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まだ大丈夫(大丈夫じゃない)

 ナディアの微笑みにみとれていたヴァイオレットだったが、ナディアがはっとして質問に答えるために口を開いたことで、身をただす。


「あ、すみません。質問ですよね。えっと、エルフの魔力は、摂取量によりますね。最低限体を保つのに必要な量はありますけど、貯めるのには上限は、基本的にはありませんね」

「基本的には?」

「お腹がいっぱいになっても食べつづけられるわけじゃありませんから。わざわざそれを計ろうとする人もいませんし」

「あ、そうか」


 経口摂取なのは食事と同じなのだ。なら無限に摂取できるわけではない。他の人種が、どのくらい食事をとってそのエネルギーをためられるかはかったりしないようなものだろう。


「それで、エルフの漏れでしたっけ。エルフは漏らしませんよ」

「え、そうなの?」

「そんな勿体ないことしませんよ。他の種族は、自分の体内で魔力をつくっているからじゃないですか?」

「あ、そうか」


 他の人種は魔力を自分の体内でつくっているので、魔法を使って魔力を消費しても、自然に回復する。それを当たり前のように感じていたのでピンと来ていなかったが、魔力を摂取しないといけないということは、少なくとも自己を保てるほどの魔力を自分で作ることはできないということだ。

 考えてみれば当然だ。食べ物を食べてそこからエネルギーをもらって生きているのに対して、自力で魔力をつくってエネルギーになるなら、なにもなくても生きていけることになってしまう。そうではない。


「じゃあもしかして、エルフは魔法をつかわないの?」

「使えるか、なら使えますけど、滅多に使いませんよ。もし使いすぎたら、死ぬんですから」

「なるほど」


 そもそも日常で魔法を使うことなんてない。国全体で見ると、一切の魔法を使えない人も少なくないし、魔法具はそのために魔石が入っている。

 ヴァイオレットはたまに楽するためにつかうことはあるが、それは魔力が有り余っているからで、同じ宮廷魔法使いでも日常使いする方が稀だ。なのでナディアが魔法を使うところを見ていなくても、魔力依存した種族と言うことで勝手に魔力が多くて魔法が得意、と言うイメージを持っていた。


「うーん。ちょっと、エルフのことが分かった気がするよ。他にも、気になったり、これは嫌だな、とか、何かあったら本当、すぐ言ってね。感覚器官が違うってことは、見ている世界が違うってことなんだから、言葉に出してもらわないと察してあげられないからね」

「わかりました。と言っても、他にはないと思いますけど」

「うん、気が付いたらでいいよ」


 魔力を摂取する、全然違う種族。とわかってはいても、その美しさ以外に外見はほとんど違いがない。同じように会話し、食事をして、トイレもする。そうなるとやはり、同じ人種として扱ってしまいがちだ。

 可能な限り、ヴァイオレットの方も気にかけておかないと。もちろん今までも、未成年の少女と言うことで色々と気にかけていたつもりだが、異種族と言うのを甘く見ていた。他にも色々な種族と接してきた経験もあって、無意識に軽く考えてみたようだ。


「わかりました。ありがとうございます。じゃあ、そろそろマッサージしますか?」

「あ、そうだね。じゃあ、お願いしようかな」

「はい。さ、寝転んでください」


 頭をきりかえ、指示されたとおりに寝転がる。


「い、いきますねっ」

「うん、お願い」


 改まったからか、やや緊張したような声を出したナディアだったけれど、すぐに慣れた様子になった。


「あっ、あぁぁー」


 きっ、もちいいっ! 痛いくらいなのに、終わると無意識に入っていた力が抜けて、ほぐされたという印象しかない。

 全身をくまなくほぐされ、受けていただけなのに、全身を心地よい疲労感がおそう。このまま、眠ってしまいたいくらいだ。


 終わりました、と声をかけられても、起き上がるのがおっくうだ。


「あぁ……ありがとう。すごく、きもちよかった」


 ふにゃふにゃした声が出てしまった。昨日ほぐされて体が少し馴染んだ分、昨日がかちこちが普通になったとして、今日は普通がふにゃふにゃにされてしまった。


「そ、そうですか。よかったです」


 ほぐれすぎて、ちょっと引かれたみたいだ。ナディアがしたのに、と言いたい気持ちもあったけど、それ以上に気持ちよくて感謝しかない。


「あの、もう少し、お話ししていってもいいですか?」

「あ、うん。もちろん」

「あ、起き上がらず、楽になさってください。私が勝手に居座っているだけですから。適当に私も戻りますし」

「ん、そう? じゃあ、お言葉に甘えて」


 ヴァイオレットはベッドに寝転がったまま、仰向けになる。ごろりと転がると、腰の辺りにナディアが斜めに座って、ヴァイオレットを見下ろしている。

 下から見上げる様は新鮮で、その優しい眼差しと相まってとても大人びて見えて、何だか別人みたいで妙にどぎまぎしてきた。


「じゃあ、何を話そうか」

「なんでもいいです。マスターと一緒なら」


 ぐぅ。ナディアの健気に好意を示してくれる可愛さに、呻きそうになるのを抑えて、ヴァイオレットはなんとか頷こうと努力する。


 ヴァイオレットなりに、ナディアと仲良くなりたくて強引すぎない程度に意識してきた。ナディアも確実に歩み寄ってくれていたのは感じていた。

 だけどこうも臆面もなく、好意的なことを言われると、まだ家族レベルまで言っていないとわかっていても、めちゃくちゃ嬉しい。デレてきたのが素直に嬉しいし、そもそも可愛い。可愛すぎて息がもれそう。


