結婚式
そして翌日は、結婚式の当日だ。ヴァイオレットの分も、花飾りもワンピースも、ナディアのご両親が用意してくれた。
「服も昨日作ったものだから、安心してね」
「ありがとうございます。急にきて、こんな。本当に、嬉しいです」
「ナディアが選んだ人だからね。こんなのは当たり前だよ」
二人とも笑顔でなんともないと言ってくれた。グゼルもアイーダもヴァイオレットになれてくれたようで、そう気安く話してくれるので一安心するとともに、こうして話して二人とも改めていい人過ぎる。この二人が家族になるのだと思うと、何だか胸にぐっときてしまって、ちょっと泣きそうだ。笑っている二人に泣き顔を見せるわけにはいかないので、笑顔で誤魔化した。
「ヴァイオレットさん、お待たせしました」
「あ、ナディア。真っ白なワンピースも似合っているね」
「ありがとうございます。さ、着替えてきてください」
ナディアの部屋で順番に着替える。ワンピースは極限にシンプルで、年齢も性別さえ関係ないようなものだけど、ナディアが着るとあまりに似合うので少女趣味なのでは? と思えてしまうが、ヴァイオレットが着ても違和感ないようでほっとした。
「似合ってますよ、ヴァイオレットさん」
「ありがとう、ナディア。ふふ、お揃いだね」
「はい。全くのお揃いって、滅多にないので、嬉しいです」
「う。ふ、普段は勘弁してよ。似合う似合わないってのがあるんだから」
にっこり笑顔に圧力を感じたので、そう念のため釘をさすと、ナディアは笑顔のまま顔を寄せてきた。
「ヴァイオレットさんに似合わないものなんてありませんよ」
「百歩譲ってそれが事実だとして、宮廷魔法使いのヴァイオレットには似合わないものがあるんだよ」
「うー、それはちょっと、納得いきません」
頬を膨らませたナディアだけど、詰め寄るのはやめてくれた。
いやまぁ、ナディアがヴァイオレットに合わせてくれるなら、お揃いにする方法がなくはないのだけど、できれば若いナディアには可愛いものを身に着けてもらいたい。
これからきっとナディアは、ますます美しく成長し、今の幼い愛らしい可愛さは少なくなってしまうだろうから、今の間は可愛さ優先でお願いしたい。もちろんヴァイオレットの我儘だけど、ナディアも自分からヴァイオレットの服に寄せてこないのはそう言うことだろう。
「はいはい、二人とも、仲がいいのは結構だけど、みんな待ってるんだから早くしてください」
「あ、セリカ」
「ごめんごめん、じゃ、行こうか」
「はい!」
迎えにきてくれたセリカに誘導される形で、ヴァイオレットとナディアは手を繋いで家を出て、広場へと向かった。広場には急な話にも関わらず、たくさんのエルフたちがいた。
姿を現した2人を、わぁ! と歓声が迎え入れた。
「静粛に! これより婚姻の儀を執り行う。両名、正面へ来なさい」
「はい」
中央に設置された壇上にたつ長老が、何だか歴史のありそうな細かな刺繍のあるカラフルな服装で、そう威厳のある声で促した。自然と返事の声は揃った。
お互いに、ぎゅっと手を握り合ったまま、長老の前に行く。
長老は直径3メートルほどの壇上の奥に立っていて、高さは30センチほどだ。見上げると、昨日はずっとにこやかだったのに、厳しくいかめしい表情をしていて、こんなにすぐ用意されて、まるで簡単な儀式のようだったけど、やはり大切な伝統行事なのだと実感させられ、気持ちと共に姿勢が引き締まった。
「壇上へ、あがりなさい」
「はい」
一歩、上にあがる。壇上にあがれば、それが儀式が始まる合図だ。ここからは進行の長老以外、儀式が終わるまで誰も声を出してはいけない。思わず出してしまわないよう、ヴァイオレットは口を一文字につぐんでおく。
長老はヴァイオレットとナディアの顔を順番に見て、ようやく少しだけ相好を崩す。そして一息吸って、大きく口を開く。
