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第五十八頁『時には素直に』

 ―――カキン!




 金属バットで硬球を叩く、乾いた打撃音がグラウンドに響く。

 打っているのはもちろん翔子ちゃん。茜ちゃんの協力によるトスバッティングだ。

 空振りすることもなく、ケージに強い打球が飛んでいく。


 それにしても、翔子ちゃんが今使ってるのは普段とは違う野球用のバットとボール。

 いくらソフト部で中軸を打ってるとは言え、素人目に見ても上手い。

 流石は翔子ちゃん、ってことなんだろうか。




 ………




 ………………




 「ふぅ……とりあずはこんなもんかな」


 「お疲れ様、翔子ちゃん」


 思ったより早く練習が終わった。

 もっとガンガンやるのかとも思ったけど。



 「章、まだいたんだ。

  見てたってそんなに面白いものでもないと思うけど」


 「まあ……黙って帰るのもナンだし。

  声、かけられる雰囲気でもなかったしね。

  それより、思ったより早く終わるんだね」


 「あんまりバカみたいに練習して、体壊しちゃ元も子もないもの。

  それに、茜だっていつまでも付き合わせるわけにいかないし」


 「それもそっか……」


 「あたしはケガさえなければ、そんなに気にしないけど」


 キャプテンとして、それ以上に友達として。

 朝はちょっと文句も言ってた茜ちゃんも、なんだかんだ協力的みたいだ。




 「それよか翔子ちゃん、素人の僕がこう言うのも失礼だけど、随分上手いんだね」


 「上手いって……バッティングの話?

  まあ、ピッチャーが投げた球を打つわけじゃないし、このぐらいはね。

  さすがに硬球を打つのは初めてだったけど……そうね、本番までには形にできそうかな」


 金属バットだからできるってところもあるんだけど、と付け加えながら翔子ちゃんが言った。

 よくはしらないが、木製と金属だとえらく違うらしい。



 「そっか」


 「それに、ソフトやるまえは少年野球で圭輔と同じチームでやってたんだし。

  曲がりなりにも経験者だから」


 「……へっ?」


 ちょっと待った。

 本人はサラッと言ってるけど、そんな話聞いたことないぞ。



 「……って、なに呆けた顔してるのよ。

  そんなにビックリしなくたっていいじゃない」


 「いやまあ、それはそうなんだけど……」


 「どうせ章のことだから、その辺の話でも聞きにきたんでしょ?

  わざわざ練習まで見にきて」


 「……おっしゃる通りで」


 「その辺は章だけじゃなくて、あたしも聞いときたいんだけど。

  ちょっと今回は何て言うか……翔子らしくないし」


 「……そうね」


 茜ちゃんの言葉に、観念したように小さく息をつく翔子ちゃん。

 意外にあっさり話してくれるみたいだ。



 「―――別に、そんなに大した話じゃないんだけどね。

  圭輔と同じチームでやってた頃……だから、小学生の頃の話」






 「昔の圭輔ってさ、チームでも上手い方じゃなくて……。

  って言うか、ハッキリ言って一番下手なくらいでね。体も今みたいに大きくなかったし。

  そうね……正直なところ、私の方が上手かったんじゃないかな?」


 「そりゃまた……バッサリだね」


 「今じゃ考えられないかもしれないけどね。

  まあでも、中学と高校ではチームの中心張ってるんだから、センスは本物だったんだろうけど」


 そう言えば、この辺の話は夏ごろに圭輔もしてたっけ。



 「ああ、それから……野球が好きって言うのも、今と同じだったんだと思う。

  しょっちゅうミスして、怒られたりしてたけど、辞めたいとう嫌だとかは絶対に言わなかったしね」


 「基本的に今と変わらないっていうか……章もだけど」


 「僕の事は今は関係ないって」


 翔子ちゃんもなんか笑ってるし。

 なんなんだよ……。



 「……続けさせてもらうけど。

  とにかく圭輔はそんなんだったんだけど、ある時から急に、信じられないくらい猛練習するようになったの」


 「それってもしかして、神崎選手に会ってから?」


 「ああ、章は聞いてたんだ、あの話」


 「神崎選手って……プロ野球選手の?

  圭輔ってあの人と知り合いなの?」


 「その辺は後で教えてあげる。一応、知り合い……になるのかな?

  ちょっと一緒に練習したり、教えてもらったりしたみたいで」


 まあそれ以外にもあれやこれやあったんだけど……それはひとまず置いておくか。



 「で、その時に言われたらしい『一番下手なら、一番上手いヤツの二倍でも三倍でも練習しろ。そしたら絶対上手くなる』

  って言うのを真に受けてね。本当に倍も三倍も練習するようになったのよ」


 「……ホントに今となにも変わらないんだ」


 「その通りなんだけどね……。

  最初は私も、三日坊主だろうって思ってたけど、何日も何日もハードワーク―――

  ううん、むしろオーバーワークが続いてね、さすがに心配になってきちゃって。

  それでね、思い切って聞いてみたんだ、『なんでそんなに練習するの』って」


 答えは何となくわかる気もするが……。



 「あいつの答えはこうだった。『チームで一番上手くなって、レギュラー獲るんだ』って。

  正直、本気で言ってるのかって感じだったんだけど……。

  って言うか、本人に向かって言っちゃったしね、本気なのかって。

  そんなに人数が多いチームじゃ無かったけど、圭輔とその時のレギュラーに力の差はかなりあったし。

  だけど……それでもね、圭輔ならやっちゃうんじゃないかって、そう思ったんだ。

  そう思わせる何かがあったんだと思う」


 「今の圭輔を見てれば、なんとなく何かやりそうっていうのも分かる気もするけど……小学生の時からだったんだ」


 「今になってみれば、ね。さっきから言ってるけど、良くも悪くも変わらないっていうか。

  だから、無茶ばっかりやって、危なっかしいのも、今と一緒だから。

  なんて言うか……放っておけない、のかな。

  無理してケガなんかしないように、その時からちょくちょく練習に付き合ったりしてたし。

  なんだかんだ、中学校に上がって少し経つくらいまでは、そんな事やってたかな」


 ちょっと照れくさそうに翔子ちゃんが言う。

 こんな翔子ちゃんは珍しいけど、でも圭輔相手なら納得できた。


 そうして、また一つ小さく息をついてから、さらに言葉を紡いでいく。



 「私もさ、分かってるんだ。

  こんな勝負、私らしくないって。こんなに熱くなるのも、何か変だって。

  でもね……圭輔のことだから。

  今回だって、気が抜けたみたいなプレーが、何だか許せなくって。

  私もあいつのこと言えないよね。

  放っておけばいいのにさ、勝手に腹立てて、周りにまで心配かけて……」


 「別に、あたしは迷惑だなんて思ってないけど」


 茜ちゃんの言葉にうなずく。



 「ありがと、二人とも。

  ―――あ~あ、なんかダメなんだよね、圭輔のことになると、どうも放っておけなくて。

  別に野球の事だけじゃなくてさ。あいつ、ホントにどうしようもないバカだから」


 その言葉が最大級の照れ隠しだってことはすぐに分かった。

 茜ちゃんも同じ考えだったんだろう、二人とも何も言わなかった。



 「別に、圭輔の手綱握ってるとか、そんなつもりじゃないんだけど。

  でも、誰かが見てないと、やっぱり危なっかしいから……。

  その誰かって、多分私じゃなくても良いんだろうっても思う。

  ―――だけど、他の“誰か”じゃ、きっと私が納得できないのかな。

  これも、結局は私のワガママなんだけど……」





 「小さい頃から圭輔を見てきて。

  今まで頑張ってきたのも、それに今も頑張ってるのも、よく知ってるつもりだから。

  だから、最後まで見届けたいんだ。あいつがどうなっていくのか。

  これはきっと……小学生の時、あいつがレギュラー獲るって言った日から、ずっとなんだろうね。

  甲子園とプロを目指して頑張ってる今も、ずっと。

  私も―――何も変わってないのかな」


 そうやって、誰に聞かせるでもなく、圭輔への想いを吐露する翔子ちゃん。

 思えば、自分の気持ちを口にする彼女は初めて見たかもしれない。

 それだけ、翔子ちゃんにとって圭輔は大きな存在なんだろう。


 最後は何となく自嘲気味に笑った気がしたけど、多分それを変えるつもりはないんだろう。

 僕も、それでいいんだと思う。

 上手くは言えないけど、それが今の翔子ちゃんと圭輔の関係を作ってる気がするから。



 「―――さて。らしくない話をしちゃったけど、こんなの圭輔には絶対内緒だからね?

  特に章……どうせ、次は圭輔のところに行くんだろうけど、口を滑らせた~じゃ済まないからね?」


 「……肝に銘じておきます」


 最後はすっかりいつもの翔子ちゃんだった。

 それにしても、翔子ちゃんってもしかして圭輔のこと―――






  ………






 ………………






 そして次の日。

 翔子ちゃんにはしっかり看破されていたが、今日は圭輔の練習を見ようと思う。

 練習を見るというか、話を聞くの方が正しいか、この場合。


 ところで、一昨日は2-Aの教室全体を巻き込む勢いで派手にやりあった圭輔と翔子ちゃんではあったけど、

 それ以降はむしろ不気味なほどの静かさを保っていた。


 あれ以降、これと言って何かあるわけでなく、さりとていつもほど距離が近いわけでもなく……。

 冷戦状態と言うといささか過激すぎる気がするけど、何とも言えない、それこそ試合前みたいな緊張感があった。

 これが俗に言う、嵐の前の静けさってやつか。


 ―――なんてことを考えてる内に今日の授業が終わった。

 中身に関してはあまり頭に入っていない。

 まあ、これはいつものことだ。



 「気になるのも分かるけど、授業ぐらいはちゃんと聞けよな」


 「光か……っていうか、人の思考を読むなよ」


 まさか無意識のうちに口に出してたとか、そんなわけないし。

 なにやらインチキくさいものを感じる。



 「まあ細かいことはいいだろ。

  それより、昨日は翔子の練習見てきたんだってな?」


 「耳が早いね……ソフト部の手伝いしたついでに、ちょっと。

  翔子ちゃんの方もだいぶ気合い入ってたよ」


 「そっか。今回は翔子もやけに入れ込んでるっていうか、熱が入ってるみたいだからな。

  圭輔の方は……言うまでもなくって感じだけど」


 「あはは……」


 翔子ちゃんはともかく、圭輔が勝負事に熱くなるのはいつものことだ。

 今回だって成り行きはともかく、やる気はいつも通り、あるいはいつも以上だろう。



 「もっとも、あのふたりに関しては俺達でも入りこめない部分もあるからな……。

  実際、圭輔がなにを考えてるのかもよく分からんし」


 「光でも分からないことってあるんだ」


 「お前……俺をなんだと思ってるんだよ」


 光なら分かってそうなもんだが。アテが外れたか。



 「それよか光、今日は帰らないの?

  いつもだったらそそくさといなくなってるのに」


 「そそくさってなんだよ、そそくさって。人聞きの悪い……。

  ちょっとな。圭輔の練習を手伝うことになってるから、それを待たないと」


 「圭輔はやっぱり光と練習なんだ」


 「昨日、『俺の我がままで野球部の連中に迷惑はかけられねぇ』とか言ってきてな。

  メシのおごりで手を打った」


 ……タダでは手伝わないあたり、意外にセコイのな。



 「で、そんな話を聞いた章くんは、今日は圭輔の練習、見に来るつもりなんだろ?」


 「おっしゃる通りで。昨日で翔子ちゃんの練習は見せてもらったしね」


 「……予想はしてたけど、相変わらずの野次馬根性というか、巻き込まれ体質というかだな、お前」


 「巻き込まれ体質はともかく、野次馬根性はひどいな」


 どっちにしてもありがたくはないんだけど。

 ……まあ、色んな話に首を突っ込みがちなのは認める。



 「さっき人聞きの悪いことを言ったお返しだ。

  んじゃま、翔子の話を聞きがてら、課題でもやって野球部おわるの待つか」


 「おっ、いいねそれ。

  いやー、助かるなー」


 「ったく……写させはしねーからな」


 「分かってるって。写させてもらわなくたって、光の教え方って分かりやすいし」


 「やれやれ―――」


 男ふたりで放課後の教室という絵は寂しいものがあるが、それで課題が終わるなら何も問題ない。

 圭輔の練習を見るついでとは言え、思わぬ副産物だ。


 それにしても、圭輔は今回の勝負、どんな気持ちでいるんだろうか―――?





 ………





 ………………





 すっかり日も暮れて課題も終わった頃、野球部の練習を終えた圭輔が僕らのところに駆け寄ってきた。


 「悪いな光、待たせて―――って、章?」


 「お疲れ、圭輔」


 「どうしたんだよ、こんな時間まで残って。

  あれか、またソフト部の手伝いさせられてたのか?」


 「幸い、今日はそっちには捕まらなかったよ。

  ちょっと……圭輔の練習を見学させてほしくって」


 「練習の見学……? まあ、俺は別にかまわねぇけど。

  光も別に良いよな」


 「見られて困るものでもないし、そもそも元は圭輔の練習なんだし。

  お前が決めた通りにするよ」


 「そっか。

  んじゃ、こんなところに居てもしょうがねーし、とっとと移動するか」


 「あれ、学校のグラウンドで練習するんじゃないんだ」


 「ん、まあ……なんだ、別に良いんだけどよ。

  ただ、翔子たちに見られるかもって思うと、ちょっとな」


 そう言えば、昨日も圭輔達の姿はなかったな。

 こういうことにはあまり頓着しなさそうな圭輔だけど、この時は照れたような、そんな苦笑いを浮かべていた。

 別に良いんだけど、と口では言いつつも思うところはあるみたいだ。






 そんなやりとりもあってからやってきたのは、圭輔の家の近くにあるちょっとした広場だった。

 大人は無理でも、子どもなら野球やサッカーもできそうな広さではある。


 圭輔と光はここに着くなり、喋るのもそこそこに早速練習を始めてしまった。

 ここにくるまでの道はそれなりに賑やかに来ていたが、到着するなりスイッチが入ったのか、それまでとは雰囲気がガラっと変わっていた。




 ―――カキン!


 昨日も聞いた打撃音が広場に響きわたる。

 人気ひとけも少ないからか、音がよく通っていた。


 昨日と違うのは今日はトスバッティングではなく、光による圭輔に対してのノックだってこと。


 打つ方の光は部活とかで野球はやっていないはずだが、見事なまでにノックに対応していた。

 強いゴロ、弱いゴロ、ライナー、時にはフライと、あれやこれやの打球を圭輔に容赦なく浴びせる。

 ―――正直、反則レベルの運動神経だろ。神は光に何物与えてんだ。


 それはさておき、対するノックをうける圭輔。

 少し危なげな時もあるものの、大体の打球は無難にさばき、綺麗に一塁方向の壁に送球していく。

 翔子ちゃんはボロクソに言ってたけど、伊達に志木高のサードを守ってないってことだろう。


 圭輔の中にどんな感情があるのか、一連の動きからは読み取れない。

 逆に言えば、色んなものが読み取れないほどには冷静な動きのようにも思えた。


 そんなこんなで、僕ら三人以外は誰もいない広場でのノックは続いていった。




 ………




 ………………




 「はぁー……練習の後にこれは、流石にちょっとキツいな」


 練習が終わり、大の字になって寝転ぶ圭輔。

 野球部の練習に加えて光の全力ノックなんだから、むしろ“ちょっと”どころじゃなさそうなもんだけど……。



 「ワリィな光、付き合わせちまって。

  今日が水曜だから……えーっと、とりあえず金曜まであと二日、頼むわ」


 「まあ、もらうものもらってるし……

  ―――ってのは冗談にしても、俺も嫌なら始めからやってないしな。

  お前が決めたことだ、好きにすりゃいいよ」


 「へへっ、サンキューな」


 上半身を起こし、ニカッと笑う圭輔。

 光もやれやれなんて言いながら肩をすくめていたが、まんざらでもなさそうだった。



 「でも、この前よりだいぶ動きがよくなってたよね。

  あの約束したのがおとといだから、まだそんなに時間が経ってないと思うけど」


 「こんなもん朝飯前だって……ってのは言い過ぎだけど、そりゃまあ、ある程度はな。

  いくらなんでも、打撃だけでレギュラー張れるほどウチの野球部も甘くないっての」


 「それもそっか」


 「ってか、守備に関しちゃ弱点なのは自分でも分かってたしな。

  今までだってちょっとはやってきてたっての」


 「あれ、そうなんだ?」


 意外な自己分析に思わず声が出てしまった。

 悪気はない、念のため。



 「お前なぁ。翔子じゃねぇけど、野球は打って走ってって、それだけで勝てるスポーツじゃないんだよ。

  ただまあ……その、なんだ。

  確かにアイツの言う通り、守備への意識は足りてなかったのはあるけどな」


 圭輔には珍しく、少しバツが悪そうに鼻の頭を掻きながらそんなことを言った。



 「あの時、アイツがああいう風に言わなきゃ、こうやって集中して練習することもなかっただろうしな。

  今まではなんていうか……分かっちゃいるけど、って感じだったからよ。

  やってる“雰囲気”は出してたけど、イマイチ身が入らなかったっていうか、とにかくそんな感じだ。

  だから、ああいう場面でやっちゃいけないエラーが出たんだと思う」


 「分かっちゃいるけど……か。

  それで翔子に図星を突かれて、こういうことになったと」


 「うっ……まあそう言うなよ光―――って言うか、お前は俺の味方なのか敵なのかどっちなんだよ!?」


 「悪い悪い。ちょっと言ってみただけだ。

  でも、翔子の言いたいことだって分かるんだろ?」


 「そりゃまあ、な。それなりに付き合いだって長いんだしな。

  まあ、腹は立ったけどよ。

  なんとなくだけどさ、翔子だって、俺が憎くてあんな風に言ってるんじゃない……と思う」


 “と思う”なんて濁す割には、自信があるようにも聞こえた。

 濁したのは、どちらかと言えば照れ隠しみたいなものなのかもしれない。



 「ちょっと悔しいけど、アイツが言ってることに間違いはない。

  プロに行きたいって言いながら、守備に意識が足りてないってのは、確かにないよな。

  だから、もしかしたらそういう部分に腹が立ってたのかもしれねぇ。

  それに翔子はガキの頃から、俺に足りないものを俺なんかよりずっとよく分かってたし……。

  お節介なやつだから、野球以外の事にもあれこれうるせーんだけどさ」


 「野球以外にもいろいろ言われるのはお前にも原因がある気がするけどな」


 「うるせぇよ。

  とにかく、今回だってアイツもただ腹が立ってやってるんじゃないっても分かってるつもりだ。

  ……なんかのせられたみてーでシャクだけどな。

  だけど、シャクならシャクなりに、全力で勝負するつもりだ」


 「そこまで圭輔が言うなら、僕たちからは何も言うことは無いよ。

  ね、光?」


 「さっきも言った通り、圭輔の好きにやればいいさ。

  それに、幼なじみ二人に割って入るのも、野暮ってもんだしな」


 「べっ、別にそんなんじゃねぇっての!!

  その……何だ、感謝だよ感謝。

  俺を思ってやってくれるとか、うぬぼれるつもりはないけどよ。

  なんて言うか、いい方向にもってってくれようとしてくれてんなら、それには応えたいだけだ」


 それはうぬぼれなんかじゃないと思う。

 翔子ちゃんの想いを聞いたのもあるけど、それ抜きにしても、彼女が何か考えをもってやってるのは伝わってたから。

 そして、圭輔もそれを感じてたんだ。



 「翔子ちゃんのこと、信頼してるんだね」


 「アイツが……翔子がいいヤツなのは分かってるからな。

  ガキの頃からさんざん練習にも付き合ってもらってきたし、助けてもらってもきた。

  今度みたいにキツく言われたのは久しぶりだったけど。

  だけど、ああいう風な言われ方をしないと、もしかしたら俺も意地張って、気合いが入らなかったかもしれねぇ」




 「そういうのとか……今までのことも全部含めて、感謝したいんだよ。

  でも、今さら口でそういうこと伝えるのも……なんて言うか、こっ恥ずかしいからな。

  だから、全力でプレーして、それで応える、それだけの話だっての。

  ―――こんなこと、翔子には言うなよ」


 どこかで聞いたことあるようなセリフで、圭輔が話を結んだ。




 思えば、圭輔の翔子ちゃんへの想いを聞いたのは初めてだったかもしれない。

 幼なじみとして、僕と茜ちゃんのとはまた違った信頼関係をなんとなくのぞかせてはいたけど。

 でも、それは僕が―――もっと言えば、二人を取り巻く周りの僕たちが思っていた以上に強固なものだったらしい。


 今回の件はやっぱりただのケンカなんかじゃなかった。

 二人とも、ちゃんとお互いのことを分かり合ってる。


 圭輔のことをずっと近くで応援してきた翔子ちゃん。

 そんな翔子ちゃんにずっと感謝していた圭輔。


 二人とも、その表現の仕方がほんの少し不器用なだけで。


 最初から心配することなんて何もなかったんだ。

 今回ばっかりは翔子ちゃんと圭輔……二人に任せようと、そう思った。






 ………






 ………………






 またまた週が明けて月曜の放課後。

 いよいよ二人の勝負の日がやってきた。


 圭輔の練習を見に行った次の日は翔子ちゃんの、そのまた次の日はまた圭輔の練習を見に行きはしたが、

 その時は別に何を話したわけでもなく、見に行っただけ。

 ただ、そこでもピリピリしたムードは特になく、さりとて気が抜けているわけでもなく。

 言うなれば、いい緊張感をもって今日という日を迎えたのだった。




 グラウンドには圭輔と翔子ちゃんはもちろん、見届け人として、ここまで練習に付き合ってきた茜ちゃん、光、そして僕がいた。

 部活後とはいえどう人払いしたのか、遠巻きに見ている連中こそいるものの、野次馬らしい野次馬もない。



 「―――いよいよだね。

  どうなるかな?」


 「さあねぇ。

  翔子の方は見てたけど、圭輔がどんな感じか分からないし」


 「圭輔なら、結構やると思うよ」


 「まあ、ここまで騒ぎになったんだし、それぐらいじゃないとね。

  翔子の方も、金属バットってのを抜きにしても、かなりいい感じかな?」


 三塁の守備位置につく圭輔。

 そしてバッターボックスには翔子ちゃん。

 そんな二人を見ながらの茜ちゃんとのやりとり。


 勝負に臨む二人は、どちらも今日に向けて十分な準備をしてきた。

 ただ、それは相手に勝つため……もちろんそれもあるんだろうけど、それだけじゃないと思う。



 「どっちにしろ、後腐れないように思いっきりやってもらえれば、後はどっちが勝っても、ね」


 「その辺は心配ないと思うよ、きっと」


 「……うん。あたしも、そう思う」


 茜ちゃんが言うように、後腐れなく思いっきりやるため。

 そしてお互いが相手の意気に応えるため。

 そのために、圭輔も翔子ちゃんも、短い期間ながら今日のために準備してきたんだろう。

 翔子ちゃんの気持ちを一緒に聞いた茜ちゃんも、どうやら同じ考えに至っているらしい。


 ならば僕たちは、二人の友達として、白球を通した彼らのやりとりを見守るとしよう。

 二人のやりたいようにやらせてあげよう。




 「―――じゃ、ルールを確認するぞ。

  勝負は200球の連続ノック、圭輔が全部捕れば圭輔の勝ち、1回でもエラーすれば翔子の勝ち。

  あと、圭輔は10球ごとに一塁に向かって送球だ。もちろん、これもエラーしたら翔子の勝ちだからな。

  準備はいいな?」


 「おう!」


 「こっちも了解」


 光による簡単なルール確認に、うなずく渦中のふたり。

 ノック勝負って話だったけど、細かいルールもいつの間にか決まっていたらしい。

 確かに、これで捕球、スローイングと両方の動作を確認できる。



 「よし、それじゃ―――試合開始!」


 光の号令で、翔子ちゃんが1本目のノックを放つ。

 序の口とでも言うのか、真正面へのゴロ。

 対する圭輔はこれをしっかりと腰を落として処理する。


 ともあれ、こうして二人の勝負がいよいよ始まった。





 ………





 ………………





 ―――カキンッ!!




 打撃音が志木高のグラウンドに響き、翔子ちゃんによって放たれた白球を圭輔が追いかける。

 最初みたいに楽々捕球できる打球もあれば、逆シングル、あるいは横っ飛びでギリギリ捕れるような球もある。



 「思ったより動けるじゃない! 口だけってわけじゃないみたいね!!」


 「そっちこそ! ヘロヘロ球しか打てないんじゃないかって心配だったけど、なかなかいい打球じゃねぇか!!」


 40球目を捕球し、一塁への送球を終えた圭輔と翔子ちゃんのやりとり。

 軽口を叩いてるようにも見えるが、目は真剣そのものだ。


 やりとりの後も、ゴロ、ライナー、フライ……テンポよくノックは続く。

 そして瞬く間に次の節目、50球。




 ―――キンッ!!




 今度は少しつまったような音。

 バウンドも高い、判断が難しい打球だ。



 「っ!」


 だけど、圭輔は素早くそれに反応し、しっかりと捕球する。

 そして、そこから踏ん張りをきかせながら一塁へと正確なスローイング。

 きちんと頭の中に想定がないとできない、流れるようなプレーだった。




 「やるじゃん、圭輔」


 「まあ、これでも考えて練習につきあってたからな。

  ただ、やっぱセンスあるよ、アイツも翔子も」


 そんな様子を見守りながらの、茜ちゃんと光のやりとり。

 二人の言う通り、圭輔の動きもさることながら、自由自在に打球を操る翔子ちゃんも流石の一言だった。


 まったく危なげなく……とは流石にいかないものの、ノックはどんどん進んでいった。





 ………





 ………………





 「っ!!」


 112球目。

 ふらふらとファウルグラウンドに上がった打球を背走で追いかけながらジャンプ一番、圭輔がキャッチする。

 「おおっ」と、僕はもちろん、茜ちゃん、それに光まで思わず出た声が重なる。


 捕球できなければ負けとはいえ、捕る圭輔も圭輔だが、こんな打球を計算して打てる翔子ちゃんも翔子ちゃんだ。

 ヒット性の当たりでもなく、でも凡フライではない、絶妙な打球だった。



 「へへっ……どうした翔子! バテて球に勢いがなくなってきたんじゃねぇか!?」


 「そっちこそ!今のダッシュ、一歩目が遅かったんじゃない!?」


 「へっ、言ってくれるぜ!!」


 「お互いに……ね!!」


 そんな憎まれ口を叩きながらも、言っている内容ほどは声にトゲを感じない。

 むしろ、二人ともどこか楽しそうにすら見える。


 そうして翔子ちゃんが振るバットから放たれた113球目の打球。

 私はまだまだ元気だぞと言わんばかりの強いゴロだ。

 対する圭輔も、それに応えるかのように軽快な動きでこれを難なくさばく。


 勝負も折り返しを過ぎたところだが、疲れるどころかますます熱を帯びてきている感すらある圭輔と翔子ちゃん。

 この勝負が決まった最初こそどうなることかと思っていたけど、

 やっぱり余計な心配だったみたいだ。





 ………





 ………………





 ―――ビュッ!!




 投げたボールが空気を切り裂く音が聞こえるような、そんな圭輔の強烈、それでいて正確なスローイング。

 元々身体能力は高いんだ、強肩で以てしっかりと投げられれば、いい球がいくに決まってる。



 ノックはいよいよ190本目、あと10本というところまできていた。



 翔子ちゃんのスイングスピードも全く衰えていない。

 相変わらず正確かつ変幻自在の打球を繰り出している。



 「いや……正直驚いた。

  翔子がここまでやるっては思ってなかったからな。

  途中で疲れるか、そもそも打球に力が無いかだと思ってたけど……

  やっぱすげーな、アイツ」


 「あたしは圭輔がここまで動けるのが予想以上っていうか……。

  こないだの試合を見た感じだと、かなり怪しい打球処理もあったけど、

  今日ここまでは完璧じゃないにしても、基本をきっちり押さえてきてるし」


 ……とは、光と茜ちゃんによる評。

 それを聞くまでもなく、二人の技術が高いレベルにあるのは素人目にも分かっていた。



 勝負することが決まってから今日まで、直接ふたりがノックのやりとりをするのは、今日が初めてだろう。


 だけど、翔子ちゃんと圭輔の、お互いへの想い。


 それは、頑張ってる相手を見届けたい、もっと言えば支えたいというものだったり。

 あるいは、気持ちに感謝したい、応えたいというものだったり。

 形は違っても、どちらも互いを想いやる気持ち。


 そんな想いが、直接のやりとりはなくても、お互いを高めてきたんじゃないかと、そんな気がする。

 何より、勝負のはずなのに時折笑顔すら見える、今の楽しそうなふたりを見ると、そう強く感じずにはいられなかった。






 199球目の打球を、圭輔が無難に処理した。

 いよいよ次でラスト。


 圭輔は再び腰を落とし、最後の一球に備える。

 それに対し、翔子ちゃんがどんな打球を放つのか。

 僕を含めた近くで見ている三人も、遠巻きに見守る野次馬じみた観衆も固唾を呑んで見守る中。


 翔子ちゃんが最後に選択したのは、予想もしない一球だった。






 「サード!!」


 突然の大声で、翔子ちゃんが左手に持っていたバットを投げ捨てる。

 と、ほぼ同時に右ひじをテークバック。

 そのまま、全力で手に持っていたボールを圭輔に向かって投げつけたのだ。


 容赦ない全力投球。

 とてもここまで199球の連続ノックをしてきた女の子の球とは思えないほど、スピードも球威もある。



 「っ!!!」


 そしてそのコースは、圭輔に向かってのストライク投球というわけではなかった。

 むしろ三塁ベース寄り、すこし逸れている。


 だが、圭輔も199球ものノックをさばいてきたとは思えないような高い集中力を示していた。


 球が来る時には既にベースカバー、やや中腰気味に捕球の態勢をとっていた。

 そのままボールをキャッチ、流れるようにタッチプレーの動作へ。




 ―――200球目は三盗阻止のプレーだった。








 ……と、後になってから冷静になれば何とでも言えるが、最初は何が起こったのかよく分からなかった。

 逆に言えば、何が起こったのかよく分からないくらい、流れるような素早い動きだったともいえる。


 三盗なんてそうそうあるプレーじゃないから、きっと意識にないと咄嗟には動けないだろう。

 それができた圭輔は、翔子ちゃんが言うところの“守備の意識”がきちんとあったんだろうと思う。



 「っていうか、ソフトボールって盗塁は無いんじゃなかったっけ?」


 確か、ピッチャーからボールが離れる前に離塁するとアウトになったはずだ。



 「まあ、確かに野球みたいにピッチャーのモーション盗んでっていうのはないけどね。

  でも、例えばランナー1・2塁でダブルスチールとか、守備隊形の隙をついて三盗とか、なくもないから。

  確かに翔子は肩も強いんだけど……それにしても、最後の一球はあたしも予想してなかったかな」


 相棒の茜ちゃんですら裏をかかれた、翔子ちゃんの予想外の選択。

 しかし、圭輔はそれにしっかりと応えていた。

 ただそれは、幼なじみで考えが通じ合っていたというよりは、繰り返しの練習を裏付けとして、体が反応したってことだろう。



 「っと、10球ごとに一塁へスローイングだから、200球目も投げなきゃいけないんだが……」


 そう言って光が翔子ちゃんに目をやると、彼女は何も言わずにかぶりを振った。

 スローイングが問題ではなく、守備への意識があるかどうか、それが勝負だったはず。

 完璧なタッチプレーを見せられた後じゃ、細かいことは野暮ってことだろう。

 光も最初から分かっていたんだろう、こちらも何も言わずにうなずいた。



 「―――この勝負、200球連続の成功で圭輔の勝ちだ。

  ……二人とも、お疲れさん」


 光の穏やかな声。

 それに合わせて、自然と拍手が沸き起こった。

 勝ち負けを超えて、二人を称える拍手だ。


 そんな拍手が生まれるくらい、気持ちのこもった、中身の濃い勝負だった。



 「~~~~だぁーーーーっ!!」


 そんな拍手に包まれながら、呻きとも叫びともとれるような声をあげて、圭輔がその場に大の字になって寝ころぶ。

 さすがの体力自慢も、息があがっていた。


 そこへ、翔子ちゃんがゆっくりと歩み寄る。

 こちらも疲労の色を隠せないが、それでも圭輔の元にたどり着くと、ゆっくりと右手を差し伸べて。



 「お疲れ、圭輔」


 「お前もな……お疲れさん」


 そんなやりとりで、お互いに手をとる。

 ややあって、そのまま翔子ちゃんに導かれるように、圭輔が立ち上がった。

 色々あったけど、それを感じさせないくらい、自然な動作だった。

 ……見せつけてくれるな、おい。



 「なんか……あたし達、一気にお邪魔虫っぽいんだけど」


 「ノックも途中から、二人の世界って感じだったしなぁ……。

  最後の三盗のプレーとか、入りこみすぎだろ」


 そう言ってニヤつく茜ちゃんと光。

 そんなやりとりが聞こえているのかいないのか、圭輔も翔子ちゃんも、特に否定はしなかった。

 もはやそんな力もないのかもしれないが。



 「今日のところは、それでもいいんじゃないかな」


 「ん……まあ、章の言うとおりかな。今日のところは、ね」


 (―――頑張りなよ、翔子)






 派手に打ち上げをするとかそういう雰囲気でもなかったので、

 勝負を終えた二人に一言あいさつをした後は、そのまま流れ解散になった。

 さっきも言ったけど、今日のところは、二人にしてあげた方が良いと思う。











 ………







 ………………








 ―――茜たちと別れて帰り道。

 ユニフォームから着替えた私と圭輔は、並んで通学路を歩いていた。


 この一週間、別に勝負のことばっかり考えてたわけじゃないけど、なんとなくいつも通りってわけにもいかない気がして。

 それにいつもは茜や章たちも一緒だし、こうして圭輔と二人だけって時間はずいぶんと久しぶりな感じがする。



 「……やればできるじゃん、圭輔。

  その調子で、守備もちゃんと練習しなよ」


 「翔子……お前……」


 「? どうかした?」


 呆けたような顔でやけにもったいぶる圭輔。



 「お前が守備で俺をほめるなんて、どうかしたのか?

  あれか、疲れすぎで頭がやられちまったのか!?」


 「なっ!! し、失礼なやつね、あんた!

  圭輔の方こそ、私の手を借りないと起き上がれないくらい疲れてたくせに!」


 「そっ、そんなにマジで怒るなって。冗談だよ、冗談」


 「ホントにあんたって奴は……。

  ―――こほん」


 と、そんなわざとらしい咳払いをしてから。



 「私だって、良いプレイだと思ったらちゃんとほめるし、今までだってそのつもりだったんだけど」


 「……わーってるよ、んなことは。

  ありがとよ、翔子」


 いっちょまえに照れてるのか、目をそらし、ぶっきらぼうに、ぽつりとそんなことをのたまった今日の勝者。

 確かにぶっきらぼうだけど、でも素直な言葉で。

 私の方まで照れてしまいそうになった。



 「それよか、お前こそ、本当に大丈夫か?

  いくらソフト部っていっても、あんなにノック打つのだって相当ハードだろ?

  足元ふらついてたりしてねぇか?」


 さっきはぶっきらぼうだったくせに、今度は素直に優しさを見せてくる。

 圭輔のくせに。



 「私は別にまだまだ―――」


 疲れていないと、言いかけてやめる。

 素直に優しさを見せてきたから。

 今日は私も、素直にそれに甘えよう。



 「あー、やっぱりちょっと疲れちゃったなぁ……っと」


 そのまま、圭輔にもたれかかるようにして体を預ける。

 普段だったらありえないけど……やっぱり、疲れてるせいってことにしておこう。



 「っとと……しょうがねぇな」


 「ん……ありがと」


 「へへっ。まあアレだ、勝者の余裕ってやつだ!」


 「ふふふ……ばーか」


 本気で私が歩けないほど疲れてると思ってるのか、圭輔は素直に受け止めてくれた。

 その体は大きく、温かい。



 「ねえ、圭輔」


 幼なじみの大きな体に受け止められている安心感からなのか。

 今なら何を言っても、こうして私を受け止めてくれたみたいに聞いてくれる気がして。


 自分でも驚くくらい、すぐに言葉が出てきた。

 案の定、圭輔も黙って聞いてくれている。




 「私さ、途中から、勝負の結果とかどうでも良くなっちゃってたよ。

  ううん……たぶん、最初から勝ち負けなんてどうでも良かったんだと思う。

  たださ、あの練習試合でのエラー。あれがなんか許せなくてさ」




 「何様だって感じだよね、自分でもそう思うし。

  でもね……気が抜けたみたいなプレーがさ、嫌だったんだよね。

  私はさ、下手なら下手なりにがむしゃらに頑張るのが圭輔らしいっていうか。

  圭輔のいいところだって思ってたから……だからね。

  なにやってんだって、なんか腹が立っちゃってさ。

  らしくないって思ってても、気づいたら勝負なんてこと、思いついてた」


 「…………。

  そりゃまあ、腹が立たなかったって言ったらウソだけどな。

  でも、翔子の言う通りだと思ったっつーか、あれでガツンと頭を叩かれて目が覚めたっていうか……だな。

  だから、その……そんな、自分勝手みたいに言うな。

  そもそも、やるやるっていって、きちんと守備に意識をむけてなかったのが一番悪かったんだからよ」


 「圭輔……ありがと」


 「さっきも言っただろ、勝者の余裕だっての」


 彼なりの優しさの照れ隠しだろうか。

 でも私も似たようなもので。

 照れ隠しみたいに、また「ばーか」と小さくつぶやいた。


 前に、茜と章に圭輔の手綱をとってるつもりは無いなんて言ったけど、やっぱりその通りだ。

 手綱をとるどころか、私たちはなんだかんだ似た者同士で、それに同レベルの人間同士みたいだから。




 「―――だけど今日はね、嬉しかったんだ。

  圭輔が1本目のノックを捕った時にね、ああ、しっかり練習してきたんだなって、すぐ分かったから。

  私の好きな……頑張ってる圭輔を感じられたから。

  昔から……一緒に野球やってた頃、チームでレギュラー獲るって宣言したあの日から、変わってないね、そういうところ」


 「……翔子のおせっかい焼きも、あの頃から変わってねーよな」


 「なっ!?

  あっ、アンタねぇ! 人がせっかく―――」


 私は自分が思ってるよりも大人じゃなかったらしい。

 圭輔の一言にちょっとムッとして抗議の声をあげようとした、その流れを遮って。

 圭輔が次の言葉を紡ぐ。



 「本当はな。こっ恥ずかしくてこんなこと言うつもりはなかったんだけどよ」




 「その……いつもありがとな、翔子。

  お前はさ、頑張れるのが俺の良いところって、さっき言ったけど。

  俺のうぬぼれかもしれないけど、翔子はいつも俺が頑張れるように助けてくれてたんだよな。

  ガキの頃に、レギュラー獲るぞって無茶苦茶やってた時から、ずっと」




 「今回だって、実際に練習につきあってくれたのは光と章だけど。

  でも、そもそもそうやって練習しようと思えたのは、やっぱり翔子のおかげだと思ってるし。

  なんだかんだ、今までは何するんでも一緒だったけど、初めてちょっと離れて練習してみて……。

  改めて、もし俺が頑張ってこれてたんだとしたら、それは翔子のおかげなんだって、気がついたんだよな。

  俺は、お前のおせっかい焼きに、ずっと支えられてきたんだな」


 「圭輔……」


 「だから……な。

  もう一回言うけど、いつもありがとな」


 圭輔の言葉を聞いて、自分でも顔が赤くなってくのが分かって。

 そんな顔を見られるのが恥ずかしくて、半ば無理矢理に、圭輔の胸板に顔をうずめた。



 「っと!? ちょっ、どうしちまったんだよ翔子!?」


 「うっさい、察しろ……ばか」




 「私も……やっぱり、頑張ってる圭輔は近くで見てたいんだって、今日気がついた。

  それにね、自分が思ってたよりわがままみたいだよ、私。

  頑張ってる圭輔のこと、最後まで見届けるのは自分じゃないと気が済まないみたいだから」


 「……いいんじゃねぇか、それくらいのわがままは。

  それに、そんなのわがままの内にも入らねーよ。

  俺だって、なにやるんでも、翔子とってのが、一番調子が出るみたいだしな」


 「あんた、ものす……っごく恥ずかしいこと言ってるって自覚、ある?」


 「お互い様だろ、そんなの」


 言われてみればそうだ。

 なんなら、顔を見られるのが恥ずかしくてとったこの態勢がむしろ恥ずかしいことも何となくは分かってる。

 でも、今はそんな恥ずかしさすら心地よくて。




 「なあ、翔子」


 「ん?」


 近くに感じる圭輔の温度と言葉が心地よくて。




 「お前さえよければ……だけど。

  これからも、俺の近くで―――ずっとおせっかい焼いててくれねぇか?」


 「……うん。

  アンタみたいなバカ、他の誰かじゃ手に負えないだろうし。

  しょうがないから、見届けてあげるよ。

  圭輔が頑張ってるところ、ずっと―――」


 まだ、お互いあと少しだけ素直になれないけど。

 でも、いつかそう遠くない将来、きっと素直になれるから。




 だから、今はこの心地よい時間に甘えていたい。

 いつも本気で頑張ってる、大好きなあいつの温かさの中で―――








 作者より……


 ども~作者です♪

 Life五十七頁、いかがでしたでしょうか?


 翔子&圭輔編、これにて完結です。

 翔子デレすぎて作者もびっくりw


 本当はここまでダイレクトに書くつもりはなかったんですが、

 いつの間にかこんなことに(笑)

 最後の翔子視点は完全にキャラの暴走です。クールな翔子はどこへ^^;

 あと、ノック勝負って結局なんだったんだ(笑)


 ともあれ、この二人の関係には一つの決着はつきましたが、物語はまだ続きます。

 次回以降の章たちの物語に、期待し過ぎない程度に期待をば。


 それではまた次回☆

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