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第三十八頁「戸惑いのバトルデイ」

 ―――カチッ



 ……今朝は沖野のメッセージか。

 やけに軽いメッセージだったな。


 どうにもアイドルトリオはマジメなイメージがあるから、変に違和感があるんだけど……。

 まあ、僕が偉そうにどうこう言える立場じゃないか。




 メッセージはともかく、目覚めは快調だ。

 昨日は早くに寝ちゃったからな……やっぱ、疲れてたんだろうな。


 でも、疲れた甲斐もあってか―――は微妙だけど、とにかく文化祭は無事成功に終わった。

 バンド演奏の後に行われたクラス対抗の生徒会イベントも大盛況だったし。


 ちなみに、結果は接戦の末に明先輩擁する3−Cが僅差で優勝。

 2−Aも頑張ったんだけどな……いやいや、盛り上がったんだからそこはいいとしよう。


 それに、2−Aは模擬店の売り上げ部門では一位だったことだし。

 なんと言うか……時代の潮流に上手く乗っかった結果なんだろうか?

 メイドさん&執事パワー恐るべし、である。

 まあこういう結果なら……企画者の誰かさんも許してやるか。




 ―――こうして、長きに渡って準備してきた学校祭の本番も、既に3分の2が終了。

 残すはラストを飾る、今日の体育祭のみとなった。


 振り返ってみれば長いようであっという間だった約一ヶ月。

 まだ感傷に浸るのは早い気もするけど、今日でもうおしまいなのかと思うと、ついつい色々と考えてしまう。


 ……寂しいけど、時間は巻き戻りはしない。

 僕にできるのは、今日この体育祭を最大限に楽しむことだ。

 過ぎた時間を惜しむよりは、最後のイベントを目一杯楽しむほうが健全ってもんだろう。

 まだ終わったわけじゃない……最後まで、気を抜かないようにしないとな。



 ……と、決意を改めてみたところでカーテンを開ける。

 これで雨天延期とかになったら拍子抜けなんだけど……。




 ―――シャッ!




 小気味よい音と共にカーテンを開く。

 それと同時に差し込んでくるのは、朝のまぶしいぐらいの光たち。



 ……文句なしの快晴だ。

 いかにもな表現をするとすれば、体育祭日和。

 これで中止なら世の中間違ってる。



 「さて……それじゃ行きますか」


 思わず声も出る。

 なんだか体育祭という行事は、心を高ぶらせるような、そんな力を秘めてるんじゃないんだろうか。

 少なくとも、着替えるのにこんなに気合を入れるのは今日ぐらいなものだろう。


 そんな事を考えながら、着替えて下に降りた。




 ………




 ………………




 「おはようあやの―――って、おおっ!?」


 こっ、これは!?



 「あっ、お兄ちゃんおはよう。

  ……そんなに驚いてどうしたの?」


 「いや、だってこのテーブルの上……」


 食卓の上には、本日の弁当と思しき重箱が鎮座しておられる。

 近年稀に見るビッグスケール……こいつはすごい!



