第二十七頁「明先輩の秘密」
「……マジで来ちゃったよ」
バスを降りると目に入る、現在の僕の陰鬱な気分とは正反対の、清々しい情景。
―――青い海! 白い砂浜! 照りつける太陽! これぞ真夏の海!
……と、遊びに来てるんならこんなのんきなセリフも言えそうなもんだけど。
今日はそういう用件じゃないから、そういうわけにもいかない。
それにまあ、島の西地区の海でそう騒ぐものでもないだろう。
所詮、地元は地元だ。
……こうでも言わないと色々と悔しくてやってられないわけだが。
しかし、中型バスを貸切とは、志木高女子ソフト部もなかなか金があるな。
自転車で来れないこともないのに……って、それだと練習する前にヘロヘロか。
それにしても―――。
「今日から半ボランティアの、3泊4日強制労働ツアーが始まるんだなぁ……」
「な〜に人聞きの悪いことを言ってんのよ、アンタは」
呆れた口調でそう言ったのは茜ちゃんだった。
「だってさー。ホントなら、今ごろクーラーのきいた部屋で、ゴロゴロと有意義な夏休みを送ってるトコなんだよ?
あっ、でも、あやのがいないなら、昼まで寝てるかもしれないな」
「アンタね〜……どんだけ自堕落な夏休みを送るつもりだったのよ。
そんなんじゃ、冗談抜きでしなびて死んじゃうわよ?」
「そうだよお兄ちゃん。ただでさえ生活リズムがむちゃくちゃなんだから。
そんなことしてたら、新学期から学校に行けなくなっちゃうんだから」
「まあ、章らしいと言えばらしいけど……ここまで来たなら、大人しくあきらめなさい?」
次々とバスから降りてきたあやのと翔子ちゃんに好き放題言われる。
……みんな、僕が正規のマネージャーじゃないってことを忘れてるんじゃないだろうか。
「いや、みんなは心の準備をしてきてるかも知れないけど、僕なんか昨日の今日だし」
「ホラホラ、ここまで来たら野暮なことは言いなさんなって、桜井」
「明先輩……」
最後に降りてきたらしい明先輩にも声をかけられた。
「完全ボランティアってワケでもないんだし。
それに、桜井も納得の上できてるんだからさ」
「あれだけ頼まれたら、断ろうにも断れませんよ」
「そう言いながらも来てくれるのが、桜井のいい所さね。
今日から4日間、頼んだよ」
なんだか上手い具合にまとめられてしまった感があるが、明先輩の言うことに間違いは無かった。
確かに僕がここに立っているのは、曲がりなりにも僕の意思だった。
……何のかんのと、お人よしだな、僕も。
「よ〜っし、全員いるね。それじゃあ今から旅館の方に移動するよ!」
明先輩の一声で、部員全員が歩き始めた。
いよいよ、ソフト部夏合宿の始まりである。
………
………………
旅館の人にあいさつを済ませた後、みんなはそれぞれの部屋に散っていった。
この後、着替えてから軽くミーティングがあるらしい。
―――で、僕は明先輩に連れられて、とある部屋に来ているのだが……。
「それじゃあ、桜井の部屋はここだから。
頃合いになったら迎えに来るから、準備して待ってて」
「あの……明先輩」
「ん、どうした?」
「僕の部屋って、本当にここなんですか?」
「そうだけど……何か問題でもあるかい?」
いや、別に問題はない。
って言うか、雑魚寝みたいなみんなに比べれば、この部屋は恵まれている方だろう。
―――倫理的な問題はともかく。
「おやおやおや、もしかして桜井は、先生と同じ部屋は嫌なのかな?」
「それとも、男の子が一人だからちょっと息苦しいとか?」
「いっ、いや、別にそういうわけじゃないんですけど」
華先生と崎山先生と相部屋って……いいのか?
「いやあ、悪いね桜井。予算の都合とか色々あってね。
まさか部員のみんなと一緒な部屋ってワケにはいかないし。
まあ、先生二人と仲良くやっておくれよ」
「でも、僕だって一応男ですよ?」
そうなのだ。
その辺、先生コンビは気にしないのか?
