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第五十七頁『ふたりの大勝負!?』

 11月もそろそろ終わろうかという土曜日のこと。

 我が志木高野球部は、今季最後の練習試合をとりおこなっていた。


 圭輔も出ているとはいえ所詮は練習試合。普段ならさして気にも留めないイベントではあるんだけど……。

 この日はなんとなく気が向いたので、光を誘って観戦に来ていた。


 志木高はこの秋、県大会でベスト4までいってるし、なかなかの強豪校である。

 対する相手校もさるもので、小技を上手く使った統率のとれた攻撃を駆使してきて、こちらも恐らく強い部類の学校だろう。

 そんなわけで、なんとなくで見にきた試合ではあるものの、けっこうな見応えのある一戦となっていた。


 そんなこんなやってる内に、いつの間にやら屋内でのトレーニングを終えたソフト部のみんな―――茜ちゃん、翔子ちゃん、そしてあやの。

 彼女たちも合流して、一緒に観戦するという状況になっている。

 似たスポーツをやってるからか、はたまた圭輔の応援なのかはともかく、それぞれが集中して試合に注視していた。


 ……ああ、でも翔子ちゃんに限っては“圭輔の観察”が目的みたいだ。

 なんてったって攻撃・守備を問わず、圭輔がプレーする時は目の色が違う。

 そこまでは言い過ぎかもしれないけど、とにかく、明らかに他の選手よりも圭輔に注目してるのは確かだった。


 そんな注目の圭輔は8回裏の攻撃終了時点で、3打数3安打に2打点、四球と盗塁がひとつずつ。

 スコアは2-2で同点だけど、仮に志木高が勝てばヒーロー間違いなしの大活躍だった。

 普段から野球のことしか喋ってないが、それも伊達じゃないらしい。


 ただ、守備は若干危うい場面もあった。

 打球処理と送球、どっちもあんまり得意じゃないみたいだ。

 サードを守ってることもあって強い打球が飛んでくることも多いけど、ちょっと危なっかしい。




 ―――そして、そんな圭輔の守備が、後であんな騒動を起こすことになるとは、この時の僕は微塵も思っていなかったんだ。





 ………





 ………………





 試合は進んで9回の表。

 ここまで好投してきた志木高のエース・多中も、この回は疲れもあってかピリッとせず。

 ノーアウトでランナーは1・2塁という状況になっていた。

 僕は野球はセオリーまでは分からないが、とりあえず目の前の状況がピンチだってことは分かる。


 対するバッターは8番。

 幸い下位打線で、しかも見るからに打てそうにない感じだ。

 ……若干失礼な気もするが。


 とはいえ、ここがヤマ場だろうな。

 ヒット一本で勝ち越しだし、なんたって最終回だし。

 だからだろうか、マウンドからなんとなくピリピリした感じが伝わってくる。



 そんな中で投じられた第一球。

 8番の彼はこれをバントした。

 三塁線近くに転がるボール、勢いは殺されている。


 これを素早いダッシュで飛び出して圭輔が捕球。

 流石に足が速い。

 ―――と、ここまではよかったんだ。






 痛恨のエラーなんて言い回しがあるが、今さっき目の前で起こったことは、まさにそれだろう。

 そしてそれをやったのは他の誰でもない、圭輔だった。






 三塁はもう間に合わないと判断したんだろう、一塁に送球する圭輔。

 だが、ボールはファーストのはるか頭上を通過、ファールグラウンドに転がった。

 とんでもない悪送球だ。


 その間に二塁ランナーは悠々とホームイン。

 勝ち越しを許してしまった。


 起こった事態は重大かもしれないけど、時間としては一瞬、そしてあくまで淡々と事が進んでいった。

 当の本人、圭輔の表情から気持ちを読み取ることはできない。


 一緒に見てるみんなは茫然や唖然といった感じ、僕も同じだ。

 でも、ただ一人―――翔子ちゃんだけは、眉ひとつ動かさず事態を見つめていて、どこか冷静だった。

 そんなはずはないのに、まるでこの結果を予想していたかのようにも見える。






 結局、その裏の攻撃で志木高は点をとることはできず、圭輔のタイムリーエラーによって敗北という形になってしまった。

 なんとなくでやってきた試合だったけど、まさかこんな結果になるなんて……。




 この日はそのまま流れ解散となった。

 圭輔はミーティングか何かがあるみたいな感じで忙しそうだったし、どうにも後味が悪くて何かする気にもなれなかった。

 練習試合とは言え、圭輔も落ち込んでなきゃいいんだけど……。






