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ご両親

「ここまでくれば、あと少しですよ」

「そっか。じゃあ、この体勢やめたほうがいいかな」

「うーん、まだいいと思います」


 ここまでの道のりは、長かったようで、体感的にはそうでもなかった。じっくりと観光旅行のように過ごした分、色々なことがあった。だけどそのどれもが、ナディアと一緒に過ごせば何もかも楽しめた。楽しかったと満足した記憶しかない。

 だから今では、旅が終わるのが残念な気持ちだ。と言っても、ナディアの故郷にようやくつくのだ。工程だけ見てもまだ帰りを残した半分で、何よりこの旅の本命でもあるのだ。気を抜くには早すぎる。

 

 今日は到着予定ということで、休日だ。ヴァイオレットが休日に設定したと言うことは、ナディアも休日なので、給仕服を着ていない。

 仕事ではないので自由。と言うことで、現在ナディアはヴァイオレットの膝の上に横乗りして、抱き着いている。手綱はヴァイオレットが持っているので問題ないが、さすがにこのまま到着するのは、第一印象が悪いと言うレベルではない。


「ほんとに? ちゃんとつく前には、服装も正すし、言ってよ?」

「はい。と言っても、ヴァイオレットさんは、どんな格好をしていても素敵ですけど」

「ありがとう。でも礼儀とは別だからね」

「わか、あ、ヴァイオレットさん。ここまできたらあと10分もないです」

「あ、そうなんだ。じゃあとりあえず退いてくれる?」

「うーん、このままでもいい気がしてきました」

「ちょ、ちょっと冗談でしょ?」


 ふざけている間に到着したら目も当てられないので、とりあえず馬車をとめる。ナディアはヴァイオレットが本気なのがわかったのか、もう、と頬を膨らませて、ちゅっと軽く髪にキスしてから膝から退いて横に座った。

 ヴァイオレットは立ち上がり、ぱんぱんと服の皺を払う。そして髪をとかしておく。


「いいかな?」

「はい。格好いいです」

「ありがとう」


 でも全然参考にならないな、と思いながら、ヴァイオレットはナディアの髪もとかしてから、改めて馬車を歩かせた。


 するとすぐに、道の先に開けた空間があるのが見えてきた。普段は定期的に来る商用馬車しかこないと話に聞いていたけど、注目を浴びているようだ。

 広間らしきところに到着したので、馬車を止める。隅に誘導しようとナディアと共に降りると、ナディアに声がかけられた。


「ナディア! おかえり!」


 セリカだ。ちょうどいてくれたようでよかった。そんなセリカによって、遠巻きに見ていた人たちも近寄ってくる。


「ナディア? 帰ってきたのか」

「え、言ってた結婚相手ってあの人なの? 嘘でしょ?」

「えー、すごくない?」


 ざわめきが広がる。内容まではわからないが、たまたまこの場にいただけの人もナディアを知っていて、繋がりが濃いのは間違いない様だ。ここはひとつ、先に挨拶でもしておくべきか。でもまずご両親の方が? と考えながらも、とにかくセリカに挨拶をかえす。


「ただいま、セリカ」

「うん。ヴァイオレットさんも、ようこそいらっしゃいました!」

「うん。ありがとう。久しぶりだね、セリカ」

「はい! あ、馬車はこっちに置いてください。入り口だと危ないので」

「ありがとう。セリカ、彼らにも挨拶をしたほうがいいかな?」

「あー、と。いえ、ややこしくなってもあれなので、ナディアの家に行った方がいいと思います。ナディア、先に家に行きなよ。馬車、私が裏にまわしておくよ」


 セリカは回りを見回してから、手綱をとってそう行ってくれた。ありがたくその申し出をうけて、鞄一つだけもってナディアに手を引かれるまま向かった。


「ここです。ただいまー」

「!? な、ナディア!?」


 エルフの里は全て素朴な木造の家で、ナディアの家も他とかわらない一軒家だ。ナディアに引かれるままの勢いで中に入ると、中にいた人が驚いて振り向いた。


「カーナ、その、急に出ていってごめんなさい」

「そ、それは……それはそうね、心配したから反省してほしいんだけど……え、そちらが、あなたの、ヴァイオレットさんなの?」

「う、うん」


 エルフでは性別が同じなので、父、母、と言う概念ではないので、昔からある呼び方で両親を区別するらしい。産みの親かどうか、またはどちらが主に家にいるか、などによるらしい。その辺りは家によって微妙らしいが、少なくともナディアのところでは、産みの親で主に家にいて家事をする母のような方をカーナ、父のような方をカーマと呼んでいるらしい。

 なのでこちらが、一応仮称すると母になるらしい。なるほど。若い。若すぎる。


 家にいるから家族なのだろうと思ったが、ヴァイオレットより少し上にしか見えないので、親族の誰かかと思った。どうみてもヴァイオレットの感覚では30もいってないし、ナディアのような成人した子供がいるとは思えない。

 と、驚いている場合ではない。ヴァイオレットは姿勢をただして挨拶をする。


「お初にお目にかかります、ヴァイオレット・コールフィールドと申します」

「は、はい……! お、お手紙拝見いたしました。な、ナディアが大変お世話になったようで。そ、その、ありがとうございます!」


 緊張しているのかかたい態度だけど、想定外に好意的だ。それにしても、きらきらした目でナディアに似た美貌で見上げられると、どうにも照れ臭い。


「ど、どういたしまして、それで」

「あ、アイーダですよね! 呼んできますからちょっと待ってて、あ、先にお茶を!」

「お、落ち着いてください」


 慌てた様子で振り向いたと思えば、さらに逆回転して、とめちゃくちゃに動揺していた。日数まで伝えられたわけではなく、突然の訪問になるのだから、先にナディアだけ家に入ってもらうべきだったか。


「すっ、すみませ、きゃっ」

「だ、大丈夫、ですか?」


 声をかけると振り向いて顔をあげたカーナさん? はその勢いで足がもつれたようで体勢を崩した。慌てて抱きとめる。ナディアと同じくらい小柄なので、すんなりと腕に納まってしまった。

 義理の母親?を抱きしめてしまった。まだ名前も本人から聞いていないのに。


「……」

「え、あれ? ……な、ナディア?」


 緊張からドキドキしながら反応を待つも、何故か無言で顔を覗き込んだが、目を閉じている。混乱しながらナディアを呼ぶと、ヴァイオレットの正面に回ったナディアがカーナの額に手をおき、ふむ、と頷いた。


「……死んでますね」

「ええ!? 嘘でしょ!?」

「嘘です。どうやらヴァイオレットさんの魔力にあてられて気を失ったようですね」

「え、それも嘘でしょ?」

「いえ、これは本当です」


 え、なに、何この状況は。ヴァイオレットは意図的に魔力を放ったりしていないのに、何故魔力にあてられる?


「グゼル! ナディアが帰ってきたって聞いたんだけ、え?」

「あ、お帰りなさい、カーマ」

「お邪魔します、って、え? 何この状況」


 助けて。









 収拾がつかないかと思われたが、そんな訳もなく、とにかく気絶したカーナを椅子に座らせ机に突っ伏させた。そしてナディアが説明してくれて、改めてカーマに挨拶した。

 寝かさなくていいのかな、と思ったけど、一人が居眠り姿勢のまま話が続けられ、ちゃんと名前を教えてもらえた。

 カーナのグゼル、カーマのアイーダだ。さん付けで呼ぶことになって、ちゃんと話をした。アイーダはグゼルよりは冷静で、少し内気なのかもじもじしてなかなか目線は合わせてくれなかったが、ちゃんと話ができた。


 それによると、一番ナディアを心配していたのはセリカで、ナディアは頑丈で強いからまあ大丈夫だろうと思っていたそうだ。なので危ないところだったと聞いて驚き、感謝された。そしてナディアが選んだのもわかる凄い魔力だと褒められ、普通に受け入れてくれていた。話しが早い。


「あ、ありがとうございます。親御さんのいないうちに、勝手に結婚の約束をしてしまったことは大変申し訳ございません」

「ぜ、全然、気にしてませんよ。な、ナディアの、選んだ王子様なんですから……」


 お、王子様。それ手紙に書いてたのか。親御さんに言われるとか恥ずかしすぎるだろう。横目に見ると、ナディアは涼しい顔をしていた。正気か。


「ありがとうございます。必ず、ナディアを幸せにします。ナディアを愛しています。結婚することをお許しください」

「は、はいっ。どうぞ!」

「……あの、話が早くて大変ありがたいんですけど、どうして敬語を? 私、恐いですかね?」

「い、いえ、その……魔力の圧が強すぎて」

「……」


 予想外すぎる。その圧と言うのは無意識に体表面からもれている微粒子だろう、どうやって感知しているのか。エルフ魔力に敏感過ぎ問題。まさか、こんな弊害があるとは。いや、問題がないと言えばないのだけど。


「うーん」

「あ、グゼル、気が付いたね。大丈夫?」


 目をさましたようで頭を抑えるようにゆっくり起き上がるグゼルに、アイーダが背中に手をあてて顔を寄せて心配する。

 グゼルが若いと言ったけど、当然アイーダも若い。しかも二人とも当然のように可愛い系なので、見ているとちょっとこれ見ていいのかな、と言う気分になる。


「あ、アイーダ。あれ、どうしてたっけ、今何か、とてつもない何かに押しつぶされたような」

「前見てみて」

「! わっ、あ、あー……ヴぁ、ヴァイオレットさん? す、すみません」


 目が合って謝られたので、慌てて手を振って否定する。


「い、いえ。こちらこそすみません。まさかこんなことになるとは思わず、魔力を出さない方法とか、練習してきた方がよかったですよね」

「い、いえ。多分、なれたら大丈夫だと思います。あ、私、ナディアのカーナのグゼルと申します。初めまして」

「改めまして、ヴァイオレット・コールフィールドです。ナディアさんとの結婚をお許しいただきたく参りました。突然の訪問で驚かせてしまい申し訳ございません」

「いえいえ! えっと、その、ど、どうぞ、もらってください。至らないところもある子ですが、その、力だけは強いしマメだし素直なので、その、きっと役に立つと思います」


 どう言う反応をすべきかわからず、ヴァイオレットは半笑いで誤魔化す。そんなヴァイオレットの隣から、ナディアが頬を膨らませながら口を開く。


「許してくれるのは嬉しいけど、そんな言い方しなくてもいいのに」

「ナディア、結婚は許すけど、それはヴァイオレットさんがあってのことであって、家出したことはまだ許していないからね?」

「え、ちょ、カーマ、そんな、だって私もう、成人してるし?」

「成人祝いを受けてからならともかく、未成年で無計画に飛び出して心配させたことは変わらないよ」

「えぇ、か、カーナも何か言ってよ。私本当に反省しているし、それにあんまり心配してないよね?」

「生きているとは思っていたけど、全くしてない訳じゃないんだから。」

「う……ほ、本当に、反省してます。ごめんなさい」


 ナディアは真摯に謝罪した。なのでヴァイオレットも約束通りに一緒に謝ることにする。


「あの、ご家族のことに口を挟んですみません。ですが、ナディアさんが家出してくれたおかげで、私は出会えて今、幸せです。これからは私がナディアを一生守ります。だからどうか、ナディアのことも許して、見守っていただけませんでしょうか」

「う……」


 ヴァイオレットの言葉に何故か二人は呻いて、顔を見合わせて頷き合ってから、咳ばらいをした。


「ごほん。まぁ、なんだ。本気で怒ってるわけじゃありませんよ? ただこう、けじめですからね」

「はい、ありがとうございます。ナディアのご両親は、思っていたとおり、とても優しくて素晴らしい人みたいで、そんなお二人と家族になれて、嬉しいです」

「そ、そんな、素晴らしいなんて」


 えへへ、と二人そろって照れ笑いされた。うっ。可愛い。家族になれて嬉しいのは本音だけど、思っていた親としてと言うのよりは姉妹感覚になりそうだ。


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