 「中身も見ていい?」


 「つまみ食いしちゃダメだからね」


 「分かってるって」


 あやのが釘さすのも聞き流しつつ、重箱の中身を確認する。

 から揚げ、玉子焼き、トンカツ、ウィンナー……あっ、タコさんになってるし。

 それからポテトサラダにハンバーグ、コロッケ、アスパラのベーコン巻き―――他多数。

 僕が考えうる、ありとあらゆる弁当のおかずがこれでもかと言うほど入っている。


 もちろん野菜やおにぎりも盛りだくさんで、栄養・ボリューム共に満点だ。

 ここまでスペシャルな弁当はそうそう見る機会はない。


 さすがはあやのだ……。

 こういう時って、料理上手を再認識させられるよな。

 普段一緒に生活してるし、毎日料理を食べてるから忘れがちだけど、改めてありがたみが分かる。



 「いやぁ……今日は気合入ってるんだな」


 「えへへ……まあね。今日のは自信作だよ。

  体育祭なんだし、お弁当も特別製にしてみたんだ。

  だから、いっぱい食べてしっかり力つけてね」


 これを食べれば否が応にも力がつきそうだ。

 あやのが自信作だと自分で言うんだ、味もかなり期待して間違いないだろう。



 「あっ、それから。

  これ二人で一つだから、お昼は一緒に食べようね」


 「そっか、それで昨日、昼が空いてるかを聞いてきたのか……。

  分かった。サンキューな、あやの」


 「どういたしまして。

  ……実はちょっと作りすぎちゃったから、友達も呼んできてね」


 確かに、この量を二人で完食するのは……不可能ではないが、絶対に午後の競技に支障が出る。

 どうやら、昼はにぎやかになるみたいだ。



 「あっ、でも……」


 「ん? どうしたんだ、あやの?」


 「お兄ちゃんと私って、別の組なんだよね。

  ライバルに塩を送るってのもどうかな〜と」


 「うっ……」


 なんて事を仰いますか我が妹君は!?



 「なーんてね♪ 冗談だよ、冗談。せっかくなんだから、お兄ちゃんもこれ食べて、しっかり頑張ってね」


 「恐いこと言うなよな……ホントに。

  あやのも頑張れよ」


 「うん♪」


 志木高に入って初めての体育祭だからか、あやのもいつもより嬉しそうな感じだ。

 それにしても、これで今から昼が楽しみだな。





 ………





 ………………





 「―――ちょっと新鮮な光景だな」


 教室にいるクラスメイト全員が、体操服に身を包み、ハチマキを首からかけたり頭に巻いたりしている。

 普段では絶対に見ることのできない、体育祭という日だけの特別な光景。

 去年も見ているはずだが、今年は学祭への意識が高いからか、より強い印象があった。


 僕も手に握りしめている赤ハチマキに視線を落としてみる。

 2−Aは赤組だ。


 志木高の体育祭は紅白戦になっていて、組の分け方はクラスの縦割りで決まる。


 今年の場合は各学年のA・D・Fが赤組で、B・C・Eが白組だ。

 ちなみに、クラスの配分はくじ引きで決まるらしい。


 文化部三人娘は2−B、後輩トリオは1−C、明先輩は3−C、アイドルトリオは2−Eだから……。

 主だった友達はほとんどライバルか。


 明先輩や怜奈ちゃんとか、運動神経いいのがゴロゴロいるからな……厳しい戦いになりそうだ。


 でもこっちにも茜ちゃんに翔子ちゃん、光と圭輔、それに京香ちゃんだっている。

 戦力的には劣っていないはず。


 別に体育祭だって、普段の体育と同じで勝っても負けても何があるわけでもないけど……、

 それでもやるからには勝ちたい。明確に点数も出るわけだし。




 ……で、僕の出場競技は何だっけ?

 最近ゴタゴタしててあんまりしっかり確認できなかったからな。

 後で慌てないように、今の内に確認しておこう。



 「え〜っと……障害物競走に二人三脚、それに借り物競争か。

  レクリエーション競技ばっかりで助かるな」


 運動に自信がないわけではないけど、それでも圭輔や光には劣る。

 こういう競技なら実力差はいくらでも埋まるからな……。

 勝負は運に任せて、後はやれるだけのことをやればいい。



 「あと、男子は全員参加の騎馬戦も忘れるなよ」


 「光……そういえば同じ騎馬だったっけ?」


 「そうそう。俺とお前に、後は圭輔と川崎な。

  たぶん、お前が上に乗ることになると思う。

  ウチのクラスの主力なんだから、しっかり頼むぞ」


 「オッケー、頑張るよ」


 「おっ、今年はやる気なんだな」


 「まあね。生徒会だからっていうのもあるけど……みんなと何かやるのって楽しいし」


 「そうか。

  ―――いい傾向だな、ホント」


 「ん、何か言った?」


 「いや、別に。本番もその意気で頼むぜ」


 そう言って、僕の肩をポンと叩く光。

 ……変なヤツ。



 「それより、そろそろ外に出る時間だぞ」


 光の言葉で時計を確認してみる。

 針はのんびりしていられない時間を伝えていた。



 「よし、それじゃあ行こうか」


 こうして、光と連れ立って本日の戦場―――志木高グラウンドへと向かう。

 開祭式か……ちょっと面倒だけど、やらないわけにはいかないし、仕方ないよな。




 ………




 ………………




 『―――校長先生より開会のご挨拶をいただきます』


 出た!

 校長のエンドレストークだ!


 開祭式が面倒な理由の70……いや、80%以上を占めていると言っても過言でない校長挨拶!


 優子ちゃんの晴れやかなアナウンスに比べ、校長の声は今ひとつ明るさに欠ける。

 その上、話はつまらない・同じ事を何度も言う・長いと負の三拍子も揃ってるときてる。


 ……今日ぐらいは空気読んで、さっさと終わらせてほしいもんだけどな。

 みんなも同じ気分なのか、あからさまに表情が暗くなった。

 せっかくの体育祭なのに、水を差すとはこういうことをいうんだろう。


 今年は副会長ってことで前に立ってなきゃいけないからカッコ悪い真似もできないし……参った。

 副会長になったことを後悔したことは今日まで一度もなかったが……こればっかりは恨みたい気分だ。




 ―――と思っていたが、校長のあいさつも“比較的”短く終わった。

 多少は僕らの気持ちを汲んでくれたんだろうか……とにかく喜ばしいことだ。




 『―――生徒会長あいさつ。生徒会長、2−A福谷つばささん』


 「はいっ!」


 今度は校長の暗い声と打って変わり、優子ちゃんにも負けず劣らずのクリアな声。

 同じあいさつでも、どうせならこっちの方がいいに決まってる。



 壇上に立つつばさちゃんの姿も随分サマになってきた……なんて言うと、ちょっと上から目線だけど。


 でも、生徒会長になって約5ヶ月、みんなの前に出る機会も多かったけど、最初に比べると動きも喋りも堂々としている。

 今やってるあいさつだって、さすがは生徒会長と言うにふさわしいものだ。

 正直、僕ではこうはいかないだろう。


 さっきは恨みたいなんてちょっとだけ思ったけど、やっぱりつばさちゃんと生徒会をやれてよかった思う。

 こんなに生徒会長の下で副会長ができるなら、それはそれでいいってもんだ。





 『―――以上であいさつとさせていただきます』


 つばさちゃんの挨拶なら長い時間でも歓迎なのだが、校長よりも実質的にも感覚的にも短い時間で終わった。

 ビシッと決めるところは決めながらも、学生らしく砕けた箇所もあって、いい感じだった。

 ……ホント、校長も見習ってほしいよ。




 『―――選手宣誓。選手代表、3−C福谷明』


 「はいっ!」


 続いては明先輩らしい、元気のいい返事。

 ……確かに、明先輩なら選手宣誓にうってつけだな。


 女子ソフト部の躍進で、その時のキャプテンだった明先輩も今や時の人だしな。

 そういう意味でも適切な人選かもしれない。


 ……多分、つばさちゃんと仲直りできていなかったら、こうやって選手宣誓することもなかったんだろうな。

 つばさちゃんもそうだけど、明先輩は明先輩で、色々変わった夏だったんだと思う。


 その手助けを少しでもできたことを思うと、嬉しいようなむずがゆいような……そんな感慨を感じた。



 明先輩が演台上に立つ。

 こちらはサマになってるもなにも、今さら言う必要もない。。

 威風堂々っていう言葉はこの人のためにあるんじゃないかなってぐらい、キマっている。





 『―――平成17年9月4日、選手代表、福谷明!』


 力強い明先輩の宣誓が終わった。

 こっちまで身が引き締まるような、気合の入った宣誓。

 ……くどいようだが、校長にも後ちょっとでいいから頑張ってほしいものだ。





 そしてその後もつつがなくプログラムは続き、開祭式も終わりを迎える。



 『―――以上をもちまして、開祭式を終わります。続きまして、全校での準備運動に移ります。

  指揮は体育委員長、2−B萩原圭輔くんです。萩原くん、よろしくお願いします』


 そして“コレ”である。


 はたして、やる意味があるのかと疑問が尽きない全校合同の準備運動。

 かく言う僕だって去年はマジメにやらなかったし。

 形骸化っていうのは、多分こういうのを言うんだろうな。


 ……まあ、今年は立場もあるし、せっかく圭輔が指揮するんだからちゃんとするけどさ。

 ケガもしたくないし。




 指揮を執る圭輔のキビキビした動作につられてか、今年はマジメに取り組む人数が多かった……気がする。


 とにもかくにも、いよいよ体育祭の開幕だ―――。





 ………





 ………………





 ―――と、勢いこんでみたはいいものの、僕の出番はそんなに多いわけではない。

 午前中の前半は、赤組の控え場所からの応援がほとんど。


 ここまでに行われた競技は100m走、大玉転がし、男女それぞれの綱引きの予選などなど。

 レクリエーション種目とガチの種目が半々といった所だった。

 が、どれもこれも僕が出場する種目ではない。


 しかもガチの種目に出るのは男子なら圭輔や光、女子なら翔子ちゃんや京香ちゃんといった、

 全学年レベルで見てもトップクラスの運動能力を持った面々だ。

 応援する間もなくぶっちぎりでトップ続出といった有様で、少し張り合いのなさを感じてたりもする。

 まあ勝ってくれるのに越したことはないし、嬉しい悲鳴って感じなんだけど。



 今も200m走が行われているが、ここまで2−Aから出場したメンバーは全員トップ。

 最後の一人の圭輔も―――今、諸手をあげて余裕のトップでゴールイン。

 こっちに手まで振ってるし。


 ……まあ、運動神経の塊だからな、アイツは。

 伊達でプロ野球選手になるんだなんて言ってるわけじゃない。


 レクリエーション競技の方も、なんのかんのとここまでいい感じで勝っている。

 綱引きも圧巻の強さで予選を突破したし、序盤の滑り出しは快調といっていいだろう。


 とりあえず、しばらくはここでクラスメートの活躍をじっくり見させてもらいますか……。






 しばらく観戦をしゃれこんでいたが、200m走が終わると、転機がやってきた。



 「章くん、そろそろ障害物競走だよ」


 共に障害物競走に出場するつばさちゃんが呼びに来てくれたのだ。



 「おっ! ついに実力を見せる時が来たってやつ!?」


 「あはは……そうだね。アテにしてるよ、章くん」


 「……いや、期待はしないでね」


 自分で言っておいてナンだが、見せるほどの実力なんてものは残念ながら持ち合わせていない。

 さりとて障害物競走はレクリエーション競技、そんなものがなくても勝負はできる。

 そろそろ観戦もだらけ始めてた頃だし、いっちょ体を動かすとしますか。



 「それじゃ、集合場所に行こうか」


 「うん」


 そう言ってつばさちゃんと共に歩き始めた時。



 「あっ、章……」


 「茜ちゃん。綱引き、お疲れさま」


 「うん……ありがとう。えっと……」


 「ん? どうかしたの?」


 ちょっと様子がおかしい。

 茜ちゃんにしては、やけに歯切れが悪いな。



 「……もしかして、どこか痛めたとか?」


 「あっ、ううん! そんなことはないんだけど……」


 だが、言ってることとは裏腹に明らかに様子がおかしい。

 隣のつばさちゃんも心配そうにしている。



 「障害物競走、福谷さんと一緒なんだ」


 「うん、そうだけど。

  ……それがどうかしたの?」


 「そっか……あはは!

  ゴメンゴメン、やっぱなんでもないや!

  呼び止めちゃってゴメン。

  障害物競走、頑張ってね。福谷さんも」


 「あっ、はい……」


 かと思えば、搾り出したみたいな、これまたらしくない笑い方をしてみたりとか。

 つばさちゃんも違和感を感じとってか、返事もぎこちない。

 ……絶対なにかおかしい。



 「……ねぇ茜ちゃん、ホントに大丈夫―――」


 「あたしの心配なんかいらないって!

  それより、ちゃんと1位とって帰ってきなさいよ!

  じゃあね!」


 僕に最後まで言葉を続けさせないまま、強引に話を完結させられてしまった。

 ……茜ちゃんとの付き合いは長いけど、こんなの初めてだな。

 本人の言うとおり、何もなければいいんだけど……。



 ―――茜ちゃんのことは気になるけど、そろそろ行かないと間に合わないな。

 ……しょうがない、ここはひとまず置いといて、気持ちを切り替えないと。


 多少後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、再びつばさちゃんと集合場所を目指した。




 ………




 ………………




 志木ノ島高校体育祭伝統種目の一つ、障害物競走―――。

 単純そうな響きとは裏腹、ある意味ではこいつが体育祭で一番のクセモノ種目とも言える。


 毎年障害も変わる上、競技が始まる直前まで秘密とかなり凝っていて、さすがは伝統競技といった感じだ。

 確かにこれだけでもクセモノと言えるかも知れない。



 ……だが、“一番の”という言葉がつくには更なる理由があった。



 ―――誰が決めたのやら、この競技は男女ペアで行われるのだ。

 しかも厄介なことに、男女で別の障害をこなしている間以外は手をつないでいないと失格というオマケつき。

 そのくせ、獲得できる点数は妙に高いなど、クセモノ極まりない。


 大抵のクラスはジャンケンで負けた男女か、あるいはカップルで出場することが多い。

 どっちなのかっていうのは、ペアの様子を見れば一目瞭然だ。

 ……ああ、嫌になるぐらいはっきり見せつけてくれるな、オイ。


 ちなみに、僕の場合はいつの間にか決められてたっていう、どちらでもない理由だが。

 ―――押し付けられた、って言うほうがいいんだろうな、この場合は。


 でも、一緒に出場するのがつばさちゃんとでよかった。

 これで知らない娘だったらやりにくいことこの上ないからな。


 つばさちゃんとなら手も……まあ、なんとかつなげるだろう。

 先方が嫌がらなければ、という絶対条件はついてくるけど。


 ちらりとつばさちゃんに目線でサインを送ってみる。

 少し間があった後、こくりと深くうなづくつばさちゃん。


 よし、大丈夫だ。

 何のことかも、つばさちゃんなら分かってくれているだろう……多分!




 つばさちゃんから、今度はトラックに視線を移す。

 一応、どんな障害物があるかは確認しとかないとな。


 え〜……まずは網くぐりと平均台か。どっちがどっちでもいいんだよな。

 とりあえず、近いところに突っ込めばいいだろう。


 続きましては三輪車……田舎で野菜なんかを積んでるのをよく見かける、アレだ。

 これもどっちが乗ってどっちが押してもいいんだけど……ここは僕が押すべきだろうな。

 ちなみに、これはパートナーを落とした時点で失格。


 その次はボール運び。単に運ぶだけじゃなくて、1mぐらいの棒に挟んでサッカーボールを運ばなきゃいけない。

 これも落としたらその場で失格。厳しいがルールはルール。

 それに、落とさなきゃいい話だもんな。


 それが終わると今度はキャタピラ走。ダンボールに二人で入って進むアレだ。

 首が痛くなるんだよな、これ……。

 いやいや、これも赤組勝利のためだ。文字通り、体を張って頑張らなきゃ。


 そして最後の障害は―――これがかなりキツイ。クセモノ中のクセモノだ。

 片方がバットを立てて、グリップエンドに額を当てて10回転。

 もう片方が手を引いてゴールまで連れていかなきゃいけないという、中々ハードな内容。


 聞いただけではそんなに大変そうじゃないんだけど、やってみると真の恐ろしさが分かる。

 目の回り方がハンパじゃないのだ。


 実はこれだけ、毎年恒例の障害なのだが、毎年男女がもつれあったりなんたりで一番ハプニングが起こりやすい。

 正直、そういうのは遠慮したい。


 ……が、これも競技の一つ、そして避けては通れぬ道。

 やってやろうじゃないの。




 「つばさちゃん、準備はいい?」


 「うん、大丈夫。章くんは……大丈夫そうだね」


 「まあ、少ない見せ場だからね。ここで頑張らないと。

  茜ちゃんとも、トップを獲るって約束しちゃったし」


 「そうだね……」


 一瞬、つばさちゃんの表情が場に似つかわしくない、暗いものになる。

 だけどそれは本当に一瞬のことで。



 「えっと、どっちがどっちの障害をクリアするかを決めた方がいいと思うんだ」


 「そうだね……じゃあ、最初は僕が網に行くよ。

  次の三輪車は僕が押して、最後のバットは……これも、こっちで回るよ。ナビはよろしく」


 「うん、分かった」


 結局すぐにいつもの様子に戻ってしまった。

 ……なんだったんだ?




 ………




 ………………




 いよいよ競技開始の瞬間が近いてきた。


 僕達も他の参加者と同じように手をつなぎ、スタートラインに並ぶ。

 握ったつばさちゃんの手は、さっきから動いているからか、すこし火照っているようだった。


 もうすぐ競技が始まるからか、あるいは別のものからくるのかよく分からないが、とにかく鼓動が速い。

 さっきからやたらと落ち着かない感じ。


 微妙な気恥ずかしさは拭いきれないが、今はそんなことも言ってられない。

 これは競技、割り切っていかなきゃ勝負には勝てないのだ。




 スタート係の人がピストルを天空高く掲げる。

 いよいよだ……!



 「位置について。よーい―――」



 ―――パンッ!



 乾いた音が鳴り響く。

 ついにスタートだ。


 目の前に控える第一の障害に向かってスタートダッシュをかける。

 ここまではほぼ横一線、勝負はここからだ。



 最初の打ち合わせどおり、一旦つないだ手を離して網に飛び込む。

 ―――よし、トップだ!


 まだ誰も入ってこない網は多少くぐりやすい。

 その利点を最大限に生かし、なりふり構わず潜り抜ける。



 ほとんどロスもないまま、ちょうど平均台を降りた所だったつばさちゃんと合流。

 再び手をつなぎ、すぐそこに見える三輪車を目指す。



 「乗って!」


 つばさちゃんを促し、取っ手をしっかり握り締める。

 ……後は押すだけ!



 「落ちないように、しっかりつかまってて!」


 「うんっ!」


 つばさちゃんの準備ができたのを確認し、一気に力をこめる。



 「でぇぇぇぇやぁぁぁぁっ!!」


 そして全ての力を込めてダッシュ!

 人を一人積んでるとはいえ女の子、ここでへばっちゃ男が廃るってもんだ!




 スピードが乗った三輪車はかえって安定し、難なく終点までたどり着いた。

 ここまではトップ。


 次は三輪車を棒に持ち替え、ボール運びだ。



 「章くんっ!」


 「こっちは大丈夫。

  じゃあいくよ。せぇの―――」


 1,2,1,2のリズムを二人で刻みながらカニ走りで慎重に、かつ素早くボールを運ぶ。

 挟んでいる棒から落としたら失格だから、ここはゆっくり行きたい所だけど。


 ……1ペア、食いついてきてるな。

 残念だけどそうもいかないみたいだ!




 しかし、ここもスピードと緻密さを見事に融合させ、落とすことなくクリア。

 これで中盤の失格ゾーンはどうにか抜けたぞ!



 続く障害はキャタピラ走。

 既に数レースこなしているため、薄汚れたダンボールが鎮座している。

 が、そんなことは気にせず二人で左右から中に滑り込む。



 「どぉぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」


 痛い! やっぱり首が痛い!

 ついでに変な姿勢でかがんでるから腰も痛い!

 ……だけど、それはつばさちゃんも同じ思いをしてるんだ、ここで僕が根をあげるわけにはいかない。


 それにライバルたちだって条件は同じ!

 物事、なんでもなせばなぁる!




 首と腰を痛めながらも、なんとかキャタピラ走をクリア。

 未だトップを堅持している……が、差は大きいとはいえない。

 最後のバットは一発逆転の要素が強いし、まだまだ気は抜けないぞ……。




 立てた金属バットを前に、一旦大きく息を吸って―――。

 そして額をあてて高速回転!

 日常なら絶対にありえない速度で三半規管を刺激する!



 「ぬぉぉぉぉぉぉっ!」


 「章くん、頑張って!」


 自分でも変な声が出ちゃってるのが分かるけど……なりふりかまってられるか!

 ここが頑張りどころだぞ、桜井章!



 ―――8…9…10! よしっ、終わった!



 回転を終えて頭を上げる―――同時に、世界が回転を始めた。

 こっ、これはマジでヤバイ……真っ直ぐ歩くなんて無理だ……。



 「章くん、こっち!」


 そんなフラフラの僕の手に、つばさちゃんの手が重なる。

 なっ、ナビがあればどうにか……いや、どうにもならん! 

 足がもつれて立つのも精一杯なぐらいだ。


 ……ここはアレしかない!



 「―――つばさちゃん、僕に構わず引っ張って!」


 「章くん……うん、分かった!」


 つばさちゃんの返事と同時に、引きずられるようにしてラストランが始まる。

 足は相変わらずもつれてるけど……何とかゴールまでもってくれれば、それでいい!




 ―――パンッ!




 トップのゴールを告げるピストルの音が鳴り響いた。

 と、同時にダッシュが止まる。

 ……って事は!



 「やったよ章くん! 1位だよ、1位!」


 「おわっ! ちょ、つばさちゃん! そんなに揺らしたらバランスが……!」



 ―――ドサッ


 つばさちゃんを止める間もなく、バランスを崩して二人してもつれる。

 同時に、何か柔らかくて暖かい感触がおおいかぶさった。

 ……これって所謂―――。




 「わっ、ごごごご、ごめんなさい! まだ目が回ってるのに、つい!

  えええ、えっと、うんと……すっ、すぐにどくから!」


 案の定、つばさちゃんが僕におおいかぶさる形になっていた。

 急いで立ち上がろうとするつばさちゃん。

 ―――って、そんなに慌てたら!



 「きゃん!」


 「グエッ!」




 「うっ……つばさちゃん……いいエルボーだ……がくっ」


 「きゃあぁぁぁぁ!? 章くん、章くん!?

  死んじゃダメェ!」


 「いっ、いや大丈夫……ただの冗談だから」


 いい所にいいヒジが入ったのは間違いないが。

 一瞬、世界が白くなった気がしたのは……忘れておこう。



 「それより、今度は落ち着いて立ち上がってくれると嬉しいかも……」


 「……うん。……本当にゴメンなさい、章くん。

  ―――よいしょっと」


 今度は転ぶことなく、ちゃんとつばさちゃんは立てたようだ。

 僕もようやく酔いが収まってきたようで、どうにか一人で立つことができた。



 「章くん、その……」


 「もういいって。全然気にしてないからさ。

  ―――それより、せっかくトップでゴールしたんだから。

  そんな顔してないで、もっと嬉しそうな顔してよ。ね?」


 「……うん」


 ここでようやくつばさちゃんが笑ってくれた。

 一等賞にふさわしい、一等賞の笑顔―――そんな笑顔だった。



 「―――ありがとう、章くん。

  ……ちょっと役得、だったかな?」


 「ん、どうかした?」


 「ううん、何でもない。それじゃ、みんなの所に戻ろう」


 「よぉ〜し、二人で凱旋だ!」


 とりあえず、僕の体育祭開幕戦は最高のスタートで迎えた。

 よーし、この調子この調子。




 ………




 ………………




 次なる種目は二人三脚、これは茜ちゃんとのペアだ。

 『幼なじみだから』という、もっともらしいというかいかにもというかの理由で選ばれたこの二人。

 これなら何度もやったことはあるし、ある意味適材適所かもしれないけど。


 ―――だけど、今日はなんとなく引っかかるんだよな。



 「茜ちゃん、ホントに大丈夫?

  さっきからほとんど喋ってないし、さっきも様子が変だったし……」


 「あたしなら大丈夫だってば!

  章の方こそ、さっきの障害物競走で派手にコケてたけど、大丈夫なの?」


 「僕は平気だけどさ……まあ、茜ちゃんがそう言うのならもう何も聞かないよ」


 ……絶対大丈夫じゃないと思うんだけど。

 でも、気分が悪いとかケガしてるとかそういう類のものでもなさそうだし……。

 本当にどうしたんだろうな?



 「そうね……そんなにあたしの様子が気になる、章?」


 「そりゃまあ……これから一緒に走るわけだし。

  それに、幼なじみが調子悪そうだったら、気になるよ」


 「そっか……。幼なじみ、ね」


 意味ありげに呟く茜ちゃん。

 さらに言葉が続く。



 「ねぇ章……前からそうだったけど……最近、特に福谷さんと仲良いよね?」


 「えっ?」


 一瞬、なにを言っているのかが分からなかった。

 そしてその後、今度は激しい動揺が襲ってくる。

 ……何なんだ、この感覚は?



 「文化祭も一緒に回ってたし、今日の障害物競走だって、なんか楽しそうだったし」


 「…………」


 妙に落ち着いた茜ちゃんの言葉。

 どれも本当のことで、返す言葉が何も見つからない。

 彼女が言うことを、ただただ肯定するしかなかった。



 「……ゴメン、変なこと言ったね、あたし」


 「あっ……ううん。

  でも―――」


 『でも何で?』と、その言葉が出ない。

 出すのがひどくためらわれたのだ。

 そして、今の茜ちゃんの様子を見ると、とてもじゃないがその問いかけに答えてくれそうにはなかった。



 「―――あたしが右を先に出すね。

  後は1,2の呼吸でよろしく」


 二人の足をハチマキで縛りながら、茜ちゃんが言った。

 僕にできるのは、それにうなずくことだけ……。


 二人の体はこんなにも近くにあるのに、心はひどく遠いところにあった。






 ―――パンッ






 その後も交わす言葉がないまま、なし崩し的に出走。




 結果は―――まさかの最下位。




 原因は色々あるが、大きいのはスタート直後の転倒。

 二人三脚におけるそれは、致命的なタイムロスにつながる。


 リスタートできない焦り、距離が開いていく焦り、焦りが焦りを呼んで歯車が狂う。

 茜ちゃんとの二人三脚の中でも、今日のは間違いなく最悪だった。

 ……なにせ、転倒なんて初めての経験だったから。




 空は雲一つない晴天だったが、僕の心には戸惑いという暗雲が厚くかかり始めていた―――


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life三十八頁、いかがでしたでしょうか?


 学祭もいよいよ後半戦、体育祭編に突入です!

 自分でもノリノリで書けてるのが分かるぐらい、ノリにのった仕上がりになってます。


 さてそんな体育祭ですが……どうなるんでしょうね!?

 色々、ホントに色々と(笑)

 とりあえず、ただで済むことはなさそうです。


 ちなみに章とつばさが挑んだトンデモ競技(笑)障害物競走についてですが、ちゃんと元ネタはあります。

 おもうお気づきの方もいるかと思いますが、またまた登場、作者の母校です(笑)

 ウチの高校、障害物競走はなぜか男女ペアだったんですよね〜。さすがに手はつなぎませんが(^^;

 これは面白いネタになると思っていたので、前々から使うつもりでした。

 ……いかがでしたでしょうか? 反響が楽しみです(笑)


 そして次回ですが、もちろん体育祭編の後編となります。

 すれ違った章と茜の心は交わるのか!?

 そして赤組VS白組、体育祭の勝敗、その行方は!?

 いつものごとく、期待しすぎない程度に期待してお待ちください。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ


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