表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/65

第四十九頁「京香の試練」

 『桜井、朝だぞ! 早く起きろ!

  ……これでいいのか? えっ、もう一回―――』




 ―――カチッ




 「……まあ、京香ちゃんらしいって言えばらしいか」


 多分、こういうの慣れてないんだろうな。

 後半のNGメッセージみたいのをそのままにしておくみんなも、中々のツワモノだが。


 ともかく、定刻通りに起きれたんだし、それでよしとしよう。

 京香ちゃんもよく頑張ってくれた……って、これじゃ上から目線かな。


 まあ、それはさておきだ。

 着替えて朝食といきますか。











 「おはよう、あやの」


 「おはよー……」


 「ん? どうかした?」


 「ううん、別に大した事じゃないんだけど……。

  なーんだ、今日も早起きなんだなーって思っちゃって」


 「なんだよそれ……。

  朝一で失礼なこと言ってくれるなあ、もう」


 「あっ、そういう意味じゃなくって。

  何て言うか……お兄ちゃんが早起きだと、なんだか張り合いが無いような気がして」


 ―――悪気はないのかもしれないが、どっちにせよ失礼だぞ、あやのよ。



 「寝坊するのがいいって事じゃないんだけど、なんだかな〜って」


 「あのなあ……。せっかく人が茜ちゃんやお前に迷惑かけないように努力してるのに、

  そりゃないだろ? それに、目覚ましをくれたのはそっちなんだしさ」


 ……正直、努力よりは目覚ましの効果がかなり大きい気がするが。

 人の声ってのは本当によく目が覚める。



 「う〜ん、そうなんだけどね……なんかお兄ちゃんらしくないっていうか」


 「僕だって日々進歩してるわけですよ」


 「このぐらいで進歩って言うのもどうかと思うんだけど……。

  お兄ちゃん、最後に茜さんに起こしてもらったのっていつだっけ?」


 「言われてみれば……いつだったかな?」


 そう言えば、もう随分と“陽ノ井茜流布団引き剥がし術”をくらってない気がする。

 もしかすると、誕生日に目覚まし時計をもらった後からは一度もないかもしれない。



 「ちょっと思い出せないな」


 「でしょ? 私としては、茜さんにお兄ちゃんのことをお願いしてから家を出て、

  『ああ、お兄ちゃん今ごろ茜さんに怒られてるんだろうな〜』って思いながら登校するって日課があったから。

  最近、全然そんなことないし、ちょっと拍子抜けって言うのかな? そんな感じで」


 「その日課、悪趣味すぎだって……」


 どうせそんな事だろうとは思ってたけど。

 それにしても、再三言ってるが僕の扱いってどうなってるんだと、今一度、広く問いたい気分だ。



 「最近忙しくて、何かと早起きの機会も多かったし、それで習慣がついちゃったんだろ。

  ―――と、綺麗にまとめたところで、さっさと朝ご飯食べるぞ」


 「は〜い……」


 あやのはまだ何か言いたげな顔をしているが、まあそれはさておき。

 久しぶりにあやのを言いくるめて、僕としては気分も上々。

 今日は、なんだかいい事がありそうな気がするな。






 ………






 ………………






 「―――って言って何かあるほど、世の中は甘くないか」


 「……章、アンタなに言ってんの?」


 今まさに部活に行かんとする茜ちゃんに声をかけられた。



 「早起きは三文の徳とも限らないことを存分に感じてた」


 「何をワケの分かんないこと言ってんだか」


 「あるいは、あやのに言い負けない努力もそれほど重要ではないのかもしれないという事実に関する一考察」


 「余計にワケが分かんないって……」


 そんな、ため息までつかんでもいいのに。



 「―――バカ話の相手はこのぐらいにして、あたしは部活行くわ」


 「あっ、うん。それじゃ頑張って」


 「はいはい。じゃあね」


 結局何がしたかったのかよく分からなかったが、茜ちゃんは部活へと小走りで駆けていった。




 「さ〜て……今日は本格的にヒマだな。

  ここにいても帰ってもやることがないぞ……っと」


 新聞部あたりに顔を出すことも考えたが、あそこには今や新入部員がいる。

 部内での仲をこれから深めていこうって時期に、僕がほいほい入っていくのも気が引けた。



 「ようやく、ホントにようやくヒマになったって感じではあるんだけどさ……」


 夏休みから続いてきた、僕には似つかわしくないやたらと慌しい流れ。

 それも、先日に行われた演劇部の公演が成功したことにより、ようやく止まった……と思う。



 「前は、こんな風にヒマなことがもっと多かったんだけどな。

  最近になって事情がやけに違っただけで……」


 怜奈ちゃん達には少し悪いけど、ちょっとヒマなぐらいが性に合っている。

 ―――ハズなんだけど、なんとなく寂しい感じもするんだよな。

 急に時間が増えて、持て余している感もある。



 「……裏山行くか」


 この何とはない空虚な感覚を埋めるため、僕の足は裏山へと向いていた。





 ………





 ………………





 「ふぃー、着いた着いた」


 石段をのぼりきり、山小屋があるちょっとした広場にたどり着いた。

 息は多少切れていたが、涼しくなってきたからか、汗をかくことはない。

 周りを見ても、いよいよ秋が深まってきた感がある。



 「ここに来るのも久しぶりだな」


 って言うか、忙しくて来れなかっただけか。

 裏山に来てのんびり……なんて時間はここのところ無かったし。



 「どっこらしょ……」


 自分でも親父臭い声が出たもんだと、多少の自己嫌悪も感じつつ、木にもたれて腰をおろす。

 それだけで心が軽くなるような、穏やかな感じを覚えた。



 「そういえば、ここって四季の島の伝説に出てくる神様が祀られてる場所があるんだっけ」


 夏に優子ちゃんの手伝いをした時、そんなことを言ってたはずだ。

 もっとも、彼女の話じゃ、ついに見つからなかったらしいけど。



 「まあ、確かにそういう趣がある場所でもないわな……」


 けっこう大層な神様だったみたいだから、なんかこう……もっと神秘的な場所に祀られてそうだし。

 後は、めったな事がないよう、人目につかないところにってのもあるんだろう。

 ともかく、大昔みたいに暴れないよう祈るだけだ。




 ―――ビュンッ!




 「ん?」


 不意に、風を切る音が聞こえた。

 強い風が吹いたわけじゃない、何かが風を切る音。




 ―――ビュンッ! ビュンッ!




 「誰かいるのかな……」


 もっとも、自問しつつ答えはもう分かっている。

 ここにいる人物といえば、僕が知る限りは一人だけだ。


 あいさつぐらいはしておこうと、風を切る音源に近づいていく。




 ―――ビュンッ! ビュンッ!




 「京香ちゃ―――」


 そこで出かけた声が止まった。


 すごい気迫と、触れたら切れそうなぐらいの緊迫感。


 竹刀を素振りする少女―――予想通りの京香ちゃんだったが、彼女からはそれが伝わってきた。



 一振りごとに、空気の振動がビリビリとこちらまで伝わってくるかのような錯覚。

 授業での剣道はもちろん、剣道部の連中だってここまでの素振りをしてるのは見たことがない。

 同じ素振りでも、こうまで違うもんなんだな……。


 京香ちゃんにとっては何でもないのかも知れないけど、素人の僕が声をかけられる感じじゃない。



 「……ひとまず、素振りが終わるまで待つか」


 しばし、京香ちゃんの素振りに見入っていた。



 ………



 ………………



 案外短い時間で素振りは終わった。

 って言っても、まだまだ色々やるんだろうけど。

 だが、こっちとしてはその前に声をかけねばなるまい。



 「熱が入ってるね、京香ちゃん」


 と、言っても袴姿の京香ちゃんは汗どころか、呼吸一つ乱していない。

 短いとは言え相当な回数の素振りをこなしてるはずなんだけど……。

 いやもう、流石としか言いようが無い。



 「ん? ……ああ、桜井か。何か用か?」


 「あっ、いや用ってわけでも無いんだけど……。

  強いて言えば、裏山に休憩しにきたって所かな」


 「そうか。休みの所で素振りをしていては気が散ってしまっただろう。

  すまなかったな」


 「ううん、こっちこそ。練習中に声かけてゴメン。

  ……って、あれ? そういえば剣道部は?」


 今日はテスト期間でもなんでもない。

 運動部のなかでも厳しい部類に入る剣道部が、そうそう休みにはならないと思うのだが……。



 「週に二度は、こうして自分の修行にあてさせてもらっているのでな。

  今日はその日だ。

  吉澤には、無理を承知してもらって感謝している」


 「なるほど……自分の修行って、無限何とか流の?」


 初対面で斬り殺されそうになった時、確かそういうことを叫んでた気がする。



 「無限天道流、な。その通りだ。

  ―――そういう桜井こそ、演劇部はいいのか?」


 「あれはあくまで助っ人として行ってただけだからね。

  その期間も終わっちゃったし」


 演劇部はもとより、新聞部と漫研も新しい部員が入った今、僕が手伝うことも少なくなるだろう。

 嬉しいのは間違いないけど……少し寂しいよな。


 手伝う可能性があるとすれば……後は女子ソフト部か。

 ―――そう言えば、合宿以来捕まってないな。

 一体誰が明先輩の跡を継いだのか知らないが、とりあえず前みたいにならないことを祈ろう。



 「……どうかしたのか、桜井?

  何か考え事でもしていたようだが」


 「あっ、いや。何でもないよ。

  それよか、京香ちゃん。僕のことはほっといてくれていいからさ。

  修行を続けててよ」


 「しかし、せっかく来ているのに茶の一つも出さずにおくというのも―――」


 そこで、急に京香ちゃんの言葉が止まる。



 「京香ちゃん、どうかした?」


 「……桜井、伏せろ」


 「へっ?」


 「いいから。言うとおりにするのだ」


 と、肩に手を置かれつつ、半ば強引に姿勢を落とされる。



 ―――瞬間、頭上を高速で何かが通過した。



 「へっ……?」


 「よし、もういいぞ」


 「あっ、うん」


 京香ちゃんの許可を得て、立ってみれば―――。

 ちょっと変わった物体が目に飛び込んできた。



 「……何これ?」


 後方にあった木に、紙が結び付けてある矢が一本ささっている。

 これっていわゆる―――



 「矢文……?」


 「……恐らく、本家からの伝書だ」


 古風な……って言うか、実在してたのな。

 まあ、電話もポストもない京香ちゃんの山小屋に連絡しようと思ったら、

 確かに矢文ぐらいしか手段がない気もする。


 しかし、誰が送ってきたのかしらないが、物騒な話である。



 「本家って?」


 「すまない、少し静かにしてくれ」


 「…………」


 さっきにも勝るとも劣らないくらい真剣な面持ちで、手紙と向き合う京香ちゃん。

 本家からの伝書とかいうのは、それだけの価値があるらしい。




 「母上が……そうか」


 「何が書いてあったの?」


 「…………」


 僕の問いに、京香ちゃんは無言で手紙を差し出してきた。



 「いいの?」


 「ああ、読むがいい」


 「……それじゃ、ちょっと失礼して―――」






 『火急の用件につき、本日六時、岸辺邸に来られたし 鈴香』






 「これだけ?」


 手紙には、縦書きでたったこれだけの文章が書かれているだけだった。

 どおりで京香ちゃんが一瞬で手渡してきたわけだ。

 この差出人らしきの鈴香って人が、さっきボソッと言ってた鈴香ちゃんの母親なんだろう。



 「……これだけでも十分だ。

  本家、それも母上からの伝書とあれば、用件も分かりきっている」


 京香ちゃんの顔はあいかわらず深刻だ。

 この手紙にはそれだけの意味があるのだろう。



 「そういえば、本家って一体なに?」


 「……そうだな。

  まだ時間もあるし、いい機会だ、桜井には話しておこう。

  本家のこと……いや、無限天道流のことを」


 「えっ、あ……うん」


 何だか話が大きくなってしまった気もするが、ここは大人しく聞くとしよう。




 「まず、本家のことだが……桜井は、私が修行のために各地を転々としていたのは知っているな?」


 「うん。確か、実家が道場でそれを継ぐためだって」


 「そう。京都にあるその実家の道場こそが、無限天道流の総本山、本家なのだ」


 「ってことは……京香ちゃんの西園寺家は、その家元ってこと?」


 「ああ。

  ……本当は後で話すつもりだったが、それについても話しておこう。

  ―――現在の無限天道流の当主は、西園寺鈴香(さいおんじ・りんか)……私の母だ」


 どうやら予想は当たりだったらしい。

 と、いうことは、さっきの矢文は当主直々の呼び出しということになる。



 「母上には兄が一人おられたそうだが、病でこれが早くに亡くなり、母上が女性ながらも流派を継ぐことになったらしい。

  そして私はその母上と、婿に来られた父上……現岸辺家当主の弟の間に生まれた一人娘なのだ」


 「え〜っと、つまり京香ちゃんのお母さんはやむをえず流派を継いだって感じなの?」


 「まあ、そう考えてもらっても構わん。

  もっとも、母上は不世出の女剣士と言われているほどの達人だし、

  継承にあたってはなんの問題もなかったようだが」


 「なるほど……」


 ついでに言うと、京香ちゃんのお父さんは、小春ちゃんのお父さんの弟さんなんだな。



 「京香ちゃんが一人娘ってことは……流派の次期当主も京香ちゃんってこと?」


 「うむ。兄弟はおろか、いとこも岸辺の人間ばかりの上、女しかいないのでな」


 「そっか」


 生まれながらにして決められている……って所か。

 もっとも、そう簡単なことじゃないみたいだけど。




 「ところで、無限天道流って一体どういう流派なの?

  なんか、聞くからに強そうな名前だけどさ」


 「……無限天道流は普通の流派ではない」


 「えっ?」


 「『無限に続く天の道を往き、高めた技と心で魔を祓う』

  それが無限天道流だ」


 「魔を……祓う?」


 何やら、話が急に現実離れしてきた気がする。



 「そう。

  ……桜井、お前は妖怪や悪霊の類を信じるか?」


 「いや、僕はそういうのはちょっと……。

  って、急にどうしたの?」


 「無限天道流が祓う“魔”とは、それら妖怪や悪霊の類なのだ」


 「はっ?」


 「信じられん、といった風だな。

  だが、まぎれもない事実だ」


 「まっ、まさかそんな……」


 京香ちゃんが嘘をついているとも思えないが、いきなり言われてもとても信じられない。



 「だって、そんなの見たことも聞いたこともないし……」


 「それは無限天道流の剣士達が、人々に隠れ、秘密裏にそれらの魔を討ってきたからだ。

  彼らの活動はごく一部の書物や資料にしか記されていないし、それらが一般の目にふれることもない……。

  まあ、桜井が見聞きしたことがないのも当然だな」


 「…………」


 ただ、四季の島の伝説にも、妖怪やその他のマユツバっぽい存在が出てた資料があったみたいだし、

 頭からそれらを否定することもできない。



 「無限天道流の技は、それらの魔を討つ技。

  ……お前にも、一度だけ見せたことがあったな」


 「え〜っと……」


 そんなことあったっけかな?

 京香ちゃんとの記憶をひたすら探ってみる―――




 「あっ!?」


 「思い出したようだな」


 「初めて京香ちゃんと会ったとき!

  あの時、京香ちゃんはかなり遠くにいたのに、なんでか頭の上を剣の刃みたいのが通っていった!」


 「……そうだ。

  あれは無限天道流奥義の一つ『風』」


 「一つってことは、他にも?」


 「ああ。残りは『火』、『水』、『地』、『雷』……そして最終奥義の『天』。

  もっとも、『天』はまだ未修得……それを身につけるため、私はこの志木ノ島に来たのだが。

  そして、恐らく今日の用件も……」


 「えっ?」


 「いや、なんでもない」


 最後は京香ちゃんらしくなく、恐ろしく小さく歯切れの悪い声で、全然聞き取れなかった。

 が、再び言ってくれる様子はない。

 まあ、ここは大人しく引き下がっておこう。



 「……ところで、岸辺家の人たちはその事知ってるの?

  小春ちゃんからはそういう話を聞いたことないけど」


 「いくら小春といえど、このような話、あまりおいそれとするものでもあるまい?」


 「それは……確かに」


 「岸辺の家の者達……むろん、小春もこのことは知っている。

  それに、岸辺家も魔を祓う役目を持つ者達なのでな」


 「それって……小春ちゃんの家が神社ってことに関係あるとか?」


 「察しがいいな。その通りだ」


 どうやら予感的中らしい。

 もっとも、それ以上のことは分からないが。



 「岸辺家の神職者は西園寺家、もっと言えば無限天道流と協力関係にあり、

  剣術では倒しきれない魔を封じ込めたり、戦いにおける援護を行ってきたのだ」


 「そうなんだ……。

  じゃあ、単なる親戚関係ってわけじゃないんだ」


 「うむ。それに、むしろ親戚関係になることは稀で、私の両親は両家の歴史の中でも稀有な存在らしい」


 「へぇ……。

  ―――ところで、その話でいけば小春ちゃんもその魔を祓う神職ってこと?」


 「まあ……そうなるな。

  あまり認めたくはないが、小春の巫女としての能力はかなり優秀だ。

  もっとも、自覚不足なのは否めんがな」


 「あはは……まあまあ」


 ―――京香ちゃんの気持ちも、分からなくもないけど。

 あの様子で優秀な巫女ですって言われても、とてもじゃないが信じられない。



 「そう言えば、西園寺家の本家は京都なのに、岸辺家の本家は志木ノ島にあるの?」


 「いや……小春の家は、いわば関東出張所といったところで、実は分家なのだ。

  本家は京都にあり、そこは叔父上と私の父上の妹……叔母上が当主としてまとめている」


 「えっ? 小春ちゃんのお父さんが長男なのに分家で、その妹が本家をしきってるの?」


 僕は別に男尊女卑主義じゃないが、それにしたってこういう家柄でそんな事態は珍しいんじゃないだろうか。



 「ああ。

  岸辺家では、代々女性の方が霊力が強いために、女性が当主を務めることになっているのだ」


 「そういうことなんだ……」


 それならそれで合点がいく。

 多分、志木ノ島の方も本当なら女の人が仕切るはずなんだろう。






 「さて……ざっとだが、これで一通り話したな。

  時間もいいあんばいだ、私はそろそろ岸辺の家へ行く」


 「あっ、待って!」


 「ん? まだ何かあるのか?」


 「その……僕も連れてってくれないかな?」


 「何?」


 「あっ、いや……ダメって言うなら、無理にとは言わないけど」


 「……いいだろう。邪魔になることもなかろうしな。

  ただ、そんなに面白いものではないと思うぞ?」


 「いいよ、それでも。

  それじゃ、よろしく」


 ―――別に面白くなくたって構わない。

 これはあくまで、僕の興味の問題だ。


 ここまで話されたら、否応にも気になるってもんだ。

 ちょうどヒマを持て余してたところだし、京香ちゃんには少し悪いが野次馬をさせてもらおう。


 各々の理由はともかく、こうして僕達は連れ立って小春ちゃんの家へと向かった。





 ………





 ………………





 「あっ! 京香お姉様! お待ちしておりました!」


 岸辺家の玄関を開けるなり、小春ちゃんの元気な声が迎えてくれた。

 それにしても、つばさちゃんの家ほどじゃないにせよ立派な家だな……。



 「あれ? そちらは……桜井先輩?」


 「こんばんは、小春ちゃん」


 「ついてくると言うのでな。すまんが、一緒に上がらせてやってくれ」


 「はい、もちろんですよ。桜井先輩なら、いつでも大歓迎です!」


 「ありがとう、小春ちゃん。

  それじゃ、お邪魔しま〜す……」


 京香ちゃんと共に家の中に上がると、すぐに奥の部屋の前まで通された。




 「お姉様、こちらで鈴香叔母様がお待ちです」


 「……分かった」


 「…………」


 さすがに親子の会話に居合わせるってのものな……。

 どうもここまでみたいだな。




 「母上! 京香、ただ今参りました!」


 「……お入りなさい」


 中からの落ち着いた声が聞こえると、京香ちゃんが戸を開く。

 隙間から見える女性は、京香ちゃんによく似た端正な顔立ちの和風美人だった。


 あれが、京香ちゃんのお母さんの西園寺鈴香さん……。


 ―――っていうか、あれで本当に母親なのか?

 どう見たっていいとこ20代半ば……お姉さんにしか見えない。



 「桜井、すまないが待っていてもらえるか?」


 「うん、分かった」


 「……そちらの殿方も、どうぞ中へ」


 「母上!? しかし、桜井は何の関係も―――」


 「構いません。さあ、桜井章さん、どうぞ中へ」


 「えっ? あっ、はい!」


 って、なんでこの人が僕の名前知ってるんだ?


 だが、その疑問の答えが出る前に、僕達二人は鈴香さんの前に座っていた。




 「京香……用件は分かっていますね」


 「……はっ」


 「…………」


 言葉や口調は穏やかなのに、鈴香さんの言葉にはやたらと重みがあった。

 あの京香ちゃんが、こんなにもかしこまってしまうぐらいに。

 ……不世出の女剣士っていうのは伊達じゃないらしい。




 「ならば言います。

  京香、我らが無限天道流の最終奥義『天』……その習得期限を、今日から10日間とします」


 「……はい」


 「もし、その期限内に習得できなかった場合―――」


 ただでさえ重みのある鈴香さんの言葉。

 それが一言ごとにまるで重みを増していくような……そんな感覚。



 「即刻、志木ノ島を去り、本家での再修業を課します。

  よいですね?」


 「……はい。

  今日から奥義習得に向け、尚一層励みます。

  ―――しからば、これにて御免!」


 「あっ、ちょっ! 京香ちゃん!?」


 と、声を出した時には京香ちゃんは既に岸辺家を飛び出していた。

 ……今までも、あの娘の人並み外れた運動能力は見てきたつもりだったけど、今のは特にハンパじゃなかった。



 「……桜井さん」


 「えっ!?」


 呆然としていたところ、今度は僕に声がかかっていた。



 「京香のこと、お願いします」


 「お願いしますって……でも、僕は剣道は素人だし」


 「……貴方のことは、小春さんからよく聞いています。

  京香も随分お世話になっているようです……。

  桜井さん……貴方になら、京香のことをお願いできます」


 「でも……」


 「―――これは、あの子にとっての試練なのです。

  無限天道流次期当主として、そして真の剣士として成長するための」


 「……試練?」


 「そして……桜井さん、貴方ならばきっと京香をよく導いてくれるでしょう」


 「導くって、そんな……」


 鈴香さんが僕のことをどれだけ知っているか分からないけど、

 どう聞いたって買いかぶりすぎだ。



 「今は分からなくてもよいのです。

  ただ、京香のことを見守っていただければ、それで」


 「……友達としては、もちろん彼女のことを助けて、できるだけのことはするつもりです。

  ただ、僕はそれ以上でも、それ以下でもありません。

  ―――それでよければ」


 「ええ……それでは、よろしくお願いいたします」


 「…………」


 穏やかに笑う鈴香さんの表情からは、その真意を汲むことはできない。

 ただ、なぜだろうか―――その笑顔が、まるで全てを分かりきっているかのように見えるのは。

 今の僕には、その理由は分からなかった。





 こうして、突如としてやってきた鈴香さんによって、京香ちゃんの“試練”が始まったのだった―――

 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life四十九頁、いかがでしたでしょうか?


 キャラクター個別エピソードも早5人目。

 密かに人気がある(笑)京香ちゃんの登場です。


 何やら説明くさいお話になってしまいましたが、カンベンしてやってください(^^ゞ

 あれで設定は“ほぼ”全部ですので(笑)


 さてさて次回はもちろん京香エピソードその2。

 京香は早速奥義習得に向けて動き始めるのですが……!?

 もちろんタダでは終わりません。

 いつものごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