その後
「おはよう、ナディア」
「おはようございます! マスター!」
翌朝、やや寝不足気味で起きたヴァイオレットに対し、とっても元気でチャーミングな笑顔で挨拶してくれたナディア。
少し目が覚めたヴァイオレットは、ついついにやけてしまいそうな表情を引き締めて席につく。
ナディアは見るからに浮かれた様子で、ご機嫌に朝食を並べて手早く用意してくれた。
「今日もありがとう、ナディア」
「いえいえ。大好きなマスターのためですからっ」
これまた元気に言われた。そんなナディアを見ていると、朝一は少し、もしかして本当に夢だったのでは? と不安になったのが馬鹿みたいだ。全然ウキウキで疑いもしていないピュアなナディアが可愛すぎて愛おしい。
「私だって、ナディアのことは大好きなんだから。ありがとうって言うよ」
「ふふっ、もー、マスターってばぁ。ふふふ」
にこにこ笑顔のナディアと食事をとる。隣に座ってとるのは新鮮で、あーんせずに食べても十分に幸せを感じられた。
そして今日こそ仕事をする。数日休んでいた分、職人らに顔をだしてまわりがてら、進捗や仕上がりを確認していく。
試作の魔法陣についても試してもらうようお願いしたり、打ち合わせをいくつかすればすぐに時間が経ってしまう。
昼食も、移動中に片手間に取ることになった。昼食時間中に訪ねると、企業と言うより個人宅感覚の強い個人経営はお昼をせびる形になりかねないが、そうなると時間もとってしまう。
一息つくころには、もう夕方になっていた。
ヴァイオレットは最後にルロイと、その妹のルイズにお礼を言って今日は帰ることにした。
ルロイには適当に酒を買い、ルイズには少し値の張るお肉で。
街中なので、ルイズの方が近い。家には一度だけ訪ねた以来だが、まだ去年の話だ。普通に覚えている。訪ねると、ちょうどルイズも夕食の準備を始めるところだったようだ。
「先日はありがとう。うつってないよね?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ヴァイオレットさんが元気になられたならよかったです」
「本当に助かったよ。これ、ささやかだけど」
お礼の品を渡すと、ルイズは受け取ってはくれたけど苦笑いだ。
「いえ、あれくらい。むしろこんな風にされたら、恐縮ですよ。ヴァイオレットさんが風邪をひかれたなら、その看病くらいいつだってします。そのくらいには近い仲だって思ってるんですよ」
「……ありがとう、本当に、大きくなったね」
ルロイより年下で、初めて会った時はナディアよりも幼い子供だったのに。今はもう、ヴァイオレットと変わらないどころか、並ぶと年上のお姉さんに見られてしまうほどだ。
「年寄りぶるのはやめてくださいよ、可愛いお嫁さんもできたって言うのに」
「ん……る、ルロイから聞いてたんだよね?」
そもそも、先日訪問時にそんなことを言っていた。そのルロイからの説明を完全にスルーしていたが、ルロイはナディアを嫁候補として紹介したと勘違いしていたのだ。ならルイズにもそのように伝わっていたのだろう。
今となっては事実とは言え、なりたてだし、気恥ずかしい。まして年下扱いしているこのルイズ、すでに去年結婚している、恋愛に関しては先輩だ。どう言った態度をとっても恥ずかしい。
そんな曖昧な態度をとるヴァイオレットに、ルイズはふっと優しく微笑む。
「はい。ヴァイオレットさん、今、幸せですか?」
「ん、まぁ、ね。幸せだよ」
ルイズの問いかけは、真顔で答えるには恥ずかしすぎるけど、だけど柔らかい笑顔で本当に自分のことのように嬉しそうな顔で聞かれると、誤魔化すことはできなくて、ヴァイオレットは頷いた。
そんなヴァイオレットの反応に、ルイズはにっこりとますます笑みを深くする。
「よかった。式には呼んでくださいよ」
「う、うん。わかってるよ。じゃあ、そろそろ失礼するよ。旦那さんにもよろしくね」
「はい、ありがとうございました。ナディアさんと、お幸せに」
「もう、からかわないでよ。じゃあ、またね」
ルイズと別れ、足早にルロイの元を訪ねる。
ルロイはあいにくと、上役と会っているようで研究所には不在だったので、プレゼントを置いて、置手紙でお礼を言うことにした。
○
ナディアと恋人になって、2週間少々。
取り戻すために真面目にお仕事をし、かつ毎日必ず夕食に間に合わせる為に、今まで以上にばりばり働いた。しかし疲れたり、行き詰ったりということはなく、むしろ日々活力にあふれ、いつになく頭が回ってどんどん色んなアイデアがわいてくる。
まるで無敵になったようだ。研究の大まかな予定は元々余裕をもってたてているので厳密に守ることはないのだけど、スケジュールはここ数日でどうしても遅れている。なのでナディアのすすめもあり、またあまりにすいすいと調子よく順調に進むのでお休みなしで切りのいいところまですすめた。
そうしてようやく本日、休日となる。
楽しみで仕方ないけど、お互い早く寝ようと約束してさっさと布団に入ったので、快眠で体調も全快だ。軽い足取りでキッチンに入り、朝食の支度をしてくれているナディアに声をかける。
「おはよう、ナディア」
「おはようございます、マスター。今日はいいお天気で、絶好のデート日和ですね!」
「全くその通りだね。まるで私たちを天が祝福しているようだね」
「……マスター? 急にどうされたんですか?」
朝一からテンション高く喜んでくれているのが嬉しくて、ヴァイオレットもつい調子にのったことを言ってしまった。ナディアはきょとんとして首を傾げている。
めちゃくちゃ滑ったが、こうなったらもう後には引けない。ヴァイオレットは笑顔をキープしたままナディアに近よる。
え、そ、そう? 調子に乗ってすみません、へへ……みたいにひよってはいけない。それはナディアより年上の恋人としてダサすぎる。動揺してはいけない。
「変だったかな? 久しぶりにナディアとゆっくりできると思うと嬉しくてつい。恋人になったばかりなのに、私の都合で待たせてごめんね」
「い、いえ! 私からお仕事に集中してくださいってお願いしたんですから。それに、お仕事を頑張っているマスターは格好良くて素敵で大好きですから……さっきのも、ビックリしましたけど、お話の中の王子様みたいで、マスターが言うと素敵ですよ」
正面からナディアの瞳を見つめながら改めて謝罪し微笑みながら尋ねると、ナディアはそう言ってはにかんでくれた。可愛い。
勝った。と誰にともなく内心でガッツポーズしてそっとナディアの肩に手をかけ引き寄せる。
「そう? ありがとう、ナディア。ナディアもお姫様みたいに可愛くて、初めて会った時から私のお姫様だよ」
「マスター……好きです……」
「私も大好きだよ」
告白して恋人になった日から、お仕事は毎日していたけど顔を合わせる食事の際にはたくさんお話しして毎日好き好き言っていたけれど、全く好きが目減りしない。
むしろナディアにうっとりと好き……と言われると、ときめきで苦しいくらいだ。抱きしめたい。ちょっとくらいいいかな? と思ったところでかたかた、と鍋の蓋が揺れた。
「おっと、ごめん、まだ準備中だよね。邪魔してごめんね」
「邪魔だなんて! もう、蓋!」
ぱっと手を離して一歩下がると、ナディアは蓋に怒りながら火を消した。そして味見をしてから振り向く。
「すぐ並べますので、座っててください」
「うん、ありがとう」
「いえいえ。お仕事、じゃないですね、今日は。でも、マスターの恋人ですから、ふふっ」
上機嫌のナディアを見ていると、元々ウキウキだったヴァイオレットなのにますます浮かれてしまう。自分から仕事をすすめて、仕事中は全く文句も言わず毎日家事を完璧にやって支えてくれて、仕事姿を褒めてくれて、休日は休日でうっきうきで喜んでくれる。控えめに言って天使かな?
「はぁ」
「んー? どうしました? お疲れですか?」
席についてナディアの背中を見ていると、幸せすぎてため息がもれた。耳のいいナディアは作業をしながら振り向かずに尋ねてくる。
「ううん。ナディアが後ろ姿まで可愛すぎて幸せなため息がでただけだよ」
「マスターったら、嬉しいですけど、正面から褒めてくださいよー。はい、いきますよー。お皿通りますよー」
ナディアが仕上がった料理を食卓に並べてくれる。
にこにこしてるナディアが可愛い。見ているだけでこっちも笑顔になってしまう。
瞬く間に支度が終わり、ナディアはちょこんとヴァイオレットの隣に座る。そしてにっこりヴァイオレットを見上げて両手をあわせる。
ヴァイオレットも手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
はぁ。こうして朝食の挨拶を家長に任せるとこ本当に嫁。別にヴァイオレットにそんな序列意識ないけど、健気さが琴線を刺激しすぎる。
すでに交際してから2週間、隣で日常を過ごして来たけれど、毎日毎秒何時でも可愛すぎて、気を抜くとすぐに見とれてしまう。なんならまたあーんって食べさせ合いたい。付き合うことになった当日はしたけれど、やっぱり時間がかかりすぎてしまうし、味そのものより幸せな味ってなるし、隣り合っているだけでも幸せなのであれからしていない。
だけどヴァイオレットとしては、今までも何度か食べさせ合ったけど、付き合った状態でするとなると少し恥ずかしい。前はまだ、介護予定だったのでなんなら練習と言い訳できたけど、今はもう普通にバカップルでしかない。
なので気を取り直して食事をとる。
「ねね、マスター、今日はお休みなんですから、あーんしましょうよ」
「んんっ。そんな、いいの?」
とろうとしたところで、横からそんな提案をされて驚いてしまう。まさか考えが読まれたのではと疑うほどドンピシャの提案である。
しかしもちろんそんな訳のないナディアは不思議そうにしている。
「どうしてそんなに驚かれてるんですか? 結構何回もしてるじゃないですか。私あれ好きなんですよ。時間かかってしまうので、毎回は難しいですけど」
「そうだね。ナディアと自然に距離が近いし、より美味しく、いやもちろん、元々ナディアが作ってくれた料理はとっても美味しいけど、もっとおいしく感じられて、私も好きだよ」
「マスターったら、もう、わざわざそこまで言ってくれて、そう言うとこ、好きです」
「私も、思うたびに好きって言ってくれる愛情深いナディアが好きだよ」
えへへ、と照れ笑いしつつ、意思が統一されたのでもはや障害はない。目線で頷き合ってから自然な流れであーんで食べさせ合う。
「マスター、あーん」
「あーん」
とても楽しい。朝から元気が溢れてくる。食べさせてもらってとても美味しいし、にこにこしながらナディアが差し出してくるのも、そのために距離が近いのもいい。
それに食べさせる側としても、自分がする時はひたすらノリノリなのに、こちらから寄ると少し照れくさそうなのも可愛いし、小さな口にいれてんっと口を閉じてもぐもぐして飲み込んで笑顔になってもらうと、親鳥のような気持ちになってもっともっと食べさせたいし満たされた気持ちになる。
端的にいって可愛すぎるし、愛おしすぎるし、幸せ過ぎる。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様です」
「……」
「……んふふ」
「あはは、うん、まぁ、片付けよっか」
最後の一口を食べさせ合って、そこまでデレデレしていたのだけど食べ終わると途端に恥ずかしくなってきて、お互いに今更真っ赤になったのを笑って誤魔化した。




