第三十四頁「未来につながる今」
「―――ここは……どこだ?」
周りが真っ暗で何も見えない。
暗い、とは言っても夜の暗さとは違う、何ていうか……もっと本質的な闇?
無機質な冷たさすら感じさせる、不思議な場所。
少なくともベッドの中じゃない―――多分、夢だ。
それも、たまに見る今ひとつ捉えどころのない夢の類。
初めて見た時はほとんど内容が分からなくて、その次は変な森の中、さらに次が病院みたいな場所だった。
なぜだろうか……この類の夢、他の夢と違ってやたらと頭に残ってる。
どれもこれもいい思い出はないにも関わらず、だ。
中身ははっきりしないのに頭の中にこびりついたり、夢の中で感覚と思考が生きてるのに自由に動けなかったりとか。
とにかく不愉快なことこの上なかった。
……でも、今日は意識もはっきりしてるし、体も自由に動く。もちろん、感覚だってしっかりしてる。
逆に夢なのにここまでしっかりしてるのも、それはそれで不気味だが……。
それにしても……前もそうだったけど、何でこの類の夢はすぐにそれと気づくんだ?
シリーズ物の夢なんて話、聞いたことがない。
なのに、今日も気づいた時には既に前のものとの関連性を感じた―――。
普通の夢との違いで思い当たるところは……ないな。
と言うよりは、そもそもこれ以外の夢なんてほとんど曖昧だし。
何らかの関連性があっても、それに気づいていない可能性だってある。
……逆にいえば、この類の夢は、前の夢との関連に即座に気づくという特異性は存在してるってことか。
あえて普通の夢との差異を挙げるとすれば、これぐらいか?
こんな夢を見るなんて、一回自分の思考を輪切りにでもしてみてみたいところだけど……。
なんてのんきに分析をしていた時、異変は起こった。
「―――っ!?」
一瞬、何が起こったか分からずに絶句した。
夢とはたいてい不条理で意味不明なことが起こるものだと思うのだが、
なぜか意識が覚醒している僕にとって、目の前で起こった異変は驚異以外の何者でもなかったのだ。
―――突如、真っ暗だった周りの景色が“森”へと変化した。
それだけでも十分驚きなのだが、それ以上に驚くべきものがこの“森”にはあった。
「春の桜、夏の深緑、秋の紅葉、冬の雪……」
思わず呟く。
少し前、優子ちゃんから聞いた四季の島の伝説が即座に思い浮かんだ。
今、僕の周囲に広がっている景色は、あの時聞いた話とそっくり一致する。
壮麗、そして神秘的でありながらも、不気味さを放つ空間……。
その中心にできた広場のような場所に、僕は立っていた。
前の真っ暗な空間も居心地はよくなかったが、今はもっとよくない。
正直、長居は遠慮したい空間。
僕がこの“四季の森”に持った感想は、そんな感じだった。
「……伝説どおりなら、ここに神様がいるってか?」
物好きだったらしいって話だけど、確かにこんなトコに好きで住んでたのなら、相当な物好きだな。
僕なら一日でもご免だ。
大体、四季ってのは移り変わるからいいっていうものじゃないのか?
神様のくせに、そんなことも分からなかったのかって話だ。
―――それにしても、なんで僕はこんな夢を見る?
行ったこともない場所の映像がどうしてこんなに鮮明に映る?
こんなファンシーな場所、来たことがあれば絶対に忘れないはずだ。
なのにこの間まで話すら聞いたことがなかったなんて……その存在すら怪しくなってくる。
まあ、それこそ夢の世界ならなんでもアリかもしれないけど。
「……いや、そもそもこれは夢なのか?」
今になって浮かんできた疑問。
僕は別に夢の研究家ではないが、この一連の夢は明らかに他と違う。
どこかがおかしいんだ。
意識がやたらはっきりしているだけじゃなくて、なにかさらに別のもの。
……それが何かが分かれば苦労しないんだけど。
そんな途方もないような考えをめぐらせていた時。
まばたきほどの間に、目の前に人が現れていた。
またしても唐突な変化。
そしてそれ以上に僕を驚かせてくれる要素。
「僕が……もう一人?」
毎日鏡で見る姿が、まるでそこからそのまま取り出したかのように立っている。
いつかの父さんの夢に出てきた小さい頃の僕じゃない、今の僕の姿かたちをしたモノ。
もちろん、現実世界ではありえない事態。
夢の世界ではありえるのかも知れないが、あいにく僕の思考回路は現実世界のものだ。
夢の中の出来事にまで対応できるようにはできてない。
表情や、行動、そして思考。
ありとあらゆる面で自分が動揺しているのが、鏡を見ずとも分かった。
―――なんだ、何が起こってるんだ?
この世界のこと、目の前にいるアレのこと、そして僕がここにいる理由……。
この状況が意味することってなんなんだ!?
混乱する頭を何とか働かせようとするも、上手くいかない。
……ダメだ、事態の複雑さに対して、あまりにも情報量が少なすぎる。
まずは落ち着かないと……。
―――ひとまずの方針を決めた、その時だった。
どうやら夢の世界も現実同様、そうそう甘くないらしい。
今までのシリーズと同様に、今度も意志がフェードアウトしていく感覚に襲われる。
世界の終わりを感じさせる感覚。
大げさに言えば、そんな感じだった。
どうやらこの夢、とことんまで僕に嫌がらせをしなきゃ気がすまないらしい。
いつか覚えてろよ―――。
………
………………
「………………」
―――目が覚めた……みたいだ。
目の前にあるのは“四季の森”ではなく、僕の部屋の天井。
まだ少し暗いけど、カーテンから日の光が差し込んでいる。
多分、もう朝だな。
前に変に制限をかけてくれるなと祈ったことがあったけど、それでもやっぱ嫌だな、この“夢”は。
目覚めとしては、間違いなく最悪の部類に入る。
おまけに頭の中にこびりつくみたいにして“夢”の中の記憶が残ってるんだからタチが悪い。
あんな支離滅裂な世界のことなんかさっさと忘れたいもんだけど……。
そうそう上手くはいかないみたいだ。
どうせこびりつくなら英単語とか歴史の人名とか、もっと役に立ちそうなものがいい。
「今、何時だろ」
時間が早いなら、せめて二度寝でもして幸せな気分に浸りたいところだが―――。
『桜井くん、おっきろー!! おきないと〜……キミの恥ずかしいあのネタこのネタ、全部SHIKIに載せちゃうぞ!?
おきろー、桜井くん……おきろー!!』
―――カチッ
ビッ、ビックリしたなぁもう!
時間を見ようとしたら鳴るんだもんな、コイツ。
……それにしても優子ちゃん、なんつーメッセージだ。
大体、僕の恥ずかしいあのネタこのネタってなんだって話だし。
って言うか、SHIKIに個人のゴシップなんて載せたら文化祭関係なしで新聞部が廃部だろうに……。
……まあでも、起きるって意味では、確かにこのメッセージは効果あるかも。
中身も優子ちゃんらしいと言えばらしい。
それはともかく、もう時間ってことだし。
恥ずかしいネタを載せられる前にとっとと起きますかね―――。
………
………………
―――ミーンミンミンミーンミーン
外では相変わらずセミ達が元気に合唱している。
まあ期間限定の合唱団なんだ、せいぜい頑張ってくれ。
僕から言うことは、もはやそれぐらいしかない。
……何を言っても無駄だ、という一面を含んでもいたりするが。
セミ達の声に加えて応援団やらなんやらの声も重なり、外は随分と騒がしい様子だ。
学祭準備も追い込みなんだなと、否が応でも感じさせられる。
そんな外の喧騒の一方で、新聞部室内ではキーボードを叩く音による静かなデュエットが奏でられている。
備え付けのパソコンの他に、今は優子ちゃんのノートパソコンも持ち込んでのフル回転。
僕達の新聞製作もいよいよ大詰めだ。
僕の方は明先輩のインタビュー記事、優子ちゃんの方も例の“四季の島の伝説”の記事を残すのみ。
とは言え、締め切りから考えて今日で記事を仕上げないと間に合わないんだけど……。
それに、僕も手伝えるのは今日までが限度だ。
一応、手伝いも校正までってことにしてもらってる。
明日にはステージ企画の予選を控えてるし、それが終われば今度はリハーサルの準備がある。
ここまではみんなの仕事を手伝ったりもしてきたけど、いよいよもって自分の仕事に集中しなきゃいけない状況になった。
―――まあ、明日のことより、まずは目の前の記事だ。
インタビューから必要な部分は抜粋してきたから、後はこれを上手くまとめるだけなんだけど……。
その“上手く”ってのが難しいんだよな、これが。
あんまり専門的なことを載せるのもどうかと思うし。
これだと紙面は埋めやすいが、分からない人には分からない記事になってしまう。
かと言ってその辺を省くと、今度は精神論ばっかりの抽象的な記事になっちゃうし。
これはこれで分かりにくいそんでもって、面白みに欠ける。
主に苦戦しているのは、その辺のさじ加減だ。
後は、SSとの書き方の差って部分とか。
記事関係の仕事って、今までにちょっと校正やったぐらいしかなかったからな……。
こんなことになるなら記事も書いてみればよかった。
今さら言っても後の祭りにしかならないけど。
ソフト部のことはよく知ってるつもりだったけど、いざこうやって記事を書くとなると難しいもんだ。
知ってることとできることは別物だとよく言われるが、まさにそんな感じ。
―――そう考えると、優子ちゃんはいかにすごいかってことだよな。
専門外というか、あんまり詳しくない事柄でも記事にしてるわけだし。
部員数こそあまり多くない新聞部ではあるが、発行しているSHIKIそのものの人気が低いわけじゃない。
特に、優子ちゃんが書く記事には定評があるみたいで、僕の周りでも評判がいい。
さすがに実質一人で新聞部を回していないってことだろうか……実力は折り紙つきってやつである。
こういう機会になって、改めて優子ちゃんの実力の高さに驚かされる。
……そんな優子ちゃんが頑張ってるSHIKIの名に恥じないように、僕も頑張らないとな。
記事とSSは違うとか、そんなことは言ってられない。
手伝いを引き受けた以上、そんなのは言い訳にしかならないのだ。
―――それにしても、だ。
「……明先輩の割にはちゃんと答えてるな」
前から密かに考えてはいたんだけど……。
もっとぶっ飛んだことを言ってるのかと思えば。
意外や意外、インタビューにはちゃんと答えていた。
メモだからってことで、優子ちゃんが抑えて書いているのかとも思ったが、
後からもらったインタビューを録音したボイスレコーダーでも、同じようなことを言ってたし。
……まあ、インタビュー以外の会話は僕も知らないが。
僕の扱い方がどうこうとかいう話も出たみたいだし、そっちの方はホントにぶっ飛んでたのかもしれない。
「福谷先輩はすごくしっかりしてたよ。
ソフトボールに情熱だけじゃなくて、ちゃんとした考えも持った上で臨んでるって感じかな。
なにかと運動部のキャプテンと話す機会はあるけど、あそこまでしっかりした人は珍しいよ」
「へっ、へぇ。そうなんだ……」
むぅ……意外だ。
あの人のことだから外ヅラがいいってことではないんだろうし、ソフトボールに関してはそうなんだろうな。
実業団から話がくるってぐらいだし、よく考えれば不思議な話じゃないのかもしれない。
……まあ、おかげでいくらかは記事がまとめやすくなってんだから、むしろ感謝しなくちゃな。
「福谷先輩って、そんなにひどい人なの?」
「ひどい……って言えばそうなるのかな。
マネージャーの仕事を強引にやらされたり、こないだは合宿にも連れてかれたたし」
―――合宿だけに関して言えば、ついてって大正解だったと思うけど。
つばさちゃんと明先輩、ちゃんと話ができて本当によかった。
「それは確かにイヤかも……」
「……うん、カンベンしてほしい時もある。
でも……そうだね。ちょっと強引な所もあるけど、根は間違いなくいい人だよ。
後輩の面倒見はいいし、それにすごく優しい人だし。
でなきゃ、ソフト部のキャプテンなんてやれないよね」
僕が知る限り、引退してしまったソフト部の先輩には人格者も多い。
それこそ、部長もやれてしまうような人が。
―――そんな中で部長をやってるんだ。逆に言えば、人格者であって当然ってことだよな。
「ふ〜ん……そっか。
福谷先輩も章くんのこと買ってたけど、章くんも福谷先輩のこと買ってるんだね」
「うん、まあそうだと言えばそうなるのかな?」
……自分で言うのもナンだけど、確かに先輩は僕のことを買ってくれてるみたいだし。
そのせいで非常勤マネージャーをやらされてる部分もなくはないかも知れないが……。
それを別にすれば、嬉しい話ではある。
……なんか違和感があるな。
「―――って、えっ?」
ちょっ、ちょっと待った!
「ん? どうかした?」
「いや、あの……今、名前で―――」
「ああ、そう言えばそうだね。なんとなくで呼んじゃったんだけど……。
―――でも、いいじゃん。未穂もつばさも、いつの間にか名前で呼んでるんだしさ。
私の方が付き合い長いんだし、むしろ自然じゃない?」
なんとなくって……簡単に言うけどさ。
確かに、言ってることに間違いはないけど……。
「それに、自分のことは名前で呼んでって言っておきながら、
私の方はいつまでも名字で章くんのことを呼ぶっていうのもどうかなって思うし」
「……そっか」
優子ちゃんにも、優子ちゃんなりの想いがあるんだな。
「それとも、もしかしてあれかな? 実はちょっと恥ずかしいな〜とか?」
「ううん。そんなことは全然ないよ。
むしろ……そうだね。距離が縮まったみたいで、嬉しいよ」
「だよね? うんうん、素直に呼ばれておきなさいって♪」
そう言って、優子ちゃんは本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。
……やっぱり、この娘には笑顔が似合うな、ホント。
前から思ってた―――そして今後も口にすることはないだろうけど。
この笑顔があるからこそ、苦しい状況でも負けずにやっていけるんだろうな。
「それにさ、章くんは新聞部の仲間なんだし。
毎週記事ももらってるし、部員じゃないのに紙面の製作も手伝ってくれる。
部員より部員らしい……間違いなく仲間だよ、キミは」
「優子ちゃん……」
こんな自分の都合のいい時にしかこない、幽霊部員にもならないような僕でも、
仲間だと言い切ってくれる……。
ホント、うれしいことを言ってくれるよ。
「そんな仲間をさ、いつまでも名字っていうのも、それこそよそよそしいからね。
前から考えてはいたんだけど、今はいい機会だしさ」
「そっか……うん、ありがとう」
今度は僕が笑う番だった。
彼女の気持ちに応えるには、それが一番合うと思うから。
「―――あ、あははははは……。なんか、ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかも」
「そっ、そうかもね……お互い。あはは、ははは、はは……」
場のノリに任せてけっこう色々言ってしまったが、確かに冷静に思い返すとこっぱずかしい。
優子ちゃんの顔も、心なしか赤いような気がする。
「……………」
「……………」
しばしの微妙な沈黙。
それでも、不思議と気まずさみたいなものは感じられなかった。
―――やがて。
「作業、続けよっか」
「……うん」
再び、部室はキーボードを叩く音に支配されたのであった。
―――確かに、今のやり取りはちょっとらしくなかったかも知れないけど。
ガラにないことも、時には大切だと思う。
大切なことって、言わなくても分かるっても言われてる……。
それでも、口に出して言うことで伝わるってこともあると思うから。
多分、さっきのはそれを実践するためのやり取りだったんじゃないかなって。
照れ隠しとかそういう意味じゃなくて、心からの気持ちで僕はそう思うことにした。
………
………………
「おっ……わったーー!!」
“四季の島の伝説”に関する記事の校正が終わった。
これで僕の担当パートは一通り終了だ。
「お疲れ様、章くん……ホントに、お疲れ様。
それから……ありがとう。正規の部員じゃないのに、こんなに手伝ってもらって……」
「いいっていいって。だってさ」
さっき、優子ちゃんが言ってくれた言葉をそのまま返す。
―――最近になって、それが持つ意味を知った、大切な言葉。
「“仲間”、でしょ? 新聞部のさ」
「……うん!」
やはり弾けるような笑顔で、優子ちゃんが笑う。
これを見ると、不思議と今までの疲れもどこかに飛んでいくようだった。
「この場所は、新聞部は……大切な場所だから、私にとって。
だから、できる限りのことはしたいんだ」
僕に聞かせているのかいないのか、備品のホワイトボードに寄りかかりながら優子ちゃんが言う。
「好きなんだ、新聞部が。
夢への道しるべになってくれた……それから、大切なことを教えてくれた、そんな場所だから」
「…………」
夢、大切なこと……。
その言葉が、ふと前に未穂ちゃんと交わした会話に重なった。
「私の夢は、前にも話したよね?」
「世界に通用する国際ジャーナリストになること、だったよね」
母さんの仕事と見事なまでに同じだったので、印象が強かった。
「そう。それで、その修行のために新聞部に入ったってのも、言ったよね」
「うん」
「……最初はね、ホントにただそれだけだった。
将来のためのワンステップぐらいにしか、この部活のことを考えてなかったし」
「…………」
今の彼女の姿勢とはまったく違う言葉。
最初は、ってことは今は違うってことなんだろうか。
「でもさ、毎週毎週SHIKIを作っている内に、それは変わっていって……。
いつの間にか、この場所は私にとって大きなものになってたんだ」
「…………」
「思い出とか、そんな大げさなものじゃなくても、単にここで過ごすだけの時間とか。
そういうのが積もっていって、少しずつだけど、大切な場所になってた。
―――多分、章くんも同じことを感じてくれてるんじゃないかな?」
「……うん」
僕だって、この新聞部室にはたくさん思い出がある。
伊達に1年の頃からずっと手伝いをしてきたわけじゃないんだ。
優子ちゃんの言うとおり、僕もコラムの話を引き受けた当初は、SSの勉強の一環としか思っていなかった。
それは目的ではなく、単なる一手段でしかなかった。
けど―――新聞部室に来て。
毎週のように優子ちゃんと一緒にSHIKIを作って。
……そうしている内に、いつの間にか僕もコラムとSSを切り離して考えるようになっていた。
SS上達のための手段じゃなく、新聞製作っていう目的のためのものになっていた。
「だからさ、守りたいんだ。この場所を。
大切な、大好きな新聞部をさ」
そう言い切る優子ちゃんの瞳には、やはり強い意思の光が見えていた。
「ここがなくなったとしても、確かに私の夢は叶えられるかもしれない……。
でもね、それってちょっと違う気がするんだ」
「…………」
「大切な場所も、思い出も、全部揃った上で叶えるから……だから価値があると思うんだ、夢って。
―――ちょっと、よくばりかな?」
「ううん、そんなことないよ」
そんなことない……。
夢に妥協しないで臨むこと、それはよくばりなんかじゃなくて、真摯な姿勢と言えるはずだから。
「……ありがと。
だからさ、新聞部を守るっていうのは何て言うのかな……恩返し、みたいなものなのかも。
大切なことを気づかせてくれた場所への、私なりの恩返し」
「…………」
「そうやって守ってきた場所で、後輩たちがまたそうやって大切なことに気づいていく……。
これからも、この場所にはそういう大切な場所であってほしいんだ」
「優子ちゃん……」
今の自分のためだけ、というのではなく、先のことまで見据えている優子ちゃんはとても眩しく見えた。
「そんでもってさ、そういうことを仲間とできたら―――それって、最高のことだと思うんだよ」
「……うん」
人と、場所と、想いと、すべてが揃ってこその夢。
優子ちゃんは、きっとそういう境地に達しているんだろう。
―――また一つ、“仲間”に教えられたかも。
「そのために、今できることを、今の自分がもってる精一杯の力で、今の仲間たちとやってみる。
色々考える前に、とりあえず向かってみる。
それが私にとっての新聞部だし、そこを守るってこと。
そして―――」
そこで少しタメを作る優子ちゃん。
目を閉じ、色んな言葉をまとめているようにも見えた。
「そういう今やってることが、きっと未来につながってるんだって思うんだ」
未来につながる今―――。
今しかできないことが、これからにつながるってこと。
なぜだろうか。
優子ちゃんは僕のSSのことを知っているはずもないのに。
そこには、僕にあてたメッセージ的な想いが感じられた。
―――そんな、“仲間”からの想いが嬉しかった。
「……とと、また喋りすぎちゃったね。
よ〜っし、それじゃあちょっと早いけど、レイアウトの方も進めちゃおっか!
……あっ、でも」
「ん?」
「いいのかな、章くん。
校正までって話だったけど」
「なーに水臭いこと言ってんの」
これに対する答えは、もう決まってる。
「僕は新聞部の仲間、でしょ?」
「章くん……うん! それじゃあ後ちょっとだけ、がんばろ!」
そう言って優子ちゃんは、本日最高の笑顔を見せる。
“仲間”の笑顔は、それだけで力をもらえるような、そんな気がした。
前を向いて。
夢も想いも大切に、今できることを精一杯やる。
―――形は違えど、夢を追いかける二人の仲間たちに教えてもらったこと。
夢への熱き思い……なんてセリフはちょっと臭すぎるかも知れないけど。
それでも、漫研と新聞部の手伝いで、それに近いものを感じた。
そして、大事なことを教えてもらった。
気づけばなんてことのないこと。
でも、問題なのは気づいたことじゃなくて、気づくことそのものなんだと思う。
多分、前は分かっていたけど、ずっと見失っていたもの。
そういう意味でも、二人と過ごした時間は大切なものとなった。
僕が迎えた十七回目の……一番熱い、この夏に。
心の中で、僕は一つ決意を固めた―――。
作者より……
ども〜作者です♪
Life三十四頁、いかがでしたでしょうか?
今回は優子エピソードの後編。
ついでに言えば、未穂エピソードから続いていた“夢”関連の話の最終回。
二人で1エピソード……というと彼女達に悪いですが、そういう側面もあります(^^;
さてそんな今回は、ちょっと短いながらも色々やらかしちゃってます(笑)
冒頭の“夢”然り、新聞部室での優子との会話然り。
前回もそうだったんですけど、なんでか優子だと色々深く突っ込んじゃうんですよね(^^ゞ
キャラの問題なのか、あるいは作者の暴走か(笑)
とりあえず重要なエピソードにはなってくるので、折をみて読み返してやったりしてください。
今回は優子もある程度出せたのでけっこう満足。
個別エピソードの割には少し短い気もしますが……まあ、これで出番終わりってワケじゃないですし(爆)
そして次回ですが、いよいよ夏休み編もラストワン!
学校祭も直前に控え、盛り上がっていきたいと思います。
誰がメインの話になるかは……まあ、予想を立てて楽しんでください(笑)
いつものごとく、期待しすぎない程度に期待して待つことはお忘れなく……。
それではまた次回お会いしましょう!
サラバ!(^_-)-☆by.ユウイチ