 ………






 ………………






 「おはよー」


 週が明けて月曜日。

 茜ちゃんと一緒に教室に入ってくると、主だった顔ぶれはもう登校してきていた。

 ちなみに、僕たちも遅刻はしていない、念のため。



 「はよーっす」


 圭輔からあいさつが返ってくる。

 特段変わった様子はない、いつも通りだった。



 「ん? どうした章、俺の顔になんかついてるか?」


 「ああ、いや別に」


 無意識のうちに、ジロジロ見てしまってたらしい。

 いかんいかん。



 「今日もいつもと変わんないな~って。

  その……こないだの試合のこともあるし」


 「……章、それ直球すぎ」


 「うぐっ……」


 茜ちゃんのジト目が痛い。

 やっ、やっぱりまずかったかな?



 「べっ別に悪気があるわけじゃないんだ!

  負けたのだって、圭輔のせいじゃないと思うし!

  だけどその、何て言うか―――」


 「それじゃフォローになってないって!」


 「いいって、気にしてねーから。

  お前がそんな嫌味を言うようなヤツじゃねーってのは分かってるし」


 「圭輔……」


 「それにまあ、やっちゃいけないエラーをしたのは事実だしな。

  なんだかんだ言っても、直接の敗因は俺だから」


 「珍しく殊勝だな」


 「野球のことだし、そりゃあな」


 「……そうだな」


 光としては茶化したつもりなんだろうけど、圭輔の返しはごくマジメだった。

 光もどこか納得の表情。

 本当、野球に対しては真摯な姿勢なんだなと思う。






 「次もあるんだし、いつまでも気にしててもしょうがねぇからな。

  冬の間にきっちりトレーニングして、次の夏こそ甲子園出場だぜ!」


 「―――あんな初歩的なミスをやらかしといて甲子園なんて、いくらなんでも甘すぎるんじゃない?」


 圭輔の力強い宣言でこの話題も終わり……かと思いきや、そうはいかなかった。


 すぐ突っ込んできた人物がいる―――翔子ちゃんだった。

 試合中から何か言いたげだったのはこういうことだったのか?



 「なにぃ!? どういう意味だよ、翔子!」


 「言葉通りの意味よ。バント処理を悪送球なんて、程度が低いってこと」


 「ぐっ……」


 声を荒げた圭輔だったけど、ミスに関しては図星なのか返す言葉がない。

 それにしても、僕以上に、そして必要以上にハッキリ言うよな、翔子ちゃん……。



 「それだけじゃない。

  打球処理にしても他の送球にしても、ひとつひとつの精度が低かった。

  あのエラーうんぬんの前に、守備への意識が足りてない証拠ね」


 「しょ、翔子、いくらなんでも言い過ぎ―――」


 「野球は打って走るだけのスポーツじゃない。

  どれだけ点数を取っても、それ以上に点を取られたら負けなの。

  こないだの試合なんか、その典型よね」


 茜ちゃんの制止も耳に入っていないのか、まくしたてるように続ける翔子ちゃん。

 試合中のミスを大小問わず次々と、しかしあくまで冷静に指摘していく。


 確かに素人目で見ても気になる部分は多かった。

 けど、そこまで言わなくてもってくらい過剰な気もする。






 「―――圭輔、そんなんで志木高野球部のホットコーナーをあずかれるの?」


 そして締めにこれである。

 ここまでキツイことを言う翔子ちゃんは見たことが無い。

 茜ちゃんが言うとおり、いくらなんでも言い過ぎだ。



 「………………」


 「圭輔、落ち着けって、な?」


 さすがの光も危険だと感じたのか、圭輔をなだめにかかる。

 だが圭輔は小刻みに震えるだけで、反応はない。

 ……と、思いきや。




 「―――じゃねぇか」


 「えっ?」


 「言ってくれるじゃねぇか!!

  そこまで言うんなら、勝負しやがれ、翔子!」


 「ちょっ! 圭輔!?」


 まるで挑戦状を叩きつけるかのように翔子ちゃんを指さし、これまた力強く告げる圭輔。

 もはや漫画のワンシーンだ。



 「上等。その勝負、乗った」


 「ちょっと翔子! そんな簡単に言っちゃっていいの?」


 「だって、こうしなきゃ負けずぎらい圭輔の気がすまないだろうし。

  それに、こっちだってこの展開は望むところだし、ね」


 「望むところって……あんたねぇ」


 「ゴメンね、茜」


 「はぁ……もう好きにして」


 いつもと違う翔子ちゃんに、相方・茜ちゃんも呆れ気味だ。

 ただ、気持ちはよく分かる。



 「それで圭輔、勝負の内容は?

