ナディア視点 観劇
ヴァイオレットにエスコートされることになったナディア。すでにメロメロドロドロなのに、これ以上格好いいところに魅せられたらどうなるのか、恐いわ(嬉)となりつつ、ドキドキしながらナディアはヴァイオレットとデートの日を迎えた。
昨日は今日の準備をするとヴァイオレットが言うので夕方には解散した。正直少し残念な気持ちはあったけど、やっぱりお互いに証をつけると言うほうが記念日感大きいので仕方がない。
夕食はこれまた気合を入れてつくったし、夕食はお昼が外食で遠慮した分、じっくりあーんと食べさせ合ったのでよしとする。
そんなこんなでナディアは本日わくわくしながら目を覚まし、万全の朝食でヴァイオレットを待った。
「おはよう、ナディア」
「おはようござ! ござ、ございます、マスター」
「くす、どうしたの? ナディア」
くすくす笑うヴァイオレットは、朝いちばんだと言うのにきちっとした服装をしていた。襟の付いたシャツは刺繍もあり上品な仕立てだ。丸耳族の礼儀に詳しくないナディアにも礼装なのだと感じられる品のあるいで立ちだった。
普段は柔らかく動きやすい格好ばかりなのだから、そんな改まった雰囲気を出されたら動揺してしまうに決まっている。
とは言え、挨拶すらおぼつかなかったのはさすがに恥ずかしい。ナディアは誤魔化すように咳払いする。
「ごほん、ごほん。ちょっと、はい。おはようございます、マスター」
「うん。今日も朝食、ありがとうね」
律儀にお礼を言いながら席につくヴァイオレットに、ナディアは机の上に用意をしていきながら答える。
「いえいえ。私が作った食事をマスターが喜んでくれるのは嬉しいですから。お休みだとして、やりたくてやってるんだからいいんです」
心の底からの本心だ。もちろんヴァイオレットがやりたいと言うなら一緒にやるのも楽しそうだけど、基本的に家事全般嫌いじゃない。その中でも料理は今となっては好きとさえ言える。
何故なら今ナディアがつくる料理と言うのはヴァイオレットが食べるのだ。ナディアが作った料理をヴァイオレットが食べて、力となり血肉となり形作るのだ。そんなの考えるだけで嬉しくなるに決まっている。
なので強制はしないけど、可能な限りナディアが料理をつくりたい。たまの外食はいいけど、他の誰かに台所にたたれるとか絶対いやだ。
信念をもって答えるナディアの気持ちを察してか、ヴァイオレットは微笑む。爽やかで気遣いにあふれた大人の余裕を感じさえる微笑みだ。好き。
「ナディアの気持ちは嬉しいし、甘えさせてもらうけど、でもほんと、無理はしないでね」
「全然ですよ。でもそう言う優しいところ、好きです」
好きが溢れてついつい告白してしまう。唐突な告白にヴァイオレットは少し照れたようにはにかむ。可愛い。
「ん、はは、うん。私も家庭的なナディアのこと、凄く好きだよ」
「あ、すごくずるいです」
「え?」
「私の方が、すごくすごく好きですからね」
「んっ、ふふ。あははは、ご、ごめん」
真面目に言ったのに笑われた。ナディアは頬を膨らませる。
殆ど反射的に言ってしまったけど、今のは確かに、子供っぽかったかもしれない。でもだって、好きって言ったのに、すごくとかつけられたら、ナディアよりヴァイオレットの方が気持ちが強いみたいだ。
別にどっちが強いとかないけど、だって、ナディアの方がいつもいっぱいいっぱいだし。ヴァイオレットはいつも余裕気だし。そこが格好いいけど。
「うん、じゃあ、二人ともすっごく大好き同士ってことでいいかな?」
「それならいいです」
「ありがとう」
どちらかと言えばナディアがちょっといちゃもんつけている感じなのは自覚している。なのにここでありがとうと言うヴァイオレットだから、優しい。好きだ。
とりあえず朝食をとる。今日もあーんするのかな? と思っていると、ヴァイオレットから提案してきてくれた。
あーんして食べてくれるヴァイオレットは可愛いし、あーんして食べさせてもらって感じる魔力はいつもより濃厚に感じて本当に美味しい。最高しかない。
