第三十九頁「決着のドラマチックラン」
『―――以上をもちまして、午前中のプログラムを終了します。
この後は昼休憩になります。選手のみなさんは、しっかり昼食を摂って―――』
報道委員によるアナウンスがグラウンドに響きわたる。
……もう昼か、なんだかあっという間だったな……。
……それも特に、二人三脚が終わってから。
競技に出ていないっていうのもあるかもしれないけど、それ以上の何かがある気がする。
―――”何か”なんて抽象的な言い方する必要もないか。
答えは分かりきってるんだし。
『ねぇ章……前からそうだったけど……最近、特に福谷さんと仲良いよね?』
『文化祭も一緒に回ってたし、今日の障害物競走だって、なんか楽しそうだったし』
……なんだったんだろう、さっきの茜ちゃん。
あんなこと、今まで聞いてきたことなんてないのに……。
それに、僕自身もどうかしてる。
茜ちゃんが言ったことにあんなに動揺させられるなんて、それも今までなかったこと……。
そんなおかしな……いつもと違う二人でやった二人三脚。
上手くいくはずないよな。
本番で転んだことなんて一度もなかったけど……冷静になって考えれば、あんな状態なら当然か。
……結局のところ、あのことに気をとられたままボ〜っとしてたから……だから、こんなに時間が経つのが早い気がするんだろうな。
「はぁ……ホント、どうしたんだろうな」
ため息と一緒に、思わず独り言も漏れる。
……そうとう重症かもしれないな、こりゃ。
『……ゴメン、変なこと言ったね、あたし』
―――あの時、なんであんなこと言ったのか、ちゃんと聞き返せばよかった……。
「どうしたんだよ章? 辛気臭い顔しやがって」
「圭輔……」
「大丈夫なのか?」
「光……。うん……一応は」
「―――ハァ、それが大丈夫なヤツの声かよ」
半ば呆れたように光が言った。
……まあ、確かにあまり大丈夫じゃないかもしれない。
「……さっきの二人三脚、どうせアレのことを考えてたんだろ?」
「まあ、そんなとこ。茜ちゃん、どうしたのかなって思ってさ」
「なにかあったのか?」
「……ちょっと、ね」
あまり人に言える内容でもないし、適当にお茶を濁しておく。
光も光で、そこまで深く追求するつもりはないらしい。
「おいおい、ハレの体育祭に、そんな暗い顔すんなって!
景気の悪い話してねぇでさ、飯でも食ってパーッと行こうぜ、パーッと!」
「だな。圭輔の言うとおり、食うもん食わないと、午後までもたないしな」
「うん、そうだね……じゃあ、お昼にしようか」
僕がこんな状態じゃ、あんまり深く考えてもしょうがないか。
それに、当の本人である茜ちゃんがいないんじゃ結論の出しようもないし。
二人の言うとおり、ひとまずご飯でも食べて気分を変えよう。
―――昼と言えば……何か忘れてるような……?
「―――っと、そうだった。
二人とも、よかったら弁当食べにこない?
あやのがちょっと気合いれすぎちゃったみたいでさ、量がすごいことになっちゃってるんだ」
「おっ、行く行く! あやのちゃんの弁当だもんな、味のほうも気合入ってるんだろ!?」
「お前なぁ……自分の弁当だって山ほどあるだろうが?」
「うるせぇよ! 俺はさっきから死ぬほど腹減ってんだ。
……大体、そういう光だってどうせ来るんだろが?」
「まあ、せっかく桜井兄妹に招待されてるんだしな。
無下に断る理由もないだろ」
「ったく、素直じゃねぇんだからよ」
……この二人と一緒なら、悩みもとりあえずは忘れられそうだな。
せめてお弁当タイムぐらいは平和に過ごしたいもんだ。
一通り話もまとまった所で、僕たちはあやのが待つ白組の待機場所へと向かった。
………
………………
そういうワケで敵陣にやってきたのだが……はたしてあやのはいた。
―――ついでに翔子ちゃん、そして茜ちゃんも。
「あっ……章」
「茜ちゃん……」
さっきの二人三脚以来、初めての会話がこれ。
きっ、気まずい……。
茜ちゃんも、なんだかやりにくそうだし。
「どうしたのお兄ちゃん? 早く座ったら?」
「あっ、ああ……そうだね」
何も知らないであろうあやのに促され、ようやく座る。
だが、それでも空気は変わらない。
「…………」
「…………」
なんとなく―――本当に理由なんてないのだが、空気が重い。
別に茜ちゃん以外とは普通に話せるはずなのだが、それでも口が開かない。
茜ちゃんも似たような感じだった。
おかげでスペシャルな弁当にもイマイチ箸がのびない。
こんな時でもバクバク食べれる圭輔がうらやましいよ……。
それはともかく……さっきまではとりあえず忘れることにしていたが、本人を目の前にしては話は別だ。
しかも茜ちゃんがこの様子だと、気にせずにはいられないと言うか……。
「お兄ちゃん……どうかしたの?
