新婚旅行
「ナディアー、魔石はもう積み込んだの?」
「え、いります? 私はヴァイオレットさんからもらうので大丈夫ですよ?」
倉庫に用意していた魔石を入れた袋が見当たらなくて、玄関で荷物を抱えているナディアに尋ねるときょとんとされた。
「馬車にもつかってるって言ったでしょ? 予備だよ。用意してたのに見当たらなくて」
「あー、すみません。袋にいれてたやつなら、在庫にばらしていれました。すぐ用意します」
「あ、いい、いいって。やるから、ナディアはそのまま馬車に乗せてって」
「はーい、すみません、お願いします」
言いながら、ナディアは開きっぱなしの玄関を出て、門扉の外につけている馬車の背面から荷物を載せていく。
今日はとうとう出発する日だ。昨日までに荷物をまとめて、一番近い倉庫にまとめておいた。朝一番に馬車を借りて持ってきてから、ヴァイオレットが倉庫から玄関に運び、ナディアが玄関から馬車に運び込むと言う役割分担で荷物を詰め込んでいく。
できるだけ荷物を絞ったはずだけど、念のためあれもこれも、馬車だから多少多くでも大丈夫、と少しずつ増えて、なんだかんだ結構な量になってしまった。
一応、馬車の重量制限としては問題ないが、歩き旅に少し追加するだけ身軽な旅のつもりだったので、意外と大荷物になってしまったと言う印象だ。
「ふぅ……詰め込み終わったね」
「はい。思ったより量が多いですね」
「そうだね。ナディアがここまできた荷物からしたら、6人分くらいあるんじゃないかな」
「そうですね。寝具の分、かさばるのはしょうがないんですけどね。マスターを野宿させるわけにはいきませんからね」
いや、野宿するために寝具をのせているのだけど。ナディアの感覚では野宿は地べたに寝ることのようなので、さすがにそれは遠慮したい。
昔、ヴァイオレットがこの国に来るためにした旅でも野宿の経験はあるが、簡易だがちゃんと寝れるようにしていた。ナディアが頑丈過ぎるのだ。
「とにかく、これで準備は万全だね」
「はい!」
挨拶も昨日までに済ませている。仕事の準備も完璧だし、これで憂いもなく旅立てると言うものだ。
振り向いて、元気に返事をしてくれたナディアの頭を撫でてから、すべらせて首を撫でる。細く固い、首輪。結局、首輪をとるのは帰ってきて式を入れるまでは却下された。
「くすぐったいですよ」
「ほんとにこの格好で行くの?」
「はい。道中マスターはお仕事されるんですから。私だって、これがお仕事の服ですからね」
ナディアは仕事着として定着している、いつものワンピースとエプロンドレスを着ていて、その予備ものせている。ちゃんと可愛い服ものせてくれているとはいえ、基本的に日中はこの格好と言うことになる。
もちろん似合っている。このありふれた給仕服はナディアに世界で一番似合っていて世界一可愛く着こなしている。だけどそれとこれとは別だ。せっかくの二人旅。新婚旅行にそんな仕事着で。
いやまぁ、それを言えば、仕事を持って行くヴァイオレットが一番無粋なのだけど。それは仕方ない。これでもだいぶ妥協してもらっているのだ。
「もっと旅行気分だと思ってたのに」
手をおろして文句を言うと、拗ねたような声が出てしまった。自覚して気恥ずかしさで視線をそらすヴァイオレットに、ナディアはくすくすと笑う。
「お休みをつくればいいじゃないですか」
「うーん。それしかないか。でもせめて、首輪くらい隠さない?」
「嫌です。帰ってきて外すなら、それまではちゃんと働きます。だって、そのおかげで私とマスターが出会えたんですから。せめて最後まで筋を通します」
ナディアもその首輪について、喜んだり悲しんだり反省したりしていたけど、吹っ切れたようだ。それ自体はいいのだけど、そうなると仕事着をしている間はちゃんと真面目にお仕事として振る舞って、あまりいちゃいちゃできなさそうだ。
今までなら休憩時間と言う概念があったけど、移動中はそうもいかないから、少し考えないといけない。
まぁ、それもまた、ナディアとの旅の楽しさの一つだと思えばいいだろう。ヴァイオレットは眩しいナディアの笑顔に微笑み返す。
そして戸締りと馬車の再確認をしてから、乗り込んで出発する。と言っても街中ではスピードを出してはいけないので、可能な限りゆっくりと進める為、御者は御者台からおりて馬の隣で歩き、徒歩と同じ速さしかださないのが規則だ。
ぱか、ぱか、と歩いている馬車にヴァイオレットはあまりだらけると外から見えて格好悪いので、御者台に半身乗り出して前を見る。
ナディアの背中が見える。ポニーテールにまとめられた髪が歩くたびにゆらゆら揺れるのをぼーっと見ていると、すぐに門についた。
申請も出しているので、門はほとんど素通りだ。門を出てすぐに、ナディアが御者台に飛び乗り、フックにかけていた手綱をとって握り、馬を歩かせた。
基本的に馬車は走らせない。適度に、普通の人が歩くより少し早いくらい、駆け足より遅いくらいで馬が長時間歩けるペースでいくのが基本だ。
馬車の操作をしたことがなかったナディアだけど、城の専属御者から講習を受けてくれたので、完璧な操舵だ。
正面から風が流れていく。広く整備された道は、振動もすくなく、快適だ。他にも行商人の馬車はあるが、すれ違える程度に広いので、大きなものは抜かしたりしていくので、何台あっても渋滞しているということもない。
横を見れば、ひろい草原が広がっている。歩いてみるのと、こうして馬車で見るのでは印象は違って感じるから不思議だ。
「うーん、いい天気ですねぇ」
「そうだね。絶好の旅立ち日和だ」
ナディアが座っている御者台の隣の短い背もたれに肘をついて座っているヴァイオレットは、風を感じながら相槌をうち、ナディアの髪先がひらひらしているのでなんとなく掴んだ。引っ張らないようかるく揉む。
「マスター、髪、気になるのでやめてください」
「あれ、わかるの?」
「わかりますよ。なれたらいいですけど、長時間は私も初めてなんですからやめてください」
そう言われたら仕方ない。手を離す。そして外からナディアの顔に視線を動かす。横から覗き込む等にみると、ナディアは一瞬だけちらっとヴァイオレットを見たが、すぐに前を見た。
事故があったら大変なので、大変よろしい。と身勝手なことを考えながら、いつもより硬い表情のナディアにヴァイオレットはくすっと笑ってしまった。
「緊張してるの?」
「少し」
「可愛い。疲れたらいつでも変わるからね」
「もー、からかわないでください。マスターはいいから、お仕事してくださいよ」
「今日はそんな気分じゃないよ」
「マスターって、結構いい加減ですよね」
「臨機応変なんだよ」
「またそうやって頭いいふりをして」
「ふりって。まぁいいけど。今日の目的のリーズ村は、余裕をもって休憩多めにとっても日没までにつくはずだから、まぁ、肩の力を抜いてよ。この辺りは間隔も近いし、練習だと思っていいからね」
「はい。頑張ります」
その、全く力の抜けていない返事に笑って、ヴァイオレットはそのままぼんやり前を見て、ナディアとの旅行が始まったことを噛みしめていた。
○
夜になり、無事に目的地に到着して宿をとれた。荷物は持ち出せないようしっかり荷車は施錠して馬ごと預ける。管理する馬丁にチップを握らせて、丁重な扱いをお願いしておく。魔法具による施錠をしているので、滅多なことはないが、丸ごと移動させようとすれば可能だからだ。
「う、なんだか、肩がこりました」
「えー、ナディアが肩がこるなんて。びっくりだよ。エルフもこるんだね」
ベッドについたところで、珍しくナディアが疲れたような顔で肩をまわしている。個室は一般的なツインで、普通の宿だ。まだ王都に近い、それなりに規模の大きな宿場町なのだけど、ここで豪遊する必要もない。
ヴァイオレットは扉に鍵をかけ、金銭などの重要な貴重品のみをまとめたお金だけいれている鞄を置いてから、ナディアの隣に座る。
「こりますよ。マッサージだってやるんですから」
「あ、そうだったね。じゃあ、たまには私がナディアにマッサージしてあげようかな」
「え、そんな、マスターに」
「ヴァイオレット、でしょ。もう仕事も終わりで制服を脱ぐんだから」
言いながら靴を脱いでベッドにあがりこみ、強引に背後にまわりナディアの肩をもむ。柔らかい、けど、元々どこもかしこも柔らかいナディアにしたら、いつもよりは張っている気がする。
ナディアは首をまわして振り向きながら唇を尖らせる。
「んんっ。強引、なんですから。それに、まだ着てます」
「じゃあ、先にお風呂はいろっか」
「……えっち」
「一緒にとは言ってないでしょ。夕食もあるから、まだしないって」
そこまでこらえ性がないわけではない。新婚旅行としてテンションは上がっているけど、がっつくほどナディアとの関係は浅くない。
だけどそんなヴァイオレットの答えに、何故かナディアは笑った。
「その言い方、絶対する気じゃないですか」
「そりゃあね。まだ、子供も出来てないし、何より、折角の二人旅だよ? そりゃあ、そう言う気分にもなるよ」
肩をもむのをやめて、ぎゅっと抱きしめながら、右手でナディアのお腹を撫でる。ほっそりしていてしまっている。だけど服越しにもその張りと柔らかさは伝わってくる。
まずいな、とヴァイオレットは思った。今日は一日のんびりとナディアをながめただけで体力が有り余っているからか、ナディアを抱きしめて匂いとぬくもりを感じているだけで、少し高ぶってきた。
「ん。そ、それはまぁ、そうですけど」
「今日は、ナディアの疲れがとれるまで、じっくり揉み解してあげるね」
まだ夜には少し早い。だけどまだまだ、旅は始まったばかりだ。焦ることはない。じっくりと楽しめばいい。
こうして2人の旅は、いちゃいちゃしながら過ぎていくのだった。