「ごちそうさま、美味しかったよ、ナディア。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、マスターの魔力美味しかったです。ありがとうございます」
「それはよかった。片付けたら出かけようか」
「はい! マスターがエスコートしてくれるんですよね?」
もう昨日からわくわくがとまらない。しかもヴァイオレットもすでに服装からして気合ばっちりとアピールしてくれているのだ。朝からテンションは全く下がる様子がない。
元気いっぱいのナディアにヴァイオレットは優しく微笑みながら少しだけ身を引く。
「もちろん。服もちょっと気合をいれたんだけど、どう?」
「めちゃくちゃ素敵です! ……はぁ、好きです」
「ありがとう。折角ナディアがくれたペンダントだから、最初くらいちゃんとした格好をしようかと思ってね」
「いいですね。じゃあ、私も最初のあのワンピース着ますね!」
「うん。今日はちょっと改まったデートしようよ。恋人になった最初の、正式なデート記念ってことで」
「はい!」
話がまとまれば後は早い。片づけをして、お互い部屋にいったん戻って支度をして、玄関で再会する。
ほんのちょっぴり離れただけで、また会えた喜びがあるのはナディアが大げさなのだろうか? いやきっと、ヴァイオレットが魅力的すぎるのが悪い。
さっきと服装はほぼ同じなのに、ナディアの瞳と同じ色の宝石を身に着けて照れくさそうに笑うヴァイオレットは、もうそれを見るだけでときめく。
どんどんドキドキしてくる。ヴァイオレットがナディアの色を身に着けている。即ちナディアのものである証をつけてくれているのだ。こんなの興奮しない方がおかしい。
ナディアももちろんつけているし、もらった日は自室でさんざんつけて喜んだけど、こうしてヴァイオレットの前で見せるとまた気持ちは違ってくる。
「マスター、すごく素敵です」
「ありがとう。ナディアも似合っていて可愛いし、抱き締めたくなるくらい素敵な女の子だよ。あ、それはいつもか」
「ふふっ、もー、マスターってば。いつでも抱き締めてくれていいですよ?」
「うーん、ありがたい申し出だけど、服にシワができたら困るから今はやめとくね」
「もう! 馬鹿……」
抱きしめてほしくて言ったのに、全然察してくれないヴァイオレットは笑ってスルーしてしまう。思わず罵倒語が口からでてしまうナディアに、ヴァイオレットはでも気を悪くするでもなくくすくす笑ってナディアの左肩に手を乗せて宥めるように軽くなでる。
「ごめんごめん、後でのお楽しみにさせてよ」
「んふふ、もう、しょうがないですねぇ」
仕方ないので、この場は誤魔化させてあげることにして、靴をはいて家を出る。
玄関を出るとわくわくがとまらなくなって、ナディアはついつい駆け足で玄関をとびだす。昨日もこうしてしまったと思い出して、庭先で立ち止まって振り向く。
ヴァイオレットは施錠してから追いついて、そっと、今日は言葉なく手を差し出してくる。何度も手を繋いでも、その度にドキドキしてしまう。
これが恋なのだ。なんて幸せなのだろう。子供のころからずっと恋い焦がれていたけど、こんなにもいいものだったなんて、想像以上だ。
想像以上に、ドキドキしたりわくわくしたりして楽しくて、何もしていなくても、ヴァイオレットがいなくてもずっと嬉しい。こんなにも幸せなのだと知らなかった。毎日が楽しい。幸せ。好き。ヴァイオレットも同じように感じてくれているのだろうか。
だとしたら、もっと幸せだ。
「マスター、今日はどこに行くんですか?」
「行ってからのお楽しみだよ」
「えー、今知りたいです」
「さ、行こうか、お姫様」
「はい!」
ヴァイオレットに促されるまま街を歩く。それだけで楽しくって歌でも歌いたくなってしまう。
いい気分のまま歩いて行くと、普段あまり行かない離れた方へ進む。人手賑わう商店街を抜けて、お城を挟んだ家から反対側の方。大きな建物が目立つ中、一際大きな施設が見えてきた。
あそこが目的地だろうか? と首を傾げながらヴァイオレットを見上げると、気づいてナディアを向いたヴァイオレットはにこっと微笑む。
どきっ、好きっ!
「さ、あそこだよ。ナディアは恋物語が好きでしょ?」
「はい、好きです。でもマスターの方がもっと好きですよ」
「ありがとう、それでね、今日は劇を見ようと思って」
「劇? ……劇をあの中でやってるんですか?」
ナディアにとって、劇とは野外でやっている催しだ。近くの村で一度だけ旅役者たちがやってきて、馬車を舞台に変形させて劇をしているのを見たことがある。
確かにそれも恋物語だったけど、どこかの物語をきりとったのか知れないけれど急に始まり急に終わったと言う感想しかなくて、あまり感情移入もできなかった。旅芸人が農村の閑散期の暇つぶしをしてお金をもらうと言うくらいの印象だ。
それが、こんな大きくて立派な建物の中でやる? ちょっと想像ができない。少なくともヴァイオレットがこの記念すべきデートに選んだのだ。おかしなものではないのだろうけど。
「そうだよ。ナディアが気にいるかはわからないけど、今日一日はデートと言えばというのを選んでみたから、楽しんでくれると嬉しいな」
「はい! 楽しいです!」
「ありがとう、ナディア。私もナディアが楽しんでくれて嬉しいよ」
ナディアの為に、記念日に相応しいようにズバリとデートらしいものを選んでくれたのだ。それだけで嬉しくて、つい始まる前から全力で楽しんでしまった。だけどそんなナディアにもヴァイオレットは優しく相槌をうってくれる。素敵。
うっとりしてしまうナディアを連れてヴァイオレットはいつも通り紳士的にエスコートして中まで連れてくれる。
建物は外から見ても立派だけど、中も広くて天井も高くて魔法具がたくさんで、外より明るいくらい照明があちこちで照らされていて、たくさんの絵も飾ってあって圧倒されるばかりだ。あっちもこっちも目を引くものばかりで、ついきょろきょろしてしまう。
「すみません、予約していたコールフィールドですが」
「はい、お待ちしておりました。プロフェッサー・コールフィールド。すぐにご案内いたします」
店員らしき人に案内されるみたいだけど、ヴァイオレットの呼ばれ方にナディアは注目していた。ぷろふぇっさー。聞いたことがないが、おそらく古語だろう。基本的に古語は廃れたとは言っても、エルフがその呼び名を大事にしたように、伝統的理由や、または単に使い勝手がいいからなどで単語単語は残っていたりする。
エルフとして古語には造詣が深い、と思われているようでヴァイオレットは時々古語をつかうけれど、実際のところナディアは意味が分からないことが少なくない。何となくその時々の雰囲気や文脈で察している。
確かにエルフは古語を随所で残しているが、あくまで名詞的なものだけで、会話としてできるわけでもないので言語全体としてみれば動詞等伝わっていないものの方が多いのだ。
だけどなんとなく、今のもわかる。たぶん敬称をつけたのだろう。長いところをみると、ちょっと偉い人に向けたものに違いない。さすがヴァイオレット。こんな立派な施設の人からも下にもおかない扱いである。
ナディアが偉くなるわけではないが、内心得意になってぎゅっとヴァイオレットとつなぐ手に力を込めて心持ち距離を詰める。
「ん?」
階段を上がって奥の扉を開けて促されるまま入ると、中は真っ暗で、その落差に一瞬何も見えなくて足が止まる。
「大丈夫? つかまって」
「は、はい」
驚くナディアに、ヴァイオレットはすっとさりげなく繋いでいる手を離すと、その手をナディアの腰に回して密着し、誘導するように左手で離されて空にういたままだったナディアの手を取った。
「さ、こっちだよ」
「はい……」
遠くの天井の照明具がうっすら光っているし、落ち着けばすぐに見えるようになるが、こんな抱きかかえるようなエスコートを拒絶するわけがない。
蕩けそうなほどうっとりしながらナディアはヴァイオレットに身をゆだねる。
そうして席につく。目の前には少し低めの手すりがあり、目線より上に壁はなくその向こうに舞台があるのが見下ろせる。絶妙な角度で見えるようになっているようだ。
ヴァイオレットはナディアを座らせると、そのまま隣に座ってからまた手を繋ぎなおした。
椅子もふかふかのソファだ。よく見ると遠く、反対側にも同じように壁から出窓が出ているような見た目で座席があるのがいくつもある。この横にも同じように席があるのだろう。
視線をおろすと、舞台の横にたくさんの席が並んでいるのも見えた。どうやら今いる席が舞台の横側にあり、席を斜めにつけることで斜め上から舞台上を見られるようになっているようだ。
たくさんの人がはいれ、この席からもよく見えそうだ。その規模にも、椅子や床、壁どれを見ても高級な雰囲気なのにも、凄すぎてはー、と間抜け声が漏れてしまいそうなくらいだ。
見とれていると、さっき店員が閉めたドアが開いた。振り向くと飲み物を持ってきてくれていた。しかも選べるようで、紅茶をポットごとお茶菓子も添えておいていってくれた。
「す、すごいですね」
他に人もいるようなのに、静かでしーんとしていて、少しだけヒソヒソ声が聞こえるくらいなので、自然とナディアも小さな声になってヴァイオレットに顔をよせてそう言った。