  まさかこの流れで一打席勝負だとかバカなことは言わないでしょうね?」


 「あったりまえだ!

  勝負は一週間後、中身は―――」


 「中身は?」


 「中身は……その……なんだ……」


 「………………」


 もはや教室中の注目を集めながら、圭輔は口ごもっている。

 どうやら内容は考えていなかったらしい。

 ところどころで呆れたようなため息も聞こえる。




 「―――勝負は私が200本ノックして、圭輔がエラーしなければ圭輔の勝ち、じゃなきゃ私の勝ち。

  バットとボールは硬式で、場所はグラウンド。

  これでどう?」


 「それでいい! 俺が打撃だけじゃねぇってこと、見せてやらぁ!」


 「いいわ。私も、あんたの本気がどんなものか、見せてもらうから」




 熱くなる圭輔に対し、翔子ちゃんはと言えば―――やはり、彼女も熱くなっている気がする。

 圭輔が熱く、激しく燃えるとするなら、翔子ちゃんは静かに、けど確かに燃えるって感じだろう。

 売り言葉に買い言葉……とは、まさにこのことだろう。

 圭輔はともかく、翔子ちゃんがこんな風になるのは珍しい。


 それにしても、なんだか大変なことになってきたな―――






 ………






 ………………






 「―――ってことで、来週の月曜に圭輔と翔子ちゃんが勝負することになりました」


 「なんか簡単にまとめちゃってるけど……そうなんだ」


 夜、我が家の食卓では今朝の騒動が話題になっていた。



 「あのね、お兄ちゃん……こういうこと聞くのもどうかなって思うんだけど」


 「ん? なんだよ」


 「翔子さんと圭輔さんって、もしかして仲悪かったり……する?」


 「ええっ?」


 「だって、翔子さんっていつもクールなのに、圭輔さんのことになるとよく怒ったり、ムキになったりしてるみたいだし……」


 「うーん……別にそんなことは無いと思うけどなぁ」


 ただまあ、あやのが言うとおり、圭輔はともかく、翔子ちゃんは圭輔のことになると、いつもとちょっと様子が違う気がしなくもない。

 そしてそれは、今回の騒動にもあてはまるだろう。



 「それに、あの二人も幼なじみだし」


 「そこは仲の良さと関係あるの?」


 「そう言われると自信ないけど……ほら、付き合い長い分、色々あるんじゃないかなって」


 そう―――圭輔と翔子ちゃんも幼なじみ同士だ。

 僕や茜ちゃん、それに光も中学からの付き合いだけど、ふたりは小学校から一緒だったらしい。


 となれば、それなりに付き合いは長いことになるだろう。

 茜ちゃんと僕もだけど、付き合いが長くなればケンカのひとつやふたつだってあるもんだ。




 「そりゃそうだろうけどさー。

  なんか心配だなー」


 「まあ気持ちは分かるけど。

  でも、幼なじみとか抜きにしたって、あのふたりはむしろ仲良いはずだし。

  なるようになるって」


 「そう……かなぁ?」


 「そうそう」


 とは言え、どういう風に『なるようになる』のかは、僕も皆目見当がつかないけど。

 ただ、一つ言えるのは翔子ちゃんは勢いに任せて今回の勝負に乗ったってわけじゃないこと。


 なんたって『こっちとしても望むところ』なんて言ってたくらいだからな。

 ノック200本なんて無茶苦茶だけど、勝負の方法もあらかじめ考えてあったっぽいし。

 だから、もしかすると翔子ちゃんには事の顛末について、しっかりした青写真を描いてるのかもしれない。


 でも、そうだとしても態度といい言動と言い、翔子ちゃんらしくないのもまた確かだ。

 ……何か考えたら逆にこんがらがってきたな。



 「……とりあえず、明日にでも話を聞いてみるか」


 あやのは「よろしくねー」なんて、完全に他人任せになってるが。

 別にお前に向かって言ったわけじゃない……念のため。




 聞いたところで素直に話すとも思えないけど、何もしないよりはいいだろう。

 ここであやのとあれこれ言ってるよりは確実に情報が得られる……と思う。


 ―――翔子ちゃんのことだから、上手く言いくるめられる可能性もあるけど。

 ……ええーい、細かいことは明日だ明日!






 ………






 ………………






 『あきらー、そろそろ起きたらー?

  そんなんじゃ、いくら茜でも愛想尽かしちゃうぞー ―――』




 あえて言おう、余計なお世話だと!

 ……そんな、“いつも通りの”翔子ちゃんによる目覚ましボイスで起きた次の朝。


 シャクな話だが、こっちの方がしっくりくる―――否、きてしまう。

 言っておいてなんだけど、ホントにシャクだな。


 というわけで、なんとなく認めたくないけど、目覚ましのおかげで今日もおよそ遅刻とは縁遠い時間に登校できた。




 「……遅刻の心配がないのはいいんだけど、なんか物足りないのよねー」


 「大体の予想はつくけど……なんのこと?」


 「アンタを起こさなくていいってのも、それはそれで寂しいような気もするってこと。

  何て言うか……ほら、恒例行事っていうか、習慣みたいなものだったし?」


 「僕に聞かれても……っていうか、いくらなんでもワガママすぎでしょ」


 「あはは、ごめんごめん。

  早起きしてくれる分には文句無いんだけど、ちょっとね」


 そういう茜ちゃんの横顔は、少し寂しげにも見えたけど……。

 気のせい、だよな?




 「あれ、グラウンドに人がいる?」


 「コラ、あやの。

  人様を指さすんじゃありません」


 と言いつつ、その指先を追うと、そこには野球部の背番号5―――圭輔の姿があった。



 「野球部は朝練……じゃないか。

  他に誰もいないし」


 「確かに。

  じゃあ、圭輔が自主トレしてるってこと?」


 「昨日の今日だし、そうでしょうね。

  何て言うか……完全にスイッチ入っちゃった感じね、あれ」


 「練習の虫だけのことはあるなぁ」


 「アンタは呑気なもんねぇ……。

  まあ、関係ないっちゃないんだけど」


 僕はただ感心するだけだが、茜ちゃんは若干呆れ気味だ。

 もっとも、昨日からそんな感じではあったが。



 「翔子が触発されて変な事を言い出さないかだけが心配……」


 あ、そういうことね。




 それにしても、やるとなったら流石は圭輔って感じだ。

 守備は苦手って話だけど、さっそく早出で練習とは。

 神崎さんからの教え、『上手くなりたいなら練習あるのみ』を地でいってる。

 とりあえず、ケガだけはしませんように。






 「おはよー」


 あやのと別れ、昨日と同じノリで教室へと入る。

 けど、昨日とは違い圭輔と、それに翔子ちゃんの姿もなかった。



 「あれ、翔子ちゃんってまだ来てないの?」


 何となく口にすると、近くにいた京香ちゃんとつばさちゃんが反応してくれた。



 「島岡殿か? そう言えば、今朝はまだ来ていないな」


 「島岡さん、いつもは結構早いのに……珍しいかも。

  もしかして、昨日のこととかで何かあったのかな?」


 「十中八九それなんだろうけど……」


 圭輔に倣ってってわけじゃないだろうけど、翔子ちゃんも朝練をやってるのかもしれない。

 ……でも、別に守備するわけじゃない翔子ちゃんが朝練する必要ってあるのか?

 とまあ、それはさておき。



 「ところで……ふたりとも、昨日の朝の話、聞こえちゃってた?」


 「えっと……うん」


 「あれだけ大きな声で啖呵をきられては、聞こえん方がおかしいだろうな」


 「やっぱ、何だか事が大きくなってきちゃってる気がするなぁ……」


 元をたどれば痴話喧嘩の延長くらいの話のはずなんだけど。



 「あっ、でも野次馬とかは絶対しないから!

  真剣勝負に水を差しちゃいけないもんね」


 「福谷殿の言うとおり……真剣勝負の果たし合いに、部外者が割って入るべきではないしな。

  それに、島岡殿がああまでなるということは、よほどの事なのであろう」


 つばさちゃんはなにやら明先輩の影響……それもどちらかと言えば悪いものが見え隠れするが。

 とにかく、ふたりも圭輔と翔子ちゃんのただならぬ様子を感じとっているみたいだ。

 確かに、痴話喧嘩の“延長線上”なら、逆にただの痴話喧嘩じゃないってことでもあるんだし。

 にしたって、周囲を巻き込み過ぎてる感じはするが……これはもういいや。




 結局、圭輔も翔子ちゃんも遅刻ギリギリの時間に、それもほぼ同時で教室に入ってきた。

 ピリピリした雰囲気でもなかったし、まずは一安心かな?






