第四十八頁『君へのありがとう』
「いや、この後は別に用事もないし。付き合うよ」
「そう? よかったぁ……。
じゃあ、ホール出た所でちょっと待ってて。
私、ここの人達に撤収し終わったって言ってくるから」
「分かった。それじゃ、また後で」
話……ってなんだろ?
まさか次回もよろしくってことはないだろうしな……。
今朝、あれだけこれで最後だからってムードをかもし出してたんだし。
しかし、悲しいかな……それ以外の話が思いつかない。
利子はもう全部払ったはずだし。
……まあ、後になれば全部分かる話か。
あれこれと考えを巡らすよか、大人しく待ったほうが早そうだ。
とりあえず、今はこのホールから出るとしよう。
「おーいっ! あきらくーん!!」
出た所で、怜奈ちゃんとは違った声の女の子に呼ばれた。
「優子ちゃん、それに未穂ちゃんも。
こんな所でどうしたの?」
「どうしたのもこうしたのも……ねぇ、優子?」
「そうそう。大親友の晴れ舞台だもの。
見逃すわけないって」
「ああ、そっか。演劇見に来てたんだね」
そして忘れがちだが、この二人に怜奈ちゃんを加えた文化部トリオは大親友と言っても過言ではない仲なのだ。
……あくまで忘れ“がち”なだけで、忘れてたわけじゃない。
「だいぶ前の方にいたのに、気づかなかった?」
「うん、まあ……僕はずっと舞台袖にいたし」
「あっ、そっか。脚本兼演出助手だもんね、仕方ないか」
納得したかのようにサラッと未穂ちゃんが言う。
「ちょっ、ちょっと待って!
二人とも、もしかして僕の脚本ってこと知ってたの!?」
「そりゃもちろん。怜奈経由で情報は筒抜けだよ」
「って言うか、パンフにも書いてあるしね」
「ホントだ……」
しっかり、『脚本兼演出助手:桜井章』と書いてある。
これじゃ隠すほうが難しいってもんだ。
「怜奈も怜奈で、嬉しそうに私たちに言ってくるんだし。
親友二人の晴れ舞台、これはもう見逃せないでしょ!?」
口では何となく迷惑そうな感じの優子ちゃんだが、表情は明らかに嬉しそうだ。
……やっぱ、ちょっと遊ばれてる?
「あはは……そりゃどうも」
「もしかして、脚本ってこと隠してたの?」
「一応は……。
絶対知られたくないって程じゃなかったから、知ってる人もたくさんいるけど」
「え〜、なんでなんで!?
章くんの実力なら何を書いても間違いないんだし、隠すことなんてないと思うんだけどなぁ……」
「そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、こっちも初挑戦のことだったし。
それに、あんまりおおっぴらに『僕が脚本ですよー! 見に来てねー!』ってのも、何か違うかなって。
あくまで手伝いなんだしさ」
「そこまで極端なのは、さすがにどうかと思うけど……でも、何かもったいない」
「あはは……まあ、またの機会にね」
本当にもったいなさそうに言う未穂ちゃん。
まあ、夏にSSを見せた時はずいぶんと気にいってくれたみたいだったからな……。
そこまで評価してもらえるってのは、素直に嬉しい。
……が、それはそれ、僕がSS作家ってのは一応伏せられた事実である。
現時点で知ってるのは茜ちゃん、母さん、それに未穂ちゃんだけだ。
後は、文化部三人娘で情報が共有されていれば、怜奈ちゃんと優子ちゃんも。
前に比べてずいぶんと増えた気もするが……これ以上、傷口を広げるつもりはない。
「ところで、今日は陽ノ井さんたちは来てないの?
