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第四十七頁『笑顔を見せて』

 怜奈ちゃんと屋上で話してから、さらに時間が経ち―――

 公演まで、後一週間というところまできていた。


 あの後も、“全体として見れば”順調に練習が進んでいた。

 今では通し稽古もメニューに織り交ぜるようになり、いよいよ本番というムードが高まってきている。


 だが、ある一点―――怜奈ちゃんだけを見ると、そうとも言い切れない。

 前に屋上で話した後、一時は持ち直したかのようにも見えたが、そうそう簡単な問題でもないらしい。

 相変わらず……なんて、素人の僕が言うのも失礼な話だが、ともかく怜奈ちゃんはミスを連発していた。


 こないだは『話を聞いてくれるだけでも十分だから』なんて言っていたが、今の様子を見てると、とてもそうは思えない。

 根本的な部分で事態が好転しない限り、恐らくこの状況が変わることはないんだろう。




 (進路……進路かぁ)


 どうにも僕には現実味の薄い話に感じられたが、そういうもんでもないみたいだ。

 実際、進路について考えましょうみたいな授業やら、怜奈ちゃんの悩みの種となった進路希望調査なんかもあったりして、

 徐々に実感を持った話になってきている。


 特に怜奈ちゃんの親友である優子ちゃんと未穂ちゃんは人一倍明確な目標を持ってるし、

 怜奈ちゃんにとっては、僕なんかに比べてもっと身近な話なのかもしれない。




 (それに、それだけじゃないんだ)


 怜奈ちゃんが悩んでいる理由は進路の話だけじゃない。

 と言うか、そっちはどちらかと言うと副産物的なものなのかもしれない。


 “才色兼備の志木高のアイドル”……そういう面倒な肩書きが、怜奈ちゃんにプレッシャーをかけている。

 加えて、演劇部の部長に今回の劇での主演、生徒会執行部と、彼女にかけられる期待はハンパなものじゃないだろう。

 それらすべてに応えようとすれば―――苦しいのは目に見えている。


 周りの評判はともかく、怜奈ちゃんは普通の女の子なんだ。

 一人でできること、それこそ演じることができる役には限界がある。

 だから、そのキャパを理解しなくちゃいけない。

 周りのみんな、そしてそれ以上に……怜奈ちゃん自身が。




 (まあ、だからって何も声をかけてあげられないんだけどさ……)


 あれやこれやと言葉を並べ立てるのも違うと思うし。

 中途半端な言葉じゃ、何の意味もない。


 さりとて、そんな根本的な解決を図れるような名案が思いつくわけでもなく……。

 堂々巡りをしているうちに、今日まで来てしまった、そんな感じなんだよな。

 苦しんでるのを目の当たりにして、しかも悩みを聞いた以上、何とか力になりたい思いはあるんだけど―――




 ―――パンッ!




 すっかりおなじみになった、平川さんが手を叩く合図で思考の世界から引き戻された。

 ……やばい、今の演技、全然みてなかったぞ。



 「―――今のところは、私からはこれぐらいね。

  桜井くんは何かある?」


 「あっ、いや……その……うん、いいんじゃないかな、うん」


 「……そう」


 これは……もしかして、やらかしてしまったってヤツだろうか。

 いや、“だろうか”なんて疑問系で言うまでも無く、やらかしてしまったんだろう。

 平川さんからの視線が痛い。



 「くすくす……」


 人の気も知らないで怜奈ちゃんは笑ってるし……。

 なんか、散々だよな。




 「ふぅ……まあ、いいけど。

  そろそろお昼だし、ここで一旦休憩にしましょう。

  それじゃ、1時から再開ね」


 平川さんの言葉に程なくして部員のみんなが散る。

 本番が近づいてきて、切羽詰っている状況なんだろうけど、この昼の時間だけはのんびりとしたもんなんだから不思議だ。




 そんな和やかな昼休憩、怜奈ちゃんにちょっと声をかけてみようかとも思ったが、

 そう思った時には既に彼女の姿は無かった。



 「多分、屋上にいるんだろうけど……」


 いや、やっぱ今はよしておこう。

 屋上にいるってことは、怜奈ちゃんなりに思うところがあるんだろう。

 そんな彼女に、無理に声をかけるわけにもいかない。

 それに、かける言葉もあるかと言えばそうでもなかった。




 「おーい、桜井。一緒にメシ食おうぜ」


 「あっ。ああ、今行くよ」


 あれやこれや考えている内、数少ない男子部員である古田ことしゅーちゃんに声をかけられた。


 彼を含め、部員のみんなともこの3週間弱ですっかり仲良くなっちゃったな。

 まあ、毎日顔を合わせてればこうもなるか。

 ……相変わらずあだ名で呼ぶ関係にはなっていないけど。


 それはともかく、この場はご相伴にあずかっておくとするかな―――




 ………




 ………………




 「しっかし、あれだよな」


 キャストチーフの村田ことリキが口を開く。



 「今回の劇、よくちゃんとここまで来れたよな」


 「えっ? それってどういうこと」


 「ん……まあ、脚本書いてくれた桜井の前でこんなこと言うのもナンだけど、

  創作脚本、それも外部のヤツが書いた本なんて、俺は上手くいかないと思ってたから。

  しかも、その原作者が演出助手だろ?

  正直、俺は反対だったんだけどな」


 「…………」


 「あっ、いや。別に桜井がどうこう言うつもりはないんだ。

  悪い、変なこと言っちゃって」


 「いいよ、気にしてないし。

  それに、そう思うほうが自然だよね」




 (確かに、村田の言うことはもっともだ)


 この度の劇を作るにあたり、練習の始まりから、こうして追い込みまで付き合ってきたわけだけど、

 演劇というものの難しさ、もっと言えば精密さを思い知らされたというのが正直なところだ。


 そんなデリケートな芸術である演劇に、素人の脚本、さらにはその作者という不確定要素を放り込む……。

 普通に考えれば、そうそう上手くいくことじゃない。

 今回だって、たまたま上手くいったに過ぎないという考え方をした方が賢明だろう。


 疑ってかかるわけじゃないけど、村田の他にも平川さん……あるいは、他の部員のみんなだって、

 僕が製作に関わることには反対だったのかもしれない。

 むしろ、それが当然なわけで……。


 怜奈ちゃんだって、その辺はきっと分かっているはずだ。



 (じゃあ、なんで……)


 なんで怜奈ちゃんは、僕を演出助手として起用したんだろう?

 劇の製作という観点から見れば意味がないようにも思える。


 僕が書いたものを脚本にするぐらいならまだ分かるが、それとはまた別次元の話。

 部員の反発もあったろうに、それでも僕を呼んでくれた理由……。


 それを考えると、分かったような気がしていた怜奈ちゃんの心がまた分からなくなった。


 ただ一つ。

 今回の話を持ってきた時の、あの強引なまでの怜奈ちゃんの態度。

 それが何かのヒントになるのかもしれないと、ボンヤリとそういう考えだけが浮かんでいる。




 そんな思考に耽っていたが、村田の話に引き戻されるように、それも中断した。



 「でも、さすがは怜奈だよな。人を見る目があるっていうか、なんていうか。

  桜井の書いた話も実際面白いし、意外と演出助手っていうのも上手くいってるし。

  だからさ、アテにしてるぜ桜井」


 「ははは……そりゃどうも」


 さすが、なんて……怜奈ちゃん、やっぱり信頼されてるんだな。

 伊達で演劇部長やってるわけじゃない、ちゃんと実力も伴ってるんだ。

 それも、実力者集団の演劇部の中にあってそれなんだから、相当なものなんだろう。



 (でも、そういう信頼が重荷になってるって……そういうことなんだろうな)


 信頼と期待、紙一重の二つの要素が怜奈ちゃんの重荷になっている。

 この前の話から考えるに、そう結論づけられそうだ。



 (何か、テコ入れだけでもしてあげられればいいんだけど……)


 僕の一言で一発解決―――なんて、甘い考えはもっちゃいない。

 けど、せめてきっかけだけでも……。


 って、それができればこんなに悩んじゃいないんだってな。


 ……そして、そうやって悩む時間も実はそんなに残ってなかったりする。

 どうするにせよ、公演の日はジリジリと近づいてきていた。



 (どうしたもんかな……)


 またも堂々巡りに突入し、もはや働いているのかいないのかも怪しい頭で、とりあえずそれらしいことだけは考えた。






 ………






 ………………






 ―――パンッ!




 「ごめんっ!」


 平川さんのダメ出しより先に、怜奈ちゃんが謝る声が耳に飛び込んできた。


 今度はセリフを思い切りかむっていう、初歩的なミス。

 普段の様子を見てきたわけじゃないから大きなことは言えないけど、やっぱり怜奈ちゃんらしからぬ……って所なんだろうな。




 「…………」


 午後の練習になっても、やっぱり怜奈ちゃんの動きの悪さは目につく。

 今までだってそうだったが、ここに来てますます目立つようになってきた気がする。


 これに関しては、思うに怜奈ちゃん自身の不調もそうだが、他のみんなの精度が上がっているせいもあるのかもしれない。

 絶対的な要因と相対的な要因、その両方が重なれば……結果は見えている。

 焦りとか、そういうものだって無いはずないし。

 こうなってくると、いよいよもって事態は深刻に感じられた。




 「気にしないで大丈夫だけど……怜奈こそ、大丈夫なの?」


 「うん……ゴメン、心配かけて。私のことは、気にしなくてもいいから」


 「そう……」


 とは言うものの、演技の内容は気にしないほうが難しいような代物なわけで。

 平川さんも同じことを思っているのか、言葉とは裏腹、表情は釈然としない感じ。



 「ふぅ……少し休憩を入れるわ。10分後に再開するから。

  ダメだしは再開してからね。それじゃ、よろしく」


 午後の部が始まってから2時間弱、短い休憩になった。

 気分転換……って所かな。

 平川さんも大変そうだし。


 何にせよ、僕としては怜奈ちゃんに声をかける機会ができた。

 どうかするにせよしないにせよ、とにかく怜奈ちゃんのことを知らなきゃ話にならない。

 今さらかもしれないけど、できる努力はしなくちゃな。



 ―――思い立ったが吉日ってわけじゃないが、、怜奈ちゃんが一人で座っているのを見つけ、早速声をかける。




 「お疲れ、怜奈ちゃん」


 「章くん。そっちこそ、お疲れさま」


 ……って、明らかに気落ちしてるな。

 怜奈ちゃんといえば、いつも元気なイメージだけど……今はその限りじゃない。



 「隣り、座ってもいいかな?」


 「いいよ……どうぞ」


 「ありがと」


 「……はぁ」


 座るなり、怜奈ちゃんはため息を一つ。

 ……隣りにいるだけでそうされるほど、僕は嫌われちゃいない。

 口では大丈夫なんて言っていたが、やっぱりそうはいかないってことだろう。



 「大丈夫、怜奈ちゃん?」


 「んー、ちょっと、いや……かなり大丈夫じゃないかも」


 「えっ、ええ!?」


 「……な〜んて、言ったらどうする?」


 「なんだ、冗談か……。

  おどかさないでよ」


 「あはは、ごめんごめん」


 「それで、本当のところは?」


 「うん、まあ……相変わらず調子は良くない、よね」


 「…………」


 ちょっと自嘲気味に笑いながら怜奈ちゃんが言う。

 この前の屋上の時と同じだった。


 だが、今度はあえて肯定も否定もしない。

 積極的に肯定することはもちろんできないし、

 だからって否定しても言葉がウソになりそうだからだ。



 「……もうすぐ本番なのにね。

  せっかく主演までもらってるのに、これじゃ……」


 「怜奈ちゃん……」


 顔はわらっているが、それだけだ。

 決して心からの笑みじゃないのは明らかだった。



 「緊張してる……とか?」


 「ううん、そういうわけじゃなくて……。

  主演も初めてってわけじゃないし。

  前にもやったことはあるから……でも、今度はちょっと違うんだけど」


 「違うって?」


 「今度のは、お情けや決まりでもらう主演じゃないから」


 お情け? 決まり? 何のことだ?



 「あっ、ゴメン。これだけじゃ、何のことか分からないよね」


 「えっと……説明してもらえるかな?」


 「うん。あのね、私は今まで2回主演をやってるんだけど……それって実力でもらった主演じゃないの」


 「実力じゃ……ない?」


 実力でもらう主演とたなぼたでもらえる主演でもあるんだろうか?



 「そう。1回目は新入生が中心となってやる公演。これは新1年生が主要なキャストをやるっていう決まりだから。

  2回目は年度末……3月の公演。これも、1年間の成長を見るって意味で、1年生が主要な役を演じることになってるから……。

  だから、主演って言っても本当の意味でもらったものじゃない。そういうことなの」


 「…………」


 それにしたって、1年生の間ではオーディションがあるんだろうから、実力ってことなんだろうけど……。

 怜奈ちゃんに言わせれば違う部分があるのかもしれない。



 「だけど、今回の主演は違う。そういう条件は無し、本物だから」


 どちらにせよ、その事には間違いない。

 今までのがたなぼた的なものだったかはともかく、今回のは怜奈ちゃんが実力で得たものだ。

 ……だからこそ、怜奈ちゃんには思うところがあるのかもしれない。



 「あ〜、もしかしてともちゃん、呆れてるかなぁ?」


 「どうして平川さんが?」


 「今回の主演、私とともちゃんとでオーディションだったんだ。

  結局、私がやるってことになって、ともちゃんは演出に回ったんだけど。

  ……でも、こんな演技ばっかりだから」


 「怜奈ちゃん……」


 またしても乾いた笑み。

 怜奈ちゃんには似つかわしくなくて……そして、見ていられなかった。



 「こんなことなら私がやれば良かったのにって、思われちゃうよね」


 「…………」


 平川さんがどういう考えを持っているかは分からない。

 だが、主演っていうことが怜奈ちゃんにとってある種のプレッシャーになっているのは間違いなさそうだ。



 「これで部長の仕事ぐらいはちゃんとできればいいんだけど……それもマリナに助けてもらってばっかりだし。

  みんなに迷惑かけっぱなしで……ホントにダメだな、私ってば」


 「怜奈ちゃん、それは―――」


 「みんなー、そろそろ始めるから集まってー!!」


 言葉が最後まで続かないまま、平川さんの声によって練習再開が告げられる。



 「あっ、練習始めるって。じゃあ、いこっか」


 「……うん」


 何だかはぐらかされたような気もするが……。

 けど、今はこれ以上の話はできそうにない。


 何事もなかったかのように練習に戻る怜奈ちゃんに続き、僕もみんなの輪へと入っていくのだった。





 ………





 ………………





 「―――とりあえず、今の所のダメだしは、これぐらいかな。

  桜井くんはどう?」


 「そうだね、僕からは―――」


 と、軽くダメだしをしながら、さりげなく怜奈ちゃんのほうに目をやってみる。

 すました顔にも見えるが、疲労の色が濃い―――気がする。


 ……まあ、疲労だけなら他のみんなにも言えるんだけど。

 公演まで後1週間、疲れもピークだ。

 かく言う僕だって、慣れない部活でボロボロだし。


 ―――だけど、そんな中でも怜奈ちゃんは一番疲れてるはずだ。

 疲れてるっていうより、参ってる……そんな感じ。


 主演とか、部長とか。

 肉体的にはもちろん、精神的にもキツイ要素が揃ってる。

 だからこそ、さっきみたいな弱気な言葉が出てくるんだと思う。


 ―――やっぱ、怜奈ちゃんには明るく笑っていてもらいたい。

 細かい理屈の前に、それだ。


 そう思い至った時には、やる事が決まっていた。




 「それじゃあ、桜井くんからも以上みたいだし、今日はこれで―――」


 「あっ、平川さん。ちょっといいかな?」


 「? どうかしたの?」


 「えっとさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 自然に部員の視線が僕のところに集まってくる。

 ……あまり気持ちのいいもんじゃないが、そうも言ってられない。



 「ちょっと言いにくい話なんだけどね」


 「ええ、それで……何?」


 「明日なんだけど―――」


 ここで一呼吸。

 ダメで元々、言うだけ言ってみるさ……!



 「明日の日曜日、怜奈ちゃんを一日借ります!」


 「えっ、ええっ!?」


 誰よりも早く驚きの声をあげたのは、他でもない怜奈ちゃん自身だった。



 「…………」


 「やっぱりダメ……かな?」


 押し黙る平川さんは難しい顔で考え込んでいるようだ。

 そして、部員の輪には怜奈ちゃんから始まったざわめきが広がっていく。



 「……そうね、分かったわ」


 「ちょっ! ともちゃん!?」


 「今のままの状態で練習しても、効果薄そうだし。

  怜奈も、自分で分かってるでしょ?」


 「それは……」


 「主演が目の前でそうやって惨めな演技を見せるの、こっちだって辛いのよ?」


 まくしたてるような平川さんの言葉に、少し動揺したようにさえ見える怜奈ちゃん。

 だが、平川さんも厳しいばかりじゃない。



 「……あの役をできるのは、怜奈しかいないんだから。

  だから、早くいつものあなたに戻って」


 「でも、だからって練習を休むのは……」


 「怜奈」


 「……分かった」


 「休み明けで戻ってきた時には……期待してるから」


 「うん」


 平川さんと話がつくと、改めて怜奈ちゃんがみんなの方に向き直る。



 「そういうわけだから……明日は一日、練習をお休みします」


 部員のみんなはただ黙ってうなずいた。

 逆に言えば、何の反論もないということ。



 「章くんも、だよね?」


 「……って言ってるけど、いいのかな平川さん?」


 「桜井くんは元々部員じゃないんだし、私がどうこう言う権利は無いわ。

  それに、借りるって言ってそんな聞き方もないと思うけど?」


 「あはは……それもそうだよね。

  ということで、僕も一日お休みです」


 これに関しては、部員のみんなは大した関心もないのか、幾分うなずきが適当に見えた。

 反論など、あろうはずもない。



 「明日は残ったメンバーだけで頑張りましょう。

  それじゃ、今日は解散!」


 平川さんの声で、みんながパラパラと散っていく。

 そんな中に怜奈ちゃんもいたが、その前にやることがある。



 「あっ、平川さん」


 「どうしたの桜井くん、まだ何かある?」


 「うんまあ、そんなところ。

  その……ありがとう。怜奈ちゃんのこと」


 「ああ、そのこと。

  いいのよ、遅かれ早かれ、こういう機会は必要だったと思うし」


 「そっか……」


 「本当は、私たちがあの娘のフォローしてあげなきゃいけないんでしょうけど……。

  でも、怜奈ってああ見えて頑固っていうか、そういう部分もあるから。

  責任感強いのはいいと思うんだけど、ね」


 平川さんは平川さんで、色々考えて怜奈ちゃんのことを見守っていたみたいだ。

 ……ちょっと冷たい人だなんて、心の中では思う部分もあったけど……反省しなきゃな。



 「多分、私たちの誰が声をかけるより、桜井くんが声をかけるのがいいと思うから。

  だから頑張ってね、桜井くん」


 「えっ!? あっ、うん……」


 「どうしたの、そんな意外そうな顔して?」


 「いや……平川さんに、そんな風に言われるなんて全然思ってなかったから」


 「あ〜、失礼ね桜井くん。私が冷たいとか、そういう風に思ってたんでしょう?

  こう見えても、桜井くんのことはけっこう信頼してたつもりだったんだけど」


 「うっ……ごっ、ごめん」


 「……なんて、そう思われても仕方ない接し方だったしね。いいわよ、別に。

  でもね、桜井くんのことを信頼してるのは本当。

  さすがに演出助手のことはすぐにイエスとは言えなかったけど、台本は掛け値なしに面白いと思ったし。

  怜奈のこともよく分かってくれてるし、あと何だかんだいいながらも、練習にもちゃんと毎日来てくれたしね」


 「平川さん……ありがとう」


 この時平川さんは、意識して見ていた限りでは初めて笑ってくれた。

 第一印象のキツそうな感じからは離れた、柔らかい微笑み。



 「だからこそ、怜奈のことも安心して任せられるんだし」


 「平川さんは、怜奈ちゃんのことが好きなんだね」


 「……そうね……私も含めて、怜奈を嫌いな部員なんていないんでしょうね。

  志木高のアイドルって言われるのも、何となく分かる。みんなから好かれる性質なのよ、きっと」


 「そうだね」


 みんなから愛される怜奈ちゃん。

 それは決して彼女がそういう風に振舞っているからじゃないはずだ。

 自然体の怜奈ちゃん―――それこそがみんなに愛されてるんだと思う。

 今さらながらにそれが分かった。


 後はそれを、怜奈ちゃんがどう消化するかだ。

 僕にできるのは……せいぜい、それのちょっとした手伝いだろう。



 (それにしても……明日はどうしたもんかな)


 勇んで休暇をもらったものの、頭の中はノープラン。

 とりあえず、怜奈ちゃんに声をかけて、それから……え〜っと……。


 ―――まずは、こっちの方を頑張らなきゃダメだな。







 ………







 ………………







 あくる日。

 軽い既視感を覚えながら、商店街の入り口に立って人を待つ。


 以前ならば珍しい早起きなんだろうけど、最近は部活があったせいか、そこまで違和感はない。

 まあ、部活があるのに遊ぶ気満々でこんなところにいるっていうのも、ある意味違和感があるんだけど。


 ―――と、そんなことはともかくとしてだ。

 今何時だろ……?




 「章くん」


 「おわぁ!?

  ……って、怜奈ちゃん」


 「そんなに驚かれると、ちょっとショックなんだけどな?」


 顔を上げると、ちょっと困ったような顔をした怜奈ちゃんがそこにいた。

 この前の春服とは違い、秋らしくちょっとシックな格好。

 ……相変わらず可愛かった。



 「ごめんごめん。不意打ち喰らったみたいな感じだったから」


 「不意打ちって……普通に声かけただけなのに」


 「いやまあ、そうなんだけどさ……あはは、はは」


 声をかけられたとき、意識は完全に時計に向いていた。

 不意打ちと言っても、あながち間違いではない。


 ちなみに、時計は10時ちょうどを示している。

 前回と同じく、怜奈ちゃんは待ち合わせ時間ちょうどに現れていた。

 毎度毎度、タイミングを計ったみたいに完璧だし、もしかしてどっかに隠れてるんじゃないだろうか……。

 もしまた機会があれば、今度は探してみるのも面白いかもしれないな。




 「さてと。

  それじゃあ時間通りに待ち合わせもできたことだし、行きましょうか」


 「それはいいんだけど……今日はどこに連れていってくれるのかな?」


 「それなんだけど、まずは―――ここ!」


 「これって……」


 取り出したるは映画のチケット2枚。

 いつぞやと同じく、恋愛映画。



 「どうしたの、これ?」


 「ん……ああ、ちょっとね。友だちにもらったんだ。

  なんか、急に都合が悪くなったから、捨てるのもったいないしってことで」


 「ふーん……そうなんだ」


 まあ、さらりとウソをついているが。

 もちろん自腹で購入したチケットだ。


 だけど、こういうことに使う金は全然惜しくない。

 そもそも、そういう問題でもないし。


 今日はこの前のデートコースをトレースしようと決めていた。

 自分でもなぜか分からないけど、そっちのほうが言いたいことが上手く言える気がしたからだ。



 「さあて、それじゃあ行こうか。

  まだちょっと時間あるけど、ゆっくり歩けばちょうどいいぐらいだし」


 「うん。

  ―――あっ、そうだ」


 「ん、どうかしたの?」


 「……今日はエスコートよろしくね、章くん♪」


 100万ドルの何とかなんて、ちょっと古い表現があるが……。

 今の怜奈ちゃんの笑顔は、きっとそれに該当するんだろう。

 そのぐらい晴れやかで綺麗な笑顔だ。



 「……お任せあれ」


 そんな怜奈ちゃんに合わせるかのように、僕も少し芝居がかったセリフで応対する。

 何だか、色々見透かされてるみたいな笑顔にも見えたけど……。

 まあ、それならそれでもいいさ。


 ともかく、こうして突発的に決まった第二回のデートが始まったのだった。





 ………





 ………………





 映画が終わってから、たぶん30分ぐらい経ったんだろうか。

 次はこれまた前と同じく、中央公園にきていた。


 ちなみに、今日の映画もまた恋愛ものだったが、

 ちょっとコメディタッチな作品をチョイスしたのが功を奏したのか、怜奈ちゃんがボロボロに泣くことはなかった。


 それならそれで、また手をつないで連れ出したりとか、ちょっと美味しい思いができたんだけど……。

 ……って、いやいや違うだろ。

 今日はそういう邪な感情をもってる場合じゃない。




 「さてと……ここでただ座ってるのもナンだし、とりあえず何か食べようか。

  今度こそ、そこらへんの屋台で何か買ってくるよ」


 前回の昼食は怜奈ちゃんの弁当だったが、今回は急だったし、頼むのも申し訳なかったので最初からこうするつもりだった。

 決して怜奈ちゃんの弁当が食べたくなかったとか、そういうわけではない。

 あくまで先方を気遣ってのことなのだ。念のため。



 「あっ、待って章くん」


 ベンチを立ったところでその怜奈ちゃんに呼び止められる。

 ……もしかして、もしかする?



 「今日もね、お弁当作ってきたんだ」


 「え゛っ」


 「あ〜、せっかく早起きして頑張ったのに、その顔はないんじゃないかな〜?」


 「あっ、いやその、これは……。ちっ、違うんだ!

  深い意味があったわけじゃなくてその……要するに……」


 「要するに?」


 「……ごめんなさい」


 ごまかすことが前提っていうのも寂しいが、それにしたってごまかそうにもごまかしきれない反応だった。

 とは言え怜奈ちゃんの弁当……ということは“アレ”である。

 人様が作ったものを“アレ”呼ばわりってのも既に失礼かもしれないが、しかしてそこまでに壮絶な出来なのだ、“アレ”は。



 「ぷっ……くすくす……あははは!

  章くんって、ホン……ットににおもしろいね」


 「わっ、笑うことないだろー。こっちとしては切実なんだから」


 「あはは、ゴメンゴメン。予想以上の反応だったから、もうおもしろくておもしろくて。

  ―――うん、でも章くんがビックリするのも当たり前だよね。

  前に作ってきたお弁当、ひどい出来だったし」


 「それは、その……」


 演技の問題とは次元が違うが、これも積極的に肯定もできなければ、

 あんな反応をした手前、否定もできない。



 「前科持ちなんだから、しょうがないよね。

  でもね、今日のにはちょっと自信があるんだ。

  だから……ね?」


 そういって、以前にも見たことがある弁当箱を差し出してくる怜奈ちゃん。

 相変わらず何の変哲もない弁当箱である。

 だが問題は箱の外見ではなく、その中身だ。



 「…………」


 再びベンチに座り、膝の上に乗せた弁当箱としばし見つめあう。

 ステンレス製のそいつは、心なしか前より自信ありげにも見える。


 今度は怜奈ちゃんに視線を移してみた。


 ―――意味ありげな頷き。

 多分、GOサインなんだろう。


 もはや後には引けない。

 行け、行くんだ桜井章! お前も男だろっ!




 ―――パカッ




 「おおっ!?」


 意を決してあけた箱の中、そこに広がっていたのはかつての異次元空間ではなかった。


 ……ごく普通の弁当、という表現は失礼に値するんだろうか。

 ともかく、一目見てちゃんとした弁当だと認識することはできた。

 前とはえらい違いである。



 「どう……かな?」


 「うん、見た目はいいと思うよ。

  えっと……じゃあ、いただいちゃっていいかな?」


 「うん。どうぞ召し上がれ」


 「じゃ、遠慮なく―――いただきます」


 多少芝居がかった動きで手を合わせてから、新生・怜奈ちゃん弁当へと箸を伸ばす。

 とりあえず、玉子焼きをば……。



 「んぐんぐ……」


 「どう……かな?」


 「もぐもぐ……」




 これは―――!




 「うん……かなりいいと思う。美味しいよ、怜奈ちゃん」


 「ホント……? ホントにホント!?」


 「本当だって。自信もっていいと思うよ」


 「っ〜〜〜はぁー……よかったぁ」


 声にならない声で喜びを吐き出し、続いて今度は不安を大きなため息で不安を吐き出す怜奈ちゃん。

 よっぽど緊張してたんだな……。



 「えへへ……あれからちょっとずつ練習したんだ。

  上達したら、章くんに食べてもらえるって約束してたし、頑張ったんだよ?」


 「うん。お世辞抜きに、前とは比べ物にならないくらい美味しいよ」


 「まだ、章くんの妹さんみたいにはいかないかもしれないけど……」


 「あやのは年季が入ってるから、まあしょうがないんだけどね」


 いくら練習したとは言え、半年やそこらで追い越されたんじゃ、今度はあやのの立場がないってもんだ。

 料理道、奥深しだな。



 「ホント、よかった……」


 「ん? 何か言った?」


 「ううん、何でも。さあさあ、玉子焼きだけじゃなくて、他のも食べてよ。

  今日のは全部、自信作なんだから」


 「それじゃ、遠慮なくいただくよ」


 それからは怜奈ちゃんも自分の弁当に手をつけ、しばしランチタイムとなった。





 ………





 ………………





 「ふぃ〜……ごちそうさま」


 「お粗末さまでした」


 ―――平和だ。

 一歩間違えば戦争のような様相を呈していた前回の昼食と違って、

 今日はひたすら和やかで、平和な昼時だった……。

 なんと言うか……ひとまず、怜奈ちゃんの成長に感謝しておこう。



 「……今日はありがとう」


 「いやあ、弁当はお世辞抜きで美味しかったって。

  また食べたいぐらいだよ」


 「もう、お弁当の話じゃなくって。

  今日のこと全部だよ」


 そこで、さっきまで心から嬉しそうだった怜奈ちゃんの表情に、微妙な影が落ちる。



 「気を……つかってくれたんだよね」


 「……怜奈ちゃん」


 伏し目がちで、あからさまに落ちたトーン。

 そういう怜奈ちゃんは、あまり見たことがなかったし、見たくもなかった。



 「ゴメンね、迷惑かけてばっかりで……。

  そんなつもりはなかったんだけど……私は―――」


 「違うよ」


 「えっ?」


 「僕が今日、怜奈ちゃんを連れ出したのは、気をつかったからなんかじゃない

  そんなのじゃなくて、単純な理由―――」


 少しだけの溜め。

 そんな、ほんの一瞬の動きで、ここに二人だけの世界が形成される。



 「怜奈ちゃんには……いつも笑っててほしいから。

  悩んだり、悲しそうな顔してる怜奈ちゃんは見たくないから」


 「章くん……」


 「そういうのも、怜奈ちゃんの一部だってのは分かってる。

  だけど、やっぱ笑顔が一番似合うからさ。

  それが、怜奈ちゃんらしさなんだと思うんだ」


 「私……らしさ」




 「僕には、怜奈ちゃんが抱えてる辛さとか、かかってる期待の重さとか分からないけど……。

  でも、もし仮にみんなが怜奈ちゃんに求めるものがあったとしても、それはそういうのに苦しんでる怜奈ちゃんじゃない。

  もちろん、志木高のアイドルとしての怜奈ちゃんでも、部長としてでも、主演としてでもない」


 「…………」


 「だって、怜奈ちゃんは怜奈ちゃんだから。

  空木怜奈、それ以上でもそれ以下でもない……そう思うんだ」


 「私は私……そういうこと、だよね?」


 怜奈ちゃんの言葉に、ただ頷くことで返す。



 「みんなが好きなのは、そのままの怜奈ちゃんだから。

  だから、みんなの期待に応えるとか、背伸びすることなんてないよ」


 「あきら……くん」


 その時、目の前の少女の頬を雫が一筋つたった。



 「わわっ!? ごっ、ごめん怜奈ちゃん!

  急にこんな、分かったみたいな変なこと言って……」


 「違うの! 違うの……章くん……」




 「嬉しかったから……そういう風に言ってくれて……。

  章くん、嘘は言わないから……だから、言葉が心にスーッと染みこむみたいで……。

  本当に思ったことを言ってくれてるのが分かるから……」


 涙はとめどなく、むしろ勢いを増して流れ続けている。



 「人って……嬉しい時も泣けちゃうんだね……。

  初めて知ったよ……」


 もし涙に種類があるのなら―――綺麗な涙ってのは、まさに今の涙だろう。

 清らかという言葉はこの時のためにあるんじゃないかって思えるぐらい、美しさを感じさせた。



 「うん……章くんのその言葉を聞けたから、また頑張れそうな気がする」


 「……そっか」


 涙を流しながらも、怜奈ちゃんは最高の笑顔で笑ってくれた。

 怜奈ちゃんには笑顔が一番だと、そう思わせる笑顔で。




 「―――やっぱり、章くんがいてくれてよかったな……」


 「え?」


 「ううん、なんでもない。

  ……それより章くん、この後はどこに連れてってくれるのかな?」


 「え、この後……?」


 しまった―――何も考えていない。

 って言うか、目的はここまでだったから、“僕としては”考える必要もなかった。

 ……怜奈ちゃんに言わせれば違うらしいが。



 「あ〜あ、やっぱり抜けてるんだから。

  任せてーなんて言ってそんなんじゃ、、女の子に嫌われちゃうぞ?」


 「いや……もう仰る通りで」


 「しょーがないな。

  よ〜し、それじゃあこれから怜奈さんとウィンドーショッピングだ!」


 「へ〜い……」


 どうにも格好がつかないよな、これじゃ。

 とりあえず、今日はまだまだ帰れそうにないみたいだ。


 ……まあ、怜奈ちゃんの楽しそうな顔が見れるなら、これも役得かな。

 そういうことにでもしておこう、うん。






 「……ありがとう、章くん」


 すこし冷たくなってきた秋風に乗って。

 そんな呟きが聞こえたような気がした―――

 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life四十七頁、いかがでしたでしょうか?


 章テメーなに怜奈を口説いてやがんだって感じですが、

 本人にはそんなつもりは全くないのであしからず(笑)


 何気にその他の演劇部員も活躍してますね。

 割と動いてくれて作者としては助かったりそうじゃなかったり(笑)


 さてさて次回は、いよいよ怜奈エピソード完結編!

 ついに迎えた公演の行方は!? そして章が演劇部に呼ばれた理由が明らかに!?

 いつものごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ

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