 ………






 ………………






 放課後。

 いつもならとっとと部活に行ってしまう茜ちゃんが、ホームルームが終わるなり僕の席にやってきた。



 「ねぇ、章? 今日この後ってヒマだったりするよね?」


 「疑問なのか断定なのかイマイチはっきりしない聞き方だけど……。

  一応、ヒマではある」


 言葉通り、ヒマではある。

 別に面倒だったと言うつもりは無いが、ここの所は色んな事に首を突っ込んでいたもんで、ヒマはヒマで新鮮だったりもする。



 「じゃあさ~、ちょっと頼みがあるんだけど~」


 「しなを作りなさんなって。かえって面倒なのかなって思うから」


 「むぅ……折角サービスしてみたのに」


 何が、そしてどこがサービスか。



 「まあ、これは別に単なるノリだからいいんだけど……。

  じゃあ単刀直入に言うけど、ソフト部手伝って」


 「手伝うって……?」


 「マネージャーよ、マ・ネー・ジャー。

  いつもやってるじゃない」


 「妹と幼なじみがいるとは言え、部外者にいつもやってるってのはどうかと思うけど……。

  今さらだよね」


 「なーにブツブツ言ってんの。

  で……お願いできるかな?」


 ―――お願い、か。

 明先輩の時は半ば連行だった事をを思えば、随分と待遇が良くなったもんだ。


 それにいつもやってるとはいえ、ここの所はあまり関わっていない。

 気まぐれってほどでもないけど、たまに顔を出すのも悪くないか。

 それに、大義名分をもって渦中の人物の近くにいけるわけだし。



 「分かった、いいよ。

  茜ちゃんの言うとおり、ヒマだったし。それに断る理由も別に無いしね」


 「ありがと。話が早くて助かる~♪」


 「まあ、それはいいんだけど……」


 ふと、気づいたことがあった。



 「茜ちゃんが声をかけてきたってことは……引退しちゃった明先輩の代わりは茜ちゃんがするってこと?」


 「え? どういうこと?」


 「今までは明先輩が連行―――じゃなくって、頼んできてたから。

  クラスも一緒だし、これからは茜ちゃんなのかなって」


 「ああ、代わりってそういうこと。

  うーん……同じクラスってのもあるけど、今はあたしがキャプテンだから。

  前の代ではキャプテンの明先輩がやってたことだし、なんとなくあたしが引き継いでる感じかな」


 「そうなんだ―――って、えっ?」


 ちょっと待て。

 今、サラッと大事なことを言った気がするぞ?



 「どうしたのよ」


 「……あのさ、念のために聞くけど……今のソフト部キャプテンって、誰?」


 「え? あたしだけど……どうかした?」


 「その話って……僕、聞いてたっけ?」


 「え~っと、どうだったかな……。

  言われてみれば、話したような気もするし、そうじゃない気もするし」


 やっぱりか。

 かくいう僕も、聞いたような聞いてないような、あいまいな感じだった。

 だからこそ、聞いてないという断定じゃなく、確認の形になってるんだけども。



 「なんか、基本的によく一緒にいるから、改まって言うのもな~って思って、言ってなかったかもね。

  まあでも、もう知ってるものだと思ってたけど……」


 「うん。僕も初耳じゃない気がしてはいるんだけど、ハッキリしないんだよね……」


 「あはは……実は、あたしもそう。

  ハッキリしない感じ」


 ふたりして言ったつもり・聞いたつもりになってたんだから。実にのんきなもんだ。

 もっとも、茜ちゃんの言うとおり、改まって聞かされてもそれはそれでこそばゆいものがあったんだろうが……。



 「とにかく、今のソフト部キャプテンはあたしこと陽ノ井茜ってことで!

  変わらぬご愛顧、よろしく!」


 「ご愛顧されてるのはこっちだけど……よろしく」


 明先輩時代みたいにこき使われるのは御免こうむりたいところだけど、そうもいかないんだろうな。

 茜ちゃんもだけど、他の部員が部員なだけに。



 「っとと、話が長くなっちゃった。

  さっ、遅刻しない内にいこうよ!」


 茜ちゃんは部活が楽しみなのか、笑顔ってわけじゃないけど、弾けるようないい表情を見せてくれた。

 これを見れば、キャプテンが誰かなんて、ホントささいな問題に思えてくる。

 なんだか僕の方までやる気が出てきた。


 ……そういうムードメーカー的な意味では、キャプテンに向いてるのかもな、茜ちゃん。




 ………




 ………………




 そして、件のマネージャー業務である。

 キャプテンが明先輩から茜ちゃんになったからといって体制が大きく変わったわけでもないらしく。

 結局いつも通りの手伝いという感じになっていた。


 あえて言うなら、三年生の先輩がいなくなって同級生か後輩しかいない分、気はちょっとだけ楽……かもしれない。

 とは言え、差は微々たるもの、言ってしまえばやはり“いつも通り”である。


 ―――だからこそ、ある程度の余裕もあるわけで。

 そんな余裕を利用して、さっきから何となくではあるけど、圭輔と翔子ちゃんの様子を観察させてもらっている。

 ただまあ、これといって大きく変わった点は見られないのが正直なところだ。

 部活中までピリピリした空気でやられたら、周りの身がもたないだろうし、これはこれで問題ないんだけど。


 今日一日にしたってそうだった。

 特にふたりの間でトラブルがあったわけでもなく、事態の進展も同じくだ。

 と言うかむしろ、他のみんなもいたとは言え、昼も一緒に食べてたくらいだし。


 この辺を考えると、ケンカっていうのとも、また少し違うのかもしれない。

 どちらかと言えば、あくまで勝負にこだわってるような……そんな感じだ。

 ふたりが険悪になるよりはよっぽどいいが。


 なんにしても、全部憶測に過ぎないのだけれど。

 結局、圭輔がいたりなんかして翔子ちゃんと話す機会が持てなかった。

 本当は直接考えを聞くのが一番早いんだろうけど……やっぱりモヤモヤするな。











 そんな事をやっている内に部活も終わった。

 考え事をしていたからか、時間が過ぎるのも早かった気がする。



 「ありがとね、章。

  またよろしく♪」


 「りょーかい。

  っと、茜ちゃんはまだ帰らないの?」


 他の部員が制服に着替えるため部室に戻る中、茜ちゃんはそういうそぶりを見せない。



 「ん……ちょっとね、翔子に付き合わなきゃだから」


 「翔子ちゃんに?」


 「そ。今から自主練するんですって」


 「自主練って……もしかして」


 「そのもしかして。

  勝負のために、ノックの自主練」


 運動部でもけっこうキツイ部類に入るソフト部の練習をこなした後に、さらにノックの練習……。

 いやはや―――恐れ入った。


 グラウンドを見ると、野球部からわざわざ借りてきたのか、バットと硬式球が入ったカゴを持った翔子ちゃんがいた。

 もちろん、着替えてなどいない。

 言葉に偽り無しということか。



 「ごめんごめん、お待たせ茜―――って章、まだ帰ってなかったんだ」


 「翔子ちゃんこそ……まだ帰らないの?」


 「私はあのバカと約束しちゃったから。

  ノッカーがしっかりしなきゃ、勝負にならないでしょ」


 「そりゃまあ、そうかもしれないけど……」


 「守備が苦手っていっても、流石に現役野球部相手に、何も準備しないってのも失礼な話だし」


 「………………」



 分からない。

 翔子ちゃんの考えていることが、だ。


 そもそも勝負を受けたこともだけど、そうなるように仕向けるというか、煽ったこと。

 朝も多分練習してたんだろうし、今も部活が終わってからわざわざ自主練だ。

 こうまで何かに入れ込む翔子ちゃんを、僕は見たことが無い。


 みんなが言うように、どちらかと言えばクールなイメージがある翔子ちゃんには考えられない。

 圭輔絡みのことでちょっと冷静さを欠くことはあっても、今回は尋常じゃないだろう。


 だからこそ、彼女の考えが読めないのだ。




 ―――そして、そんな疑問は自然と言葉と行動になって結実した。




 「……あのさ、僕も練習見ていって良いかな?」




 出した答えはごく単純。

 昨日からやろうと思っていたこと―――分からないなら、聞いてしまえばいい。

 それだけの話だった。






 作者より……


 ども~作者です♪

 Life五十七頁、いかがでしたでしょうか?


 ということで、翔子&圭輔編です。

 章絡みでどうのってよりは、ふたりの仲の良さ、あるいは絆を見てもらえればなんて。


 久しぶりに普通の話を書いてる気がする(笑)

 どんだけキャラに幅があるんだよって話ですが……。

 無計画に登場人物を増やすとこうなるんですね(爆)


 次回ですが、恐らくこのエピソードの完結編です。

 翔子と圭輔の思惑は、そしてノック勝負の行方は!?

 いつも通り、期待しすぎずに期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ



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