第五十五頁『“強い自分”、“弱い私”』
『―――~~~♪~~~♪♪~~~~~♪♪~~~♪』
―――やっぱ、愛美ちゃんは歌が上手い。
我ながら安っぽい感想だけど、そう表現するのが一番手っ取り早い。
この前、ミニライブの練習に付き合ってくれと言われてから一週間。
何のかんのと毎日のように彼女の歌を聞いているけど……
素人である僕の耳には、良くも悪くも変化しているようには聞こえなかった。
まあ、たかがカラオケの自主練で劇的に上手くなってたまるかって話なんだろうけど。
―――パチパチパチ……
曲が終わって、いつものように拍手。
「先輩、どうでしたか?」
「どうって言われても……いつも通り良かったよ、うん」
「そうですか……よかったです」
と、こんなセリフの割に、愛美ちゃんはさして嬉しそうでもなく。
一曲歌っては、こんなやり取りをするのが何となくお決まりの流れになっていた。
「この分なら、もう練習なんていらないんじゃないかな?
正直、CDで聞くのと全然変わらないくらいだし」
「そっ、そんなことないですよ!
私なんて、まだまだ練習しないと……」
「まあ、愛美ちゃんがそう言うなら僕はいくらでも付き合うけどね」
「はい……ありがとうございます、先輩」
「いやいや、僕もちょっと得した気分だからね」
「得した気分、ですか?」
「そうそう。なんたって、タダで百乃木愛子の生の歌が聞き放題だからね」
「先輩……あんまり、からかわないでください」
本当に恥ずかしいんだろう、愛美ちゃんは顔を赤らめてうつむく。
―――やっぱり、からかい甲斐があるなあ。
「……でも、そんな風に言ってくれるのって先輩くらいだから、嬉しいです」
「うん? 聞き放題ってこと? ファンだったら多分みんなそう言うと思うけど」
「あの、そっちじゃないです」
珍しく突っ込まれた。
まあ、そうじゃないだろうとは思っていたが。
「もう練習いらないくらいだとか、CDと変わらないとか……そういうことです」
「そりゃまあ……素直にそう思うからだって。
ちゃんとした練習ならともかく、こんな自主練習はいらないくらいじゃない?」
「……歌の練習っていう意味では、もうそうなのかもしれないですね」
「歌の練習っていう意味ではって―――」
他にどういう意味があると言うのだろう?
カラオケに来て、自分の歌を繰り返し歌う。
そこに、歌を練習する以外の目的があるのだろうか。
「きっと、先輩の前だから上手くいくのかもしれないですね」
「あはは、まさか」
意味ありげな一言は、そんなとってつけたような冗談で誤魔化されてしまった。
………
………………
そんな感じで、どうということはなく練習は進み、どうということなく終わった。
これもまた、いつもと変わらない。
「今日も練習に付き合ってもらって、ありがとうございました」
そういって頭をさげる愛美ちゃん。
毎度毎度のことなんだが、どうにも恐縮してしまう。
言ったところでやめるもんでもないんだろうから、もはや何も言わないが……。
「いや、こっちこそ。楽しかったよ」
ふと時計を見ると、いつもより遅い時間をさしていた。
どうやらちょっと気合い入れすぎたみたいだ。
「……愛美ちゃん、ちょっと顔色悪いんじゃない?」
「そうですか……? 別に大丈夫ですよ」
「そっか」
口では納得したものの、なんか引っかかる。
歌ってる時には別に気にならなかったが、こうして改めて見るとちょっと元気なさげだ。
疲れもたまってるのかもしれない。
「―――もう時間もけっこう遅いし、今日は家まで送ってくよ」
「えっ、でも……いいんですか?
先輩のうち、全然反対の方向じゃ……」
「いいっていいって。
その代わり、あやのには上手く言ってもらえるかな?」
やっぱり気になるし、今日は送っていくことにした。
適当な冗談で誤魔化したし……まあ、不審がられはしないだろう。
何より心配だしな。
「先輩はケータイ持たないんですか?
あやのは持ってるのに」
「いやまあ……僕って友達少ないから、必要ないって言うか、そんな感じかな?
狭い島だしね、無いなりにどうにかなるもんだよ」
「お友達が少ないってことは無いと思うんですけど……そうなんですか」
「どっちかって言うと、パソコンのメールの方をよく使うし。
何かとパソコンを開く機会が多いから、そのせいもあるんだけど」
SS書くのにケータイってのも、どうにも合わないし。
将来的に持ったとしても、SSはパソコンで書くんだろうな。
「でも、最近のケータイってメールの他にもネットもできるし、なんかパソコンみたいだよね。
愛美ちゃんも、そういう機能使ったりするの?」
「私は……そうですね、割と使う方だと思いますよ。
自分が出てる作品の二次創作とかを探したりとか……。
元々、アニメとか漫画とかけっこう好きなんですよね。
空き時間とかに、よく見てるんです」
「へぇ……どんなの見るの?
よかったら、ちょっと見せてよ」
「いいですよ」
SSを書いてる身としては、二次創作という言葉に思わず反応してしまった。
愛美ちゃんが声優として出演してる作品……ってなると、やっぱ“ど~せ~ジェネレーション”かな?
あの作品はネット上でも人気あるし、SSやらイラストの数も多いしな。
まあ、まさか僕の投稿先を見てるってことはないんだろうけど……。
なんて、ぼんやり考えながら渡されたケータイに目をやると―――
「こっ、これは!?」
画面を見て、一瞬我が目を疑う。
「先輩? どうかしましたか?」
「あっ、いや別にどうってほどじゃないんだけど……」
いや、本当はどうってことある。
見覚えのある……いや、むしろありすぎるぐらいの画面。
妙なことは考えるもんじゃないなって思う。
愛美ちゃん行きつけのサイトは、僕にとって縁の深いもの―――僕の投稿先だった。
「ちっ、ちなみに愛美ちゃんはどの作家さんのSSを読むのかな?」
「えっ? そうですね……一応、一通りは読みますけど―――」
思ってもみない質問だったのだろう、愛美ちゃんは意外そうな表情を浮かべた。
そうしてしばらく逡巡した後、一人の作家のページを見せてくれた。
「この人がお気に入りですね、ショウさん。
話もすっごい上手なんですけど、なんて言うか……キャラの気持ちが良く分かってるなって感じで。
本当に作品のことが好きなんだなって思います」
「そっ、そっか……ははは」
「えっと、どうかなされました?」
「いやいや! なんでもないんだ、ホント!
僕も、その……SSとか、けっこう好きだからね」
なんて言ってお茶を濁すしかなかった。
まさかお気に入りの作家として僕のハンドルネームがあがるとは……。
普段なら嬉しい話なんだろうが、どうにも実際の知り合いにこういう事を言われるのは気恥かしい。
しかも面と向かってだし。
茜ちゃんも実際に知り合いで読んだりしてるけど、いつも淡泊な反応だからな……ずいぶん違うもんだ。
さらに愛美ちゃん曰く、携帯からながら感想メールも送ってきてくれているとのことだ。
ハンドルネームはさすがに教えてくれなかったが、見当はつく。
たぶん、新作ごとにマメに感想をくれる『ピーチっち』さんだろう。
そう言えば、あの人のアドレスは携帯電話のものだった気がする。
図らずとも、これでお互いの秘密めいたことを知ってる事になったな。
もっとも、それを把握してるのは僕だけなんだけど。
……世の中、広いやら狭いやらだな―――
………
………………
とまあ、こんな感じで平和な帰り道を二人で過ごした。
世間は11月、もうずいぶんと日が沈むのが早い。
辺りはすでに暗くなっていた。
やがて、愛美ちゃんの家にたどり着く。
愛美ちゃんの家は、住宅街にあるよくある一戸建てだった。
「今日は本当にありがとうございました。
送ったりまでしてもらっちゃって……」
「これくらいどうってことないって。
ちゃんと連絡よこしたから、あやのにどうこう言われる心配もないんだし」
「くすくす―――先輩とあやのって、本当に仲が良いんですね」
「仲が良い……って言えばそうなるかな。
最近どうにも口うるさくて、たまに面倒になるんだけどね。
でも、そう言う愛美ちゃんも、華先生と仲良いでしょ?」
「そうですね……声優のことも、お姉ちゃんは応援してくれてますし。
私はお姉ちゃんのこと、好きですよ」
自分の姉を胸張って好きだって言えるのって、何かいいよな。
僕なんかは、たとえそう思っていたとしても、ちょっと言えそうにないけど……。
「っと、それじゃあそろそろ行くよ。
外にいると冷えそうだしね」
「あっ、はい。先輩、お気をつけて」
「愛美ちゃんもね。
普段を知らないから何とも言えないけど、最近はちょっと頑張りすぎな気がするから。
だから、今日くらいはゆっくり休んでね」
「……はい。
それじゃ、また明日」
「うん、またね」
愛美ちゃんが家の中に入ってくのを見届けてから、我が家へと歩き始めた。
とりあえず、あの分なら心配ない……かな?
明日とか、もし無理をするようだったら練習を控えるように言ってみるか。
愛美ちゃんって、控え目だけど、時々なんか妙に頑固になるから難しそうだけど……。
でも、なんかほっとけないんだよな。
……とりあえず、気にはかけておこう。
………
………………
「ただいま~」
「おかえり~♪」
家に帰ると、やたらに嬉しそうなあやのの声が迎えてくれた。
またデートなのかだのなんだのと、嫌味の一つでも言われるかと思ってたけど……。
ちょっと予想外の反応で拍子抜けだ。
もっとも、平和に過ごせるならそれが一番なんだが。
「……いやにご機嫌だな、あやの?」
「うん? そっかな~♪ そうかもね♪」
そうかも、じゃなくて確実にそうだろ。
とぼけてるつもりなのか、あるいは単にからかってるのか……。
意図の読めない態度だった。
「ねえねえお兄ちゃん、今日はどうだったの!?」
「どうだったって……何が?」
「そんなこと聞いて、分かってるくせに~♪」
分からないから聞いてんだって話なんだが……。
「今日も愛美と一緒だったんでしょ?」
「……まあ」
「じゃあ分かるでしょ。どうだったのよ?」
「どうって……どうもしないよ。一緒にカラオケ行って―――」
って、これ以上言うのはまずいか。
桃田愛美=百乃木愛子は秘密だったんだ。
「一緒にカラオケ! しかも二人きりで!」
「そっ、そんなに大きな声だすなよ」
と、言いつつ内心はホッとしてる。
どうやらあやのの関心は別のところにあるらしい。
「いや、一緒にいるのは知ってたけど……。
まさか二人の仲がそこまで進展してるなんて……」
「進展って……」
「えっ、もしかしてケンカしちゃったとか?」
「はぁ……」
我が妹ながら、夢見がち―――とはちょっと違うか。
なんと言うか、話の飛躍がひどい。
「何回も言ってるけど、僕と愛美ちゃんはそんなんじゃないって。
確かに、ここ一週間くらい放課後は一緒にいたけど、
それも愛美ちゃんの用事に付き合ってただけだし」
「そりゃまあ、愛美からもそれくらいは聞いてるけどさ……」
「なら、聞いてる以上の事は何も無いよ。
愛美ちゃんとは、せいぜい仲が良い先輩と後輩。
そういうことだって。
まあ何だ、思いこみで物を言うのもたいがいにしてもらわないと」
「む~……なんだかなぁ」
心底面白くなさそうな、かつ納得してない表情のあやの。
まあ、そんな顔されても無い袖は振れないってやつだ。
「お兄ちゃんはそう言うけどさ、愛美もそう思ってるの?」
「それはそうだろ。
こういう話はしたことないからハッキリとは言えないけど」
「……思いこみ強いのは、お兄ちゃんの方だよ」
「ん? 何か言った?」
「何でもありませーん!
あ~あ、まだまだ先は長いかなぁ―――」
さっきまでの上機嫌はどこへやら……だな。
でも、おもしろがられてもたまったもんじゃないし、これはこれで良しとしよう。
愛美ちゃん……と言えば、やっぱり体調が気になるな。
あやのなら何か知ってるかもしれない。
「そう言えばあやの。
最近、愛美ちゃんから体調が悪いとかそういう話聞いてる?」
「え~っと……どうだろ?
言われてみれば、ここのところちょっと疲れてるような感じはするけど……。
元々、そんなに体も強くないみたいだし」
「そっか……」
「どうかしたの?」
さすがに友達が心配なのか、さっきまでとは違った調子で聞き返してきた。
「ちょっと。
今日の帰り、少し顔色が悪いような気がしたから、もしかしてって思ったんだけど」
「う~ん……大丈夫だとは思うんだけど……。
今日も普通に体育出てたし。
でも、ちょっと気をつけてみるね。
あっ、なにかあったら“もちろん”お兄ちゃんにも知らせるから♪」
「……もう何でもいいよ」
最後の最後でちょっと機嫌良くなってくれたのは……良いやら悪いやら。
―――やっぱり、愛美ちゃんの言うように、僕ら兄妹も仲良いのかも。
それはともかくとして、あやのが気にかけてくれるならとりあえずは安心か。
付き合いも長いし、学校では一緒にいるわけだしな。
何かあったら……それはその時に考えるか―――
………
………………
明けて翌日。
それは唐突にやってきた。
昼休みにいつもの面々で弁当をつついていたところ―――
「失礼しまーす」
言葉の割には大した遠慮もなさげに現れた、見慣れた姿がふたつ……あやのと小春ちゃんだった。
「おっ。
西園寺さん、小春ちゃんの相手しなくていいの?」
「……からかわないでくれ、和泉殿。
それに、いつぞやと違って今日は弁当も用意してきている」
―――豪快におにぎりばっかりを包んだ弁当ってのも、京香ちゃんらしいが……。
女の子らしさの点で言えば疑問が残る……って、これは色々とよろしくない意見か。
「あっ、今日は別の用事で来てるので大丈夫ですよ、光先輩」
「大丈夫ってな……そういうもんかね。
じゃあ、別の用事って?」
「それなんですけど―――」
「あっ、お兄ちゃん! いたいた!」
小春ちゃんの言葉を遮るかのようにあやのが言った。
……って、用事って僕にか?
と、いう事はもしかして―――
「今日、愛美が休んじゃって」
やっぱりか。
当たってもちっとも嬉しくない予想が当たってしまった。
別れた後、さらに体調が悪化したんだろうか?
「ゴメンね、何かあったらすぐに伝えるって言ってたのに、遅くなっちゃって……」
「いや、別に気にするなって。
教えてくれただけで十分だからさ」
「うん……」
やっぱり愛美ちゃんが心配なんだろう。どことなく元気がなさげだ。
「先生のところにはただのカゼだって連絡はあったみたいだけど……」
「そっか……」
やっぱ、疲れてたんだろうな。
顔色もあんまよくなかったし。
「あの、桜井先輩。実は用事っていうのは他にもあって」
「ん?」
「今日、プリントとか届けるついでに、あやのちゃんとふたりでお見舞いに行こうって話をしてたんですけど。
……もしよろしければ、先輩も一緒にどうですか?」
「えっ?」
意外な台詞が小春ちゃんの口から出た。
そりゃまあ、僕だって心配は心配なんだけど……。
お見舞いってなると次元が違う話の気がした。
「でも、僕なんかが行ってもしょうがないんじゃ……
あんまり大勢で行ってもかえって騒がしくなっちゃうだろうし……」
「いえいえ、そんなことないですよ、きっと」
……元気印の小春ちゃんに太鼓判を押されてもな。
「お兄ちゃん、お願い!
愛美も、お兄ちゃんが来てくれるのが一番元気が出ると思うの!」
「う~ん……そうかなあ?」
「そうなんだって! 愛美のこと、心配なんでしょ?」
「そりゃまあ、心配っていうか、気になるのは間違いないけど……」
「も~、じれったいな~お兄ちゃんは!」
あやのはあやので妙に押しが強い。
そんなにムキになる事もない気がするんだけどな……。
「行ってあげなよ、章。どうせヒマなんでしょ?
あやのちゃんから頼み事なんて、めったにあることじゃないんだし」
「茜ちゃん……」
別に面倒だから行かない訳じゃなんだって。
「愛美ちゃんといつも一緒の二人がこう言ってるんだし、行ってくれば?
茜の許可もさっき出たことだしね」
「翔子ちゃんまで……」
「あたしは関係ないって!」
茜ちゃんの言うことはごもっとも。
「ほらぁ、みんなこう言ってるよ、お兄ちゃん!」
「―――あ~も~、分かった、分かったよ!
行く行く、行きますよ。
それからあやの、お見舞いなんだから、そんなに嬉しそうにするなって」
「べっ、別に嬉しくなんてないもん!」
ったく、翔子ちゃんが味方だからって調子づいちゃって……。
―――とは言え、確かに翔子ちゃんの言うことにも一理ある。
ここはあやのの話に乗ってみるのも悪くはないか。
「じゃあお兄ちゃん、帰りのホームルームが終わったら校門でね!
忘れてたら承知しないんだから」
「大丈夫大丈夫。また放課後に」
「うん、よろしくね。
それじゃ先輩方、失礼しまーす」
「しまーす」
やけに芝居がかった、これまた気の入ってないセリフを残して後輩コンビは去った。
「……なんだかな」
溜息一つ。
結局、よく分からないままついて行くことになってしまった。
「相変わらず、いろんな人に頼りにされてるんだね、章くんは」
「そういうんじゃないって……つばさちゃんまでからかうかな、もう」
「くすくす……しっかりお見舞いしてきてあげてね」
「へいへーい……」
愛美ちゃんの姉君様に聞こえたらまず怒られそうな返事で返した。
お見舞いをしっかりってのも、実際難しい注文だけど。
「それはそうと……章、最近やけに愛美ちゃんと仲良いよな?」
「いやまあ、それほどでもないよ」
「なんか歯切れの悪い言い方ね……アンタまた何か隠し事があるんじゃないでしょうね?」
「そっ、そんな怖い顔しなくても大丈夫だって!
……前科持ちなのは認めるけど」
光のヤツが余計な事を言ったばっかりに、茜ちゃんが訝しげな視線をぶつけてくる。
京香ちゃんの件を黙ってたの、まだ根に持ってるのかな……。
とは言え、今回だって他言無用の内容だ、自供するわけにはいかない。
「何かあったらみんなにもちゃんと報告するし、手伝ってほしいとかだったらお願いもするから。
はい、そういうことでこの話はおしまーい!」
「強引に話そらして……怪しいな~」
「いや、だからさ―――」
どうにも旗色が悪い。
この後、言い訳し続けて昼休みが終わってしまった。
それにしても、愛美ちゃん大丈夫かな―――
………
………………
放課後。
愛美ちゃんの事を気にしていたせいか、午後の授業はやたらと長く感じた。
が、ただでさえ短い華先生のホームルーム後に即ダッシュ。
おかげであやのと小春ちゃんより先に校門に着いた。
ホームルームが短いことはいつも感謝してるが、改めて華先生に感謝だな。
「お兄ちゃんはやーい!
やればできるじゃん♪」
「それが兄貴にむかって言うセリフかよ……」
ほどなくして、あやのと小春ちゃんもやって来た。
それにしても、まったく失礼な妹だ。
「私もびっくりしました!
ホームルームが終わったらすぐに来たつもりなんですけど……」
「まあ、華先生のホームルームは短いからね。
……っと、そんな事より、さっさと行こう。
あんまり遅くなるのもナンだし」
「そうですね、急ぎましょう!
―――あっ、でも何かお見舞いの品を持っていきたいですよね」
「それもそうか……何がいいかな」
「う~ん、そうだなぁ……甘い物とかがいいんじゃないかな。
愛美も好きだし、病気の時でも食べやすいじゃない?」
「じゃあ、そうするか」
甘い物ね……。
ケーキ―――はちょっと病人には重たいか。
何か軽めのものを適当に見繕って買っていこう。
………
………………
途中、Seasonのテイクアウトであやのがゴリ押しをしたプリンを買って、引き続き愛美ちゃん宅を目指した。
あやののやつ、自分が食べたいだけじゃないのか?
……あとは、レジが明先輩だったのはお約束と言うかなんと言うかだったが。
おかげで余計に疲れてしまった感はある。
道中、僕が最近一週間ほど愛美ちゃんとよく会っていたことを、あやのが小春ちゃんに説明していた。
余計な事をしくさってくれる妹君である。
「―――へぇ~、じゃあ桜井先輩と愛美ちゃん、ここのところはずっと一緒だったんですね」
「その言い方にはなんか語弊があるような気がしなくもないけど……まあ、そういうことになるかな?
一緒っていっても、放課後にちょっと愛美ちゃんの用事に付き合ってただけだよ」
「そうですか……でも、用事のわりには、毎日嬉しそうでしたよ、愛美ちゃん」
「ふ~ん……」
「ふ~ん……って、お兄ちゃん!
もっとなんか感想とかないの!?」
「いっ、いきなり怒鳴るなよあやの」
なんか、やたらとあやのに理不尽な怒られ方をしてる気がする……。
怒らせるようなことでもしたっけな?
「なんていうかこう……そういえば、いつもより可愛かったなぁ、とか」
「はぁ? なんでいきなりそうなるんだよ」
「そうじゃなくても、いつもより嬉しそうとか、楽しそうとか」
「…………」
様子がいつもと違っていたのはある意味では間違いじゃない。
伊達眼鏡を外してたんだからな。
でも、ここであやのが言ってるのはそういう物理的な違いじゃないだろう。
嬉しそうとか楽しそう……だったのか、愛美ちゃん?
それよりはむしろ、思いつめてるみたいな……なにか陰があったような気もする。
それでいて、時折すごく可愛い表情も見せていた。
あやのの言うとおりなのは多少シャクだが、これもまた本当のところだ。
―――改めて考えてみたが、結局のところよくわからない。
思えば、僕は愛美ちゃんのこと……なにも知らないんだ。
この前、実はアイドル声優でしたってことを偶然知っただけで。
だけど、そんなことが大きな意味をもってるわけじゃない。
そんなことを知っても、あの娘が考えてることや気持ちがわかるわけじゃない。
カラオケ練習で何度か見せた、あの含みのある感じ……それがなんなのか、わかるわけじゃない。
どうにも、あの雰囲気が引っかかってるんだ。
なにか言葉をかけたいのに、かける言葉が見つからない……そんな現状が、もどかしい。
やたら愛美ちゃんが心配なのは、この辺も絡んでるんだろうか。
「―――って、お兄ちゃんどうしたの?
急に難しい顔したまま黙っちゃって」
「あっ、いや別に……なんでもない」
「もう着いたんだから、そんな湿っぽい顔はやめてよね。
愛美に心配かけてちゃ、元も子もないんだから」
「分かってるって。
……いま考えても、仕方ないもんな」
とりあえず、愛美ちゃんの様子を見てみよう。
グダグダ考えるのは、それからでも遅くはないはずだ。
………
………………
「おじゃましまーす……」
多少の緊張をはらみつつ、愛美ちゃん宅の玄関を開けた。
昨日は家の前まで来たが、実際に中に入るのは初めてだ。
幸い……と言えばいいのか、親御さんはいないみたいだ。
愛美ちゃんが病気だってのに妙な話ではあるが……。
まあ、たまたま買い物に出てるとかかもしれない。
こんな感じで様子をうかがいつつという感も強い僕とは違い、あやのと小春ちゃんは慣れた様子で中に入っていく。
さすがにいつも三人で行動してるだけはあり、家にも何度も遊びに来たことがあるんだろう。
ここはとりあえず、二人についておとなしくしていよう……。
―――コンコン
2階にある愛美ちゃんの部屋をノックするあやの。
扉には名前の書かれたプレートがかかっていて、いかにも「女の子の部屋」って感じがする。
『どうぞー』
返ってくる愛美ちゃんの声。
わりと元気そうな感じで、ひとまず安心だ。
返事を合図に三人で中に入ると、想像通りの実に女の子らしい部屋だった。
どことなく、あやのの部屋に似ていなくもない。
「わざわざありがとう……先輩まで来ていただいて」
さずがにパジャマ姿ではあるものの、声にたがわず、見た感じも愛美ちゃんは元気そうだった。
カゼの方は、もう良くなったんだろうか。
「ううん、愛美が元気そうでよかったよ。
これ、先生から預かってるプリントね」
「ありがとう」
「体調はどう? 明日は学校来れそう?」
「うん、もう大丈夫だから。
もともとそんなに悪くなかったんだけど……。
お姉ちゃんが、今日は休めって」
「華先生が……へ~、なんか意外かも」
まあ、愛美ちゃんには過保護気味なところもあるからな、華先生。
僕は納得っちゃ納得かも。
「愛美ちゃんがいないと寂しいから、早く治ってよかった~。
心配だったんだ」
「小春もゴメンね……明日からは、もう大丈夫だから」
「うん♪ あっ、でも無理はしないでね。
カゼがぶりかえしちゃったら大変だし!」
「ありがとう……気をつけるね」
そう言って微笑む愛美ちゃん。
小春ちゃんも嬉しそうだ。
けど、愛美ちゃんの笑顔はなんだか疲れてるような気もする。
……僕がうがった見方をしてるんだろうか?
「―――桜井先輩、どうかしました?」
「あっ、いや別になにも。
それより、愛美ちゃんが元気そうでよかったよ」
「はい……先輩も、わざわざありがとうございます」
「いやいや、気にしないでいいって。
僕が勝手についてきただけだし」
……半ば誘導尋問みたいな形で、他に選択肢もなかった気もするが。
「昨日もいったけど、あんまり無理しないで、たまにはゆっくり休んだほうがいいよ。
体こわしちゃ、元も子もないんだしさ」
「そう……ですね。気をつけます」
そう言う愛美ちゃんは、僕の目を見てはくれなかった。
本当に、無理しなきゃしいんだが……。
それからしばらく、四人で軽く雑談をした。
……四人でといっても、ほとんどは女の子三人が中心だったけど。
まあ女三人よればなんとやら、仲が良い三人ならなおさらだろう。
ずっと愛美ちゃんの様子を見ていたが、別段いつもと変わった感じはない。
カラオケの時の表情ではなく、三人でいる時の表情だった。
そんなこんなで、お見舞いのプリンをつついたりする内、あっという間に時間が過ぎていった。
「あっ、もうこんな時間……。
ちょっと長居しすぎちゃったね。ごめん、愛美」
「ううん。寝てばっかりで退屈だったから、私も楽しかったよ。
今日はありがとう」
「それじゃ、そろそろおいとまするね。愛美ちゃん、また明日」
「うん、また明日」
「………………」
二人に続き、僕も軽く別れのあいさつをして部屋を出た。
………
………………
結局、終始いつもの様子で雑談する三人を見るだけでお見舞いは終わった。
何となく、ここに来ればここ最近の愛美ちゃんについて何か分かる気がしたんだけど……。
残念ながら、ただ話を聞いている分には、そんなことはなかった。
「愛美、カゼっていうか……何か疲れてる感じだったよね。
でも、思ったより元気そうでよかった」
「ついついおしゃべりしすぎちゃったよね~……ちょっと反省」
「ハルはいつも元気良すぎだよ……」
「そういうあやのちゃんだって、今日はいっぱいおしゃべりしてたよ~」
「うっ……それはそうだけど……。
お兄ちゃんみたいに一言もしゃべらないのも何か違うし」
「………………」
「って、言ってるそばからまた黙ってる。
……ねえお兄ちゃん、本当にどうかしたの?」
「もしかして、カゼがうつっちゃいましたか?」
「えっ? いやその……なんでもないよ」
二人に声をかけられていたが、一瞬気がつかなかった。
なんでもないなんて嘘だ。
さっきから愛美ちゃんのことが引っかかって、他のことにどうにも気が回らない。
「―――愛美ちゃんのこと、考えてたんですか?」
「……………」
こういう時、意外なほどに鋭いのが小春ちゃんである。
普段の様子からはちょっと想像できないが、“魔”との戦いで見せたあの落ち着いた様子を見れば、納得もできる気がする。
「愛美ちゃんのの家にいる時から……いえ、その前から、ず~っとしかめっ面してましたから」
「確かに……ずっと難しい顔してたよね」
「いやもう……図星です」
「愛美の前で湿っぽい顔しないでって言ったのに……お兄ちゃん」
「……面目ない」
声にしてみて驚いたが、随分と気落ちした声が出てきた。
もっとも、あやのはあやので、言ってることの割に全然怒ってないような気がした。
「私に謝るくらいなら、もっかい愛美のところに行って謝ってきたら?」
「は?」
今度は、何とも間抜けな声が出た。
「行ってきなよ。それだけ考えるってことは、やっぱり愛美の事が気になってるんでしょ?
何があったか知らないけど……最近一緒にいたから分かることってのもあるんだろうし」
「先輩が気になるなら、私も行くべきだと思います」
「……二人とも」
「ちょっと悔しいけど、愛美のことを一番元気づけられるのはお兄ちゃんだから……」
「それはあやのが勝手に言ってるだけだと思うけど……」
「う……ほっ、ほら! 今はそんな事どうでもいいでしょ。
先、帰ってるから……しっかりね、お兄ちゃん♪」
「ありがとう……行ってくる」
前に、僕の長所は思い立ったらすぐに行動に移せるところだって言われたことがあるけど。
あれこれ考えるのも性にあわないわけじゃないが、やっぱり行動する方が好きだ。
そんな言い訳を自分にしつつ、来た道をダッシュで戻っていた。
「あ~……不謹慎だけど、ちょっとうらやましいかも」
「? 愛美ちゃんと先輩が仲良いってこと?」
「それもあるんだけど―――。
多分同じ状況でも、私相手じゃ、お兄ちゃんはあんなに真剣になってくれないだろうから……」
「あやのちゃん……もしかして、やいてる?」
「なっ!? 別にそんなのじゃないから!」
「じゃあ、なんとも思わない?」
「う~……そりゃまあ、お兄ちゃんは好きか嫌いかでいったら、好きの部類だし……。
だから、ちょっとだけうらやましいっては思うけど―――」
「そっか……私は、別に桜井先輩のことを聞いたわけじゃないんだけど。
そこで先輩が出てくるってことは―――」
「あっ!?」
「そっかぁ、そうだよね~。お兄ちゃんを取られちゃったみたいで、ちょっと寂しいもんね~」
「なっ、なななな―――!?」
「でも、桜井先輩なら、あやのちゃんでも同じように心配してくれると思うけどな~」
「だから、別にそういうんじゃないってば!! あっ、コラ逃げるなハル! 待ちなさいってばーーーっ!!」
………
………………
色々と吹っ切って愛美ちゃん宅に戻ってきたわけだが……。
いざ一人で突入となると、いくら親御さんがいないとはいえ多少緊張する。
だけど、ここまできてノコノコ引き返すわけにもいかない。
意を決して、呼び鈴を押した。
―――ピンポーン
わりと元気そうだったとはいえ、愛美ちゃんも寝込んでいた身。
出てくれるかどうか不安だったが―――
『はい。どちらさまですか』
少しして、インターホン越しに聞こえる愛美ちゃんの声。
まずは一安心。
だけど、ここからが本番だ。
「あ~、えっと僕……桜井だけど」
『えっ、桜井先輩……? どうなされたんですか?』
「その……ちょっと忘れものしちゃってさ。あげてもらえるかな?」
『あっ、はい。今開けますね』
忘れ物なんてなかったが、嘘も方便というやつだ。
とりあえず愛美ちゃんと話ができる状況を作らないと。
玄関のドアが開いて、先ほどと変わらない姿の愛美ちゃんが出てきた。
相変わらず何となくの違和感はあるものの、元気そうな感じ。
「どうぞ、先輩」
「ありがとう……ゴメンね、起こしちゃって」
「いえ。さっきも言いましたけど、そんなに大したことないですから」
「そっか。ならいいんだけど」
そんな当たり障りのない話をしつつ、再び愛美ちゃんの部屋にやってきた。
「えっと。それで先輩、忘れものって?」
「忘れものっていうか、言い忘れなんだけどね」
「言い忘れ……?」
僕の言ってることがのみこめてないのか、キョトンとした顔でただオウム返しする愛美ちゃん。
「その……愛美ちゃん、無理してるんじゃないかなって」
「えっ?」
「昨日もなんだか疲れてるみたいだったし……本当はさ、今日もカゼなんかじゃないんでしょ?」
「…………」
ばつが悪いというかなんというか、とにかく気まずそうな顔を見せる愛美ちゃん。
「―――桜井先輩は、やっぱり凄いですね。
ぼーっとしてるように見えても、周りの人のことをよく見てる……先輩はだませませんね」
そこから一転、苦笑交じりに出た一言は、こんなものだった。
「それって誉めてる?」
「もちろんですよ」
どうにも釈然としないが……ひとまずは置いておこう。
「だませないって言うなら、教えてもらえるかな?
何て言えばいいのか……そうだなぁ。
本当は今日どうして休んだのか、それからどうしてこうなったのか―――そんな感じかな」
「そうですね……分かりました」
観念したのか、比較的穏やかな表情で愛美ちゃんが話を始める。
結論からいってしまえば、今日はカゼとか、そういう特定の病気ではなかったらしい。
とは言え、だから何ともないのかと言えば、そういうわけでもなく。
なんと、昨日は僕と別れてすぐ、家に入るなり倒れてしまったとのこと。
原因は貧血……無理のしすぎで疲れがかなりたまってしまっていたようだ。
愛美ちゃん本人は今日も学校に行くつもりでいたが、華先生をはじめとして家族に止められ、今日は一日静養していたんだそうだ。
……まあ、順当な判断だろう。僕も、あやのが倒れたら、きっと同じように言うんだろうし。
そして、なぜそんな倒れるほどに疲れがたまっていたのか。
まさか連日のカラオケ練習のせいかとも思ったが……当たらずとも遠からず。
愛美ちゃん、例のアルバム発売記念のミニライブに向け、諸々のレッスンやらなんやらも並行してこなしていたらしい。
むしろカラオケの方がオマケってところなんだろうけど……それはさておき。
その上、それ以外の仕事も少なからずあったりして、もちろん学校にも通わなくちゃならない。
真面目な愛美ちゃんのことだ、一つ一つに全力でぶつかっていたんだろう。
そんな事をやっていれば、倒れるのも当然だ。
「―――どうしてそんな無茶を……せめて、カラオケ練習ぐらいなくせばよかったのに」
言うのと同時に、後悔の気持ちで頭がいっぱいになる。
毎日のように愛美ちゃんと一緒にいたのに……何となく様子が変なのも分かっていたのに……。
なんで一声かけてあげられなかったんだろうか。
いくら自分を責めてもどうにもならないし、時間は戻らないが、それでも後悔せずにはいられなかった。
「ごめんなさい……でも、体はもう大丈夫ですから。
ライブが終われば、仕事もだいぶ落ち着きますし」
「そうかもしれないけど……」
「心配かけてしまってすみません……でも、これぐらいしないと……」
「愛美ちゃんはもう十分頑張ってるよ。無茶しすぎだ」
「…………」
再び押し黙る愛美ちゃん。
今度は先ほどより表情が暗く、重い。
そんな顔をされると、ますます心配になってくる。
「―――自信がほしかったんです」
「自信……?」
静かにうなずく愛美ちゃん。
「自信がほしくて……。
それがあれば、人前でも負けない強い自分になれるから……」
「人前でも負けない、強い自分……」
「―――少しだけ、昔話をしますね」
しばしの沈黙のあと、愛美ちゃんから出たのはそんな一言だった。
「私、小さい時から引っ込み思案で、知らない人と話をしたり、人前に出たりするのがすごく苦手で……。
先輩なら、なんとなく分かりますよね」
そう言われ、愛美ちゃんとの記憶を呼び起こす。
何度かみんなで行ったカラオケ。
そう言えば、初めて行った時は歌ってもくれなかったっけ。
そして文化祭のバンド。
本番前、誰よりも緊張でガチガチになっていたのは愛美ちゃんだった。
他にも、みんなといる時もそんなに口数が多いわけではなかった。
芯はしっかりしてるんだけど、引っ込み思案と言われればそうかなとも思う。
愛美ちゃんは多少自虐的に言っている部分もあるが、全否定はできない。
「お姉ちゃんも両親も、私のそういう部分をずいぶん心配してたみたいで……特にお姉ちゃんは」
「まあ、華先生から見れば正反対なわけだから、それにあれでいてかなりの心配性みたいだし」
「あはは……そうですね」
「ピアノやったり、合唱団入ったり、親に言われて人前に出るようなことを色々やったんですけどね……。
結局、何をやっても自分に自信が持てなくて」
愛美ちゃんの歌唱力やら音楽的スキルの下地はこんな所にあったんだな……って、それは今は関係ないけど。
―――華先生はもちろんだが、親御さんもそこまで心配している辺り、よっぽど深刻だったんだろう。
それこそ、今とは比べ物にならないくらいだったのかもしれない。
「それである日、お姉ちゃんが声優オーディションの案内を持ってきたんです。
『これは度胸試しだから、一回やってみなよ』って」
「なるほど、百乃木愛子誕生秘話か……って、いきなり声優なんて、華先生もずいぶん思い切ったことをするね」
「そうですね……私もすごくびっくりしました。
でも、昔から漫画とかアニメは好きでしたから。
だから、声優じゃなかったら断ってたかもしれませんね。
あんまり気乗りはしなかったんですけど……お姉ちゃんが勧めてくるのもあるし、どうせダメだろうから受けるだけなら……って」
愛美ちゃんが声優ってのも今一つイメージが結びつかなかったんだけど、やっぱり周りが一枚噛んでたか。
「本当は劇団とか芸能事務所のオーディションも考えてたらしいんですけど、それだと顔を見せるからハードルが高いだろうって。
声優なら顔を見せることもないからって思ってたみたいですね」
「そりゃまあタレントや役者に比べれば露出は少ないだろうけど……やっぱり華先生は無茶するなあ」
「くすくす……そうですね。桜井先輩が言うと、何だか説得力があります」
そう言いつつ、愛美ちゃんは嫌そうな顔はしない。
やっぱり、華先生には感謝している部分が大きいんだろう。
「それから、ダメ元で受けたオーディションだったんですけど……そこで受かちゃって。
あとは、先輩も大体はご存知ですよね?」
愛美ちゃんの言葉にうなずく。
そりゃ、いわゆるシンデレラストーリーを自分の口で語るのもはばかられるだろうさ。
けど、この後の百乃木愛子は、誇っていいくらいの実績を積み上げて、名実ともに人気声優の仲間入りをするんだ。
ある程度のファンなら、みんな知ってる話だ。
―――そう言えば、百乃木愛子は新人発掘オーディションか何かでデビューした、いわば企画ものの声優だった。
裏にこんな事があった、まして自分の妹の親友や担任の先生が一枚も二枚も噛んでたとは微塵も思ってなかったけど。
かなりの人気がある割に、出演作品が少ないのも何となく納得できた。
学業との両立、かつ志木ノ島から本州への通いでやるんなら、そんなに仕事ができないのも当たり前だ。
プロフィールその他が未詳なのも、愛美ちゃんに配慮してのことだったんだろう。
こうして“本人”から改めて話を聞くことで、彼女に関する色んな疑問が一気に解けた。
「デビューしてからは……何と言うか、あっと言う間の出来事って感じでした。
大変なこともたくさんあったけど、事務所の人とか、お姉ちゃんとか……本当に、いろんな人に助けてもらって。
演技したり、歌ったりっていうのも自分が思っていた以上に好きで。だから、すごく楽しかったんです」
「…………」
「楽しいだけじゃなくて、色んな人にほめてもらって、桜井先輩みたいなファンの人も増えてきて……。
正直言って、嬉しかったです」
楽しかったとか嬉しかった、という割には愛美ちゃんの表情はやや硬い。
それはやっぱり―――
「でも……それは百乃木愛子がそうなだけであって。
声優になっても何一つ変わってなかったんです、弱い私は。
上手くいくだろうかとか、失敗しないようにって考えてる内に、頭が真っ白になって……。
相変わらず、大勢の人の前に出るとダメなままなんです」
自分に自信がもてない。
言葉にしてしまえば、たった一言のことなのかもしれない。
だけど、愛美ちゃんが抱えているものは、僕が思っている以上に深刻なようだった。
「―――百乃木愛子は強い自分、なりたい自分なんです。
でも、本当は弱い私……そんな理想とは……かけ離れた私なんです」
「…………」
「弱い私じゃ……桃田愛美のままじゃ……みんなの前で百乃木愛子として歌える自信が……ないです」
嗚咽混じりに言葉を並べていく愛美ちゃん。
『先輩が聞いてくれてたのは……桃田愛美の歌ですか?
それとも、百乃木愛子の歌ですか?』
『―――今度“私”のミニライブが志木ノ島であるんです』
どちらも、初めてふたりでカラオケに行った時、愛美ちゃんが言っていたこと。
“私”が愛美ちゃんなのか百乃木愛子なのか分からなかったあの言葉。
あれは、桃田愛美として、強い自分である百乃木愛子を精一杯演じようと必死になるからこそ出たものだったなのかもしれない。
あの時は、何となく分かったような分からないような感じだったが、今なら分かる。
愛美ちゃんは今、“弱い私”と“強い自分”の間で苦しんでいるんだ。
「私じゃ、みんなの求めてる百乃木愛子になれない……」
「愛美ちゃん―――」
なんとかしてあげたい。
今の愛美ちゃんにかけてあげられる言葉がないか、必死で探してみるが―――なにも見つからない。
そりゃそうだ。
思いつきの、安っぽい言葉でどうにかなるなら、愛美ちゃんはこんなに苦しんじゃいない。
僕が必死に探すなんかより、ずっと必死になって“自分”と戦っている愛美ちゃんにかけてあげられる言葉なんて、そうそうなかった。
「―――すみません、こんなところ見せちゃって。
幻滅しましたよね……?」
「……そんなことないよ」
せいぜい、これぐらいのことを絞り出すのが精いっぱいだった。
「やっぱり、桜井先輩は優しいです……いつだって。
学祭の時もそうだったし、今もそう」
「そう……かな?」
「はい。
―――そんな優しい先輩に、プレゼントです」
そう言って愛美ちゃんは、一枚の紙切れを手渡してくれた。
「これ……ミニライブのチケット?」
「はい。思ったよりお客さんの入りも良いみたいで、もうソールドアウトみたいですよ。
先輩には、その……練習とかでお世話になってるし、ぜひ来てもらいたくって」
「そっか……ありがとう。楽しみにしてるよ」
「……ちゃんと歌えるか、まだ分からないですけど」
相変わらずの自嘲気味の笑顔で、愛美ちゃんは言った。
そんな顔はしないでほしい。
だけど、今の僕に自嘲気味の笑顔を本物の笑顔にするだけの力はなくて……。
そして、そんな自分が悲しくて……悔しかった―――
作者より……
ども~作者です♪
Life五十五頁、いかがでしたでしょうか?
さてさて、先に断っておきますが、愛美の年齢でアイドル声優……。
これ、今のシステムじゃほとんどありえないと思っています。
ユウイチもその辺分かって書いていますので、ツッコまれる前に言い訳しておきます(笑)
まあ、創作ですので大目に見てやってください。
えらく長い話になりましたが、まあキャラへの感情が出たかな(笑)
愛美はユウイチがつばさの次に好きなキャラですので……。
ここまで出番があんまり無かった分、好き勝手にやらせていただいてます(笑)
そして次回、いよいよ愛美編完結です。
ライブの行方はどうなるのか、そして章はどう動くのか―――ひとまず、いつものように期待しすぎない程度の期待でお待ちください。
それではまた次回お会いしましょう。
その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ




