってないで、口は無理でも頬とか耳とか首とかどこでもいいからキスして魔力送ったらどんな反応するのか。考えただけでどきどきしてくる。

 少し強くてぴりぴりするとも言っていたので、あれより強くすると本当に痛くなるかも知れないので、そこは考えないといけないけれど。


 と言うか、可愛いとか下心は置いておいて、手と言う吸収しにくい部位に魔力を受けてピリピリすると言うのは敏感過ぎなのではないだろうか。

 強めに魔力を送ったと言っても、そもそも最初が優しすぎるくらいだ。魔石に送るときは一気に中に入れるので、もっと強い。


 今はともかく、いずれは本当に結婚して子供をつくってもらえたら幸せだし、嬉しいことにナディアもそのつもりでいてくれている。

 だけど口内と言う繊細な魔力吸収のしやすい粘膜組織に、唾液と言う魔力を多量に含み空気中に霧散もしにくいものを流し込んで、はたしてナディアは大丈夫なのだろうか?


 気持ちよすぎて強い、と言う面が今回あったとしても、刺激として強すぎると言うのは変わらないのだから、体によくはないだろう。


「……よし」


 こういったことは、すぐに確認するべきだ。ナディアに無理をさせてはいけない。気恥ずかしいことで、デリカシーがないかもしれない。だけど体のことだ。健康にかかわることだ。ちゃんと話すべきだ。


 ナディアの部屋に向かう。ナディアはいつも、寝る前にヴァイオレットの部屋に一声挨拶をしに来てくれる。休日はともかく、仕事のある日は部屋にいれることはできないけど、それでも一日の終わりに顔を見れるのは癒しだった。

 だけどそれに甘えていてはいけない。話しがあるのなら、ちゃんと自分からいかないと。


 なのでそのまま部屋の前で待つ。


「ん? あれ、マスター、どうかされました?」


 すぐにナディアがお風呂場から戻ってきた。タオルを持って髪を拭きながらで、その仕草にドキッとする。いつもはちゃんと拭いて仕上げてからわざわざ部屋に来てくれていたのかと思うと、それもまた嬉しくてついニコニコしてしまいながら、ナディアを迎える。


「うん、ちょっと聞きたいことがあってね」

「部屋で待っててくださいよ。行きますのに」

「私から用があるわけだし、いつも来てもらうのも悪いし、あ、別に無理に部屋にいれてってことじゃないからね? 話があるから、よかったら後で部屋に来てくれたらってことで」

「ん? 別に、来てくださいよ。ふふ、なに遠慮してるんですか? マスターの家じゃないですか」

「私の家でも、ナディアの部屋だからね。プライベートスペースに無理やり踏み込んだりしないよ。でもナディアがいいなら、お邪魔してもいい?」

「ふふ、マスターの優しいところは好きですけど、お邪魔何て、そんなわけないじゃないですか。どうぞ」

「ありがとう」


 微笑みながら部屋に入れてくれることになった。そこまで細かいことは考えてなかった。単純に来てもらうばかりでは悪いと言う発想だったので、急に部屋を訪ねるのもそれはそれで勝手だと言うことを失念していた。だけどナディアはすんなり受け入れてくれた。

 そのことに喜びつつも、ナディアの部屋になってから入るのは初めてだ。真剣な話をしにきて、そんなつもりはさらさらないのに、少しドキドキしてきてしまうヴァイオレットだった。


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