ヴァイオレットの寿命
「それで、どう?」
アレーシアの波形を測定する装置は、確認してみると大きな問題があった。それはアレーシアにしか使用できないと言う点だ。アレーシアの個人的感覚を元に、その感覚を装置に数値化させると言う仕組みなのだ。なのでアレーシアを通してしか使えないのだ。
しかしそれは今後の課題としてアレーシアが工夫していくことであり、ヴァイオレットには関係ない。悪いけれど今のヴァイオレットに関係のない生徒にアドバイスしてあげる余裕などない。
なのでヴァイオレットが測定される手順や仕組みを見ながら眉を寄せてどう改良するかを考えている職業病患者は無視して、純粋に結果を聞いてみた。
アレーシアは眉を寄せて検針の動きを見つめながら、えーっとと頼りない声をあげる。
「ちょっと、一回自分を計ってみていいですか?」
「え、いいけど」
アレーシアの手を離す。アレーシアは自身の魔力をそのまま流す。そうして出た結果を見てから、もう一度ヴァイオレットの手をとる。
論文用の測定時はアレーシアの主観が入らないよう魔石経由で魔力を測定したらしいが、アレーシアの感覚が元だからこうして直接手をとって魔力を流す方がより確実なので、そうして計ってもらっている。
本人によると、魔石越しだと薄いカーテン越しに見ているような状態らしい。
「うーん、合ってますね」
「合ってないことがあるの?」
「基本的にありませんけど、私の体調が悪いと感覚が狂うことがあります」
「そうなんだ。で、どうだった?」
アレーシアの言う魔力波形で年齢を見るのは、二つの指針がある。強度と練度だ。もちろんこれも仮称で、アレーシアの感覚によるものだ。いわく、心臓に例えるなら鼓動の強さと、震え方の上手さ、だそうだ。いまいちピンと来ないたとえだけれど、本人にとって心臓の鼓動と言うのが波形と近いと感じるらしい。
「コールフィールド教授の結果なんですけど、今現在のデータと一致しないんですよ。どちらも全盛期なんです。私の研究だと、強度の全盛期は20前後、練度は30前後のはずなんです。実際、今までの測定は全てそれを裏付けてたんですけど」
「全盛期。自分で言うのもなんだけど、私は人よりかなり魔力が多い方なんだけど、それで誤認することはある?」
「いえ。それはありません。何というか、魔力量は張りなんですよ。もちろん、個人の成長過程によります。魔力が多い人は強度の全盛期が早めに終わる傾向がありますけど、むしろ今回が逆です。全くどちらも全盛期なんて。まるで、はかったように」
ぶつぶつとつぶやくように言いながら、アレーシアはヴァイオレットの結果を記録している。
それをちらりと覗き込む。チラ見だが、どうやら他の人の波形は確かに二つの度数に開きがあるようだ。その原因はしかし、ヴァイオレットだけはあり得るのではないか。
「……ねぇ、ルロイもはかってみてよ」
「ん、ああ。そうだな。頼む」
「あ、は、はい!」
アレーシアはルロイの番になると緊張した面持ちで、手を拭ってからそっとルロイの手をとった。ルロイを測定すると、アレーシアはほっとしたような顔つきになる。
「クレメンツ教授は強度が全盛期を少し過ぎて、練度が全盛期ですね。強度が少し平均より落ちてますが、30前後ですね。具体的な数字にすると33になりますけど、さすがに多少前後します」
「ああ、合っている。少し落ちていると言ったが、それは魔法をつかうのに問題はないのか? 魔力量は上がっているし、魔力操作の流れも特に下がっていないんだが」
「ですから、そう言うのとは全く別なんですよ。生きていくことで自然と心臓の動きが微妙にスムーズになったとして、それで健康が変化したりしないみたいな感じです」
「だからお前の例えわかりにくいんだよ」
それが正確にどういったものであったとして、何かしら正確な基準が魔力には存在し、そして年齢による変化の平均が存在してある程度正確であると言うのは間違いなさそうだ。
「……、多種族の数値もはかって、それも正確だったんだよね?」
「はい。見ますか? こちらが記録です」
「……ありがたいけど、そんな簡単に見せるのはどうかと思うよ、と言うか目の前で書くのもさ」
「大丈夫です。私にしかわからないことですから」
学生特有、と言うより本人の特殊感覚による自負によるものだろう。自信満々のその態度は無視をする。ありがたいのでそのまま受け取って軽く流す。確かに、少なくともこの書類上では複数の種族も同一の結果が得られていたようだ。
「……とりあえず、わかったよ。ありがとう」
「いえ。ですけど、コールフィールド教授の結果を考慮して、計算式を考え直す必要があるみたいですね。しばらく研究に付き合っていただきたいんですけど、あ、魔力だけでいいので」
「あ、それなんだけど、私はちょっと生まれが特殊だから、あまり参考にならないと思うんだけど」
「特殊、ですか。でもそうだとしても、同様のケースが発生する可能性がある以上、加味する必要があります。あ、そう言えばコールフィールド教授は、何の種族何ですか?」
通常と違う結果が出たのだから、こうなるだろうとは予想したいたが、しかしさすがに素直に答えるわけにはいかない。個人的研究対象になるのはごめんだし、今回の件に限って言えばヴァイオレットと言う異物を演算にいれたっていいことはないだろう。
ヴァイオレットは尤もらしい顔をつくる。
「ううん……ここだけの話なんだけど、実はある希少民族の末裔でね。世界に数えるくらいしかいないはずだから、例外として扱っていいはずだよ。だからこそ、自身の寿命がいまいちわからなくて、計ってみてもらおうと思ったんだ」
「希少……種族名は教えていただけないと言うことですか?」
「そうだね。そこで、あなたの感覚だけでいいから教えて欲しい。あなたは私の寿命を何年だと思う?」
「……そうですね。もう一度、はからせてください」
「わかった」
ヴァイオレットはアレーシアと手を繋ぎ、そっと魔力を送りこむ。アレーシアはそれをよく吟味してから、もういいですよと止めさせた。そして手をおろしてヴァイオレットを見つめながら答える。
「どちらも全盛期なのは間違いありません。あくまで私見ですが、もし、コールフィールド教授が生まれてから死ぬまで全盛期、なんて言う特殊パターンでなければ、どちらかが全盛期がずれています。ですがどちらにしても、20前後か30前後と言うことになります。なので寿命は今の年齢の3倍から5倍ほどと考えてください」
「結構幅あるね」
「……と言うか、ですよ。どれだけ希少種か知りませんけど、今までの成長や老化のはやさでわかるでしょう、だいたい」
「それはそうだけど、ほら、同じ長命種でも、幅があったりするでしょ? 樹木種なんかはかなり長いけど、幼少期短いし」
「あれはかなり例外、まぁ、そうですね。ですけど、今回樹木種も一人だけですけど、データ取れてますから。大丈夫です」
確かにデータになっている。被験者数は少なかったが、種族数が多くて外見だけでは正当しにくい、と言うのも評価ポイントになっていたのだろう。
ヴァイオレットは半信半疑だった論文内容の採点を内心修正する。確かにまだまだ検証はこれからだが、本人の感覚にはある程度信頼をおいてもよさそうだ。プライドも高く自分から不正をするタイプでもない。
「あと、以前一人だけ病気の人も見たことあるんです。と言っても今回の論文にはのせてませんけど。その人は年齢だけなら中年期なんですけど、病で倒れてから明らかに魔力波形が変化していきました。健康状態との関連はこれから証明していくんですけど、とにかく現状では少なくとも魔力波形から見たならちょうど青年期の健康体です。間違いありません」
「病人だと違ったの?」
「ええ、まあ。そのときはまだ子供でしたし、記録もしていませんが」
なるほど、余計に今後の発展が期待される。それに以前のその体験が元に、この研究をはじめたのならより信頼性もある。
子供の時に明らかに不調になる大人の波形に触れ続けられたと言うのは、おそらく親族か近しい人が亡くなっているのだろう。詳しく聞きたいが、さすがにその体験に踏み込むには初対面だ。他の病人への検証をして、その結果を待つ方がいいだろう。
「わかったよ、ありがとう。不安なところもあったから、助かったよ」
「い、いえ……、助けになれたのなら、嬉しいです」
素直にお礼を言うと、アレーシアはそうはにかんで応えた。その様子は傲慢な若き研究者ではなく、照れ屋で親切な少女だった。
ルロイの学生時代によく似ている。やけにルロイがつっかかるように口を挟んだわけだ。
「病人の被験者を増やすなら、俺が口をきいてやってもいいが、それよりお前がいないと測定できないのが問題だな。お前の感覚をまず魔方陣へ変換するところからだな」
「う、わ、わかってます」
ルロイの協力的な上から目線に、アレーシアはやや頬を染めながら強がるように眉を寄せた。
とにかくこれでヴァイオレットの目的は達した。いまならまだ、次の授業には出られるだろう。礼を言って失礼する。ルロイはまた来るからなと言い残した。よほど興味がひかれたらしい。
部屋をでて研究所へ戻りながら、ヴァイオレットはからかうように声をかける。
「珍しいね、ルロイが学生一人に肩入れするのは」
「ああ。元々、発展性が大きそうだとは思っていたが、本人にあって気が変わった。ありゃ、波形の存在は間違いないな。本人の間違いや空想じゃない」
「言い切るね」
「目をみりゃわかる。それに病人の変化はでかいだろ。もしかすると、死亡率をさげることになるかもしれんぞ」
「うまくいけば、早期発見早期治療が視野にはいるってことだよね」
「なんだ、わかってんじゃねぇか。まあ、さすがにそこまでは、俺が生きてるうちは難しいだろうけどな」
「そうかな。課題はおおいけど、少なくとも最低限、測定が彼女個人によらなくなれば、ハードルはさがるよ。どこかの若き天才魔法使いがバックにつけば、実現までは近づくだろうさ」
「……なんで俺が」
「ルロイは、なんだかんだ言って、どこまでもお人好しだって、私は知ってるよ」
「……とにかく、どうなんだ。あの結果で、納得したか?」
「うーん、まぁ、そうだね。元々、生まれた時から何一つ変わってなかったんだ。だから魔力も、最初から最後まで全盛期なのだと言われても、そう作られたのか、と納得するよ。でも、それってつまり、肉体もまた、最初から最後まで全盛期に作られたってことなのかも、と今は思っているよ」
考えて見れば、普通は成長する魔力量なんかも、生まれた時から全く変わっていない。そして何一つ変わらないまま、今日まで生きてきた。
50歳と言う節目に、体の不調で老化と思い込んだ。けれど、元々何があろうと健康体と言う訳ではないのだ。肉体自体も若いままで単なる体調不調になっていたのだとすれば何の疑問もない。
そうだ、考え方が間違っていた。ヴァイオレットは自分をただの人間だと思っていた。それが間違っていた。ネガティブになっているのではない。
ヴァイオレットはあまりに自分の中の凝り固まった常識で思い込んでいたのだ。だけど実際にはそうではない。ホムンクルスで、この世界における普通の人ですらないのだ。性器のない、幼少期のない、成長や老化のない、そんな存在の寿命を、偏見によった常識で考えようとするのが間違いだったのだ。
「その場合、お前はまだまだ生きる、とも限らないって言いたいのか?」
「まぁね」
今まで何も変わっていないのだ。今後もはからなければいけないけど、波形もずっと変わらないとすれば死ぬときまで変わらない可能性もある。だから寿命何てのはわからないだろう。
だけどそれは誰だってそうだ。平均寿命があったって、いつ死ぬかは本当のところ誰にも分らないのだ。だからこそ、体の不調で自覚するのだ。
だけどヴァイオレットが思い込んだ不調は一過性のもので、今現在なにもない。そして少なくとも体も魔力も若いままだ。
「でも、大丈夫だよ。ありがとう」
今わかる段階で言えば、怪我をしたりもするし不死ではないだろうが、現状は不老のようなものだ。もちろん、ある日急に電池が切れたように死んでしまうこともあるだろう。
だけどそれは誰にも分らない以上、そこを気にして生きることはできない。そんな後ろ向きな生き方はしたくない。
なら後は、気持ちの問題だ。今の自分は若いのか、年寄りなのか。肉体と魔力に問題がないなら、自分がどうしたいか。それはもう、決まっている。
「もう、年をとったとは思わないことにするよ。今元気な以上、気にしてもしょうがないもんね」
「ようやくか。全く。手間取らせやがって」
真剣な顔から、苦笑顔になってルロイは嘆息した。それにヴァイオレットも笑い返す。
「ごめんて。ありがとう。こうして前向きになれたのはルロイのお陰だよ。そうじゃなきゃ、もう少し悩んでいたかもしれない。さすが優等生。全論文把握しているのはさすがすぎる」
最終的には同じ結論に達せたかもしれない。どうやったって、ヴァイオレットの体を研究して寿命をはかるなんて不可能なのだから。
だけど波形と言う新たな基準でもって、ヴァイオレットの事情を何も知らない少女が断定してくれたのだ。それはヴァイオレットの背中を押してくれるには十分だった。それは今日、結論を出すのに必要だっただろう。
混乱したまま、悩んだままではナディアの前に戻れない。ナディアに悟られるわけにはいかなかった。だから答えをだせて本当によかった。今、こうしてすっきりした気持ちでいられるのは間違いなく、親友のお陰だ。
素直に告げるには少し照れくさくてちゃかしてそうお礼を言うと、ルロイははっと鼻で笑った。
「何が優等生だ。学生気分かよ」
「何せ私、まだ20前後みたいだからね」
「頭の中身がなー」
「ちょっと、言い方」
「はん。ちょうどいいだろ。ガキ同士で」
罵倒だ。だけど優しい声音で、年の離れた少女への恋心をバカにはせず、暗にお似合いだと認めてくれたのだ。それを素直に受け入れないほど、ヴァイオレットとルロイの関係は遠くない。
「……ぇへへ、ありがと、ルロイ」
「はん……まぁ、なんだ」
それでも気恥ずかしくて笑ってしまうヴァイオレットに、ルロイは頭をかいて空を仰いだ。
「今度、久しぶりに飲むか」
「うん。誘うよ。あ、そうだ。ごめん、急に押し掛けておいてだけど、ここで解散してもいい?」
「あー? まあ、ヴァイオレットだしな。いいぞ。行けよ」
「ありがとう。本当に、近いうちに誘うよ! その時にお礼もするから!」
ヴァイオレットはやるべきこと、と言うよりやりたいことを思いついて、ヴァイオレットは見た目年齢そのままに、はやる気持ちで意味もなく走り出した。
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