茜さんもさっきから様子が変だけど……」
「まあ、コイツらはコイツらで色々あるんだろ」
光は色々だなんてまとめて言ってくれるが、そう簡単にいけばこんなに悩んでないっての。
「そう言えばあやのちゃん、愛美ちゃんと小春ちゃんは?
俺はてっきり、一緒にいるもんだと思ったんだけど」
「あっ、はい。愛美は委員会の仕事があるとかで本部の方に行っちゃいました。
ハルは……その、お昼休みになるなり、西園寺先輩を探しに飛んでっちゃって……」
「まあ、あの娘らしいな……って言うよりは、いつもと変わらないだけか」
―――なるほど、それでこのメンバー編成か。
偶然とは言え、おかげでちょっと面倒なことになってるけど。
「あ〜あ……二人してなにやってんだか」
茜ちゃんと僕を交互に見ていた翔子ちゃんが、会話がひと段落したところで唐突に言った。
「別に。どうってことないわよ」
「そう見えないから言ってるんだけど……ねぇ章?」
「僕に振られてもなぁ……僕だって、別にどうってことないと思うし」
「……こういう所だけは気が合うんだから不思議よね、この二人って」
翔子ちゃんも好き勝手言ってくれるよ……。
「…………」
「…………」
別に何でもないと言いつつも、結局二人の間に会話はないままだ。
そのせいか、弁当の味もよく分からない始末。
どことなくみんなも盛り上がれきれてない感じがする。
多分、僕達のせいだよな……ちょっと申し訳ないかも。
―――翔子ちゃんじゃないけど、なにやってんだかな。
もどかしいと言うか、歯がゆいと言うか……。
そんな軽い焦燥感みたいなものを感じつつ、昼休憩が終わってしまった。
もちろん、茜ちゃんとはロクに喋れないままだ。
……こんなことは長い付き合いでも初めてだよな。
喧嘩したわけでもないのに会話がなくなるなんてこと、今までなかった。
戻りの道中、光が「落とし前はちゃんとつけろよ」なんて言ってたけど……。
落とし前なんて、僕にどうしろって言うんだか。
大体、茜ちゃんのことはおろか、自分で自分のこともよく分かってないって言うのに……。
「はぁ」
また一つ、ため息が漏れた。
………
………………
昼休憩が終わると応援合戦、マスゲームと続き、いよいよ午後の競技が始まった。
だが、赤組の旗色は決してよくはない。
まるで僕達の転倒に呼応したかのように、赤組全体の成績も下降気味だ。
そのおかげで午前中の時点であったアドバンテージは消滅。
今や白組を追いかける立場となっていた。
そんな状況で迎える、僕が個人で出場する最後の種目でもある借り物競争。
今はその召集場所まで来ていた。
ルールは簡単。スタートしたら目の前においてある封筒にダッシュ、中の紙に書いてある物を持ってきた上でゴールすればいい。
ただ、志木高はよほど手をつながせるのが好きなのか、お題が人の場合は手をつないでゴールしないと失格だ。
「桜井、大丈夫か? 表情に迷いが見えるぞ?」
「京香ちゃん……うん、まあそれなりに……」
「あいまいな返事だな……表情といい声色といい、こちらまで不安になってくるぞ」
僕としては表に出してるつもりは全然ないのだけど、京香ちゃんにまで心配をかけてしまってるみたいだ。
「ごめん、京香ちゃん」
「……ふむ。今は集中しておけよ。
レクリエーション競技といえど、ここから先は落とせる競技などないからな」
「そうだね……僕一人のせいで負けるワケにはいかないもんね」
「うむ。―――それに、だ」
「ん?」
「気の迷いはケガにつながる。勝負以前に、まずは体が資本なのだからな。気をつけておけよ」
「……ありがとう」
言葉は不器用ながらも、そこには京香ちゃんなりの優しさが見え隠れしていた。
そんな優しさが、今の僕にはありがたい。
「そういえば京香ちゃん、お昼はどうだったの?
小春ちゃんと一緒だったって聞いたけど」
「うっ……そのことは聞いてくれるな。
お前もそこまで知っているのならば、大体は察しがつくだろう」
さっきまで真剣そのもの、切れ味のある表情をしていた京香ちゃんの顔が歪む。
……まあ、やっぱり想像通りってところか。
光じゃないが、小春ちゃんは基本的にいつもと変わらないらしい。
「それにしても、京香ちゃんがレクリエーション種目に出るなんて……なんだか意外だな」
「まあ、そうかも知れんな。他の競技との兼ね合いもあってな。
結局、私がこれに出ることになった」
京香ちゃんなら多少借り物で出遅れても、身体能力でカバーできそうだからある意味では適任かもしれないけど。
あえてそこは言うまい。
「それより桜井、そろそろ競技が始まるぞ。行こう」
「あっ、うん。
―――えっと、京香ちゃん」
「どうかしたか?」
「その……ありがとう。心配してくれて」
「……今のそなた、見ておれんのでな。
桜井がそれでは、私……いや、2−Aの面々も張り合いがあるまい。
人である以上、迷うのは仕方がないことだ……だが、それを越えることができるのもまた道理」
「…………」
「気にするなとは言わん。だが、答えは必ずあるということを忘れるなよ。
―――ともかく、今は頑張ろう。さあ、行くぞ」
言うだけ言うと、京香ちゃんは先に歩いていってしまった。
答えは必ずある、か……。
確かに、周りのみんなに心配かけてまで悶々とするよりは、焦らずにそいつを探したほうがいいかもしれない。
忘れよう忘れようとするあまり、逆に気にしすぎてたのかもしれないな。
―――そうだな、今はとにかく頑張ろう。ただそれだけだ。
………
………………
そして、いよいよ競技が始まった。
京香ちゃんは、何のカードを引いたか知らないが、小春ちゃんを引っ張ってダントツのトップでゴールしていた。
……小春ちゃんが必要以上にくっついていたのは言うまでもない。
本日三度目のスタートラインに立つ。
思えば今日の体育祭、一人で競技をするのはこれが初めてだ。
だが、一人でも二人でもやることは変わらない。
走って、そして勝つ!
今はそれだけを考えるんだ。
「位置について。よーい―――」
スターターが構えられる。
……いよいよだ。
―――パンッ!
一瞬火薬の臭いがした後、選手が横一線で走り出す。
多少出遅れたけど、これぐらいならどうってことない。
借り物で挽回すればいいだけだ。
台の上に並べられた封筒の内、適当に一番右端にあったものを取る。
はやる気持ちを抑えつつ、封筒の中身を確認する。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか―――
『クラスの女子』
折られた紙を広げて出てきた、縦書きの文字。
それを見た瞬間、一人の女の子の顔が即座に思い浮かんだ。
この条件に見合う人物ならたくさんいる。
だが、一番最初に頭に浮かんできたのはその娘のことだった。
お題を見て一秒と経たない内に、一目散に2−Aの待機場所へと駆け出す。
―――彼女はいないかもしれない。
だけど、不思議とその可能性はないと信じている自分がいた。
大して探しもしない内に、彼女の姿を見つける。
見慣れたその姿は、自分の席に座っていた。
「一緒に来て!」
少女に向かって、迷わず自分の右手を差し出す。
ルールだからとかじゃなく、自然に体が動いていた。
言葉は少ないけど、これで意図は十分に伝わるはずだ。
少しためらう彼女。
突然だから戸惑っているのか、あるいは別の理由なのか。
―――だけど、そんなことは今はどうでもよかった。
手を取ってくれなければ、それまでのこと。
寂しい響きだが、そうとしか言いようがない。
だが、やがて少女の右手が僕の手と重なる。
さ迷うかのような手つきだったけど、確かな感触があった。
固く結ばれた手と手、そしてお互いに伝わる温もり。
同時に、不思議な安心感と、少しの高揚感に心が包まれる。
……そっか、だから僕はこの選択をしたんだな。
この感情、いつの間にか欠けてしまっていたこの気持ちを取り戻すために。
この先は障害も何もない……後はゴール目指して、二人で一緒に走るだけだ。
手を引き―――いや、手を取り合って一気にゴールまで駆け抜ける。
ついてくる走者はいない。僕達の独走だった。
係の体育委員にカードを見せる。
紙と、連れてきた女の子を交互に見る係員。
ちゃんとお題と借り物が一致しているか、その確認のためだ。
―――やがて、すぐに彼はうなずいた。
これにて一位確定、短いレースも終わり。
確かに短かったけど、それでも……何と言うか、感慨深かったな。
「来てくれてありがとう―――茜ちゃん」
カードを見た瞬間、一番最初に浮かんだのは他の誰でもなく、茜ちゃんの顔だった。
同じクラスの女子なんて、それこそ20人近くいるが、何の迷いもなく彼女を選んでいたのだ。
「ううん。よかったね、一着で」
何気なく茜ちゃんの顔を見てみる。
……別段変わった様子はない。昼よりは、いつもの表情に近い気がするのは……気のせいじゃないだろうな。
「それより、お題は何だったの?」
「えっと―――“クラスの女子”」
「へっ?」
「いや、だから“クラスの女子”だって」
「……それだけ?」
「まあ、それだけだけど」
……なんか引っかかる言い方だな。
「―――なーんだ。封筒取るなり、一直線でこっちに向かってくるから何だったのかと思ったら。
意外と何でもないお題だったのね」
「なんでもないって……じゃあ茜ちゃんはどんなお題だと思ってたのさ?」
「そう言われると難しいけど……ソフト部の女子とか?」
多分、それでも考えたこともそれからの行動も一緒だったろうな。
って言うか、それもそこまで大層なお題とは思えないが。
「確かに簡単なお題かも知れないけど、パッと思い浮かんだのが茜ちゃんだったから。
だから、気づいた時にはもう走ってた」
「ふ〜ん……別にあたしじゃなくても、女子ならたくさんいるのに?」
「それはそうだけどさ―――何て言うか、ほら、直感だよ直感!」
「直感?」
「そうそう。一番最初に茜ちゃんのことを考えたから。
だから茜ちゃんを信じた、そんな感じだって」
「……そっか」
自分でも、“直感”以外の表現方法が見当たらなかった。
今になって冷静に考えてみれば、茜ちゃんが一番に浮かんだ理由なんてそれぐらいしか思いつかない。
もしかして、昼のこともあったし来てくれないかも、なんて少しは思ったりもしたけど。
でも、なぜかあの時は茜ちゃんじゃなきゃいけない気がしたんだ。
それは多分―――いや、ここはとりあえず一番最初に思いついたからだと、そういうことにしておこう。
結果は出たんだ。細かい過程なんてどうでもいいじゃないか。
「―――こっちこそ、ありがとね……章」
「えっ、なんか言った?」
「……ううん、やっぱ、何でもない」
何か聞こえた気がしたけど……まあ、周りも騒がしいし、気のせいかな?
「それより章、この後の騎馬戦も頑張りなさいよ!
もうどの競技も負けられないんだから」
「分かってるって、任せてよ」
気づけば茜ちゃんはいつもの笑顔で笑っていた。
そして僕も、いつもの調子で茜ちゃんと言葉を交わしていた。
さっきまでの重い雰囲気がウソみたいに、二人で笑い合えていた。
やっぱり茜ちゃんとはこうでなくちゃな……なんて考えてみたり。
………
………………
借り物競争が終わった後も競技は続く。
騎馬戦は接戦の末、赤組がなんとか競り勝ち、大きなポイントとなった。
さらに綱引きも赤組が勝利、これも大量のポイントにつながり、一気に白組との距離は縮まった。
だが、敵もさるもの。
細かくポイントを稼ぎつつ、ある程度の差以上には点差を詰めさせてくれない。
結局、勝負の行方は最終競技であるリレーに委ねられることとなったのだ。
残念ながら僕はこの競技には出場しない。
応援席から、ひたすらクラスの代表を応援するしかない―――はずだった。
「章! 急いでリレーの召集場所まで来てくれ!」
リレーが始まる少し前、転機が訪れた。
突然、リレー選手の圭輔がやってきてこのセリフだ。
「えっと……どういうこと?」
「代走だよ代走! 元は陸上部の谷川が出る予定だったんだけど、アイツ、今朝から体調悪かったみたいでさ……。
ムチャしたせいで、とても走れる状況じゃねぇんだ!」
「でっ、でも僕じゃなくても光とかだっているんだしさ……」
そりゃ僕だってそこそこ足は速い方だが、とてもじゃないがリレーの代表に選ばれるほどじゃない。
他の適任者だっていくらでもいると思うんだけど……。
「出場競技枠の関係でみんな出れねぇんだよ! ほら、一人2種目以上4種目以下ってやつ!」
「あっ……」
そうか、運動神経のいい主力のメンツはもう4種目エントリーしちゃってるんだ……。
「お前なら3種目だから、条件にも合うだろ!?
心配すんなって、お前の50m走のタイム、クラスで5番目なんだぜ? 十分すぎるぐらいだ。
だから……頼む!」
「―――分かった。僕が代わりに走るよ。
圭輔にそこまで言われて、ただ応援だけできるほど僕だって大人しくないしね」
「よっしゃ、それでこそ章だぜ! じゃあ急いできてくれ。
エントリーの再申請の締め切りまで、もう時間がねぇんだ!」
圭輔の言葉にうなずき、急遽追加されたラストランへと向かう。
―――ここまで来れば、とことんやってやるさ!
………
………………
「あっ、章!? もしかして、アンタが谷川くんの代わりなの!?」
「うん、まあね」
召集場所に着くなり、茜ちゃんに驚きを以って迎えられる。
まあ、無理もないよな。
「う〜……まあ確かに、条件にあうメンバーじゃ、アンタが一番足速いもんね」
「そういうこと」
「それに、茜と章ならバトンタッチも完璧でしょうし?」
ランナーの一人である翔子ちゃんが割って入ってきた。
「……そうだね」
「その自信……もう大丈夫みたいね。安心した
お昼の雰囲気を引きずってたらどうしようかなんて思ってたけど、余計な心配だったわね」
「うん。心配かけてゴメン、翔子ちゃん」
「いいのいいの。とりあえず、アンタ達が仲直りしたならそれで問題なし。
それより章、急に来たけどルールは分かってる?」
「実はよく分かってなかったりするんだけど……」
そういえば何も聞かないまま来てしまったけど、なんかあるんだろうか?
「いい? このリレーは、各クラスの男女各2名の代表で走るわ。
それで、さらにクラス内で2グループを作って、それを組内で組み合わせてチームを作るの。
だから走るチームは4チームになるの、ここまではいい?」
「オッケー、大丈夫」
「私は圭輔と同じグループだから、章は茜と同じグループになるわね。
それで、赤組が勝つための条件なんだけど―――」
ここで翔子ちゃんが一息、タメを作る。
その動作が今から話されるであろうことの重大さを物語っていた。
「赤組の2チームによるワンツーフィニッシュ、これしかないわ」
「それってけっこう……って言うか、かなりキツイんじゃ?」
「そうね、状況はよくはないけど……でも、それしかない以上、やるしかないじゃない?」
「それは……まあ、そうだけど」
にしてもなぁ……相手だって代表チームなんだ、そうそう簡単に勝たせてくれるとは思えないし……。
「だ〜っ! なに弱気になってんだよ、章!
9回裏、代打で一発逆転サヨナラホームランなんて最高の場面じゃねぇか!」
「圭輔……」
「そうね。圭輔じゃないけど、弱気になってちゃ勝てるもんも勝てないし。
大丈夫だって章、あたしとアンタのコンビでしょ。スピードの差は、バトンでカバーしよ?」
「茜ちゃん……うん、そうだね。やれるだけやってみるよ」
「どうやら腹を括ったみたいね。
あっ、それから章、一つ言い忘れてたんだけど―――」
またしても翔子ちゃんのタメ。
これ以上の重大発表があるってことだろうか?
「あなた、アンカーだからね。頑張って」
「アッ、アンカー!? 本気で言ってるのそれ!?」
「まあまあ章。ここまで来たらどこで走ろうが変わらねぇって。
大人しく諦めて、気合入れて走れよ!」
圭輔め、引き込んだ本人のクセに軽く言ってくれる。
覚えとけよ。
「章」
不意に、後ろから今度は茜ちゃんに声をかけられた。
「大丈夫、章ならできるって。
だから……頑張ろうね?」
「茜ちゃん―――うん、やってみるよ」
……そうだ。バックには最高の仲間が控えてる。
たとえ走るのは一人だとしても、孤独じゃない。
そう思えば、たとえアンカーでもいけるはずだ。
後は、やれるだけのことをやるだけ。
……勝ってみせるさ、絶対―――!
………
………………
「位置について。よーい―――」
スタート係の声。
今日何度目にになるだろうか……だがそれもこれが最後。
そしてこのレースに、勝敗の行方はかかっている。
―――パンッ!
号砲一発、4チームが一斉に飛び出す。
まず頭一つ出たのは……白組か。続いて赤組が2つ、少し遅れて白組の片割れ。
悪くない位置だと言えるが、このレースは総勢18人ものランナーでつなぐ長丁場だ。
一人一人の距離が短いとは言え、最後まで予断は許されないぞ―――
………
………………
今、目の前で翔子ちゃんから圭輔へとバトンが渡される。
タッチはスムーズ、いい感じだ。
女子ながら大健闘した翔子ちゃん。
トップを走る白組との差を、縮めることこそできなかったが、離すことなく維持できた。
男子相手にこの結果は立派の一言だ。
その翔子ちゃんからバトンを受け取った圭輔は、白組に猛追を仕掛ける。
驚異的な俊足で距離をつめ、並んで―――そして追い越した!
さらにそのまま速度を緩めることなく走り続け、その差をさらに広げていく。
……残りのランナーはもう少ない。
あれだけ差があれば圭輔達のチームがトップになるのはほぼ確実だろう。
一方の僕らのチームは―――微妙なライン。
相変わらず3位につけてはいるが、正直なところ、普通にやってたら2位でのゴールは苦しいだろう。
……いや、諦めちゃダメだ。
チャンスは必ずある。最後の最後まで勝負は分からないぞ―――
………
………………
今度は三年の先輩から茜ちゃんにバトンが渡った。
2位の白組のランナーは女の子。
茜ちゃんはその娘との距離を、じわりじわりと、しかし確実につめる。
そんな彼女の走りを目で追いつつも、今度は僕がレーンに入る。
もう今日は立つことはないはずだったスタートライン、そこに再び立っていた。
高揚感も緊張もあったが、それでも不思議と落ち着いていた。
もっと言ってしまえば、負ける気がしない。
それこそさっきの直感……あるいはそれ以上に根拠のない感覚だ。
でも、そこに何の疑いも持っていない僕がいた。
真横を誰かが疾走する感じがした。
多分、赤組のもう片方のチームだろう。
これで勝利への第一条件はクリアされたことになる。
後は僕達のチーム次第。
後ろを振り返る。
茜ちゃんと白組の娘は……ほぼ横並びか。
―――アンカー勝負。
そんな単語が頭をよぎった。
だけど、ここで隣は見ない。目線は茜ちゃんに向けたまま。
徐々に近づく茜ちゃんを捉えながら、スタートをかけるタイミングを見計らう。
リレーなんてしばらくやっていなかったが、茜ちゃんとならぶっつけでもバトンタッチできるはずだ。
………
………………
―――ここだ!
目と目で合図を送りあい、絶妙のタイミングで力強く一歩目を踏み出す。
二歩、三歩……四歩目を踏み出した瞬間、後ろに伸ばした手に伝わる感触。
ここまでつながれてきたみんなの想い、茜ちゃんの想い―――それもまとめて受け取る。
そしてそれは最高のスタートとなり、十分な加速が乗った状態で体が前に進み始めていた。
あらん限りの力で走りつつ、前を見る。
白組のアンカーは男子。だが距離的にも実力的にもほとんど差はない。
だったら―――後は気力の勝負!
………
………………
最終コーナーを内角ギリギリをつきながら、限界の速度で駆け抜ける。
この時点で横並び。
まだだ……まだ決着はついてない!
………
………………
ゴールまでの最後の直線。
赤組の応援、白組の応援の両方ともが混じって大歓声を作り出していた。
その歓声の渦の中を全速力、あるいはそれ以上の力を振り絞ってひたすらに走る。
朝の遅刻寸前デッドヒートなんて比較にもならないぐらいの気合だ。
だが、それでも相変わらず白組のアンカーとの決定的な差はついていない。
少しずつ、その姿を大きくしているゴール。
どんどん残りの距離が短くなっていく。
20メートル、10メートル、5メートル……そして―――
作者より……
ども〜作者です♪
Life三十九頁、いかがでしたでしょうか?
体育祭の後編だったわけですが……サブタイに偽りあり(笑)
結果は次回をお楽しみに。
今回、久しぶりに茜をフィーチャーした話となりました。
とりあえず章と和解できた茜。
さらにリレーでは抜群のバトンタッチまでみせてくれました。
今後も、この二人の関係には要注目です。
次回は体育祭編最終章……ではなく(笑)
学祭の後のお楽しみ、後夜祭編です。長きに渡って続いてきた学祭も、いよいよ締めを迎えます。
どういった結末になるか―――それはいつものごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。
それではまた次回お会いしましょう。
その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ




