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第四十六頁『悩めるアイドル』

 ―――カチッ




 物言わぬ目覚まし時計を、物言わぬままに止める。

 現時刻はアラームが鳴る1分前……珍しく、目覚ましより早く起きたというわけだ。



 「んっ……!」


 この土曜の早起きってのもなかなか大変だな。

 もし失敗しても、最終防衛ラインである茜ちゃんは来ないし。


 ―――自分だって大概は部活なんだから来てくれてもいいようなもんだが……それはさておき。

 まあ、今回は僕の都合だし、無関係の茜ちゃんを巻き込むのも悪いよな。


 さて、せっかくの努力を無駄にしないためにも、とっとと着替えて下に行くか。

 半分招待みたいな上に臨時とは言え、部員が部活に遅刻するわけにもいかないだろう。






 「おはよー、あやの」


 「あっ、お兄ちゃん。おはよう」


 ちょっと意外そうな顔のあやのに迎えられる。

 ……そういう表情は心外だぞ、わが妹よ。



 「ちゃんと起きれたんだね」


 「ん、まあ。一応は頼みごとを引き受けてる身だし。

  遅刻したんじゃカッコがつかないしね」


 頼みごと―――とは、この前に演劇部に頼まれた、演出の話である。

 今日の早起きも、土曜だが部活があるのでそれに合わせてのものだった。



 「カッコねぇ……。ホントお兄ちゃんってば、女の子絡みだと急にしっかりするんだから」


 「なっ!? いきなり何言ってるんだよ!?」


 「いいよいいよ、無理しなくっても。空木先輩は美人さんだしね〜」


 「あやの〜……」


 ……何なんだよ一体。



 「それよりお兄ちゃん、演劇なんて分かるの?」


 「そこは、それよりなんて一言で片づけてほしくないんだけどな」


 「もうその話はいいの。それで、どうなの?」


 ……最近、ますます茜ちゃんに似てきたな。

 こうやって強引にペースに持ってくところとか特に。

 やはりソフト部に入った影響か……。

 そしてそんな彼女達に翻弄され―――ああ、可愛そうな僕。



 「お兄ちゃん?」


 「ん……ああ、ゴメンゴメン」


 いかんいかん、うかつにボーっとしては墓穴を掘るだけだ。

 常に神経を研ぎ澄まして会話せねば。



 「演劇のことは……正直、あんまり分からないかな。

  手伝うようになってそれなりに時間経つけど、まだまだ新しい発見ばっかりだし」


 「ふ〜ん……じゃあ何してるの?」


 「何してるって……そりゃ、前も言ったけど、演技の時の感情表現とか。

  一応、これでも原作者なんだし」


 「そうなんだ。へぇ……けっこう頑張って貢献してるんだね」


 「……どうなんだろう」


 「?」


 もちろん頑張ってはいる。これに関しては自信がある。

 ただ―――貢献具合でいけば、正直微妙な所だ。


 依頼を受けてからは毎日部活に出て練習を見ているが、その度にウチの演劇部のレベルの高さに驚かされている。

 一年の頃からその実力を遺憾なく発揮していた怜奈ちゃんはもちろんのこと、

 他の部員のみんなも、僕が素人目で見る限りでは相当な実力者ばかりだった。

 それこそ、今さら僕からのダメだしなんて必要じゃないくらいに。


 第一、いつもは僕みたいな役割の人間がいなくてもちゃんとした公演ができてるんだし、

 本当の所は僕なんて必要じゃないのかもしれない。


 ……そう考えると、僕の貢献度というのはどうなっているのか、疑問符がついてくる。



 「まあ、お兄ちゃんって普段はこんなんだけど、器用なところがあるから。

  きっと、空木先輩もそれを見越して頼んだんだと思うよ」


 「ん、まあそうかも―――」


 まあ、深く考えるのはよしておくか……と言うより、考えた所でどうしようもない。

 怜奈ちゃんに思惑があるのは間違いないけど、それは僕が考えたとしても分かるもんでもないだろうし。

 今は、受けた依頼にをこなすだけだ。





 ………





 ………………





 演劇部室に着き、一服する間もなくキャスト―――いわゆる役者だ―――はクラブハウス棟の裏へ声出しに行ってしまった。

 大道具の方は、照明や音響のスタッフも交えつつチーフの岡村さんことマリナちゃんを中心に作業を始めている。


 そんな中、僕はと言えば―――そのどれをも手伝う事もできず、地味に台本をチェックしていた。

 情けないが、ズブの素人にできるのはこれぐらいなのだ。


 とは言え、原作者だから一応それなりに話は頭に入っているものの、練習を続ける内に細かい修正なんかもあったりで、

 それなりに重要な作業だったりもする。自分がダメだしで何を言ったかの確認もできるし。


 最初の頃なんか、ダメだしのやり方も分からずに、ただただ平川さんの演出を横で見てるだけだったからな……。

 それから見れば、こうして自分で考えて動けるようになってきたのは、我ながら進歩だと思う。


 ……もっとも、それにしたって部員のレベルが高いのには変わらず、大した指導もしてないんだけど。

 怜奈ちゃんを初め、キャスト陣の台本は練習を始めたこの10日ほどで大量の書き込みがなされているのに対し、

 僕の台本は新品とさほど変わらない綺麗な状態を保っているのも、その証拠の一つだ。


 こう見ると、やはり役に立っているのかが気になるところだが……。

 まあ、忘れておくことにしよう。あっちは専門家、僕は素人なんだし。




 「それにしても―――演劇作るのって大変なんだな……」


 公演まではまだ後20日ほどあったが、部員のみんなはそれぞれ忙しく働いている。

 こんなにレベル高いのに、一体何をそんなにすることがあるんだろうとも思うが……。

 そこはそうでもないらしく、あれやこれやの課題が山積みらしい。

 これまた素人には分からないところではあったが、部長の怜奈ちゃんが言うんだから間違いないだろう。


 一本の劇を作るのに費やされる時間や労力を思うと、それこそ気が遠くなりそうだ。

 しかもそれだけのものをつぎ込まないと作品ができないんだから……ホント、大変な話だ。

 演劇部が吹奏楽部と並んでキツイ文化部と言われてるのは、伊達じゃないらしい。


 そして、そんな演劇部の部長をやりつつ、生徒会執行部の活動もこなしてる怜奈ちゃんって……やっぱ凄いんだな。

 アイドルである上に、志木高きっての才媛ってところだろうか?

 ……多分、本人はそう言われたくないんだろうけど。



 「章くん、お待たせ」


 「お疲れ、怜奈ちゃん」


 名前で呼ばれるのも、思ったより抵抗―――というか、照れはなかった。

 まあ、既に色んな人から呼ばれてるってのもあるから、今さらなのかもしれない。



 「お疲れって……まだ練習は始まってもないんだけどね」


 それもそうだ。声出しはウォーミングアップみたいなもんだし。



 「でも、あれって結構疲れるんじゃない?

  なんだっけ……あめんぼあかいなあいうえお?」


 「……合ってるけど、それだけやってるわけじゃないんだよ」


 「うん、まあ分かってるんだけど……やっぱ、印象に残るのはそれだからさ」


 このままいくと、本番までには全部覚えそうな勢いだな。



 「えっと……それで、何の話してたんだっけ?」


 「声出しが疲れるんじゃないかって話」


 「ああ、そうそう。それで、実際の所どうなの?」


 「う〜ん……私はあんまり思ったことないかな。

  さすがに最初の方は大変だったけど、今じゃそんなに。

  腹式呼吸とかで、腹筋は結構使うけど……もう慣れちゃったかな」


 「へぇ、そうなんだ」


 「今度、章くんもやってみる?」


 「ん……機会があればね」


 ……多分ないんだろうけど、そんな機会。



 「さてと……世間話はこれぐらいにして。ステージに行こっか」


 「了解」


 「アテにしてますよ、演出さん♪」


 「あはは……お手柔らかにお願いします」


 過度の期待は本当にカンベンしていただきたい。

 ともあれ、こんなやり取りを皮切りに、今度こそ練習が始まった。




 ………




 ………………




 ところ変わって、クラブハウス棟の共用ステージ。

 吹奏楽部やら合唱部なんかと交代で使うんだけど、今日は演劇部の割り当てだった。

 ―――なんて分かったような口をきいているが、演劇部の手伝いをするまで存在すら知らなかった場所でもある。


 そんな僕の無知っぷりはともかく、ステージ上では立ち稽古が行われている。

 で、僕はそれを見て、気になった点をちょこっと言うだけ。


 演出なんて大層な肩書きをもらっているが、仕事といっても所詮はその程度だ。

 原作者の意見ってのは貴重らしいから、頼りにはされてるみたいだけど……本人としては、そんな実感は微塵もない。


 ……って、こんな所で後ろ向きになることもないよな。

 問題は僕じゃなくて、部員のみんながどう思うかなんだし。

 頼りにしてもらってるなら、結果オーライということにしておこう。






 ―――パンッ!



 平川さんが手を叩く音を合図に、演技が一旦止まる。

 ダメだしタイムだ。



 「それじゃみんな集まって。今のところだけど―――」


 平川さんの指示はけっこう厳しい部分もあったりするんだけど、的確で分かりやすかった。

 怜奈ちゃんも頼りになるって言ってたし、相当の実力者なんだろう。

 ……今ひとつ、まだ打ち解けられてないのがちょっと気がかりだけど。



 「桜井くんは何かある?」


 「そうだね―――いや、特には。今の感じで大丈夫かな」


 「そう。……それじゃあ、今のところもう一回いくわよ」


 う〜ん……愛称で呼び合うまではいかなくとも、何とかまともに会話できるぐらいにはなりたいな。

 袖触り合うも多生の縁なんても言うんだし、せっかく知り合ったんだから仲良くしたいもんだ。






 そんなこんなで練習は続き。

 程なくして、怜奈ちゃんが出てくるシーンの練習になった。



 ―――と、それだけならどうってことないんだが、どうにも怜奈ちゃんの調子が悪いようだ。

 今も、セリフを噛んで場面を止めてしまった。



 「みんなゴメンっ!」


 「大丈夫、大丈夫。それじゃ、気を取り直してもう一回! よーい―――」



 ―――パンッ!



 平川さんが手を叩く音で、何事もなかったかのように場面が再開される。

 ごく自然な流れなんだけど、少し気になることもあった。


 怜奈ちゃんが進行を止めるのがたまたまなら、さして気に留めることもない。

 ただ、練習を見始めて10日間……今みたいに、彼女がそういうことの原因になる頻度は圧倒的に高かった。


 確かに演技は上手いし、部のナンバーワンを張ってる理由も何となくとはいえ分かるんだけど……。

 ただ、他のみんなに比べてやたらとミスが多い。

 上の空っていうか、集中しきれてないっていうか……。


 他のみんなも形は色々だったが、とにかく引っかかってはいるようだった。

 どうやら、いつもかもこんな感じ……ってことではないらしい。

 そりゃ確かに、本人の意思はともかくとして、ナンバーワンって言われてるんならミスを連発してるわけないよな。


 そして、だからこそ僕も気になるわけで……。

 それは演出助手としてだけでなく、友だちとしての感情でもあった。

 ……やっぱり、なにか思うところがあるんだろうか。



 「桜井くん、今のシーンで気になるところは?」


 平川さんの声で我に返る。

 いつの間にか場面が終わっていたらしい。



 「あっ、いや……そうだね。いいんじゃないかな」


 「……そう。それじゃ次のシーン―――」


 ううっ、今ちょっとだけ視線が冷たかったかも……。

 自分から関係を悪化させてどうするよ、僕。


 ……自分も人のこと言ってられないよな。

 ちゃんと集中しないと。






 ―――この後も練習は続いたが、怜奈ちゃんはやはり随所で細かいミスを犯し、

 僕としても演劇とは別の方面で気になる状態が続いたのだった。





 ………





 ………………





 「―――午前中の練習はここまでね。1時間経ったら、今の続きから再開するから。

  じゃあ、解散!」


 平川さんの声かけで、部員のみんなが散った。

 僕もあやの様謹製の弁当をいただくとしますか……。

 休みの部活の時まで作ってくれるんだから、ありがたい話である。


 これぐらいの敬意をはらってもバチは当たらない。

 ……本人いないんだからやってもしょうがない部分はあるが。

 その辺は突っ込まないでおこう。




 それにしても、どこで食べたものか?


 ホール内は一応飲食禁止ってことになってるから、おおっぴらに食べるのは気が引けるし、

 さりとて部室の空気に入り込んでいける程の勇気はまだ持てないし……。



 「……久しぶりに屋上でも行ってみるか」


 今日は天気もいいし、絶好の屋上ランチ日和だ。

 これから寒くなってくると中々外で食べられないし、今のうちに堪能しとくのもいいだろう。

 それに、ずっと締め切った屋内にいたから少し外の空気も吸いたいし。

 ―――おおっ、行かない理由がないじゃないか。


 早くみんなとランチできるくらいに仲良くなれるといいなと思いつつ、一般教室棟の屋上へと向かった。










 重い鉄製のドアを開けると、少し冷たい秋風が吹きつけてきた。



 「やっぱ屋上はいいなあ……」


 思わずそんな呟きも漏れる。

 気候に左右されるものの、それさえ満たせば見晴らしもいい上等な昼食スポットだしな。


 とか言ってここの所はあんまり来てなかったけど……。

 まあ、生徒会室で食べることも多かったし、仕方ないか。


 などと、自分への言い訳もそこそこにして、一人のランチタイムを始めようとした時だった。



 (怜奈ちゃん……?)


 屋上のフェンス越しに、志木ノ島の風景を見下ろす長髪の少女―――怜奈ちゃんの姿があった。


 何でこんな所にいるんだろうか……。

 他の部員たちは、みんな部室にいるってのに。



 「…………」


 怜奈ちゃんはこっちに気づいてないみたいだったが、彼女を無視して黙々と食事できるほど関心がないわけがない。

 早い話が、気になるってことだ。


 なぜって、背中から伝わる雰囲気がいつもと違うから。

 放っておいた方がいいのかもしれないけど、そうするのがいいとも思えない。



 「こんな所でなにしてるの」


 だから、何気ない動作に何気ない言葉で横に並んでみた。



 「章くん……」


 怜奈ちゃんは一瞬驚いたような表情を見せたものの、すぐにそれも無くなり、再び視線を島の方へと移した。



 「私は……ちょっとした気分転換、かな。そういう章くんは?」


 「僕の場合は逃避行ってとこ」


 「逃避行?」


 「部員のみんなの輪に入ってく勇気がもてなくてさ……それで、外の風に当たるついでに屋上でご飯にしようかな、と」


 「あはは……そうなんだ」


 苦笑はしているものの、何となく気持ちは汲みとってくれてるような、そんな声だった。



 「ゴメンね、私のせいで」


 「あっ、いや……そういうつもりで言ったんじゃなくて。

  みんなと仲良くできてないのは僕の問題なんだし、怜奈ちゃんは気にしなくていいから」


 「くすくす……ありがと、章くん」


 何がおかしいのか分からなかったが、とりあえず誤解はとけたみたいで一安心。




 「あ〜、やっぱり章くんのこと、呼んでよかったな」


 「?」


 「章くんと話してると、細かい事とか気にならなくなるもん。不思議だよね」


 「そりゃどうも」


 そう言われても本人には自覚がないもんだから、イマイチ気のない返事になってしまった。



 「あー、信じてないでしょ? ホントのことなんだからね」


 「いやいや、信じてる。信じてますって」


 「……ホント、章くんには感謝してるんだからさ」


 「怜奈ちゃん……」


 何故だろうか。

 冗談めいた楽しい会話なはずなのに、怜奈ちゃんに影が見えるのは。



 「まあ、本業のほうで貢献できてるかどうかは微妙だけどね」


 「そこも大丈夫。ともちゃん、確かにあんなんだけど、章くんことアテにしてるんだから。

  だから、もっと自信もっていいよ」


 「そっか。じゃあ、そういうことにしとくよ」


 あの態度を見てそう言うんだから間違いないんだろう……多分。

 人を表面的なものだけで判断するなという例だと思っておこう。




 「―――貢献できてないのは、むしろ私のほうだよね……」


 「…………」


 やっぱり、表情も声もそんなことはないのに、どこか今日の怜奈ちゃんは暗い。

 こんな怜奈ちゃんは初めてだった。



 「調子よくないの、章くんでも分かっちゃってるよね」


 「それは……」


 「無理しなくてもいいんだよ。自分が一番よく感じてるんだから」


 怜奈ちゃんの言うとおりだった。

 自分のことは自分が一番よく分かる、怜奈ちゃんクラスの実力があるなら、なおさらのことだろう。



 「……ダメだね、演劇に集中できてないなんて」


 「…………」


 自嘲気味に笑う怜奈ちゃん。

 彼女らしくないと思ったが、一歩踏み込むこともためらわれた。



 「“何か気になることでもあるの?”」


 「えっ?」


 「そう聞きたいって、顔に書いてあるよ」


 「怜奈ちゃん……」


 「どう?」


 「……当たり」


 僕の口調を真似た言い回しで、見事に僕の本心を当ててみせてくれる。

 ……どうやら、僕はとことん隠し事ができないタチらしい。



 「気になることはね……あるよ」


 僕が聞くまでもなく、怜奈ちゃんは話をしてくれた。

 妙な気を遣わせてしまったようで少々バツが悪かったけど、聞けるもんなら聞くとしよう。




 「章くんさ、進路希望調査ってもらった?」


 「うん、こないだのホームルームで」


 『無理に決めることはないけど、早く決めるのに越したことはないわよねー』なんて言いながら、華先生が配布していた。

 ……もっとも、無理に決めることはないなんて言うもんだから、“進学”とだけ書いてとっとと提出してしまったが。

 しかも進学かどうかも曖昧というオマケつき。

 果たしてそれで意味があるのかどうかって話だが……僕のことはひとまずいいだろう。



 「なんて書いたの?」


 「一応、進学ってだけ。華先生はそれでいいって言ってたし」


 「あはは……それはあの先生らしいといいますか、何といいますか、だね」


 「全くその通りなんだけどさ……。怜奈ちゃんは何書いたの?」


 「私は……」


 そこでしばらく黙る怜奈ちゃん。

 物事に関して、どっちかといえばスパッと言い切るタイプだと思うけど、こうして黙るのは珍しいな。

 言いにくいことなんだろうか?




 「……白紙」


 「えっ?」


 「白紙で提出しちゃったんだ、あのプリント」


 今日は怜奈ちゃんに驚かされることが多いが、それでもこのセリフは最大級の驚きを提供してくれた。

 白紙……って。




 「夢がね、ないの」




 視線を志木ノ島の街にやったまま、感情を込めずに、怜奈ちゃんはそう言い切った。

 そうすることは、逆に彼女の中での事態の大きさを伝えた気がする。



 「優子も未穂も、自分の目標に向かって頑張ってる。

  それはそれですごいことだと思うし、親友として応援したいなって思うんだ。

  だけど私は……。改めて振り返ってみると、何もなくて」


 「怜奈ちゃん……。

  でっ、でも怜奈ちゃんは演劇部長として、それに主演としても頑張ってるし。

  何も、今すぐ目標とか見つけなくても―――」


 何とかフォローしたくて、必死で探した言葉。

 だけど、それは逆に地雷でもあった。



 「演劇部長に主演か……。章くんの言う通り、頑張ってるのは間違いないよ」


 そこでまた、怜奈ちゃんはあの自嘲気味の笑いを見せて。



 「―――でもね、かけられた期待には応えられてない」


 ただそれだけ言った。



 「それは……」


 “そんなことない”の言葉が続けられない。

 だって、ついさっき怜奈ちゃんの調子が悪いことを肯定したばっかりだから。




 「進路のことだってそう。みんな、『空木さんなら、なんだってできるよね』って。

  やりたいことすら見つかってないのに……」


 「…………」


 何も言えなかった。

 僕も怜奈ちゃんが言う“みんな”と同じ考えを持っていたから。


 そう思われたくはないって分かってたから、考えないようにはしてたけど……。

 心の片隅に、ほんの僅かながらそう思っている部分があったから。

 だから、何も言えなかった。



 「才色兼備の志木高のアイドルなんて、みんなに期待かけられても結局それに応えられない。

  そんな肩書きだけで、何もできない。何かできるように見せてるだけ」


 ただただ自分を卑下する怜奈ちゃんだったが、彼女を止める術は、

 まして癒してあげられる術は、今の僕は持ち合わせていなかった。



 「そのくせ、仲のいい友だちはやりたいこと見つかってるからって、焦ってみたり……」


 「…………」


 二人には悪いが、優子ちゃんと未穂ちゃんという、怜奈ちゃんの親友が明確な目標を持っていること、

 もしかするとそれが怜奈ちゃんの焦りにつながってしまったのかもしれない。



 「そんな事もあって、もしかして私は空っぽなのかなとか、私ってなんなんだろう……って考えちゃって。

  だからなのかな、余計なこと考えて集中できないのは」


 「……そっか」


 何とか紡ぎだした一言は、とりあえず聞いたということを証明するだけの、味気も何もない言葉だった。

 ただ、他にいい言葉もなくて、何も言えなくて……歯がゆい。





 それからしばらくの沈黙があったが、先に口を開いたのは怜奈ちゃんのほうだった。



 「―――ここにはよく来るって言ったでしょ」


 「うん」


 「ここに来るとね、ちょっとだけ忘れられる気がするから……。

  広い景色とかって、そういう力があると思うんだ」


 怜奈ちゃんに言われ、改めて下界の様子に目をやる。

 確かに、非日常的な風景は細かいことなんて忘れさせてくれるような力を感じた。



 「ねぇ、章くん―――」


 そこで、初めて怜奈ちゃんの顔がこちらに向けられた。

 その表情はともすれば魅入られてしまうような、悲しくも美しいもので。



 「章くんには、何が見える―――?」


 その言葉は、悲しげながらも強い想いが込められてる気がして。

 だから、僕もしっかり答えなきゃいけないんだと思った。



 見えるもの……多分、景色のことなんかじゃない。

 怜奈ちゃんが意図する見えるものに関して言えば―――見えかけているものならあった。

 彼女の親友達が教えてくれたこと、それは確実に夢へとつながっていくものだった。

 そのおかげで、見えてきたものはある。


 ……でも、僕が怜奈ちゃんに言えることなんてあるのか?

 それこそ“期待に応える”ことなんてできるのか?


 二人みたいに道を示す……。

 そこまでいかずとも、そのヒントを示してあげることでもできるのか?




 「―――あはは、ゴメンね、変なこと聞いちゃって」


 「いや……。こっちこそゴメン、上手く言えなくて」


 結局、何の答えも出さないまま怜奈ちゃんの方からタイムアップが告げられた。

 またしても、なにもできない虚しさが積もる。



 「ううん、いいよ。いきなり言われても困っちゃうよね」


 言葉の通り、あまり気にしていないのか表情はさっきと違って明るい。

 少なくとも、僕にはそう見える。



 「話を聞いてもらえるだけでも十分だし。

  ―――それより、そろそろお昼にしない?

  早くしないと時間なくなっちゃうし。せっかくの妹さんのお弁当、無駄にしちゃいけないでしょ?」


 「あっ、ああ……そうだね」


 まるで拍子抜けしてしまうような変わり身の速さだったが、それでも元気がないよりはいい。

 とりあえず、表面上は元の怜奈ちゃんに戻ってくれたみたいだし。




 その後は、二人で屋上ランチにして昼休憩は終わった。











 そして午後練習。

 話を聞いてもらうだけで十分の言葉に偽りはないらしく、少しだけキレを増した怜奈ちゃんがいた。

 ただ、やはり本調子のようには見えない。


 そうは言っても、劇の方は待ってくれはしない。

 本番まで後3週間ほどだから、そろそろ練習も中盤戦かなって所だけど、時間はあるようでなかった。

 その辺は怜奈ちゃん―――もっと言えば、みんな分かっているだろう。


 主演や部長としての責任がそうさせるのか、あるいは集中できないなりに没入することで気を紛らわせているのか……。

 そこには、悩めるアイドルの姿があるような気がした―――


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life四十六頁、いかがでしたでしょうか?


 悩める怜奈、そしてまた首を突っ込む章とおなじみの展開な気もしなくもないですが……それも宿命ということで(^^ゞ

 次回以降もよろしくお願いします。


 ちなみに、章が演出助手という感じで仕事してますが……通常ではありえませんので(^^;

 たとえ原作者がいたとしても、感情はあくまでキャストや演出が読み取るものです。

 これは物語ということで章がああいうポストにいますが、あしからず。


 さてさて次回は怜奈編第三弾。悩めるアイドルに、章が手を差し伸べる!?

 いつものごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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