誤解をとく
この話を合わせて4話かけて、ヴァイオレットが勘違いしていた年齢や生殖に関しての説明が行われます。
ヴァイオレットが前向きになるための時間ですが、ナディアがでてこない準備回になりますので、一気に更新したいと思います。
なので今週だけ本日から木曜日まで4日連続更新になります。
「よう。元気になったんだな」
家を出たその足でルロイを訪ねた。いつも通りの研究室にいたルロイは、快く迎えてくれた。
まだ朝が早いからか、書類を机の隅に並べたまま無理やり朝食をのせたお盆をのせてお茶を飲んでいた。
色々と話したいことはあるのだけど、とりあえずは先日のお礼からだ。
「おはよう、ルロイ。すっかりだよ。先日は迷惑かけて本当にごめんね。助かったよ。ありがとう」
「おう、まあ元気になったならなによりだ。気にすんな、ってのは本音なんだが……本当に大丈夫なのか?」
「え、なにが?」
「お前、ずっとにやけてるけど」
「!」
自覚していなかったが、ヴァイオレットはこれ以上ないほどにやけていた。
いやしかし、弁解をするなら、恋心を自覚したばかりの、しかも初恋の少女に向こうから恋人にとか言われたのだ。いくら自制心で安易に恋人になれるものではないと考えていたって、嬉しいと思ってしまう感情は止められない。
と言うか叶うなら本当に恋人になりたいに決まっている。
「そ、それは、その。実は、内密にルロイと話したいことがあるんだけど」
「うん? ……それは、ここではできない話か?」
ここは城内の片隅にある、ルロイの研究棟の奥のルロイ専用の研究室だ。ルロイが許可しない人間が建物内に入ってくることはない。
しかし万が一の通報通知の件もあり、防音が徹底されているわけではないし、何かあれば人が入ってくる可能性は十分にある。なにしろここの責任者がルロイなのだ。ノックが徹底されているとは思えない。
「その、朝から無理を言って悪いけど、誰にも聞かれたくない話なんだ」
「……お前がそんなことを言うのは、初めてだな」
「ん、まぁ。こんなことは初めてだし」
「わかった。にやけ面なのは気になるが、他ならぬ親友の頼みだ。聞いてやろうじゃねぇか。待ってろ。準備するから」
「……ごめん」
いや、真面目な話は話なのだ。場合によっては、今まで隠していたことも話すかもしれない。だけど、いやー、やっぱにやけるでしょ! だってあんな、可愛い顔して、ヴァイオレットのことを思っていたのだ。思い出すだけでにやけすぎてよだれ出てきた。
ルロイは席をはずし、しばらくして助手を一人連れて戻ってきた。ヴァイオレットも顔なじみの、ベテランの助手の一人だ。2年後輩で、学生時代から知っているアレクシスだ。
「じゃ、悪いけどしばらく頼んだ」
「はい。大丈夫ですよ。お久しぶりです、ヴァイオレットさん」
「久しぶり、アレクシス。ごめん、急で。ルロイのかわりにいてくれるんだね」
「はい。まぁ、かわりってほどじゃありませんけど、少しくらいなら、任せてください」
「よし。行くぞ」
「うん。お願いね。今度お礼するよ」
「いえ、お気になさらず」
ルロイにしかできない仕事、責任が重いので、簡単に離れるわけにはいかないが、さすがに四六時中ではない。非常通報の為、夜間も交代での泊まり込みになっているが、助手もたくさんいるローテーションだ。
研究室を空にはできないので、アレクシスがかわってくれたことで、ヴァイオレットはルロイと別室に移動した。
と言っても、研究棟からはでない。仮眠室を兼ねた、ルロイ専用の防音室にきた。ここは魔法具で鍵がかかっていて、ベルをおして呼び出さないと他人は絶対に出入りできないし、機密ももれない。ここなら安全だ。
先ほどの研究室に比べると狭いが、こちらはより機密に近いものや、普段使わない研究論文なんかも置かれているため大きな本棚が圧迫して狭く感じるだけで、実際にはそれなりの広さがある。