章くんが脚本ってのは知ってるんだよね」
「うん、一応は。でも今日は来れないって。ソフト部は練習試合らしくて」
「そっかぁ、残念残念。
章くんの名脚本を見逃すなんて」
「カンベンしてって……」
やっぱりどう聞いても僕で遊んでるようにしか聞こえない優子ちゃん。
僕の人権とかどうなってんだって話だが、多分言っても無駄なんだろう……。
この二人相手に立ち回りをやれる自信もない。
ちなみに、野球部と剣道部も図ったかのように練習試合。
つばさちゃんと光は用事ということで、誘うまでもなく主だった友達は全滅してしまった。
……まあ、こういう事もあるんだな。
「そうだね……この辺で勘弁してあげるよ。
それに、今日の主役は章くんじゃなくて、怜奈なんだし」
「そう言えば、その怜奈は?」
「怜奈ちゃんはホールの人にあいさつに行ってる。
多分、もうちょっとで出てくると思うよ」
「そっか。
―――大活躍だね、怜奈」
「そうだね……主演としても、部長としても。
本当によく頑張ってたと思うよ」
その重みに苦しむこともあったけど……。
今の怜奈ちゃんは、それを乗り越えている。
「やっぱり、今日の演技もスゴかったしね。
ううん……今日のは特に今までより磨きがかかってた気がする」
ずっと怜奈ちゃんの演技を見てきたであろう、優子ちゃんの言うことだから間違いないんだろうな。
僕はそんなに見たことがあるわけじゃないけど、それでも今日のは一番よかったように思えた。
何て言うか、演じるたびに磨きがかかってるような、そんな感じ。
まさに優子ちゃんが言うとおりだ。
「調子悪いって聞いてたし、色々悩んでたみたいだったから気にしてたんだけど……。
でも、余計な心配だったみたいだね。
……まあ、章くんもついてたし?」
「僕なんて何もしてないって」
「そうかな〜?
日曜日に練習休んでデートにまで連れてったのに?」
「ーーーーーーっ!!
ななな、何で知ってるの!?」
あやのすら知らないはずなのに!?
「そりゃもう……ねぇ、未穂?」
「そうそう。怜奈が嬉しそうに言うもんだから」
「いやっ、でもデートって言ってもちょっと遊んだだけだし!
って言うか、二人とも怜奈ちゃんが悩んでるの知ってたんなら、声かけてあげればよかったのに!」
「あ〜、そうやって誤魔化そうとする。
ダメだぞー、そんなんじゃモテないぞー」
「えっ、いやその……ごめんなさい」
―――何で僕は謝ってんだ?
ついでに言うと未穂ちゃん、女の子はもう間に合ってるので別にモテなくてもいいです。
「にゃはは、分かればいいんだよ。
それにね……ちょっとイジワルしちゃったし。
私たちも、怜奈からは章くんと遊びに行ったんだってしか、聞いてないから」
「えっ? だったらなんで……」
「怜奈がさ。吹っ切れたみたいな……本当に嬉しそうな顔するから。
ああ、さすがは章くんだなって。
……でも、ちょっとヤキモチ」
「???
さすがって……それに、ヤキモチ?」
「苦しんでる怜奈を、あんなに元気にできるのは、知ってる限りじゃ章くんぐらいだもん。
友達の私たちでもできない……だから、ちょっとヤキモチ。
ん〜……でも、章くんだから許したげるかな?」
「……そりゃどうも」
イマイチ言ってることがピンとこなかったから、曖昧な返事で返しておいた。
褒めてもらってる……ってことでいいんだよな?
「あっ、怜奈が来たみたい」
未穂ちゃんの声に振り返ると、怜奈ちゃんの姿が見えた。
これでようやく解放されるか……。
「さ〜て、お邪魔虫はさっさと退散するとしますか♪
章くん、怜奈によろしくね。行こう、未穂!」
「じゃあね、章くん♪」
「あっ、ちょっと二人とも!
……もう行っちゃったし」
結局何しに来たんだよ、あの二人―――って、元はと言えば劇を見に来たんだろうけどさ。
逃げられたみたいで何だか釈然としない。
「あれ、今のって優子と未穂じゃなかった?」
「おっしゃる通り……なんだけど。
怜奈ちゃんによろしくって、逃げられちゃった」
「そうなんだ……変なの。
公演終わった後は、いつも喋ってるんだけど……今日は何かあるのかな?」
「まあ、そんな所だと思うよ」
……お邪魔虫がどうこうとか言ってたから、余計な気を回してるってのが本当だろうけど。
あえて怜奈ちゃんには言うまい。
「それはそうと、話があるって言ってたけど……」
「ああ、うん。それね。
えっと……色々あるんだけどね」
言いながら、胸の前辺りで両人差し指の先を合わせ、恥ずかしそうな動きを見せる怜奈ちゃん。
……絵になって可愛いなんていう感想は、ここじゃ不謹慎かな。
「答えが聞きたいなって」
「答え?」
「そう、答え。屋上で話した時のこと……覚えてる?」
屋上―――怜奈ちゃんの様子がおかしいと気づいたのもその時だった。
その時にした、答えが必要な話って言ったら……
『章くんには、何が見える―――?』
「うん、覚えてる。
……あの時は、ちゃんと答えられなかったけど」
話の流れからいって、怜奈ちゃんが聞きたかったのはきっと進路のことだと思う。
「進学って答えじゃ、ダメ……だよね?」
「それも悪くは無いんだけど……私が聞きたいのは、そのもうちょっと先かな?」
「………………」
「―――見えてるものは、まだ無いよ。
でも、見たいと思えるもの……それはある」
怜奈ちゃんみたいに悩んで、考えて……。
そして、ある“夢”を見たいと思えるようになった。
それが何かを今、言うことはできないけど―――。
けど、僕はそれに向かうように向かうようにと、今の自分を持っていってるのは確かだった。
「こういうのってさ、見たいと思ってるだけじゃ、いつまでも見えやしないものなんだと思う……。
だからみんな悩んで、苦しむんだなって分かった。
多分、今の怜奈ちゃんもそうだと思うけど……」
思い当たるフシがあるのか、怜奈ちゃんは静かに頷いた。
「―――でもさ、そうやって辛い思いしなきゃ、そもそも見えもしてこないのかなって。
だからさ、怜奈ちゃんの悩みは……それで良いんだと思う」
「章くん……」
「ごめんね、何か無責任だし、上から物を見てるみたいな言い方になっちゃって。
でもさ……いつも一生懸命に頑張ってる怜奈ちゃんなら、きっと大丈夫。
―――これでいいかな、何が見えるかっていう答え」
「うん……十分すぎるぐらいに、十分だよ……。
本当は、答えなんていらないくらいなのに……」
そう言って怜奈ちゃんは笑う―――その頬に、光るものを流しながら。
「―――あれっ……おかしいな、何でまた泣けてきちゃうんだろ……。
まだ、お話……あるのにね……」
「怜奈ちゃん……」
「あ〜あ、章くんには泣かされてばっかりだね」
「その……ゴメン」
「な〜んて、冗談だよ。
この前も言ったでしょ、嬉しい時も泣けるんだって」
「うん、そうだね……」
怜奈ちゃんの喜びの涙を引き出す事を思うと、何だか嬉しいような、でも申し訳ないような……複雑な気持ちだ。
けど、悪い感じはしない。
「章くん……ホント、ありがとね。
やっぱり、章くんに手伝ってもらって良かったよ」
「そう言えば……前から聞きたかったんだけどさ。
何で、演劇は素人の僕に、演出助手なんて頼んできたの?
その……こう言っちゃナンだけど、僕がいなくても全然問題無かったような気もするんだけど」
「そうだね……それが、二つ目の話。
―――正直言っちゃえばね、章くんの言うとおりなんだ。
演出助手なんて、本当は無い役割だし、ともちゃんがいれば感情表現も含めて、十分ダメだしできたと思うし」
「やっぱりそうか……」
……ただ、自覚があったとは言え面と向かって言われると結構ショックだ。
これでも、自分の書いた物のことは自分が一番よく分かってるつもりだっただけに、なおさら。
「あっ、誤解しないでね! 全然いらなかったってことじゃないんだから!
でも……本当の理由は別」
「章くんにね、助けてもらいたかったんだ」
「助けてって……仕事できないのに?」
「演劇のことより、私のこと……かな?」
えっ―――?
「学祭準備の時、優子や未穂のことを手伝ってたでしょ?
……あれね、本当のこと言うと、二人がうらやましかったんだ」
「………………」
「二人とも、いつの間にか名前で章くんのこと呼ぶようになってたりとか……。
章くんは優しいからなんだって思ってたけど、どこか割り切れなくて……」
「もしかして、そういう不安もあったのかな。
文化祭が終わって、部長をやることになって、それから主演も決まっちゃって……。
そこに来て、進路希望調査でしょ。ちょっとヘビーだったかな?」
「………………」
多分、その僅かな期間で怜奈ちゃんにかかる“期待”ってのは、恐ろしいほど増したんだろう。
周りのみんながどう思ってるかは知らないけど、怜奈ちゃんだって普通の女の子。
今までは気にしないようにしてきたんだろうけど……。
でも、一度に状況が変わってしまえば、パンクしたって当たり前だ。
「頑張ろうって思っても、なかなか頑張れなくて……。
どうしようって思った時に、頭に浮かんだのは章くんのことだった。
章くんがいれば、頑張れるかもしれない。
それこそ、何かが見えるかもしれないって……そう思えた。
章くんは、そうやって周りの人を元気にできる人だって、知ってたから」
「僕は……そんな大した人間じゃないよ」
「ううん、そんなことない。
だって、少なくとも私のことは助けてくれたから……元気をくれたから」
「………………」
僕にはそんな自覚は無い。
ただ、目の前で誰かが困っているのを放っておけないだけ。
でも、それで誰かを救えているのなら―――それほど嬉しいことはない。
「でも、考えてみれば章くんにはいい迷惑だよね。
私の都合……って言うか、甘えたせいで、全然縁が無かった演劇部に引き込んじゃったんだし……。
それは、謝るね」
「いや……いいよ。
確かに誘ったのは怜奈ちゃんだったけど、判断したのは僕だし」
「そう言ってもらえると……嬉しいな」
今になって思えば、僕に話をもってきた時の、あの強引なまでの態度。
それは、怜奈ちゃんが本当に僕のことを頼ってくれていたその証拠なんだと思う。
そのことが分かれば、彼女を責める理由なんてよかった。
「それに、何だかんだで僕も楽しかったしね。
脚本もそうだけど、演劇作るのなんて初めてだったから」
「小説の参考にもなった?」
「そうだね……やっぱ未知の領域ってのは刺激になるし―――って!
もしかして怜奈ちゃん、知ってた?」
「んー、まあね。でも、学祭の頃に未穂に聞いたから、脚本頼んだ後だよ」
「……別にいいけどさ、隠してるわけじゃないし」
と言うよりは、もう隠すのも限界に近い気がしてきた。
もはや諦めた方がいいのかも……。
「―――話、ちょっと横にそれちゃったね。
でも、次で最後」
「うん……」
「章くん……隣りにいてくれて、本当にありがとう。
いつも優しくて……たとえ、その優しさが私だけのものじゃなくても……すごく力になった。
もう一回、言うよ……“ありがとう”」
「……こちらこそ」
「あ〜あ……これで章くん独占期間も終わりか〜」
「はぁ?」
シリアスムードから一転、急に変な事を言い出すもんで、思わず間抜けな声が出てしまった。
……まさに、何言ってんのって感じだ。
「だって章くんは人気者だし、みー……っんなに優しいからさ」
「本人には、そんなつもりはないんだけどな……」
「だから、なおさらタチが悪いの。
―――ホントは、私だってちょっと好きだったんだぞ?」
「えっ、えっ……ええっ!?」
「……なーんて―――ビックリした? したでしょ!?」
「怜奈ちゃん……その冗談、ちょっとパンチが効きすぎだって」
……一瞬、本気かと思ってしまったのは―――僕が自意識過剰なだけじゃないだろう。
さすがは演劇部ナンバーワン……ということにしておこう。
「えへへ〜……ゴメンゴメン。
でも、こーんな美少女と1ヶ月近くもずっと一緒にいた上に、2回もデートしたんだから、
これぐらいしても文句は言われないよねー?」
「それを自分で言いますか」
……あくまで否定はしないが。
まさか本気で言ってるわけじゃないだろうし。
「それに加えて、私に気を持たせたりとか……。
ホント、誰にでも優しすぎだよ、章くんってば―――」
「あっと……その、怜奈ちゃん?」
「なんでもなーい! 私に玉砕趣味は無いから、この話はここでおしまい!
それから、この場限りでキッチリ忘れること!」
「そこまで言うなら初めからしなきゃいいのに……」
「ううっ……章くんのイジワル。
けじめってものがあるでしょ、け・じ・め」
「……分かったよ。今のは忘れる」
「うん……ありがと……」
げに謎深きは乙女心かな……それこそ未知の領域である。
ただ、怜奈ちゃんの少し寂しそうな微笑がやけに目についた。
「さっ、そんなことより打ち上げに行こっ!
ボヤボヤしてると、遅刻しちゃうんだから」
「そうは言っても、まだ時間は―――って、もうこんな時間か!?」
話しこんでいる内に随分と時間が進んでいたらしい。
既に、頑張らないと遅刻する時間だった。
「でしょでしょ? だからさ、行こ。
えっと―――打ち上げまでが、演出助手です」
「……了解!」
怜奈ちゃんに手を引かれ、秋の早い夕暮れの中を走り出す。
その手から伝わる温もりは暖かで―――優しさに満ちていた。
『ありがとう……章くん……。
貴方がいてくれて、本当によかった―――』
作者より……
ども〜作者です♪
Life四十八頁、いかがでしたでしょうか?
結局怜奈は本気だったのか冗談だったのか―――
答えは、読者の皆様それぞれということで(笑)
怜奈エピソードも無事に完結しました。
何だかこの話が後日談くさくなってしまったのはさておき、いかがでしたでしょうか?
感想など、お待ちしております。
さてさて次回は……誰の話でしょう!?(笑)
ただ、もう残ってるのはここまであまり中心になってない娘ばかり。
誰が出てきても、今までにない話かな〜……なんて(^^;
いつものごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。
それではまた次回お会いしましょう。
その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ




