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手を繋ごう

 週末になったので、朝からお弁当をつくり出発した。休みにしてはまだ早い時間だけど、街の門には休日の概念がないので、すでに開門時間を過ぎている。

 街からはそう頻繁に出ないので、ヴァイオレットと言えど顔を覚えられているわけではないが、基本的に出る人間は検査されない。入る時も、あくまで個人なら、身分証がなくても不審なところがなければスルーされる。


 大きな門を開け放たれ、両側の詰め所から兵が監視する通路を、基本的には自由に通れる。検査を受けるのは、馬車をつかう商人か、顔を隠して手配書の人間か確認できない、などだけだ。

 商人は中に人がいないか、もあるが、荷物の分税金がかかるからだ。人に対しては税がかからない。だからこそ、身軽でふらふら入ってきたナディアも特に声もかけられずスルーされたのだけど。


 大きな門を通過しながら、ナディアの問いかけにそう答える。ナディアは割とすでにギリギリの状態で門をとおってきたらしく、そうだったんですか、と神妙な顔で頷いていた。


 東門を出て、東南方向に続く街道をそれて、門から東北方向に向かう。すぐそこに森は見えていて、10分もかからないですぐにたどり着く。

 ここまでも整地された道ではないが、草地から森に代わるのだ。目配せして、頷きあってから森へと足をすすめる。


 森に入ると、途端に空気が少しひんやりして心地よく感じた。しかし獣道を選んでいるので、何もないところよりはましだが、それでもやはり、歩きにくい。しばらく歩くと汗ばんできた。


「結構凸凹しているけど、大丈夫?」


 念のため手近な木に手をかけながら、ヴァイオレットは振り向いてそう尋ねる。ナディアとそのまま目が合って、少し驚いた。

 この悪路を、足元を見ずに前をみて歩いていたのか。エルフにとっては、悪路も何も関係がないのか? いや、足をひっかけるくらいはあり得るだろう。

 疑問に思うヴァイオレットと視線をあわせたままぱちくり瞬きを一度してから、慌てたようにナディアは誤魔化すようにきょろきょろしだす。


「え、あ、大丈、ぶっ……だ、大丈夫です」


 そして慌てながらも答えようとして、大きな木の根から右足が滑り落ちた。と言ってもたかが10センチほどずれただけなので、とっさに木の幹に手を添えるだけで転んだりはしなかったが、恥ずかしかったらしく、かっと真っ赤になった。

 その様子に、思わずほほえましさで微笑みながら、ヴァイオレットは手を差し出す。


「お互い助け合えるよう、手を繋がない?」

「……そ、そうしましょう」

「うん」


 手を繋いだ。場合によっては、共倒れになりかねないわけだが、ヴァイオレットはそれなりに森歩きにはなれている。この国に来るまでももちろん、学生時代も街から出ることはそれなりにあった。

 この程度の森なら、油断しなければ両手がふさがっていても問題はないくらいだ。なので、ナディアを支えるくらいは訳はない。


 おずおずと恥じらいながら出された手をそっと手に取る。ほっそりして、ほのかにひんやりしている手だ。

 その手触りの良さに、自分が少し汗ばんでいることを思い出したヴァイオレットは、手汗までかいていなかったかと焦ったが、ナディアが何も言わないので黙っておく。


「ナディアの手はひんやりしているね」

「あ、森に入ったからだと思います。外気で結構変わるので」

「そうなんだ」

「はい。マスターの手は、その、暖かくて、マスターみたいに、優しい感じですね」

「んん? そ、そう? ありがとう」


 褒められたのは素直に嬉しいけれど、優しい感じの手ってなんだ。確かにナディアの手は繊細で可憐な感じがするけど、ヴァイオレットのはなんだ。手汗があるということか? でも遠回しに批判するなら、優しいとかプラスな言い回しではなく、変な感じくらいにぼかすはずなので、手汗だとしていい印象のはずだ。

 ……いや、手汗のいい印象ってなんだ。手汗はないってことだろう。冷静になれ、と自分に言い聞かせて、ヴァイオレットはとりあえずなんでもないふりをして歩き出す。


 手を繋いでいるのですこしペースは落ちたが、何事もなく湖に到着できた。

 繋いでいるとナディアの少しひんやりした手が、ヴァイオレットと同じ温度になって、それが何となくくすぐったい気持ちで離しがたかったけれど、到着したものはしょうがないので手を離して、湖近くの木陰に荷物を下ろした。


「ついたけど、ちょっと休憩しようか」

「はい」


 歩いてきた分、多少は疲れている。揃って木にもたれるように腰を下ろして、湖を見る。湖には水鳥が泳いていて、小鳥の鳴き声や木々のざわめきが心地よく耳に届き、風が優しく肌のほてりをとってくれる。

 とても気持ちいい。順当に気温が上がって順応していっていたので、あまり意識しなかったが、やはり街は森と比べて暑かったみたいだ。汗がひいていくのを感じる。


「あ、あの、マスター」

「何?」

「その……休憩している間、もう一回、手、繋ぎませんか?」

「え、うん。そうしようか」

「はいっ」


 とても嬉しそうだ。反射的に頷いて手を出したけど、喜んでくれたならよかった。

 しかし、どうして手を繋ぐ必要があるのかは謎だ。最初にお姫様扱いで手を握ってからも、街中で混んでいる時なんかは手を繋いだりしたけど、その時は特に延長要請はなかった。

 実はスキンシップが好きで、そろそろヴァイオレットと積極的にスキンシップをとってもいいかなって言うくらいに好感度が上がってきているのだろうか。


「ナディア、手を繋ぐの、好きなの?」

「え、えっと……はい。マスターと手を繋ぐの、好きです」

「んふ。そっか。私も好きだよ」


 好きです、と照れ笑いしながら言われて思わず変な声がでてしまった。可愛い。単純に手を繋ぐのが好き、と言うのではなくて、ヴァイオレットと繋ぐのが好き、と言ってくれたのも非常にポイントが高い。何のポイントとか言われても困るけれど、とにかく可愛すぎる。

 ドキッとしてしまうし、にやけるのを抑えられない。どきどきしすぎて、下がった体温が上がってきてしまいそうだ。


「……」


 ナディアから言ってきた癖に、ヴァイオレットも好きだと応えると、より恥ずかしそうに真っ赤になって、無言で俯いて、ちょっとだけ手を握る力を強くしてくる。

 その様子を見ていると、何だかまずますドキドキしてきたので、なんとか気持ちを変えようととにかく口を開く。


「やっぱり、森の中だと涼しいよね」

「あ、はい。そうですね」

「あんまり気温が関係しないみたいだけど、わかるんだ?」


 ナディアは顔をあげてふふん、とどこか得意げに説明してくれる。


「わかりますよ。例えばマスターだって、常温の水とぬるま湯で、どっちを触っても何とも思わない温度差だとして、温度差があることはわかるでしょう?」

「あ、なるほど? 許容範囲が大きい、みたいなことなのか。そうか。エルフの場合、それがあらゆることに適用される、みたいな感じなのかな?」

「うーん? よくわかりませんけど、多分そうです。マスターの手が温かくて柔らかいのも、ペンだこが固いのだってわかりますよ」

「ふふ。くすぐったいよ」


 ナディアが握っている手を小刻みに動かすようにして、ヴァイオレットの手指全体を撫でてきたので、静止するようにぎゅっと握る。


「ん……ふふふ。えへへ、マスターって、結構手、大きいですよね」

「そうかな」


 ナディアの手が小さいのだと思う。ヴァイオレットより一回り近く小さい。そして細い。これであの腕力で頑丈でと不思議なことはたくさんあるのだが、ナディアが可愛すぎてエルフに対する好奇心を上回りつつある。疑問に思って質問する前に、可愛い、という感想で塗りつぶされてしまう。

 先ほど柔らかいと評されたけど、ナディアの手の方がずっと柔らかいと思う。タコもなくてすべすべで、これで温かければ赤ん坊の手みたいだ。


「そうですよ。とっても、頼りがいのある手ですね」


 にこやかで、天使のようだ。こんなにヴァイオレットを褒めてどうするのか。しかも手だけで。これで他のことまで褒められたらどんな精神状態になっていくのか何だか恐いくらいなので、ヴァイオレットもちゃんと返すことにする。


「ナディアのお手ては、小さくて、つるつるして手触りもよくて、凄く可愛いね。爪が綺麗なピンク色で、健康的で、形まで理想的なカーブだし。少しひんやりしているから、芸術品の像の一部みたいにすら感じられて、美しすぎて、恐くなってしまいそうなくらいだよ」

「……お、お、お手てって、そう言う、子ども扱いは、やめてくださいってばぁ」


 あ、言い過ぎた。本音ではあるけど、感じたままに話したので、途中からちょっと意味が分からないし、引かれただろうか。

 ナディアは若干声を震わせて俯いてそう抗議してきた。


 だけど髪からはみでている耳先は赤いし、語尾が少し甘えたように伸びたので、おそらく照れ隠しだろう。同時に引いてもいるかもしれないが、全体的に褒め言葉と受け取って照れているならセーフと言うことで。


「ごめん、つい、あんまり可愛い手だから」

「う、しょ、しょうがないので、許してあげます」

「うん、ありがとう。じゃあ、そろそろ休憩やめて、遊ぼうか。何からする?」

「ん……じゃあ、釣りしましょう。私が教えますから」


 問いかけると、照れを抑えるためか少し沈黙してからだけど、顔をあげてそう言った。まだ少し赤みがかっているけど、さすがにこれをさらに可愛い、と言ったら、怒られるかなと思ったので自重する。


「ありがとう。楽しみにしてたんだ。何からすればいいの?」

「まず、釣り具からですから、適当に枝をもぎます」


 ナディアに教わるまま、釣り具をつくって、やり方も教わり、ヴァイオレットは人生初の釣りに挑戦することになった。


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