室内の簡易キッチンで、ベッド脇の小さなテーブルに飲み物を用意して、ルロイはベッド、ヴァイオレットは椅子を引っ張り出して向かい合った。
「さて、んじゃ、話してもらおうか」
「うん。と言っても、何から話せばいいのか。こればっかりは、うまく順序立てて話せる自信がなくて」
「んん? なにがあったんだよ。とにかく、めちゃくちゃでもいいから話してみろ。俺を誰だろ思ってやがる。天才にして、お前の親友だぞ?」
「……わかった。実は、ナディアに、告白されたんだ」
「……あ? なんだそれ。のろけか? 馬鹿馬鹿しい。解散!」
真剣に促されたので、友情に感動しつつもそう告げれば、あからさまにルロイを顔をしかめ、あまつさえ右手を振り回して解散を宣言した。さらに立ち上がろうとすらしてくるので、慌てて両手で制する。
「違うって。違う。そうじゃなくて、それは確かに嬉しいんだけど、どうもおかしいんだ」
「なんだよ」
座りなおすも、態度悪く肘をついてお茶をすすりだすルロイに、ヴァイオレットは意味もなくあたりに目配せして、上体を倒し気味にルロイによせて、気持ち声をひそめて告げる。
「どうも、私がナディアに求婚していたみたいに言うんだよ」
「んー? いや、実質してるだろ?」
「え? え、ちょ、なんで? 何でって言うか、もし仮にそんな感じまぎらわしいこと言ってたとして、なんであなたが知ってるの?」
「はぁ? 初対面の時に言ってただろうが。嫁探しで見つけた候補で、家族になりたいとか、普通に求婚だろ。お前だって、結婚相手としてまんざらでもなかったんだから、結婚を前提として引き取ったんだろ?」
「……は? よ、嫁探しって、結婚ってなに」
当然のような態度で言われて、混乱気味に詰め寄るヴァイオレットだったけど、さらに続けられた言葉には、ぽかんと間抜け面を晒してしまう。
その言い方では、最初からヴァイオレットが結婚相手を探して、見つけたのがナディアみたいではないか。
だと言うのに、ルロイはむしろ、ヴァイオレットこそ何を言っているんだとばかりに眉をひそめた。
「あん? お前が言ったんだろうが。家のことをしてくれる可愛いお嫁さんが欲しいって」
「そ、そんなこと言ってない」
「お嫁さんは冗談だが、いや、言っただろ。世話をしてほしいって」
「だから、介護を」
「は?」
「その、50歳で、いい年だから、介護してくれる跡取りがほしいなー、と、そう、あなたに相談したんだけど?」
あの時の会話は、ヴァイオレットにとっては当たり前に通じていると思っていたので、言われた意味が分からなさ過ぎて、恥ずかしいとか考えずにストレートにそう言った。
さすがにこういえば、誤解の余地はない。ルロイは目も口も大きく見開いた。
「は、はあああ!? 介護!? 何寝ぼけてんだ!? お前のどこに介護がいるんだよ。馬鹿馬鹿しい。なんだそれ、はー、くそかよ」
大きな声をあげてから、悪態をつくのと反比例して力が抜けたようにルロイはベッドに寝転がった。
いや、そんなことを言われても。確かに濁した。濁したけど、年が年だし、みたいな言い方をしたはずなのに。
「いや、老化してきて腰とか痛かったし。本当に介護がないと歩けないとかなってから探したら遅いでしょ?」
「それただの腰痛だろ。単なる職業病だろうが。長命種が何言ってんだよ」
「いや……今から言うことは、吹聴しないでほしいんだけど」
「はー? またどんなジョークを言うつもりだ? 安心しろよ、クソ寒い親父ギャグでもスルーしてやるよ」
やさぐれたように投げやりに促された。全然言う気になれないけど、ルロイを信用自体はしているし、そう言われたらヴァイオレットが悪かったのかな? と思わなくもないので、そのまま口を開く。
「……私は、長命種じゃないんだ」
「……は?」
さすがに予想外だったのか、ルロイは顔をあげてヴァイオレットを見たけれど、内容が突飛すぎたのか、ヴァイオレットの真剣な表情にも取り合わず、鼻で笑った。
「そりゃどういう冗談だ? 自己申告50歳、俺と会ってから15年くらいたってもずっと外見20歳が、短命種だって言うのか? お前さぁ、俺、仕事中に無理に時間作ってんだぜ?」
「少なくとも、短命種ではないんだ。冗談じゃない。私には種族ってものがないんだから。誰にも言ったことがない、私の話だ。こんな嘘、言えるわけないだろ」
「……話してみろ」
ルロイは起き上がり、姿勢を正した。
ヴァイオレットは生まれて初めて、自身の出生について説明した。
○
「念のため、確認させてくれ。今の説明、一つも嘘はないんだよな?」
「ないよ。こんな質の悪い、しかも時間かけて説明して、嘘なわけないでしょ」
「わかるが、お前。なんだよ、それ。ホムンクルスが、実在していたなんて。お前、そんなの、世界が変わるぞ。しかも、オーウェン・コールフィールド? 錬金術師のオーウェンと言えば、有名人どころじゃねぇぞ」
一通りの説明を聞いたルロイは、たまった空気をはくような大きなため息をつきながら、カップを飲み干して肘をついた。それにお代わりをそそいであげながら相槌をうつ。
「私の存在が奇跡ってことはわかってるよ。父が教科書にのっているってこともね。だから言わなかったんだ。と言っても、普通に家名は名乗っているし、父の名前として書類にも記載してるよ。秘密なのはホムンクルスってことだけ」
「だけって。そこが一番問題だろうが。と言うか名字だけでわかるか馬鹿」
「馬鹿って。今日、当たり強くない?」
別に、父のことを吹聴する必要もない。隠していたのはホムンクルスであることだけだ。父のことまで文句を言われるいわれはない。
むっとしながら指摘すると、ルロイは気まずそうに少しだけ視線を落とした。
「……すまん。色々と混乱した。八つ当たりだな」
「いや、まぁ、むしろ、そのまま信じてくれて助かるよ。ホムンクルスを疑われたら、最悪色々見せなきゃいけないでしょ」
「ばっ、か! お前なぁ、性別ないっつって、そう言うこと普通言うかよ」
「いや、もちろん嫌だよ。だから信じてくれてありがとうって話」
「……とにかく、お前は他にないホムンクルス体で、寿命は不明ってことだな」
何だか照れくさくて、誤魔化すように笑顔でお礼を言うと、ルロイも照れたのか眉をよせて不機嫌な顔になってから、そう話を次へ進めた。
いつまでも雑談してもしょうがないので、ヴァイオレットもそれに乗っかる。
「そう。生まれたときからこの外見なんだから、変わらないみたいだけど、だからって寿命はあるだろうし、それで、腰が痛くなってきたから、寿命が近いのかと思ったんだけど」
「あほか。短絡的にもほどがある」
「そういわれても。寿命確認する方法なんてないでしょ」
「寿命なぁ……いや、待て。お前、来月発表される論文読んだか?」
「来月のを読んでるわけないでしょ」
論文の発表自体は学園や研究所に所属しなくても誰でもいつでも発表できるが、ルロイが言っているのは国が定期的にまとめてとりあげることをさす。審査を受けて選ばれれば、演劇場をつかって専門家を招いての発表会の機会が与えられ、その内容も書籍として残される。
魔法関連のものは、専門家として呼ばれる候補として研究者には城の中である程度共有されるので、ヴァイオレットもその気になれば読めるが、別にわざわざ読むことはない。選考され発表されて、書籍になった上で仕事でつまったときの気分転換に、次のが出る前に読むくらいだ。
そんなヴァイオレットに、意識高い系研究者はやれやれと呆れ顔になった。