「ううん。そうだね。じゃあ、ナディアのことがいいね。ナディアは私の魔力を美味しいって言ってくれるけど、時間経過したらやっぱり味も変わるの?」

「そうですね。今の砂糖だと劣化しにくいですし週に一度入れなおしてくれるので、気になりませんけど、やっぱり多少は違いますね。風味が少し抜ける感じ、でしょうか」

「そうなんだ。じゃあ、週に一度と言わず、もう少し頻繁に補充する形のほうがいいんじゃない? ナディアが喜んでくれるなら、そのくらい手間ではないよ」


 もっともっと好かれたいし、そんな下心がなくても、純粋に喜んでもらいたいのでそう提案した。しかしナディアは膝の上にのせていた指先をぴくりと動かし一度視線をそらした。


「う、そ、それは、大丈夫です。むしろ、ちょっとくらい差がある方が、より味わえますし」


 そしてにっこり微笑まれた。よくわからないが、毎日同じ味より、風味の違いがあるくらいがいいのだろうか。


「あ、そう? ならいいんだけど。あと、魔力の味って、朝とか夜とか、体調によって変わったりするの?」

「んー、と。そうですね。私が確認したわけではないですけど、感情によって変わるみたいです」

「感情によって、と言うことは、魔石とかは関係なくて、人が込める魔力限定ってこと?」

「そ、そうです」


 肉などの食品からも新鮮なら魔力はあるという話だが、獲物を殺すときに感情を変えさせるのは難しいだろうから、そこは考慮しなくていいだろう。鉱物や植物も、仮に感情のように魔力の味を変える何らかの要素があったとして、完全な人工環境で作れるわけではないのだから、除外だろう。


 エルフだけで暮らしていれば、魔法を使わないくらいに自身のものを消費しない文化のようなのに、人同士で魔力のやりとりをするというのも不思議なことのようにヴァイオレットには感じられたが、他人種と貿易等はしているのだから人がこめた魔石を買うこともあるのだろうと思い直す。

 だからナディアは経験がなくて、伝聞系の言い方なのだろう。そうなると、エルフについて知りたいと思っても、まだまだ幼いナディアの経験からなのでわからないことも結構ありそうだ。


 とはいえ、それでがっかりしたりはしない。むしろ、それを二人で一つずつ確かめたりするのかと思うと、無性にわくわくした。


「じゃあ、できるだけ魔力を込めるときは、優しい気持ちで……いや、たまには悲しい気持ちとか、色々味をかえたほうがいい? それか、私の魔力ばかりだと飽きるっているなら、たまに他の人からもらったり、魔石にしてもいいけど」

「! そ、そんなことありえません!」

「え?」


 なので軽い気持ちで提案したのに、全力で否定された。一瞬立ち上がりかけて座る位置がずれてベッドがきしむほどの勢いに驚いて、ナディアを見つめると、ナディアははっとして慌てて座りなおした。

 そして膝の上に両手をそろえて、ぎゅっと膝頭を握りしめて、うつむきながら口を開く。


「す、すみません、つい。でも、マスターのがいいです。飽きるなんて、ありえません。マスターの魔力がいいんです」


 そして振り向いて、じっと真剣な瞳で、ヴァイオレットを見つめた。頬をそめて、まるで告白みたいだ。

 魔力の話だと頭でわかっていても、照れくさくて頭に血が上ってしまう。


「そ、そっか。うん、じゃあ、そうするよ」

「は、はい」


 とりあえず、次から魔力を込めるときは、もっと愛情をこめられそうだ、と思いながら、ナディアと見つめあった。

 しばらく見つめあってから、ナディアははっとしたように、今度こそ立ち上がった。


「そ、そろそろ行きます。ありがとうございました。あ、明かり消しましょうか?」

「あ、うん。お願い」

「はい。それでは、えっと、おやすみなさい、マスター」

「うん。おやすみ、ナディア」


 ナディアが明かりを消してから、部屋を出て行った。そのままじっと、天井を見つめているのに、ナディアの顔が浮かぶ。


 なんだもう。本当、可愛い。可愛すぎて心臓がしょっちゅうドキドキする。なんだか変に勘違いしてしまうそうだ。あくまで家族愛のはずなのに、あんまりにナディアが可愛すぎて、ちょっと違う意味で好きになりそうだ。

 それはさすがに、違うだろう。女同士、いや、生物学的に言えばヴァイオレットは女性器もないので女ではないのだが、とにかく。恋愛感情とか入れて好きとなると、もう首輪契約で買ったのがぜんぜん違う側面が見えてしまうし、とにかく、違うのだ。もういい年なのに、少女に老いらくの恋とか笑えないし。


「はぁ」


 でも、可愛い。もう間違いなく可愛い。なんだもう、天使か。素直になついてくれているし。好き。愛おしい。そこまではいい。変にドキドキさえしなければいい。うん。大丈夫。今はまだ、ただただ、あまりの美貌にドキドキしているだけだ。まだ、まだ大丈夫だ。


 ヴァイオレットは、とっくに手遅れすぎて自分で気付けていないことには、ちらりとも発想が及ばず、大丈夫大丈夫と自己暗示しながら、掛布団をかぶった。


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