第三十二頁「夢へのオン・ザ・ロード」
―――ウィーーン………ポテ。
クレーンゲームのアームに掴まれていたぬいぐるみが、景品取り出し口から落ちてくる。
可愛らしい熊のキャラクターだ。
「はいどうぞ、章くん」
そう言って獲物を差し出すのは、取った本人である未穂ちゃん。
いつの間にやら、僕のことを名前で呼ぶようになっていた。
「……ありがとう」
僕にはいささかファンシー過ぎる気がしなくもないが、一応は受け取っておく。
……それにしても、ここしばらくで随分とぬいぐるみが増えたな。
何せ未穂ちゃんが驚くほどこの手のゲームが上手いもんだから、やたらとプライズを取るのだ。
そのくせ取ってしまえば後の興味はないらしく、ほとんど僕にくれるからどんどん増えていくっていう寸法だ。
最近では処理に困り始めたので、茜ちゃんやあやのに配ったりもしている。
ちなみに、上手いのはクレーンゲームだけではない。
『必殺の、18連コンボーーー!!』
格闘ゲームをやれば、乱入から怒涛の10人抜きを達成してみたり。
操作が速すぎて、もはや手の動きがほとんど見えないぐらいだ。
ちなみに、途中でやめたのは負けたからではなく、『飽きたから』とのこと。
『某名人もビックリ、20連射ーーー!!』
シューティングゲームをやれば、圧巻のワンコインクリアを見せてくれたり。
最近のゲームはオートショットだから、連射する意味はない気がするけど。
……まあ、単なるパフォーマンスだろう。
『秘技、溝落としーーー!!』
レースゲームをやれば、どっかの豆腐屋ぐらいしかやらなさそうなテクで、コースレコードを量産したり。
……将来、スピード狂にならないことを祈るばかりだ。
とにかくその他諸々、未穂ちゃんはありとあらゆるジャンルのゲームに精通していた。
色んなゲームの筐体をよく見てみれば、どのスコアランキングも上位に『MIHO』の4文字が燦然と輝いている。
もはや下手な言葉で形容するより、とっとと脱帽してしまった方が早いような状況である。
―――ここ数日、未穂ちゃんの漫画を手伝った後は、ゲーセンに寄って帰るのが日課になっていた。
とは言っても、僕はほとんど遊ぶことなく、未穂ちゃんの超絶プレイを横で呆然と見ているばかりなのだが。
だが、それだけでも十二分に価値のある時間を過ごしていると思えた。
上手いプレイってのは、見物するだけでも価値があるってもんだ。
何より、楽しそうな未穂ちゃんを見てるとこっちも何だか楽しい気分になれるのだ。
……店側にしてみれば、僕達って心底嫌な客なんだろうな。
ほとんど金を落とさないクセに、長々と居座ってるし。
だからこそ、通っても軍資金を維持できるんだけども。
「さ〜って、次は何で遊ぼうかな〜っと♪」
ゲーセン荒らしの張本人は、楽しそうにゲームを物色している。
っとと、置いてかれないようにしないと。
………
………………
「いや〜、今日も遊んだ遊んだ!
やっぱ、気分転換にはゲーセンが一番ですな〜!」
ゲーセンを出るなり、大きく伸びをする未穂ちゃん。
その表情は満足感で一杯だ。
「ははは……楽しそうでなにより」
このやり取りも、既にお決まりのものになりつつある。
毎日これだけ楽しければ、そりゃあ気分転換にもなるってもんだろう。
その上お金はほとんど使わないわけだし、最高じゃないか。
「それにしても、ゲーセンには通いなの?
やたらと何でも上手いしさ」
「う〜ん……まあ、通いって言えば、そうかな?
中学生ぐらいの時からかな、漫画書いててアイディア出なかったりした時なんかに来るようになって。
あっ、後はせっぱづまってきた時のちょっとした気分転換とかね」
「へぇ、そうなんだ」
この場合は後者だろうな。さすがに、本格的にせっぱづまったら来れないんだろうけど。
「元々、家庭用のゲームも好きなんだけどね。
あれは家でやるから、ついつい作業を忘れていつまでもやっちゃうし。
それに、ゲーセンだと何とも言えないスリルがあるから、そこがいいんだよね」
「なるほど……」
家庭用ゲームでの下積みがあればこそってことか。
まあ、相当な回数来ているのは間違いないだろうが。
「家にはジョイステックタイプのコントローラーもあるんだよ」
「へっ、へぇ〜……珍しいもの持ってるんだね」
「まあね♪ 今度、見にきてみる?」
「あはは……機会があればね」
ジョイスティックって、あのゲーセンにある独特なスティックだよな……。
―――もしかして、未穂ちゃんってばゲームジャンキー?
「ここまででいいよ。私、バスだから」
「あっ、そっか。それじゃあ、また明日」
「うん。明日も頑張ろうね、章くん。バイバイ♪」
「バイバイ」
最後まで元気よく、未穂ちゃんは去っていった。
……明日も頑張ろう、か。
そうだな、もうちょっとで漫画も完成だし、気合入れてかからないと。
………
………………
「章くん、ここん所にゴムかけといて」
「分かった」
「あと、ここのトーンも。番号は指定してあるから」
「了解」
「それが終わったら、このベタもやっといて」
「りょ、了解」
午後の漫研室。僕はあれやこれやの作業を手伝っていた。
いわゆるアシスタントってやつだ。
……それにしても、アシスタントってこんなに大変な仕事だったんだな。
よく漫画家業は大変だって話を聞くけど、こうして自分でやってみると、身をもってそれを実感させられる。
あの日―――原作を提供した時から始まったアシスタント生活。
初めは未穂ちゃんも遠慮していたんだが、乗りかかった船ということで漫画の方も手伝うことにした。
原作兼アシスタントってことになるんだろうか。
まあ、アシスタントといったところで、大したことができるワケでもないんだけど。
せいぜい、今みたいにゴムかけしたり、トーン貼ったり、ベタをぬったりするぐらいなもんだ。
それでも多少は役に立ってるみたいだから、こっちとしてもアシスタント冥利に尽きる。
「―――ありがとね、章くん」
不意に、ペン入れ中の未穂ちゃんが呟いた。
「うん? なにが?」
「原作だけじゃなくて、執筆の方も手伝っちゃってもらってるから。
ただでさえ、ストーリーのことであれこれ相談しちゃったのに、その上で……だから」
「ああ、なんだ、そういうか」
さもこともなさげに言ってみる。
すると、未穂ちゃんは意外そうな顔になった。
「なっ、なんだって……負担じゃない? 生徒会の仕事とかもあるのに」
「ん……まあ、そりゃ仕事はあるけどさ。
元々、こういう細かい作業とかは好きだし。それに……」
「それに?」
……ここから先は、言うのが気恥ずかしいんだけど―――まあ、いいか。
「―――仲間だからね、未穂ちゃんは」
「仲間……? それって、執行部のってこと?」
「もちろん、それもあるんだけどさ」
……やっぱ、照れるな。
「物を創る、って意味での仲間、かな。
漫画とSSっていう差はあるけど、根っこにある部分は同じだと思うんだ」
そう。僕はそういう意味で、未穂ちゃんには強く共感を覚えていた。
特にここしばらくは、漫画製作のアシスタントもやってるし、距離が近くなったことでそれをより強く感じている。
……まさか、本人に面と向かって言うことになるとは思ってなかったけど。
「だからなのかな。創ることに頑張ってる未穂ちゃんのこと、なんとなく手伝いたくなっちゃうんだよね。
仲間意識っていうのかな? そんな感じで」
「そっか、根っこは同じ……か。
……うん、そうかもね―――ううん、そうかもじゃなくて、絶対にそうだよ。
ホント、ありがとね章くん!」
言いながら、未穂ちゃんはやたら嬉しそうな笑顔になったのだった。
「そう言ってもらえると、僕も嬉しいよ。
……とか、カッコつけたこと言ってるけど、僕って役に立ってるのかな?」
これ以上はさすがに恥ずかしすぎるので、ごまかすように言ってみる。
「もっちろん! 章くん、仕事は丁寧だし仕上がりも速いし。
私が一人でやるのと、章くんがアシスタントやってくれるのでは、大違いだよ」
「そっか、ならいいんだけど」
邪魔になってる……とはさすがに言わないだろうが、その可能性がなくはないからな。
まっ、“先生”がこう言ってくれてるんだ、僕も胸張ってアシスタントを頑張ろう。
………
………………
「んん〜」
ベタぬり作業のキリがいいところで、一つ大きな伸びをする。
もう4時か……。3時間近くも作業してたんだな。
「お疲れ、章くん。
ちょっと休憩しよっか? だいぶ疲れてるみたいだし」
「……うん、そうしてもらえるとありがたい。
ゴメン、なんか気をつかわせちゃったみたいで」
「ううん。私もちょうど休もうかなって思ってた所だし。
長い時間作業を続けると、質も効率も下がってくるしね。適当に休まなきゃ」
未穂ちゃんの言うとおりだ。その辺はSSも漫画も変わらないようだ。
「もうちょっとで完成だし、無理することないよ」
「それもそうだよね。
……でも、本当に秋の即売会の漫画は手伝わなくていいの?」
一応、このアシスタントは学祭用の漫画が完成するまで、という話になっている。
が、実際に自分でやってみて漫画を描く大変さを体験すると、本当にこの先は未穂ちゃん一人でいいのかと思うようになってきていた。
「元々は、私一人でやってきたことだからね。
それにあっちは完全に個人のものだし、さすがに悪いよ。
章くんのおかげで、だいぶスケジュールに余裕ができたし。
……そういう章くんも、生徒会の仕事、そろそろヤバいんじゃない?」
「うっ……それを言われればそうなんだけどさ」
実際、そこを突かれると痛い。
ここの所はこっちの作業にかかりっきりで、午後は生徒会にはノータッチだったし。
午前中は午前中で、みんなの助っ人に回ったりで自分の仕事ができなかったりとか。
「学祭用の漫画を仕上げてくれるだけでも、御の字だよ。
―――それに、優先順位つけるものでもないけど、今はこっちの方が重要だし」
「未穂ちゃん……」
確かに、学祭が終わっても漫研の会員が増えなきゃ、漫研がなくなっちゃうんだもんな……。
具体的に会員数を増やす方法……って言っても、あまりピンとこないけど。
みんなを感動させるような作品を書いて、それで興味をひくぐらいか?
何にしても、次回以降がある即売会と違い、学祭は完全な一発勝負。
そこに漫研存続まで懸かってくれば、こっちに力を注ぐのもむしろ当然なのかもしれない。
「―――漫研は大切な場所だから、できることがある内は精一杯やりたいんだ。
自分が大好きな漫画を描くことで、大切な場所を守れたら……それって最高だと思わない?」
「大好きなもので、大切な場所を……」
「そうそう。だから漫画を描くってワケでもないけどね」
何かを守るためにSSを書くとか、そういう経験は僕にはない。
SSを書くとしたら、それは常に自分のためだった。
漫研を守るっていうのも、突き詰めていけば行き着くのは自分のためってことなのかもしれないけど。
でも、未穂ちゃんが言っているのは僕のそれと少し違うと思う。
うまくは言えないけど……。
自分のやってる行為の裏に、明確な目的意識があるかないかの差、みたいな感じなのだろうか。
「なんか、すごいね……。そうやってはっきりと言い切れるって」
「そんなことないよ。色々言ってるけど、結局は自分が好きなようにやってるだけなんだし。
ん〜……単に、立場の違いだと思うよ。良くも悪くもさ」
「良くも悪くもって?」
立場の違いってのは、何となく分かる気がするけど……。
「何かのために頑張ろうって思えるのは良いことなのかもしれないけど、
そうやって気負いすぎちゃうのは、私はどうかなって思うから。そういうこと。
自分の好きなことなんだからさ、やっぱ難しいこと考えないで、素直に楽しみたいって思うし」
「…………」
「多分さ、どんなこともやり始めの頃って、ただただそれを楽しんでるだけだと思うんだ。
何も考えずに、新しい楽しみを満喫してて。そういう気持ち、大事だと思う。
もちろん、考えることも必要なんだろうけど……けど、きっとそればっかりじゃないよ。
初心を大切にってよく言うけど、たぶんそういう意味なんじゃないかな」
「初心、か……」
「そういえば章くんは、どうしてSSを書き始めたの?
きっかけとかさ、そういうの、ない?」
SSを書き始めたきっかけ―――。
ある……にはあるな。
あるとは言うものの、そう大層なものではない。
今の今まで、ロクに意識したこともなかったぐらいだし。
―――小学校の低学年ぐらいだったと思う。
何の気なしに、らくがき帳とかに小説らしき文章を書き始めた。
多分、それには父さんの影響もあったように思う。
今でもそうだけど、物を創る父さんの姿に強い憧れをいだいていたから。
結局は叶わなくなってしまった夢、それも幼心ながらに意識していた気もするし。
ともかく、それを茜ちゃんに見せたりなんかして。
そしたら、茜ちゃんが楽しそうにそれを読んでくれるのが嬉しくて。
……そう、そんな感じで小説を書くようになっていったんだ。
僕は思い出したがままを話した。
その頃はSSなんて言葉は知らなかったけど、やってることは今と変わらない。
媒体こそ紙からパソコンに変わったけど、それだって大した変化じゃないはずだ。
―――じゃあ、書いてる僕はどうなんだろうと考えてみる。
僕は、僕自身に変化はあったのだろうか。
技術面じゃなくて、精神面で何か変化は―――。
「そっか。じゃあ、章くんも私と似た感じだね。
漫画とかアニメが好きで、それよりなにより、絵を描くのが好きだったから。
それで、その内自分で漫画を描いて、優子や怜奈に見せるのが楽しくって。
今、こうやって漫画を描いてるのもその延長線上にある感じだし」
優子ちゃんや怜奈ちゃんとは小学校から一緒だったらしいから……。
多分、始めた時期も僕と似たようなものなんだろうな。
「小さい頃は、たいてい家で絵を描いてるかゲームしてるか……後は漫画かアニメって感じだったからね。
運動とか、あんまり得意じゃないからかな? あんまり外で遊ぶことがなくって
今もインドア派だけど、あの頃は超インドア派だよ」
未穂ちゃんは笑い飛ばしたが、もしかしたらその辺が今の近視につながっているような気がした。
弱度だとは聞いてるけど……。逆に考えれば、そんな生活なのによくそれだけで済んだもんだ。
もっと分厚い、牛乳ビンの底みたいなレンズでも不思議ではないような……。
まあ、その辺はきっと運がよかったんだろう。
「―――とかまあ、色々と偉そうに喋っちゃったわけだけど。
初心を忘れないようにとか、気負わないようにとか、そういうのに気づいたのって最近なんだよね」
「へっ? そうなんだ?」
「うん、まあ……ちょっと前まで、考えすぎなところとかあったし」
なんか意外だな。
漫画描いてる未穂ちゃんは生き生きしてて、何の迷いもなさそうだったし。
……って、それは色んなことに気がついたからか。
「即売会に本を出したりとかするとね、私の場合は余計なこと考えちゃうから。
読者に媚びる……って言うのかな、そういうこと考えちゃったりとかね。
それで変に力入っちゃって、自分が描くものに納得できなくなってた時もあったし」
「そういうのは……確かにあるかも」
僕自身、意識しない内にいわゆる“読者受け”を気にしてる部分もある。
ネットという場所で、多くの人の目に晒されるわけだから、気になるのが人情。
むしろある程度は気にしなきゃいけないんだろうけど……。
それに凝り固まって、自分で納得できるものが書けなきゃ何の意味もない。
「でしょ。でもさ、そういうのを乗り越えると、一皮むけられると思うんだよ。
あんまり大きなこと言える立場じゃないけど、私はそうだったし」
「じゃあ今は、自分で納得できるものが書けてるってこと?」
「技術的な面はもちろんそんなことないけど、心理的な面ではそうだよ。
描きたいものを描けてると思うから」
未穂ちゃんの言葉に偽りがないのは、即答したことからも明らかだった。
それに、ここしばらくの作業の様子を見てればうなずける話だ。
「―――それが理由ってことでもないけど、今度、新人賞に送ってみようって考えてるんだ」
「……新人賞」
遠い言葉、ということでもなかった。
僕だって意識の中にはあったからだ。
「櫻井先生……章くんのお父さんが送ったのと、同じ賞にって思ってる。
やっぱり憧れの人だからね、あやかるものでもないのかもしれないけど」
「そう……なんだ。
じゃあさ、未穂ちゃんは将来はプロの漫画家志望ってこと?」
「そうだね……そういうことになるよね。
もちろん、そうそう上手くいくほど甘いものじゃないってことは分かってるけど」
だが、未穂ちゃんの瞳には今までに見たこともないような強い光が宿っていて―――
「でも、漫画家になるのはずっと夢だったからね。
それに向かってできることなら、何でもがむしゃらにやっていきたいんだよ。
それが、夢への第一歩だと思うから」
「夢への、第一歩……」
そして言葉にも、同じく強い意志の光が秘められていた。
「章くんは? 章くんはプロとか賞とか、そういうのに興味はないの?」
「……どうだろう」
興味がないことはなかった。
事実、とあるライトノベルの賞用に書いている作品も一本ある。
意識の中にあるとは、そういうことだ。
その作品も、話そのものは完成していて今は最終調整の段階まできている。
要するに、完成寸前の状態ということだ。
―――だが、そこまできていながら、筆は完全に止まっていた。
やらなきゃと思っていつも心に引っかかってはいるのだが、どうしても筆が動いてくれなかった。
みんなには悪いが、生徒会の仕事や、それに漫研の手伝いだって逃げる口実にしているような、そんな状態だ。
「―――自分に、納得できてないから」
全てはそれが理由だった。
僕だって前々から、通用するものならプロの世界に挑戦したいとは思っていた。
そして、賞っていうのはその一つの道だってことも理解しているつもりだ。
……だけど、いざその門の前に立った今、それを叩く勇気を持てないでいる。
それは、書いたものが通用するしない以前に、自分が書いた物に納得できていないからで。
もちろん、保証なんていつまで経ってもできるものじゃないんだから、まずはぶち当たってみるっていう考えも分かる。
でも、今の僕はそれ以前の問題のように思えた。
書きたいものを書けているのか、読者に媚びているのか、それも分からない状態。
そんな中途半端な状態じゃ、何にもならないんじゃないかっていうのが、僕の考えだった。
もっとも、それすらも結論を先延ばしにする口実にしてしまっているのかもしれないけど……。
「……そっか。章くんがそう思ってるんなら、仕方ないよね。
章くんには章くんの考えがあるだろうから、私がどうこう言えることじゃないし。
でも―――」
そこで未穂ちゃんは微笑むと―――
「きっと見つかると思うよ。章くんの答えが」
やはり強い意志を感じさせる、あの声でそう言ったのだった。
………
………………
「「できたー!!」」
夕暮れ迫る漫研室に、僕たち二人の声が重なって響きあう。
学祭用漫画、その最終ページのペン入れと、最後のトーン貼りが終了したのだ。
「やったね、未穂ちゃん」
「ありがとう、章くん。でもこんなに速く完成したのは、章くんのおかげだよ。
それに、私一人じゃそもそも描き始められたかも怪しいし……。本当にありがとう」
「仲間、だからね」
「……そうだったね」
そう言って二人で笑いあった。
終わってどっと疲れがきたけど、それ以上に気分がいい。
「それに、お礼を言わなきゃいけないのは僕のほうだよ」
「へっ?」
「夢が叶ったから」
「夢?」
これについてはずっと黙っていたが、今なら言える気がした。
「父さんに、僕の原作で漫画を描いてもらうっていう夢。
もちろん未穂ちゃんは父さんじゃないから、勝手な話かもしれないけど……。
未穂ちゃんの漫画の中に、父さんを感じたのは確かだから」
「章くん……」
そう言うと、未穂ちゃんは何ともいえないしんみりとした顔を見せて。
「ほんっとにキミは、すまし顔でなんでも言ってくれちゃうんだから♪
……嬉しいよ、ありがとう。
私じゃ櫻井先生の域にはまだ到底たどり着けないけど、そう言われると頑張れるよ」
そして、いつもの弾ける笑顔になった。
あの日、原作に悩んでいた少女はもういない。
「―――それが分かったなら、きっとゴールも近いね」
「えっ、なんか言った?」
「なんでもな〜い! それより、漫画を読んでみたら?」
何か聞こえた気がしたけど……気のせいかな?
ともかく、促されるまま仕上がった漫画を手に取った。
ある意味では、夢の結晶とも言える作品。
―――父さんの漫画を愛してくれる未穂ちゃんと、父さんに影響されて物を創ることを始めた僕。
その二人で創り上げた作品には、やはり父さんの漫画にある何か、そしてそれだけじゃない何かが感じられる。
そして読んでいく内に、不思議と心にかかった霧のようなものが晴れていくような感覚を覚えた。
それは未穂ちゃんの漫画の力なのか、あるいは夢が実現した結果なのか。
どちらにせよ、感慨深さを感じずにはいられない。
少しだけ、父さんに近づけたような気がする。
「どう?」
「うん、いいと思う……それもすごく。
はは、自分で原作提供しておいて言うのもナンだけど」
「そんなことないよ〜。章くんのSS、めちゃくちゃいいもん。
謙遜することなんてないって」
「そう? でも、漫画を描いたのは未穂ちゃんだしね。ほんとに、お疲れ様」
未穂ちゃんは色々言ってくれるが、原作を漫画として完成させたのは彼女なわけで。
彼女の努力は、間違いなく賞賛に値するものだ。
「これなら、きっとみんなにも胸を張って見せられるよ。
だから……漫研の展示、頑張ってね」
「―――うん!」
僕の言葉に、未穂ちゃんは力強くうなずいた。
僕にできることは、後は成功を信じて見守ることしかないけど。
ここまで強い意志を持っているなら、きっと漫研の未来も明るいな。
未穂ちゃんと作業することで、考えさせられることもたくさんあった。
でもそれ以上に、得るものが大きかったように思える。
ゴールがどこにあるかなんて、全然見えないけど……。
でも、何とか前を向くことだけはできそうな気がしてきた。
答えはきっと見つかると、大切な“仲間”である未穂ちゃんがそう言ってくれたのだから。
ならば、その言葉を信じて頑張ってみるのもきっとアリだろう。
いつか、自分で納得できるものが書けると、そう信じて―――。
「いや〜、それにしても、章くんをずっと独りじめにしちゃってたから、なんだかみんなに悪いな〜」
「えっ? でも、アシスタントしてる間も午前中はみんなの手伝いしてたから、多分大丈夫だよ」
「いやいや、そういう問題じゃないんだよね〜、これが」
……未穂ちゃん、何のことを言ってるんだ?
「あ〜あ、SSのヒントはつかめても、こっちの方面はやっぱり全然ダメだね」
「へっ……へっ?」
こっち方面って何の方面なんだ?
仕事の話じゃないのか?
「まあ、そっちの方が章くんらしいけどね」
「やっ、だから何のこと?」
「にゃはは♪それもきっと見つかるよ、章くんの答えが!」
「ちょっと未穂ちゃ〜ん、ごまかさないでって!」
「さってと、ニブチンくんはほっといて、そろそろ帰らなきゃね〜」
「未穂ちゃ〜ん!!」
だからなんなんだよ!
って言うか、ニブチンってなにさ!?
―――それにしても……しっかり自分が見えてるところとか、ちょっと尊敬したりもしたのに。
やっぱり未穂ちゃんは未穂ちゃんだな。
でも、自分のペースを崩さないってのも未穂ちゃんらしいか。
そこがいいところなんだし。
この素晴らしい仲間と、こうして夢を追いかけていけたら、長い道のりも苦ではないような、そんな風に思えた。
ひとつの夢が叶った、真夏の今日この日。
もうひとつの夢への道の途中で、確かな変化を胸の中に感じながら。
まずは前を向いてみようと思ったのだった―――
作者より……
ども〜作者です♪
Life三十二頁、いかがでしたでしょうか?
今回は見ての通り、未穂編の後編となります。
今まではおちゃらけた印象が強かった未穂ですが、そんな彼女の新しい一面を見てもらえたらなって思います。
結局恋愛には絡んでこないままでしたけど(笑)
まあ、きっと最後まで傍観して面白おかしく過ごすことでしょう。
このエピソードはちょっと短めですが、今後の重要なファクターとなるエピソードです。
何か気づいたら……その時はもう一度読み返してやってください(笑)
次回からは個別エピソード三人目、新聞部長の優子が登場です。
どんな話になるのか、期待しすぎない程度にご期待ください。
それではまた次回お会いしましょう!
サラバ!(^_-)-☆by.ユウイチ




