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恋人としての休日

 片付けて、洗濯など最低限の家事をすませてから、さて、と二人して再び席について小休止をしてからナディアに話しかける。


「今日はどうしようか。何かやりたいことがあるんだよね?」


 昨夜の時点でヴァイオレットは休日をどう過ごそうかとナディアに話をふったけど、ナディアはやりたいことがあるので明日言いますと主張したのだ。

 あえてそんなもったいぶった言い方をしたのだから、何かしら明確な目的があるのだろう。今まで言ってこなかったので、時間のかかるものではないようだけど、そろそろ聞いてもいいだろう。なんだろうか。わくわくしてくる。


「はい! ふふふ、マスターが私にしてくださったように、私も考えてるんですよ。では早速お出かけしましょうか!」

「えっ、うん。行こうか」


 何の説明にもなっていないけれど、出発するらしい。楽しそうなナディアのしたいことなら否はない。

 素早く支度してナディアとお出かけすることにした。とにかく外出着に着替えて、財布だけ持っておけば困らないだろう。


「お待たせ、行こうか」

「はい!」


 元気に家を飛び出し、意味もなく駆け足で庭を通り過ぎ、ナディアは振り向いて玄関ドアを施錠するヴァイオレットをにこにこ笑顔で待っている。

 ヴァイオレットは微笑ましく思いながら追いついて、そっとナディアの手をとる。


「まぁそう慌てないで。ゆっくり行こうよ。デートなんだからさ」


 優しく手を繋ぐと、ナディアははっとしたように自分の手を見て、にやにやしながらぎゅっとヴァイオレットの手を握り返してきた。


「うふふ、はい! マスター」


 なお、余談ではあるがナディアと付き合うようになってからヴァイオレットは毎日自身の体に魔力を通して通常時より頑丈になるように常に意識している。

 ナディアが興奮すると力が強くなるが、それを指摘するような無粋なことはしたくないし、かといってその状態から魔法を使うと感づかれてしまうのでそうならないよう、いつでもナディアといちゃつけるようずっと使うようにしたのだ。

 なれないうちは疲れたが、慣れてしまえば元々魔力量も魔法の練度も人並み以上のヴァイオレットには大した労力ではない。最初こそ不思議そうにしたナディアだったが、ちょっと訓練と言えば簡単に納得してくれた実に可愛いナディアであった。


 そんなわけで、ぎゅうと強く握るナディアの力も何のその、純粋にはしゃぐその様を可愛いと愛でることができるヴァイオレットだった。


「マスターは普段は装飾品とかつけられてませんけど、やっぱり指輪はお仕事の邪魔だからですよね?」


 何気なくそう聞かれて、ヴァイオレットはははーんと閃いた。なるほど、ヴァイオレットがしたように、ナディアも考えている、と言うのはナディアもヴァイオレットにアクセサリーを贈りたいと言うことか。

 そう言えば、渡したときにも、自分もと言っていたと遅れて思い出した。


「そうだね。指輪をつけている研究者もいるし人それぞれだけど、私はあまりつけないね」


 馬鹿みたいに大きな宝石をつけているならともかく、重さで動かせないなんてことはないのだから、別に指輪をつけられないということはない。

 だけどそもそも研究者に飾り気のある人の方が少ないので、それこそ結婚指輪くらいのものだ。

 ヴァイオレットもアクセサリーは綺麗だと思うし愛でる心はあれど、それを身に付けたいと言う欲求はほぼないため、基本的にアクセサリーとは縁遠い生活をしていた。


「じゃあやっぱり、お揃いですね! マスターがお仕事している間に、ちゃーんと下見しておきましたから!」

「ありがとう、楽しみだなぁ」


 別に内緒にしていたわけでもないらしい。出がけに雑な感じの説明だったのであえて誤魔化しているのかと思ったけどそうでもなかったらしい。


「でも無理しないでね? あんまりお給料あげられてないし」

「え、そうですか? 普通に生活しているのに、さらにもう一人生活できるくらいもらってるので、もらい過ぎだと思いますけど」

「え?」


 ナディアへのお給料は普通に考えたら少ないはずだ。そもそもが借金分の労働みたいなものだし、住み込みなのだから普通の職でも経費がひかれるだろうことを考慮して、本当にお小遣い程度の感覚だ。


