プレゼント
ナディアへのプレゼントは、シルバーネックレスだ。細身のチェーンでペンダントトップは親指程度の赤い宝石を蔓が巻き付くように包んでいるデザインだ。現在この国でよくあるデザインだけど、多少細かくて職人の腕が出るものだ。それに何より、自然に生きるエルフのナディアに植物モチーフはよく似合うと思ったのだ。
「わぁ! 可愛いですね!」
「でしょう? つけて、あ、つけてもいい?」
「え、マスターがですか?」
「うん。初めてつけてもらうから、してあげたいんだ。駄目かな?」
「お、お願いします」
箱から取り出して手に持ったナディアは、ヴァイオレットの提案に照れながらも渡してきた。ヴァイオレットは立ち上がり、ナディアの後ろ側に回る。
「髪、あげてもらっていい?」
「は、はい」
ナディアが戸惑いがちに、両手を後ろに回して髪をそっとあげた。ほっそりした白い首が露わになる。
細い。さすがにそんなはずはないのに、手をかけたらそのまま掴んで折ってしまえそうな印象に、ヴァイオレットはぞくぞくした。
こんなにも無防備な姿をさらすなんて、それだけでとても信頼されている、恋人の証のようで、ドキドキしてくる。
「ナディアは、首まで綺麗だね」
「ひゃ、く、くすぐったいです」
「ごめんごめん。すぐにするよ」
吸い込まれるように顔を寄せると、ナディアは金の髪なので気にならなかったけど、わずかに金色の産毛がある。吐息がくすぐったかったようで、ナディアはかすかに身を震わせた。
顔を離すと、隙間から見えるナディアの耳先が赤いのが見えた。背後から見る、首筋も白さ、金髪で埋もれた中に咲くような耳先。全てが美しい。ナディアの美しさに見とれそうになりながら、そっとネックレスのチェーンをまわして、金具をとめた。
「はい、いいよ」
「ありがとうございます。うふふ、似合いますか?」
振り向くナディアに、ヴァイオレットは頷きながら前に回る。正面から見ても完璧に美しい、ではなくて可愛い、でもなくて、とても似合う。
抱きしめたくなってきたので、気持ちを落ち着けようとヴァイオレットは元のように向かいあう形で席につきながら問いかけに答える。
「すごく似合ってるよ。ナディア自身の色が控えめだから、アクセントになってて、派手すぎない感じもすごくいい。自分で選んでおいて自画自賛になってしまうけど、すごくいい。それに、赤って、何の色かわかる?」
「えっと、マスターの目の色、ですよね?」
ナディアは躊躇いつつも、確信を持った上目遣いでそう言った。もちろん、正解だ。
独占欲と言われてもいい。今の結婚指輪の選び方の流行をパクったと言われてもいい。店員に勧められたのを鵜呑みにしてよかった。ナディアが自分の色を持ってくれているのは、とても嬉しい。胸の奥からあつい思いが溢れてくるようだ。
「うん。だから、似合ってくれてすごく嬉しい」
「うふふふ。私も、嬉しいです。でも、私の色も持っていてほしいです。お揃いにしましょうよ」
「じゃあ今度、お揃いを見に行こう」
「はい! えへへ、嬉しいです。こんなの、すぐ出してきてくれて、もう、マスター、準備万端だったんですね。言ってくれたら、私も準備してから告白しましたのにぃ」
「いやいや。そんなことないよ。ナディアのまっすぐな気持ちだけで十分幸せだよ。むしろ、一人で勝手にしてごめんね」
「いいえ、嬉しかったので、許してあげますよぅ。ふふふ」
あー、好き。と言う気持ちでなんだか体が無意識に動き出しそうだ。でもそんな浮ついた感覚を知られたくなくて、ヴァイオレットは立ち上がる。
「待たせてごめんね。それじゃあ、ナディアが頑張ってくれた夕食を食べようか」
「はい! 私用意しますから! マスターは座っててください」
ナディアが立ち上がり、ヴァイオレットの前に立ちはだかるように素早く移動した。その意気込みに苦笑する。
「いやいや、手伝うよ」
「いいですから。今日は特別なんですから」
「ん、わかったわかった。じゃあ、お願い」
「はい」
座りなおすヴァイオレットに、ナディアはにこにこと微笑んでてきぱきと支度をする。と言っても、ほぼ完成していたのを、お皿に盛りつけていくだけだ。
大きなお肉の入ったスープがメイン料理のようで、大きなお皿に入れてくれる。そしてパンとバター、飲み物、チーズと野菜のサラダ、色んな具材がはいったオムレツだ。どれも湯気をたてていて、いい匂いだ。
さっきまでもうっすら匂いはしていたのだけど、蓋をあけてお皿にのると一気に部屋中が美味しい匂いに包まれて、急にお腹が空いてくる。
その様子を席について、ナディアがくるくる回るように動く姿を見ていると、なんだかじんわり心まで満たされていくようだ。今までだって見ていると嬉しくなったものだけど、思いを伝えあった恋人が甲斐甲斐しくそうしてくれていると思うと、喜びもひとしおだ。
「お待たせしました」
「ありがとう、ナディア」
最後のお皿もおいて、ナディアは鼻歌まじりに席につく。もちろんさっき座ったヴァイオレットの隣だ。
「いただきます」
「いただいます」
一緒に手を合わせて、目を合わせながら唱える。いつもならほっとする挨拶なのに、隣に座って目を合わせているだけで、ドキドキしてくる。
距離が近い。もちろんわかっている。今までだってそうだった。意識してから自覚してしまって、ドキドキしていた。
だけど今、恋人同士としてこの距離なのだと思うと、余計にどきどきしてしまう。だってその気になればもっと近くにいける立場になったのだ。どうしてドキドキせずにいられようか。
だけどその動揺をさらけ出すのはためらわれる。だってそうじゃないか。今まで散々保護者ぶってきたのだ。
それもナディアは保護者ではなく求婚者と思っていたのかもしれないけど、どちらにせよ余裕ぶっていたのに、今更じたばたして格好の悪いところを見せるなんて嫌だ。それで幻滅されないとしても、ヴァイオレットにだってプライドはある。
ヴァイオレットは落ち着き払ったふりをして、食事に手を付ける。
「うん、美味しいよ。もちろん今までも毎日美味しい食事を用意してもらっているわけだけど、なんというか、恋人になれたと思うと、より美味しいよ」
「う、うー、嬉しい、ですけど。でも、それじゃあ、頑張った意味あんまりないような」
口の端をあげてにやけたナディアだけど、無理に眉をよせて怒ってますよとアピールしてきた。
言われてみればその通りだ。折角ご馳走をと頑張ってくれたのに、ヴァイオレットの言い方ではどんなものでも美味しいと言っているも同然だ。
「ご、ごめん。でも、本当に、美味しいよ? 美味しいんだけど、ナディアと両思いだと思うと、胸がいっぱいになってしまって。ごめんね?」
「もう、マスターはしょうがない人ですね。乙女心がわからないんですから。さっきだってそうですよ」
「さっき? さっきって?」
慌てて謝るヴァイオレットに、ナディアはわざとらしく寄せた眉をさげて、くすくすと笑う。やりとりのどれも、ナディアの表情からは嬉しさが見え隠れしていて、ヴァイオレットもついつい嬉しくなってしまう。
だけどさっきって、何か失敗しただろうか。料理を手伝おうとしたこととか?
「普通の人間じゃない、とかって説明のくだりもですよ。真剣な顔して、そりゃあ、まぁ、結婚する前には言ってもらったほうがいいのかもしれませんけど、結構込み入った話ですし、初対面から言われたほうがびっくりですよ。ずるいとは思いませんし。そもそも、それを言ったから私はじゃあ、マスターと付き合わない、とかって選択肢があるみたいに言われるとビミョーな気分です。マスターが優しいのはわかってますけど」
「え、そ、そうかな。うーん、でもなんというか、結構重大な秘密をしてたわけだし」
「重大ですか?」
不思議そうにされた。さっきの反応もだけど、普通の人間種じゃない作られた生命体っていうのは、結構な衝撃的事実だとヴァイオレットは思うのだけど。
この世界では色々な種族があって当たり前で、種族差も結構ある。その中でもひときわ異彩なエルフだからこそ、ヴァイオレットが普通と違うと言ってもあまり気にならないのだろうか。
「まぁ、私にとってはね」
一応、異世界のことも説明しておこう。恋人になるにあたっては、別に記憶や知識は必須事項ではないし、一度に説明するとややこしいだろうと省いたけれど、今は落ち着いているし、ざっくりとかみ砕けばいいだろう。
「私はつくられた命で最初から大人の体だったわけだけど、体が大人で中身が赤ん坊だとおかしいでしょ? だから私は最初から動けるように一度成人まで生きた魂がいれられたんだ。私の主観では、一度死んでこの体に生まれ変わったみたいな感じなんだけど、もともと私は、別の世界にいたんだ。だから結構、価値観の違いとか、基本的な知識の漏れもあるのかな」
「……? はぁ、そうなんですか。よくわかりませんけど、じゃあ、わからないことがあったら、教えてあげますね」
あまりわかってもらえたのか微妙な反応だ。ルロイには通じたので、生まれ変わりや魂と言う概念自体は存在しているはずだけど、一般的な認知度は不明だ。
そこから説明するとなるとややこしくて時間がかかるだろうし、ナディア自身が聞いてきたならともかく、流されたのだからいいか。とヴァイオレットはこれ以上の説明をあきらめた。
正直、これについたは終わった話だ。ただ今回のような決定的な知識不足なんかがあっても困るので、一応説明したけれど。
「ありがとう、その時はよろしく頼むよ」
「はいっ。ふふふ、マスター、じゃあ、私食べさせてあげましょうか?」
「え? 急に、ど、どうして?」
あーんをしようと言うなら、さんざんやってきたし、嫌とは言わないけど、じゃあ、と言うのはわからない。
話がつながっていないだろうと困惑するヴァイオレットに、ナディアはくすりと悪戯っぽく微笑む。
「そのい世界? と言うのは、よくわかりませんけど、全然違うとこなんですよね?」
「うん、まぁ。エルフとかいなかったし、魔法もなかったし」
「え、そうなんですか? えぇ、なんというか、原始的な感じ? なんですか?」
「いや、そうでもないんだけど、全然違うことが多すぎて、どっちがどうとは言えないかな」
割と直接的にディスられた気もするが、それよりナディアが原始的と言う単語を知っていたことに感心したので、お互いさまだとスルーする。
向こうでは科学が発達していたので、そちらの方が発達していた部分もある。しかし魔法の方が便利なこともある。一面だけを見て決めつけることはできない。そんな玉虫色のヴァイオレットの回答に、ナディアは視線を上に飛ばして不思議そうな顔をする。
「えー? なんだか、全然想像つかないですね」
「まあ、エルフの生活だって想像できなかったし、そんなものでしょ」
「そう言われてみればそうですね。エルフ以外の人の生活って、近くの村まで買い出しくらいなら行ったことありますけど、実際に生活すると色々と違うことがあって驚きましたし。まぁそれはともかく、全然違う世界なら、きっとマナーもわからずお困りでしょう。食べさせてあげますよ!」
「言いたいことはわかったけど、無理があるのでは?」
首を傾げて、ちょっと真面目な会話をするもその寿命は短かった。と言うかそれが言いたいための前振りだったらしい。
今まで散々一緒に食事をしてきたし、他の人との食事も問題なかった。むしろナディアがヴァイオレットの手元を見ていたくらいなのに、その理屈はさすがに無理がある。
と呆れ顔になってしまうヴァイオレットに、ナディアはわかりやすくむくれ顔になった。
「なんですか。恋人が食べさせてあげるって言うのが、そんなに不満ですか?」
ちょっぴりむくれた声音だ。そんなところも可愛いけど、ヴァイオレットとしてはやっぱり、ナディアにはそんな遠回しな言い回しは似合わないと思う。意地っ張りで上から目線になっても可愛いからそれはいいけど、そんな言い訳はいらないでしょ。
だからヴァイオレットはそっとナディアの左手を掴んでお願いする。
「そんなことないよ。可愛い恋人が食べさせてくれるって言うなら、とても嬉しいよ。だから、マナーがどうなんて言い訳はいらない。ナディア、可愛い恋人のあなたと、食事を食べさせ合いたいな。お願い」
「……しょ、しょうがないですねぇ! 可愛い私が、大好きなマスターのお願いに応えて、食べさせ合いっこしてあげますよ!」
はぁ、たまらなく可愛い。ちょっとつんとしている感もたまらない。別につんとしてるの口調だけで、ニコニコ笑顔だし、大好きってもう言ってるし、普通に嬉しそうな声音だし全然好意隠してない。
なのに何故ちょっとだけ素直じゃないのかはわからない。照れ隠しなのだろうか。でも、可愛いからいいか!




