教えて!ナディア先生!
「……」
「……」
自然とお互いに正面から抱き合う姿勢になった。どくん、どくんと心臓がうるさいくらいだけど、相手の心臓が同じようになっているのもよくわかる。それだけ強く抱き合っているのだ。
黙っていると相手の体の感触を意識してしまって、余計にどきどきしてきてしまうと頭ではわかっても、ヴァイオレットは言葉が出ない。
それはナディアも同じなのか、黙ってさらに強く抱きしめられた。
「……」
さすがに、苦しい。しかしここで魔法で補助をかけようものなら、魔力の動きに敏感なナディアなことだ。きっと何かしらの動きを探知し、そしてヴァイオレットの筋肉の動きで魔法について察するかもしれない。もちろん鈍くて察しない可能性もあるが、万が一と言うものがある。
事前に対応しておくならともかく、この状況で今更そんなことはできない。なのでヴァイオレットは微笑んで、そっとナディアの肩を押して離す。
ゆっくりとヴァイオレットの動きに合わせて力を緩めて少し離れたナディアは、まだ耳まで真っ赤なまま、ゆっくりと目を開けた。
抱擁の間、ずっと目を閉じていたのかと思うと、何だかきゅんとした。そしてそのいつ見ても美しい瞳に、吸い込まれるようにヴァイオレットは顔を近づけていく。
「……ナディア、愛してるよ」
「ま、ますたぁ?」
ナディアの顔で視界がいっぱいになるにつれ、ナディアは察したのか大きく瞳が見開かれる。その光に引きずり込まれるように勢いをつける。
「だ、だめっ」
「むぐっ」
が、すんでのところでナディアの両手がヴァイオレットの口元を抑えて勢いよく離された。
「んぐぐ」
「あ、ごめんなさ、いや、でも、だ、駄目ですよ! さすがに!」
息苦しさに呻くと、はっとしたように両手をあげて離したナディアだったが、その手を小刻みに振りながらナディアはNOと言い切った。
確かに、思いを伝えあった当日だ。少し急ぎ過ぎたかもしれない。ナディアからやってきたし、シチュエーションもあってつい思いが高ぶってしまったけれど、確かに早急だった。
「ごめん、つい」
「つ、ついって、もう! マスターのえっち。そりゃあ、私だって、いずれは欲しいですけど。でも、さすがに、まだ、未成年ですし」
「ん?」
真っ赤な顔でそう文句を言いながら悪い気はしてないようなナディアだったけど、首を傾げたヴァイオレットの返事に、眉を寄せてから半眼になる。
「ん? え、なんですか? その顔。まさか、子供ができるとか考えずにしようとしました? そりゃあ、エルフですし確率低いですけど、でもマスターくらいの魔力なら全然」
「ちょ、ちょっと待って。子供?」
「はい」
「……あっ!!」
責めるような顔で頷かれたので、ヴァイオレットは慌ててちょっともう遠くなりつつある本日の記憶を振り返った。そして思い出すのは論文の内容だ。
『人間に限って言えば、全ての生物が魔力をためて子をつくる子宮を持ち、子宮へと魔力を注ぎ入れる魔力道は口内にあり普段は閉じられている。性交により子宮に魔力をためて子をなし十分に成長すれば、お臍のすぐ下にあり普段は隠れている生命道が開き、子が出てくると言うのが一般的な子供のでき方』
『子宮へと魔力を注ぎ入れる魔力道は口内にあり普段は閉じられている。』
『口内にあり』
つまり性分化前の性交はキスであり、口付けて魔力を注ぎ込むことで子供ができるということだ。
「……いや、その、ちが、そ、そう言うんじゃなくて、いや、そうでもないけど、えっと」
確かに、間違いなく読んでいた。だから思い出せるのだ。だけどそんな、文章として知識として頭にはいるのと、実感するのは全く別のことだ。
しかし、それをどう言い訳をしても、ナディアが今言ったように子供ができるとか考えずにしようとした、そのままである。
「その……ごめん、キスで子供ができるとは全然考えてませんでした。っても言い訳させて! あの、前世ではキスで子供はできなかったからのついだから!」
いつになく早口で言い訳するヴァイオレットに、ナディアは手をおろして左手をヴァイオレットの膝におろして指先で膝を叩きながら、疑わしいぞと言う気持ちが丸見えの顔になる。
「えー? ……なんか、その、ぜんせ? って言うのは、よくわかんないですけど本当だって思いますけど、でもなんかぁ、なんにでも言い訳につかいません?」
「そんな感じになっちゃうけど、でも本当なんだって。そもそも女同士で子供できない世界だったから」
「ん? なんですか、それ。それだとどうやって子供つくってるんですか?」
「魔力そのものがなかったから、こう、男は男用の子供を作る細胞をつくって、女は女用の細胞をつくって、その二つがくっつくことで子供になる、かな?」
「さいぼう?」
きょとんと繰り返されたので、そこから説明か、と思ってからヴァイオレットは、はっと自問する。細胞の説明ってどうすれば?
そもそも生き物は全て、物凄く小さな細胞が集まった組織の集合体で……? そもそもこの世界は本当に細胞が存在するのか? ああ、いや、それはさすがにありそうだ。病気も同じようにあり、ウイルスもほぼ近い概念でありそうだし。
しかしあったとして、それを全く予備知識のないナディアに説明するとなると……。ヴァイオレットは苦悩しながら、一番簡単そうな言い方をしてみる。
「え、えっと、凄く小さい生き物、かな?」
「生き物? じゃあその時点でもう子供じゃないですか?」
「えー、鳥で言う卵みたいなもので、女が卵を産んで、男がそこにさらに追加することで鳥になる、みたいな感じかな」
「ふーむ? よくわかりませんけど、わかりました。魔力で言うと、男女で魔力のタイプが全然違ってて、その違う同士を合わせないと子供にならない、みたいな感じですか?」
「それ! そういうこと! ナディア頭いいじゃん」
「えへへ、それほどでもありますよ。ふふふ」
手放しに褒めると、ナディアはとても嬉しそうににんまり笑う。言ってからちょっと失礼な感じだったなと気づいたヴァイオレットだったが、ナディアはそう捉えなかったようだしスルーすることにする。
「まあ、でも、といいますか、じゃあマスターの気持ち的には、私とマスターは女の子同士だから、子供できないと思ってたんですか?」
と、よっぽど嬉しいのかナディアはニコニコしたまま、ヴァイオレットの膝上の左手で膝頭を撫でながらそう問いかけてきた。
ヴァイオレットはその動きに、変にくすぐったくて意識してしまって、視線を一度泳がせたのを慌ててナディアに固定する。ここできょろきょろしていたら、嘘判定されてしまう!
「あ、うん。こっちの世界の子供のできかたは今日知ったんだ」
「えー、びっくりします。……うふふふふ」
「え、なに笑ってるの?」
我慢ならない、とばかりにナディアは右手で自分の口元を隠しながら声をあげて笑い出した。しかも左では膝を掴んで揺らしだした。
驚くヴァイオレットに、ナディアはにんまり笑顔のまま答えてくれる。
「えー? だってそうじゃないですかー? マスターは私とは子供できなくて、結婚相手と思ってなかったのに、好きになったってことじゃないですかー? ふふふ。私のこと大好きなんですねー」
「いやまあ、うん。大好きだよ」
「んふ! 私も大好きです! ふふふ! うふふ!」
照れくさいけどその通りなので肯定したら、ナディアは満面の笑顔になって、笑いだしてとうとう両手で顔をおおってベッドに倒れこんでしまう。
「な、ナディア?」
「ふふふ。ごめんなさい、なんだか、幸せだなって。ふふふ」
「それは私もだけど、その、ねぇ、聞いていい?」
「んー? はい、いいですよ、マスター。なんでも教えてあげます」
ナディアは起き上がってヴァイオレットの顔を覗き込む。
こんなこと、普通ならとても年下の少女になんて質問していいことではない。だけど相手は恋人で、知らずにとは言えいきなり子作り行為をしようとしたのも笑って許してくれて、なんでも教えてあげると言ってくれているのだ。
まして他の人に聞くなんてできるはずないのだから、ヴァイオレットは唾を呑み込みながら思い切って尋ねる。
「あの、キスで子供ができるってことだけど、それって普通に合わせて口内の空気に魔力を送り込めばいいの? それとも唾液ごと魔力をこめて送るってこと? 魔力道はどこにあるの?」
「っ! ま、マスターのえっち! う、うー。そう言うの、うー、でも、そんな、説明させるなんて……」
照れて羞恥で真っ赤になっているのが可愛すぎるし、セクハラ質問して恥ずかしがらせていると思うと妙な達成感でぞくぞくしてしまうけど、何とか我慢する。今はそういうのではなくて、今後の為に、あくまで真面目に質問しているのだから。
「ごめんね、ナディア。でもナディアにしか聞けないし、ちゃんとしたいから」
「う、そ、それはまぁ、他の人に聞かれたらもちろん嫌ですけどぉ……その、入り口は、舌と歯の間、下顎のあたりです」
真摯に謝ると、ナディアはもじもじしながらも、やや顔をあげて自身の右手の人差し指で喉の上の方を指さす。位置的に思ったより上だ。舌の裏側に近いのだろうか。見てみたい、と思ったが、さすがにそれはデリカシーがないだろう。
ナディアにとっては単なる口の中だが、そんな特別な機構を見せてとか言えるはずない。ヴァイオレットはうんうん、と至極真面目な顔で下心ゼロですよとアピールする。
そんな態度に多少はナディアも安心したのか、やや顔の赤みをひかせて続けて説明してくれる。
「それと口内とは言え、空気中に魔力をもらっても密度低いですし、どうしても意図的に入り口に入りませんしね。普通に、その、つ、唾に魔力をいれてもらえたら、自然と入り口が吸い込むようになってる、らしいです」
「らしい、って言うのは?」
「……したことないから、です。そこ聞きます?」
「はい、ごめんなさい」
真面目感覚がすぎて普通に講義を受けているように言葉尻をとって質問してしまった。ナディアはあくまで普通の少女なのだ。性経験がないのだから、そんな体感については伝聞系になって当然だ。
睨むようになったナディアに素直に頭を下げて謝る。
「……ついでに言うと、赤ちゃんが出てくる出口は、お臍の下の、このあたりです」
「えっ。そこなの? えー」
ナディアが座った状態で普通に見えている自分の下腹に手を当てながら説明してくれたので、思わず頭をあげてまじまじと見る。
ヴァイオレット自身の体は排泄機能は前世と同じような股間部分にある。なので下側は同じだろうと思っていたのに、まさかのそこより上で、それこそお臍のすぐ下あたりだ。
ヴァイオレットの身体検査時に、父親は排泄機能について何も述べなかったので、排泄位置は同じはずだ。この世界では、排泄と性器は離れていたのか。だったら男性側も同じような位置についていることになるのだろうか。また思い込みでミスをしてしまうところだった、と反省するヴァイオレットに、頭上から平坦な声がする。
「あえて言ったのは、だから不用意に触ったりしないでくださいねってことですからね?」
「あ、はい」
確かに、別に下腹を触る趣味があるわけではないけど、腰に手を回す流れとかで気にせず当たったり触ったりくらいはあり得そうだ。そうなってから聞いたら気まずすぎるので、ナディアも気をまわしてくれたのだろう。
「ありがとう、ナディア。教えてくれて。ナディアのこと、ちゃんと大事にするから」
「う……は、はい。よろしくお願いします」
顔をきちんとあげて、ナディアの目を見てお礼を言うと、また照れたようにナディアは微笑んだ。