「グゼルの子、ナディア・アリエフ! とつくにのヴァイオレット・コールフィールド! 二人の婚姻の儀を執り行う! 異議のある者はあるか!?」
「……」
里中を震わせるのかと言うほどの芯の通った長老の声の後、しん、と静まり返った広場に、木々がざわめく音が響いた。あまりに大きな長老の声に、そして反比例するほどの静けさに、まるでこの森だけ世界から切り離されたような非現実的感覚に陥る。
そんな風に呆けたヴァイオレットに、長老がにっとまるで年齢を感じさせない悪戯っ子のような笑みを向ける。
「ヴァイオレット・コールフィールド! あなたを我らの同胞として迎え入れる! それに異議のある者はあるか!?」
「……」
「よろしい! ならばここに、婚姻の儀は成立する! 花飾りを交えよ!」
「……」
こくりと、言葉をださずに頷いた。ナディアと向かい合う。ナディアは瞳をうるませて、恋する少女の顔全開で、改めてその可憐さに見惚れる。
こんなに可愛い少女と、結婚し家庭をつくるのか。その事実が身に染み渡るように、幸福が湧き上がる。
そっと自身の頭にある花冠をとる。赤と白の混じった花飾りは、ピンク色めいていて、可愛らしい。これが自分に乗っていたのかと思うと、気恥ずかしいくらいだ。
ナディアを見る。ナディアは白と青の花冠を、壊れないか心配になるくらい強く持っている。花を潰さないようにだろう握る手は微妙に開いているのに、力がかかって円が楕円になっているのが、少しおかしい。
ゆっくりとナディアの頭にのせる。ナディアの頭が少しだけ傾き、乗せやすくなったそこに置く。少しだけ手が震えた。置いた瞬間、一枚花びらが風に舞い上がったが、それよりも顔をあげたナディアの微笑みが美しすぎて、見とれた。
特別な化粧もなく、ただありきたりな花冠でだけ飾ったナディアが、どうしてこんなにも美しく、愛おしいのか。愛とは、不思議だと思った。
ナディアが手をあげて、花冠を差し出してくる。少し背をまげて頭を下げて受け取る。すっと、音もなくのせられた花冠は、とても軽い吹けば飛ぶもののはずなのに、何故かとてもずっしり重さのあるように感じられた。
その重さをかみしめるように、ゆっくりと背筋をのばす。お互いに目が合うと、どちらともなく微笑んだ。
「ごほん」
と、長老が咳払いをしたので、慌てて前を向く。それなりに見つめあってしまっていた。自覚はないが、長かったのだろう。衆人環視の中、二人の世界に入ってしまっていたと思うととても恥ずかしい。
顔が熱をもつのが分かったが、それ以上に幸せで、ヴァイオレットは笑顔がとまらない。
満面の笑顔で揃って長老を向いた二人に、長老はうむ、と重々しくうなずいてから、ゆっくりと口を開く。
「婚姻の儀は完了した! この里に新たな同胞が、そして新たな夫婦が生まれた! この二人の行く末に、幸多からんことを!」
「おめでとう!」
「おめでとうナディア!」
「お幸せに!」
怒号のようにあちこちから祝いの言葉が投げかけられる。振り向くと、誰もかれもが笑顔を向けてくれていて、よく聞かなくてもナディアだけではなく、よそ者のヴァイオレットも含めてお祝いしてくれているのが伝わってくる。
その音の洪水のようなお祝いの数々に、どうしていいのか少し困惑するヴァイオレットの手をナディアがとった。
「ナディア」
「ヴァイオレットさん! 幸せにします!!」
みんなの声に負けないよう、大きな声でそう先制したナディアは、ぐいっとヴァイオレットの手を引いて、そしてその頬に軽く口づけた。
その大胆過ぎる振る舞いに、一瞬だけ、広場がまた静かになる。ヴァイオレットは思わず右手で自身の頬を抑える。だけどすぐに、今度こそ聞き取れないくらいの大歓声が巻き起こり、あっけにとられて手を下ろした。
「ーー」
そんなヴァイオレットに、ナディアは得意げに笑って何かを口にしたけど、耳が痛いほどの大歓声に聞き取れなかった。
だけど、何を言っているかなんてわからないわけない。ヴァイオレットは応える言葉を口にした。
「私も愛してる! 全力でナディアを幸せにするよ!」
ナディアはただ微笑んだ。
○
婚姻の儀はあれで終わりだけど、式の流れはそれだけではない。お祝いとして、取りたてほやほや血の滴る大きなイノシシを豪快に火あぶりで調理しながら振る舞うのだ。
死んだばかりの生き物は魔力が豊富だ。味付けに無頓着なそれは、ヴァイオレットも少しもらったけど、塩もなにもないただただワイルドな味だった。今日のイノシシは一段と魔力が多いね! 魔力がのってるね! と喜んでくれている出席者の人には申し訳ないけど、一口で十分だった。
そこでナディアが炊き出しのように大きな鍋でスープを作ってくれた。こんな鍋がどこに? と思うような代物だけど、実際に、魔力が足りない時にはこれで獲物を煮込んで骨からも魔力を抽出して分け合うと言う炊き出し用だった。
魔力がなくてもある程度は平気とは言え、空気中の魔力量が減ると、獲物の魔力も減ってしまい不足する時期と言うのが定期的に存在するかららしい。もちろん骨ごと食べることができるのだけど、それだと平等に魔力を分けられないので、スープにするらしい。
そんなわけでそんな大鍋でつくられたスープは、料理が趣味と言う人が持っていた普通の食材をいただきつくった、いわゆる普通に美味しいスープである。そこに言われるまま魔力をいれて振る舞った。
言われるまま、と言うのは大量ではなく、むしろ、え、この大鍋にこれだけでいいの? と思われる量だったが、十分だったようで、大変喜ばれた。
そうして里のみんなとも覚えきれないくらい一気に挨拶をして、受け入れてもらった。ワイワイ騒がしく永遠に続きそうだったお祭り騒ぎは、お昼過ぎには終了し、各々の仕事へと戻っていった。
「今日は楽しかったね」
「そうだね。ヴァイオレットの魔力もすごく美味しかったよ」
「そうそう。本当。毎日食べたいくらいよ」
鍋など片づけをすませ、ナディアの家で四人で一息つく。グゼルもアイーダも、疲れを感じさせない笑顔でそう言ってくれる。なんだかその家族そのもの、みたいな気の抜けた話し方も嬉しくて、式からずっと夢の中にいるみたいに幸せだ。
「えへへ、ヴァイオレットさんの魔力、私は毎日いーっぱい食べてるんだよ」
元気いっぱいのナディアが、両親に向かって子供感ばりばりで話しているのも、微笑ましくて可愛い。なごむ。ずっと見ていたい。
「羨ましいなぁ」
「そうだよね。ヴァイオレットもずっとここに住めばいいのに。その、なんだっけ。きゅうていまほうつかい? って言うのはここではできない仕事なの?」
ヴァイオレットについても手紙で伝えたとは言え、その職業はわかりにくかったようで、グゼルは首を傾げた。
「そうですね。ちょっと難しいです。あ、でもよかったら、魔力、魔石とかにつめておきましょうか」
「ほんと? いいの?」
「それは嬉しいね! じゃあさっそく魔石を集めないと」
「そ、そんなに急がなくても、まだいますから」
「そうそう。一カ月くらいはいる予定だから、それまではヴァイオレットさんの魔力をわけてあげるね」
「上からー。でも嬉しいね」
と、4人で歓談していると、唐突にノックの音がした。誰か尋ねてきたようだ。顔を見合わせてから、ナディアが席をたって迎えた。
何となく振り向いて全員で玄関を見ていると、現れたのは長老だった。
「すまないね、疲れているところ。今、少し、ナディアとヴァイオレットさんと、話をしてもいいかな?」
「あ、はい」
「じゃあ私たちは席をはずしますね」
「うむ、すまないね」
「いいえー」
二人は手に手をとって、仲良く二人の部屋に向かった。仲良しで可愛い。