「そ、そんなにある?」

「そうですよ。量が多くなればその分安くなりますし、私ならもう二人分は食料を買える自信があります」


 どや顔で言われて理解する。ナディアの言う生活できる、と言うのは今の食費分だけの計算だ。普通に税金等他の生活費に関しては全く考慮されていない。

 考えてみれば宮仕えのヴァイオレットはそう言ったものは給料から勝手に差し引かれるし、ナディアには生活費としてお金を渡しているけど衣服などはつい別途買ってあげてしまっている。それらは全て計算外なのだろう。

 生活雑貨等消耗品は、共同生活するならそれほど気にならない、と言う計算なのかも知れないが、それにしても食費だけって計算雑すぎでは。と考えて気づいた。

 あ、ナディアの地元の生活ではそれら必要なかったのか、と。服も作ると言っていたし、本当にこの金額で生活できたのかもしれない。税金とかなさそうだし?

 いや、一応同じ国所属なので税金はある、はずである。詳細は地方自治体に任されているとは言え、0と言うのはあり得ないが、しかし物納と言う可能性もあるのだから純粋な金額で言えば。


「マスター? 何だか難しい顔してますけど、私そんなに変なこと言いました?」

「え、ああ。うん。やりくり上手過ぎてびっくりしちゃって」

「ふふふ。私、家事は得意ですからね」


 ついついどうでもいいようなことも色々と発想を飛ばしてしまった。悪い癖だ。

 だけどこうして得意げなナディアの笑顔を見ていると、可愛すぎて多少のことはどうでもよくなってくる。

 ヴァイオレットもつられて笑顔で相槌をうつ。


「うんうん、そんな有能なナディアをお嫁さんにもらえる私は幸せ者だね」

「およっ、もう! 気が早いですよぉ。ふふふ」


 ナディアはぶんぶん繋いでいる手を振り回した。つい勢いで言ってしまったけど、可愛い。そして本当に幸せ者だなあと自分で言って自覚する。


「そうだね、まだ早かったね」

「そうですよぅ、ふふ。まだ早いです」


 冗談半分みたいに言っているけど、自分でも驚くくらいナディアとずっと一緒にいるイメージができていて、当たり前のように結婚したいしすると思っている。

 付き合ったばかりでそんなのは、引かれたり重いと思われても仕方ないだろうに、ナディアも同じように思ってくれているのだ。それがまた堪らなく嬉しい。


 そうしてにこにこしていると、すぐに目的のお店についた。目的地はヴァイオレットが購入したのと同じお店だった。包み紙等からお店はわかっただろうけど、合わせたのだろうか。


「ここです。すみませーん」

「いらっしゃいませ」


 店員に迎えられて奥に通される。すでに目星をつけていたらしいネックレスを持ってきてくれた。ナディアがきらきらした目で見守ってくれているのに苦笑しながら、ネックレスを装着して鏡を覗き込む。


「どう? 似合う?」

「はい! よくお似合いです!」


 青い宝石がきらりと輝くペンダントだ。シンプルなデザインだけど、とても可愛い。何よりナディアがナディアの瞳の色をプレゼントしてくれているのだ。それだけでめちゃくちゃに嬉しい。テンションが上がり過ぎて飛び上がってしまいそうだ。


「大層お似合いですよ」


 大きな声で返事をしてから、ナディアは店員さんが目の前にいるのに気が付いてはっと口元を押さえて、恥ずかしそうにはにかんでから手を下ろした。


「えへへ、それじゃあ、それで決まりですね。お会計お願いします」

「かしこまりました。つけて行かれますか?」

「ん、どうしますか?」

「んー、いえ、外します。今度のデートの時に、一緒につけようね」

「はい! じゃあそういう事で。あ、私外しますね。背中向けてください」


 ナディアに外してもらい、店員に渡して包装してもらう。

 店員を前にしてナディアと恋人全開の会話をするのは少し恥ずかしいけど、だけどそれ以上にナディアにちゃんと伝えたい。ナディアへの思いは何も恥じることではないし、万が一にもそう思ってもらいたくない。


「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

「ありがとうございました!」


 ご機嫌なナディアとお店を出る。


「ナディア、本当にありがとう。大事にするね」

「いいえ、どういたしまして。私の気持ちですから」


 本当は少し値段が気になる。事前に予約をしてないのでヴァイオレットの時みたいに特急料金はかからないとしても、しっかりしたお店で腕のいい職人、ヴァイオレットがプレゼントしたものよりやや小ぶりとは言え鑑定書付きの宝石だ。間違いなく、あげていたお給料殆ど全てつぎこんだのだろう。

 しかし本人が決めてそうしてくれているのだ。ここでお金の話をしたりまして自分が負担しようかなんて無粋がすぎる。


 お休みの日はほぼ一緒にいて財布を出させていないし、積極的にプレゼントもしているので使いどころもなかったのだろう。

 これからもこの生活は変わらないからすぐにナディアもお金がないと困ったりしないだろうし、今回は黙って純粋に喜んでおけばいいだろう。


「私もせっかくなので、初めてはデートの時につけようと思ってたんですけど、明日しませんか?」

「ああ、いいね。そうしようか」

「はい! それからはもう、ずっとつけましょうよ! 恋人の証として」

「うーん……それもいいね、そうしようか」


 ヴァイオレットはせっかくもらったものなので、大事に使ってデートの時にだけつける、と言う風に勝手に思っていた。実際ナディアもプレゼントしたペンダントを初日以降つけていないし、日常生活にアクセサリーをつける発想がなかったのでそれが普通だと思っていた。

 だけど単に、ペンダントをおろす日を待っていて、それ以降はずっとつけると言うなら矛盾はない。高価なものだと言う抵抗がなくはないけれど、別に乱暴にさえ扱わなければ、雨風日光で勝手に壊れるほど繊細なものではない。

 最悪壊れても修理だってできるのだから、ナディアが望むようにしてもいいだろう。ずっとつけている恋人の証、と言うのもとてもぐっときたし。


「じゃあ、そんな記念日となる明日は何する?」

「んー、悩みますねぇ。マスターとなら、何してたって楽しいですし」

「そうねぇ、私もナディアがいてくれるならなんでもいいけど、でもそれってデートの最低条件だしね」


 と、待てよ? とヴァイオレットは気が付いた。普通に今までも一緒に過ごしていたし十分イチャイチャしていたのでもう何回もデートしている気分になっていたが、明日のデートこそ恋人になってから最初のデートではなかろうか。

 今日のこれは、恋人ではあるけど用があるから出かけている形なので、デートと言うのは不釣り合いだろう。


 いわば明日が初デートなのだ。すでに夫婦くらいの気持ちなのですっかり忘れていた。これは何しよっかーなどとのんびりしている場合ではない。

 後々思い出になるような素敵で理想的なデートにしなくては。


「それじゃあナディア、今日はナディアが予定を決めてくれたから、明日は私がナディアをエスコートさせてもらえるかな?」

「マスター……はい。お任せしますね」


 にこっと笑って提案すれば、エスコートと言う単語がナディアの琴線にふれたのかうっとりした表情になって頷いてくれた。

 そう言えばナディアはお姫様扱いされたい系女の子であった。だからこそヴァイオレットの気障ムーブも受け入れてくれたのだった。となれば明日のデートの方向性も見えてくると言うものだ。


「うん、最高にデートになるよう、頑張るよ」

「マスターがいてくれたら、いつでも最高ですよぉ」


 めちゃくちゃハードルさげてくれるので楽だけど、むしろもっと上を目指すハードル自体は上がっている気がする。


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