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宮廷魔法使いの卵

 論文をおいて、冷えきっているカップの残りを飲み干したヴァイオレットは、ぼんやり考える。

 この論文と言い、ルロイの物言いと言い、これは真実であり、今現在も大きく変化していないのだろう。男でも女でも、確率に差はあれど子供を相手につくらせられるし、自分もつくれるのだ。ならば法律上も、男女以外の婚姻を禁じていることもないのだろう。

 だからこそ、普通にルロイはヴァイオレットが嫁探しをしてると思ってナディアを紹介したのだろう


 そしてお互いの事情は話している前提でヴァイオレットは言った。詳細ははぶいて、家族になりたいと。これはもう、誤解させるどころではないだろう。申し訳ない。

 だけど、これはむしろチャンスなのではないだろうか、とヴァイオレットは前向きに考える。ナディアはヴァイオレットが介護の年齢なんておもっていなかったのだ。最初から結婚相手として、見ていてくれたのだ。そしてついに今日、いいですよ、と可愛く告白してくれたのだ。

 最高すぎる。めちゃくちゃ嬉しい。腰痛が単なる職業病で、ルロイの言うようにヴァイオレットの肉体がまだ若いと言うなら、是非もない。


 こちらこそお願いします!結婚してください!と言うしかない。

 勘違いだったとか余計なことを言う必要はない。今現在、ヴァイオレットもナディアを愛しているのだ。両思い二人に障害がないなら、余計な回り道をあえて言うことはない。

 好都合すぎる。これはもう、後々ナディアに惚れることを見越していたとしか思えない、手回しの良さ。仕事の手回しがいいほうでもないのに、これはもう珍しく自分にグッジョブと言いたい。


「おう、もういいか?」


 とそこまで妄想してにやにやしていたところに、ルロイが帰ってきた。振り向いたヴァイオレットは表情を取り繕うのを忘れて、普通にまたにやけ顔を見られてしまった。ルロイは呆れた顔になって、机の隣にまできた。


「お前、また気持ち悪い顔してるぞ。読み終わったか」

「まぁ、だいたい。まだちょっと、驚いているけど、まさか、男女に性分化しているのに、どっちも子供作れて結婚もできるとか、全く想像してなかったし。と言うか、どうしてこの論文の内容が授業で教えられないか不思議なくらいだよ」

「60年前だし、今ではほぼ常識だろ。あと、肝心の考察が時代遅れだ。と言うか、その口ぶりではお前の前世の世界とやらでは、男女になると片方しか子供をつくれないと言うことか」

「まぁ、そもそも魔力で子供ができるんじゃないし」

「え、まじで? そこから? じゃあどうやって、あ、いや、すまん。なんでもない」


 何気なく答えたヴァイオレットに、軽く目を見開いて真顔で質問しかけてから、慌てたように否定して机から論文をとった。


「もう昼だし、片付けていくぞ」

「うん、そうだね」


 女同士であることには、何の障害もないと言うことで浮かれていたが、そもそもヴァイオレットが高齢であると言う疑惑が晴れたわけではなかった。

 正直もう結構、女同士がありならいいかな? 少なくとも見た目は若いし。くらい気持ちが傾いていたが、しかし実際に高齢者枠なら、高確率でナディアを数年で未亡人にしてしまうのだ。自重すべきだろう。きちんと確認してもらわないと。


「あ、それとよ、聞き忘れてたんだけど、お前のいたとこだと、男女しか結婚できなかったってことだよな」

「うん」


 立ち上がるナディアに、ルロイは棚を開いて元の位置に戻しながらそう問いかけてきた。頷くヴァイオレットに、ルロイは戸を閉めて振り向いた。


「じゃあ、ナディアに告られたのはどうなんだ。にやけているけど、そのつもりなのか?」

「う……うん、そうなんだ」


 自然な流れだった。だけどルロイの目は真剣で、誤魔化したりできる雰囲気ではなかった。それに、確かに恥ずかしいけど、隠したいものではない。本当に、ナディアが愛しいと思えるから、胸をはれる思いだから、ヴァイオレットも真剣に思いを伝える。


「そんなつもりじゃなかったはずなのに、気が付いたら好きになってた。だから、ありがとう、ルロイ。彼女と出会わせてくれて。そして、勘違いしていてくれて」

「……ばーか、勘違いは、明らかにお前がさせただろ。人のせいにすんな」


 ふっと笑ったルロイはそのまま部屋を出ようと扉をあけて、そして背中を向けたまま立ち止まる。


「まぁ、なんだ、よかったな」


 そしてそのままそう言って、また歩き出した。ヴァイオレットはその後ろをついて行きながら、真剣な話になったから恥ずかしがっているだろう弟分に、可愛いなぁと微笑ましくて、くすりと笑った。









 そして学園についた。懐かしき学び舎。特に普段思い出したり懐かしんだりはしないが、実際に校舎を見ると、とても懐かしい。この中庭にはよく来たな、なんて思い出す。


「おい、なにきょろきょろしてるんだよ、珍しいものなんてないだろ」

「いや、懐かしくて。こっちは食堂だったね」

「ああ。裕福ではないみたいだからな。無料の食堂を利用しない手はないだろ」

「でも、食堂から見つけられる? 顔は知ってるの?」

「知ってるわけないだろ。呼び出すんだ」


 開放されている食堂に入る。中はにぎわっており、広い食堂の多くが埋まっている。騒がしいほどの空間いっぱいに、香ばしい様々な食事の匂いが充満している。思わずお腹が減ってくる。


「おい、そこのお前、クラスはAか?」

「え? い、いえ、違います」


 ルロイはちょうど横を通って食堂に入ろうとした生徒を一人呼び止めた。生徒は見知らぬおじさんに呼び止められ、きょとんとしながらも慌ててそう答えた。


「じゃあアレーシア・テイラーを知らないか? それか、Aクラスの人間を紹介しろ」

「あ、アレーシアなら、友人ですけど……」

「そうか、ちょうどいい。呼んできてくれ。俺は研究所の職員だ。あいつの論文について話がある」

「! わ、わかりました! すぐに!」


 胡乱げな顔をしていた生徒だったけれど、ルロイが身分証を提示しながらそう言うと、飛び上がるような勢いで呼びに行ってくれた。

 ちょうど友人とは、運がいい。それはそうと、この食堂はヴァイオレットたちも利用できるのだろうか。関係者と言えば関係者だけど。


「俺たちも食事にするか。俺はここで待っているから、持ってきてくれ。俺はAランチでいい」

「いいって言うか、利用していいのかな?」

「お前なら平気だろ。生徒でも違和感ねぇし」


 そう言う問題ではない気がするけど、教員や客人も利用可能なのだし、まぁいいかとヴァイオレットは言われた通りに二人分の昼食を確保しに行った。

 カウンターで中にいたベテランの調理職員に覚えられていたが、ヴァイオレットが研究者であることも把握していたのか、普通に歓迎してくれた。おばちゃんの情報網は侮れないものだ、と改めて認識しながら、ルロイを目当てに席を探して近づいた。


「お待たせ」

「おう、とりあえず、俺たちの身分と、興味があること、被験者になってやることは説明した」

「全部じゃん。ごめんね、急に」

「い、いえ! く、くく、クレメンツ教授に興味をもっていただけるなんて、光栄です!」


 アレーシアはルロイに並々ならぬ憧憬でも持っているのか、頬を紅潮させている。無理もない。忘れがちだが、このルロイ・クレメンツと言う男。この国で最も歴史をかえた宮廷魔法使い、としてすでに教科書に名前が載っているのだ。同じく宮廷魔法使いを目指す生徒にとっては憧れそのものと言っても過言ではないだろう。


「それに、こ、コールフィールド教授も。御高名はかねがね」

「え、私も?」

「もちろんです。堅実に、確実に新たな発明をされ、その分野も多岐にわたり、まさに発明の申し子とも言うべきお方です」

「そ、そう。ありがとう」


 いや、自身でもそれなりに順調に出世しているベテランの自覚はあったが、あからさまにキラキラした目を向けられると、照れる。研究所で部下として新人を面倒見ることはあるが、何故か入った以上ライバルだ、とぎらぎらしている新人ばかりあてられるので。

 ちなみに、教授、と呼ばれているが教壇にたったことはない。ただ宮廷魔法使いになっているのが=この学園での指導資格を持つことにもなるので、基本的に学園生徒からは教授と呼ばれるのが通例なのだ。年に一度、生徒が研究所の見学に来ることも、この通例が続いている要因でもある。


「まぁ、とにかく食事をしようか。お腹が減ったでしょ」

「は、はい」


 とにかく食事をとる。黙っていても緊張でなかなか食が進まなさそうだったので、論文について軽く話を聞きながらとる。自分の分野について話していると、やはりそれに意識が行くからか、どもることもなく話しながら食事をとってくれた。


 詳しく聞くほど、切っ掛けも含めて彼女の感覚的なものが大きいようだ。けれど、それが正答率100%であるのも事実だ。

 それを証明することはまだ完全ではないかも知れないけれど、魔法と言うのは元々、体内にある魔力を使用したのが最初だ。一部の生まれ持って感覚のするどいものが、それに気づいた。その使用についても、感覚的にこうしたらまた別のことができる気がする、と言うので実際にやってできた、と言う感覚的発祥から生まれた魔法分野は少なくない。

 だからこそ、単なる感覚、と言うのはけして馬鹿にできない。今までそれを感知する人がいなかったと言って、その感覚が新たな発見ではないと言い切れないのだ。もちろんだからと言って、まだまだそうとも言い切れないけれど。


「とにかく、被験者数を増やすことが先決だな。かつ、それが正式に証明になるように測定する方法を確立しないとな」


 早食いのルロイが食事を終え、そうアレーシアにアドバイスをするが、アレーシアは最後の一口を頬張りながら呑気に相槌をうつ。


「あ、それなら私の担当教授である、スミス教授に立ち会っていただいてます」

「あのな、それはだから、学生の自由論文用だろ? もっと被験者数を増やして何千人とはかるのに、全部教授を立ち会わせるつもりか?」

「な、何千って。そんなに」

「あ? 論文にのるって連絡はいってるだろ?」

「あ、はい。昨日、スミス教授から」


 予想以上に大きな規模の話をされて困惑したようなアレーシアに、ルロイは呆れたように息をついて、机に肘をついた。


「だったら、もっと研究続けて、実用化まで持って行くつもりだろ? それなら何千でも少ないくらいだ。最低でも、種族や年齢、病人などのレアケースも最低数以上含めて、一万人は確認したいところだ」

「い、一万ですか。えー、でも、発明品とか、実用化にあたってそんなに多くテストケースつくりませんよね?」

「お前は馬鹿か。既存技術の応用と、新概念の設立が同レベルな訳があるか。これが事実なら、世界の基準が増えるんだぞ」

「そ、そんな、ちょっとさすがに、大げさでは?」

「ん、なんだ、テイラー、お前、怖気づいてるんじゃないだろうな? 世界を変えるかもしれない発見をしてビビっているようじゃ、宮廷魔法使いになんてなれねぇぞ」


 ルロイが鼻で笑ってする挑発に、アレーシアはだけどヴァイオレットの予想に反して、むっと眉をよせた。


「そんな、そんなわけないじゃないですか。ただ私は、これはもっと応用した方が、もっと大きなものになるって思っているだけです。波形の証明はスタートに過ぎないんです。なのにそんなに時間をかけていたら」

「そこが学生レベルだってんだよ。その証明は、お前が納得して終わりじゃねぇんだ。それこそ世界に認めさせるんだぞ」

「それは、でも、もっと先の研究で、明確な証明がされれば、おのずと波形自体も証明されることになるじゃないですか」

「元の基準が明確に認められてないものが、応用の証明がすんなり受け入れられるわけねぇだろ。……つーか、いつまで食ってんだ、ヴァイオレット」

「あ、ごめん。すぐ食べるよ」


 最近、ナディアと一緒にのんびり食事をとっていたので、普通に食べているつもりでもゆっくりと咀嚼していた。ヴァイオレットはペースをあげて食事をとる。

 そんなヴァイオレットを横目に、一旦ヒートアップしかけたがルロイは立場を思い出したのか冷静に諭すように改めてアレーシアに話しかける。


「まぁ、初対面の俺から言われても反発するのはわかるが、よくそのスミス教授と話し合った方がいい」

「……はい、その、興奮してしまって申し訳ありませんでした」

「いや、俺の言い方が悪かった。と言うかわざと挑発した。それだけお前の論文が、未来のあるものだと思ったからだ。頑張ってくれ」

「! はい! ありがとうございます!」


 綺麗にまとまったようだ。どちらも真面目だからこその食い違いなので、早めに収まってくれてよかった。ルロイが熱血漢でかつ有能過ぎて歯に衣きせないので、わりともめ事になりやすいので、はらはらした。

 安心してヴァイオレットは最後の一口を飲み込んだ。


「おう。んじゃまぁ、ヴァイオレットも食い終わったみたいだし、行くか」

「え、はい。どこへ?」

「おう、まずは俺たちが被験者数増員に一役買ってやるよ。測定具は、そのスミス教授のところか?」

「はい」

「最悪、教授と測定しておくから、昼休みが終わったら戻っていいからな」

「まさか! ご一緒させてください」


 なにはともあれ、問題なく測定してもらえそうだ。


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