「ははっ、そんな“一応”ってつけなきゃダメなくらいなんだし、その辺は気にしなくていいから」
「華先生、それはそれでショックなんですが……」
「私も別にかまわないから、4日間よろしくね」
「……ならいいんですけど。
分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします」
二人の性格からいって、確かに問題はなさそうな気もするが。
それに所詮は先生と生徒、子どもに見られてもしょうがないか。
―――そもそも間違いを起こす気はさらさらないし、崎山先生はともかく、華先生相手ではそんな勇気もない。
「よし、問題ないね。それじゃあ、あたしはもう行くから。
―――っと、忘れるところだった。桜井、これを読んどいて」
そう言って明先輩は、ホッチキスで留めたルーズリーフの束を差し出してきた。
一枚目の表には、『マネージャーのしおり』とある。
「明先輩、これは?」
「読んで字のごとく。色々と書いてあるから、迎えに来るまでに一通り目を通しといて。
じゃあ、今度こそミーティングに行ってくるよ」
そう言うと、明先輩はさっさと行ってしまった。
キリのいい所で、さっきから気になっていたことを華先生に聞いてみた。
「そう言えば、華先生は顧問だからともかく、何で崎山先生まで引率で来てるんですか?」
「ああ、それならね。副顧問の前嶋先生のちょっとした都合よ」
「副顧問の先生、ですか?」
「そうそう。合宿の引率は最低二人でやらなきゃダメなんだけど、前嶋先生って子持ちでしょ?
家族サービスとかなんとか、けっこう大変みたいなの」
「はぁ……」
所帯持ちってのも色々とあるんだな。
……大人の事情というやつか。
「それで、望に代打を頼んだってわけ。
それに望は養護担当だし、いてくれればいざって時に助かるし」
「私も、合宿とかみんなで集まるのが好きだから。特に用事もなかったし、いいかなって思って」
「なるほど」
さすがは親友同士、お互いを分かってるな。
「あっ、そうだ―――桜井、私たちが名前で呼び合ってたの、学校では内緒だからね」
「別にいいですけど……今さら隠すことでもないんじゃないですか?」
二人が学生時代からの付き合いだというのは、もはや志木高生にとっては周知の事実である。
どうこう言うほどのものでもない気がするが……。
「まあ一応ね、一応。合宿とはいえ公の場なワケだし。
こういうのにうるさい先生がいないこともないから」
……こういう発言の方が、よっぽど問題ありそうな気がするけどな。
まあ、これも大人の事情ってことにしておこう。
「それじゃあ、私たちはちょっとミーティングを覗いてくるから。
望、行きましょ」
崎山先生がうなずくと、明先輩に続き二人も部屋を出て行った。
これで部屋には僕一人が残されたことになる。
「さて……それじゃ、しおりを読んでみるかな」
パラパラとめくってみると、仕事内容やらなんやらが書いてあった。
それぞれの仕事に注意点がメモしてあったりと、なかなか細かく書いてある。
「え〜っと、なになに……主な仕事はドリンク作りや計時、それから昼食作りなどなど。
―――けっこう忙しそうだな」
さすがに、いつもの臨時マネージャーよりは仕事量が多いようだ。
炎天下でこれが4日間も続くとなると……ちょっと気が滅入ってくるな。
「今日のスケジュールは―――午前中は浜辺で走ったり、筋トレしたりか。
で、午後は球場に移っての練習、と」
こちらも、各練習の簡単な説明と、マネージャーがやる仕事がメモしてあった。
……読むだけでもキツそうなメニューだ。
やっぱ、強豪と呼ばれるにはそれなりの理由があるらしい。
「へぇ〜、あさってには練習試合もあるんだ」
どこの学校が強いかは知らないが、多分それなりの所を連れてくるんだろう。
わざわざ本州から呼ぶぐらいなんだからな。
たしか大会がけっこう近いらしいから、その調整といった所だろうか。
一応、この合宿も直前合宿的な意味合いが強いらしいし。
「―――それにしても、明先輩って意外とマメなんだな」
しおりを見てそう思った。
細かい仕事ひとつを取っても、丁寧に説明してある。
そもそも、わざわざしおりを準備してくれている辺りからしてマメだ。
加えて、字もかなり綺麗だし。
先輩が書いたものを見るのは初めてだが、これまた意外だった。
ああいう豪快な性格しているから、もっとおおざっぱかなって思ってたけど……。
部活に限ってなのか、それとも元々そういう性分なのかはともかく、明先輩の新しい一面を見た気がした。
………
………………
真夏の日差しが天から降り注ぐ。まさに肌をジリジリ焼かれているような気分だ。
―――って言うか、暑っ!? 暑すぎだろこれ!
現在、午前中のメニューということで、みんなは浜辺でトレーニングしているのだが……。
これはシャレにならん暑さだ。
日光はもちろん、砂浜の照り返しも容赦がない。
……よくこんな中で練習できるもんだな。立ってるだけでも疲れるのに。
入部したての1年は別メニューとはいえ、それでもキツそうだし。
はっきり言って、僕はついていく自信がない。いや、胸張って言えるセリフではないのだが。
とはいえ、僕だってただボ〜っとしてればいいわけじゃなくて、色々とマネージャーの仕事もこなさなければならなかった。
これだけ暑いと、連続した練習は熱中症になったりとかで危険らしく、結構マメに休憩があるから、
それに合わせてお茶だのドリンクだのを用意しなきゃならないのだ。
他にもランニングの計時をしたり、筋トレの回数を数えたりとか。
この辺の仕事は、手順としては今までに何度もやったことがあるから問題ないのだが……。
想像以上に忙しいな、これは。
加えて暑いし。あやのが言った通り、帽子を持ってきて正解だったな。
「さくらいー、タオルよろしくー!」
「はーい!」
……明先輩も使えるものはトコトンまでって感じだな。気持ちは分からなくもないが。
とりあえず、タオル持ってくか。
「お疲れ様です、明先輩」
「おっ、サンキュ。それじゃあ、みんなにも渡してやってくれ」
言われた通り、部員みんなにタオルを配って歩く。
入部して間もない1年生は、知らない顔もまだけっこういるが、2年生以上になるとほとんどみんな知っていたりする。
あっちも、部外者の僕がマネージャーをしているのに抵抗がないのか、普通にタオルを受け取っていた。
―――いかにソフト部の手伝いをしてるかってのが分かるな。
「お疲れ、茜ちゃん」
「ありがと、章。サボらずにやってるみたいね?」
「まあ、僕もやるとなったらやる男だからね」
「なに言ってんのよ」
いつものように、茜ちゃんは苦笑気味だった。
……まあ、この辺の親しい知り合いがいるせいで、部内で顔が変に知れ渡ってるってのもあるかもしれないな。
仕事がやりやすくなるから、こういう時にはありがたいけど。
「桜井、後は私がやっとくから、望と一緒に昼食作っといてくれる?
おにぎりをひたすら握ってくれればいいから」
「分かりました」
今度は華先生からの指示で動くことになる。
明先輩プラス華先生の組み合わせじゃ、重労働は免れないな……。
この後、崎山先生とおにぎり製作に勤しんだのであった。
………
………………
昼食、それから食休みのちょっと長い休憩をとった後、今度は球場に来ていた。
んで、今は華先生のノックを手伝っているわけだが―――。
「次、ライト!」
―――カキンッ!
華先生が声をかけると、宣言どおりライト方向に浅いフライが飛んでいく。
ライトは3年の先輩だったが、ギリギリの所でこれをキャッチする。
(さすがだな……)
ノッカーは華先生なのだが、相当上手い。
さっきから、言った通りの位置に球を飛ばしたり転がしたりしていた。
いつもは明先輩がノッカーで、こちらもそうとう技術が高いが、華先生はそれをも上回っていると思う。
どこかで聞いた話だが、華先生も志木高の出身で、しかも女子ソフト部のキャプテンだったらしい。
そういう関係もあってソフト部の顧問をやっているんだろうが……肩書きは飾りじゃないってことだな。
「次、ショートいくよ!」
―――カキンッ!
今度はショート―――明先輩の守備位置に鋭い打球が飛んでいく。
普通に守れば内野を抜けていくような、強烈な当たりだ。
……が、これを明先輩は腕を伸ばしてキャッチ、素早く一塁に送球した。
どんなに足が速くても、間違いなくアウトになると思われるタイミング。
(こっちもさすがだ……)
明先輩も、名前だけのキャプテンじゃないないってことを存分に見せつけてくれている。
さっきから何度もショートへ打球がいっているが、明先輩は一度もミスすることなく、そのすべてをキャッチしていた。
人一倍声も出しているし、ホント、さすがはキャプテンといったところだ。
「桜井、ボール!」
「あっ、はい!」
……いかんいかん、ボケッとしているヒマなんてないんだった。
気を抜くとすぐに“球切れ”になるからな。
ソフト部の華麗な守備を堪能した後は、ミニゲームのスコアラーを任された。
打撃も投球もハイレベルで、名門と呼ばれるその実力を、いかんなく発揮していた。
う〜む……今さらながら、えらいところの合宿に来てしまったもんだ―――。
………
………………
「あ〜、やっ……っと終わったよ」
入浴、夕食を済ませ、今はようやく自由時間を迎えていた。
とはいっても、もう全身くたくたでとても動けそうにないが。
畳の上に、大の字になって寝転がる。
元々ちょっと広い間取りのようで、こういう贅沢な使い方も可能なのだ。
「さくらい〜、あんた、もうちょっと体力あると思ってたんだけど?」
「……勘弁してくださいよ華先生。
こんなに暑い中でずっと外にいたのなんて初めてなんだし」
「あ〜あ、最近の若い子は体力なくっていけないね」
「ほっといてくださいよ」
「まあまあ華。その辺にしておいてあげたら? それに、桜井くんは正規のマネージャーじゃないんだし」
あ〜……崎山先生は優しいな〜。やっぱ保健の先生は違うよ、うん。
「まっ、それもそうね。よく働いてくれたのは間違いないし。
とりあえず、明日からも頼むわね」
「は〜い……」
「ほらほらほら、いつも言ってるでしょ、返事はシャンとしなさいって」
「はいっ!」
「うむ、よろしい」
「くすくす」
何がおもしろいのか、崎山先生は僕らのやりとりを見て笑っていた。
残りの3日間、ホントに持つかな?
―――色んな意味で。
「でも、本当に桜井くんってえらいね。
自分の部活でもないのに、嫌な顔ひとつせずにマジメに働いて」
「いや、まあ……やるとなったら、半端はしたくないですから」
「それに、陽ノ井さんや妹さんもいるし?」
「なっ!? 茜ちゃんやあやのは別に関係ないですよ!」
なんつーことを聞いてくるんだ!?
崎山先生、やはり“あの”華先生の親友だけあって、あなどれん……。
「そっか〜。じゃあ、本命は島岡さん? それとも、先輩の福谷さんなのかな?」
「だからっ! 何でそういう話になるんですか!?」
「え〜、だって気になるじゃない。みんなのそういう話を聞くのって楽しいし」
「……勘弁してください」
切実に。この人もやっぱ只者じゃない。
「ふ〜ん……いいんだけどね、別に。
でも、話したくなったらいつでも話してね?」
「はぁ」
そんな時は一生来ないかと思いますが……。
―――何となく、いづらいな。
このままここにいたら、先生コンビにずっといじられそうだ。
かと言って茜ちゃん達の部屋に行くのも結局同じことだし。
それに、女の子ばっかりの部屋に男が乗り込むってのもどうかと思う。
……とりあえず、夜風にでも当たってくるか。
そう思い立つと、先生に軽く断りを入れてから外に出た。
………
………………
そういう訳で、午前中に練習した砂浜にやってきていた。
空は一片の雲さえなく、月と星がきれいに見えている。
……なんか、今日初めて落ち着いた時間を持てた気がするな。
朝は早くてなにかと慌しかったし、練習中もほぼ絶え間なく働いてたし。
加えて部屋に戻ったら戻ったで、あんなのがいるし。
合宿に落ち着きを求めるというのが、そもそもの間違いな気がしなくもないが。
それにしても、今日は新鮮な一日だったな。
いくら日々マネージャーの手伝いをさせられているとは言え、こんなに長い時間練習を見てたことはなかったしな。
やることや見るもの、目新しいものがたくさんだった。
それに、今日はソフト部のみんな……主に、茜ちゃんや翔子ちゃんといった近しい人達の新しい一面を見れた気がした。
中でも、明先輩は特にそうだな。
今までは単に強引で豪快な人ってイメージしかなかったけど、それだけじゃないのが分かった。
細かい所で気配りしてたし、やっぱキャプテンなんだなって感じだ。
多分キャプテンだからそうしてるわけじゃなくて、そうだからキャプテンになったんだと思う。
そんな印象を受けた。
気持ちいい夜風を浴びながら砂浜をゆっくり歩いていると、前方に座っているらしき人影が見えた。
(誰だろう?)
もしかしてソフト部の誰かかと思って近づいてみると、その通りの人が座っていた。
「明せんぱ―――」
声をかけようとしたが、言葉が音になりきる寸前にそれをやめた。
……そうすることがためらわれたから。
(なんで、あんな顔してるんだろう……)
月明かりに照らされてぼんやりと見えた明先輩の表情は、いつものものじゃなくて。
今にも折れてしまいそうな、そんな弱さを感じさせる表情。
明先輩は、いつもの先輩のイメージからは想像もつかない、そんな悲しい顔をしていた。
もやがかかったみたいに視界がはっきりしない世界の中で、まるで月明かりのスポットライトを浴びたかのように、
いつもとは正反対の明先輩が目に飛び込んできていた。
かける言葉もなく、かと言ってその場から動くこともできずに立ち尽くしていると、明先輩と目が合った。
「桜井?」
「あっ! そっ、その……こんばんは」
「? どうしたんだい、そんなに慌てて」
「別に、何でもないです」
「そうかい? まあ、いいけどね」
ふぅ……うまくごまかせた、かな?
とりあえず、じっと見ていたことには気づいてないらしい。
「あの、となりいいですか?」
「ああ、構わないよ」
明先輩の許しをえて、その隣に腰をおろす。
こっそり表情を盗み見たが、これといって変わった様子はなく、いつもの先輩だった。
まるで、さっきのは幻だったとでも言うかのように。
「どうしたんだい、こんな所で」
「ちょっと……散歩みたいなもんです。先輩は?」
「あたしもそんなトコだね。人が多いもんで、ちょっと部屋が暑くて」
どうにもそれだけには思えなかったが、そうやって言うわけにはいかないので、素直に言うことを信じることにした。
「先輩、今日はお疲れ様でした」
「ああ、ありがと。桜井も、お疲れさん。
桜井みたいに優秀なマネージャーがいると、本当に助かるよ」
「そんな……僕なんか全然ですよ。
先輩が作ってくれたしおりがなかったら、分からないことだらけだったと思うし」
「そうかい?」
「そうですよ。細かい所まで注釈が書いてあったし、今日動けたのは、あれのおかげです」
「はは……今日はやけに持ち上げるんだね、桜井」
そう言って明先輩は照れたみたいに笑った。
こういう先輩も珍しいんじゃないだろうかと思う。
「しおりと言えば……先輩って、字が綺麗なんですね。
なんか、ポイントおさえて書いてあるっていうか」
「さあ、どうだかね。昔、習字やってた影響かもしれないね」
「へぇ〜。ちょっと意外かも」
「父親が厳しくてね。他にも色々やらされたよ」
「…………」
何でだろう、こんなに寂しそうな―――さっきみたいな顔をするのは。
「色々聞きたそうな顔してるね?」
「えっ、あの、その―――」
「いいよ、無理しなくて。言ってごらん」
「……一人暮らししてるのと、お父さんって何か関係があったりするんですか?」
ほとんど直感に近かったが、そんな気がした。
何となくだが、厳格な父親のイメージが脳裏に思い浮かんだ。
「……まあね。
―――高校受験の時だったよ。父親と進学のことで大ゲンカしてさ。
そのまま、勢い余ったあたしは家出。
それから後はSeasonのマスターに拾われて、色々あってあのアパートに住むことになったのさ」
「…………」
返す言葉がなかった。
いつも明るくて―――本当に、名は体を表すを地でいく明先輩。
そんな明先輩に、こんなにも重い過去があったのが衝撃的すぎて。
かなり端折っているのだとは思うけど、それでも十分すぎるインパクトがあった。
あまりの事に、黙ることぐらいしかできそうなことが見つからない。
「もう昔の話さ。そんなに暗い顔になりなさんなって」
明先輩が明るく言い放つ。表情からは、その心を読み取ることはできそうにない。
「……その後、ご家族とは?」
「音信不通―――って言うと、ちょっと語弊があるかな。
両親とは会ってないけど、妹が志木高にいるからね」
「えっ……?」
「桜井、あんたのクラスに、生徒会長の福谷つばさがいるだろ?」
「はっ、はい」
つばさちゃんの名字は福谷。そして、明先輩の名字も福谷……。
―――まさか!
「あの娘、あたしの妹なんだよ。
まあ、つばさは気づいてないみたいだし、あたしから声かけたこともないけどね」
「っ!」
予想はできていたはずだ。
……なのに、思わず言葉を失ってしまった。
「明先輩、それって―――」
「さて、なんだか今日は喋りすぎちゃったね。
そろそろ宿に戻ろうか。あんまり夜風に当たると、体に毒だし。
桜井も、明日に響くよ?」
「…………」
もう話すことは無いと言わんばかりに、図ったようなタイミングで先輩が言葉をかぶせてきた。
そのまま、明先輩はこちらを振り返ることもせずに旅館の方へ歩いていってしまう。
だけど、僕の方はそんな簡単に立ち上がることができるはずもなく。
ぐちゃぐちゃにかき回された思考を何とか整理しようと、ただただ、必死に頭を回転させるしかなかった。
(明先輩とつばさちゃんが姉妹で……一体、何がどうなってるんだ……)
まとまらない思考の中、寂しげな明先輩の表情だけが、何度も何度もチラつくのだった―――。
作者より……
ども〜作者です♪
Life二十七頁、いかがでしたでしょうか?
いよいよ合宿が始まりました!
ちなみに、作者はソフトボール、見るのは好きですが、実際はズブの素人なので、
『こんな練習じゃね〜よ!』と思っても勘弁してやってください(^^ゞ
なお、知識提供してくださる方がいたら、是非お願いします。
それから、志木ノ島高校は関東の高校なので、この時期(7月下旬)の直近の大会といったらインターハイになりますが……。
ちょっと調査不足で、作者は関東大会が直近のつもりで書いていました。
……高校野球の日程とは違いますよね、そりゃ(^^;
調べはしたんですが……完全に調査不足でした。申し訳ないです。
一応、以前にぼやかして“地区大会優勝”としておきましたが、あれは6月の頭なので、現実の日程に沿えば、
それが関東大会で、もうすぐあるという大会はインターハイ(8月頭)です。みんな今ひとつ喜んでないですが(^^;
今さら修正するのも混乱を招くと思うので、修正はしません。ご了承ください。
言い訳が続きましたが、本編は色々と急展開です。
まあ、明先輩の名字をみれば予想はつく話ではあるんですが(笑)
次回は明先輩編その3。彼女の妹が登場……もう誰か分かりますよね?
いつものごとく、期待しすぎない程度にご期待ください。
それではまた次回お会いしましょう。
その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ




