第二十四頁「17th...」
―――キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
4限目終了のチャイムが鳴った。
……と、同時に騒がしくなる教室。
先生はまだ授業を続けたそうな雰囲気だったが、
室内の雰囲気に押し切られる形で、終わりの礼もなしでそのまま授業終了と相成った。
そんな騒ぎの中、授業が終わるなり生徒会室へと向かう。
もちろん、2−Aの他の執行部員も一緒だ。
今日は水曜日……学校祭に関する定例会がある日である。
「あ〜あ……明日から期末テスト期間だよなあ。
ったく、県大会も近いってのに」
生徒会室に向かう途中、光と先頭を歩いていた圭輔が、おもむろに口を開いた。
「まあ一応、俺達の本分は学業だからな。テストは避けて通れないだろ。
それに、テストがあるのはどこの学校だって同じなんだから、条件は一緒だろ?」
「それがそうでもねぇんだよ。強豪校の野球部は、テスト期間も登校禁止期間もなんのそので練習してるらしいぜ。
のん気にテストなんかやってるから、ウチの野球部はいつまで経ってもベスト4止まりなんだよ」
「そんなこといって、お前は単に勉強したくないだけじゃないのか?」
光が相変わらずの滑らかさで突っ込んだが、図星だったのか圭輔は「うるせぇよ」と返しただけだった。
「圭輔、今の内に言っておくけど、今回のテスト期間も、時間いっぱいまで私と勉強会だからね」
さも当然と言わんばかりの口調で翔子ちゃんが言った。
「うげっ! お前のスパルタ指導はもう勘弁だぞ!?」
「ダ〜メ。アンタは目を離すと、すぐに野球の練習始めるんだから。今回は中間の時よりキツくいくから、覚悟しなさいよ」
「あ〜……俺も甲子園常連校に入って年中野球してぇ……」
「まっ、いくら私立とはいえ、創設10年そこそこの高校にそれを期待するのは無理ってもんだな」
「光、そうはい言うがな。志木高野球部だって実は―――」
「甲子園出場1回に、プロ野球選手も一人輩出してる。そう言いたいんだろ?」
その話なら、僕も何度となく聞かされたことがある。
志木高に入るとなった時から、圭輔がしきりに言っていたからだ。
詳細は忘れたが、その野球選手は今どこぞのチームの中心選手として大活躍中らしい。
そして、その選手は圭輔にとって憧れの存在でもあるのだ。
「わ、わかってんじゃねぇか……」
「んでもって続きは『そして俺達の代が3年になった暁には二度目の甲子園出場を果たし、俺は志木高出身プロ2号になる』……だろ?」
「そこまでわかってんなら、今すぐテスト期間なんかなくして、その目標達成のための足がかりをだな―――」
「その辺にしとけ。それに、先輩が甲子園に出た時だって、テスト期間はあったと思うぜ?」
光の的確な指摘で、ついに圭輔も黙った。
圭輔の性格からいって、対抗意識からこれで勉強にスイッチが入るかもしれない。
「……萩原くんと和泉くんって、本当に仲がいいんだね」
傍観者気取りで圭輔達のやり取りを見ていると、不意に、横にいたつばさちゃんに声をかけられた。
「そうだね。なんて言うか……独特の“間”があるんだよね、あの二人。
ホント、いいコンビだよ」
しかも、光はああやって圭輔をあしらっているように見えて、実際はかなり彼のことを買ってたりもする。
直情型の圭輔と冷静な光……あれはあれで、バランスが取れてるのかもしれない。
「コンビっていうか、トリオだよね。章くんも入れて」
「僕は……どうなんだろう。まあ、そう言われればそうかも」
「だって、1年の最初の頃からいつも三人一緒だったし」
確かにつばさちゃんの言うとおりだから……そう思われても不思議じゃないけど。
でも僕と圭輔、あるいは光との距離って、圭輔と光の距離より微妙に遠い気がするんだよな。
別に避けられてるとかじゃなくて、僕以上にあの二人の波長が合ってるって感じだけど。
「章くんって本当に色んな人と仲がいいから……羨ましいな、そういうの」
「えっ? 別に友達が特別多いってわけじゃないと思うけど?」
それにつばさちゃんだって、色んな人に慕われてると思う。
会長選挙活動の時がそうだったし。
「そういうんじゃなくて……何ていうか、章くんの周りっていつも楽しそうだから」
どうなんだろうか。そんなこと、深く考えたことがなかった。
単に野次馬根性が強くて、色んなことに首を突っ込んでいる内に騒動に巻き込まれている感もある。
「羨ましいな、本当に」
続けて、つばさちゃんが呟くように言ったが、つばさちゃんだって友達は多いと思う。
彼女が言いたいのは、多分そんなことじゃないんだろうとは思うけど……。
まあ、無理にそれが何かを聞く必要もないか。もう生徒会室に着いちゃったし。
生徒会室に入るちょうどその時、文化部三人娘と、吉澤一行ことアイドルトリオもやってきた。
これで執行部全員集合だ。
この集まり、別に席順とかは決まっていないはずなのだが、いつの間にか定位置が決まっていた。
会議がしやすいよう、生徒会室の机はコの字型に並べられているのだが、みんな座る位置がいつも同じなのだ
「あれ? 章、アンタお昼ご飯は?」
「へっ?」
全員が定位置につき、さあ今日の会議を始めましょう……ってところで、茜ちゃんの一言。
この会議、当然のように昼食持ちこみなのだが―――僕の席に、弁当箱はない。
「……多分、教室に忘れてきた」
「アンタねぇ……しっかりしなさいよ。もうボケが始まってるの?」
「いやあ、参っちゃうよね」
「はぁ……バカ」
いや、仰る通りで。
「ごめん、つばさちゃん。ちょっと教室に弁当取りに行ってくるよ」
「あっ、うん。急がなくていいから」
「了解」
……つばさちゃんはああ言ってくれたけど、のんびり歩くわけにもいかないだろう。
走っていくとするか。
「はぁ〜……ほんっとにいつまでたっても抜けてるんだから!
もうすぐアイツも17歳だっていうのに」
「そこは年齢云々の問題じゃないと思うけど」
確かに翔子の言うとおりだと思うけど、何となくそう言わずにはいられなかった。
「桜井くんってもうすぐ誕生日なの?」
すかさず、川科さんが興味深げに聞いてきた。
「そういやあ、もうそんな時期だな。毎年、部活とか期末テストで忙しくて、ロクに祝った記憶がねえけど」
「圭輔、何気にひどいこと言ってるぞ……と言いつつ、俺も似たようなもんだけど」
「難儀なやつだな、桜井も……。陽ノ井さん、正確には何月何日なんだ?」
直接あたしに聞いた吉澤くんだけでなく、執行部全員の視線が集まっていた。
アイツの誕生日ぐらいでおおげさな気もしたけど、答えない理由もない。
「6月29日。ちょうど今日から一週間後ね。
その日はもう期末テスト週間だけど」
「あの……陽ノ井さんは毎年、章くんの誕生日には何かしているんですが?」
「うん、まあ一応は。幼なじみだし。
中学になって期末テストがあるようになってからは、テストが明けてからだけど」
「そうなんですか―――」
そこで少しタメを作る福谷さん。
やがて口を開くと、彼女は一つの提案をした。
果たして出された“それ”は、予想通りのものだった。
“それ”に反対する人は誰もいなくて。
意外とアイツもみんなに好かれているからか、単にみんなが騒ぎたいだけなのかは分からなかったけど。
あたしは、少し嬉しい気持ちになった。
「いやあ、ゴメンゴメン! 生徒会室と2−Aって案外離れてるよね……って、もしかして、もう始まってる?」
「まあ、ギリギリセーフって所ね。さすがは毎朝遅刻をすんでの所でかわしているだけのことはあるわ。
でも、次は無いわよ、章」
ホントにゴメン、とあたしに返すようにもう一度謝ると、章は席に着いた。
そのまま、アイツは何も知らないままで、今日の話し合いが始まる。
“桜井章サプライズバースデーパーティー”が計画されてるなんて、章は微塵も思っていないんだろうな。
自分の誕生日を覚えているかすら怪しいし。
そういうズボラな所が、今回ばかりは役に立つ結果になったけど。
やるとなったらトコトンまでやるんだから……覚悟しなさいよ、章!
―――なんてね。
………
………………
放課後。
あたしは川科さん、それから声をかけておいたあやのちゃんと、それについて来た小春ちゃんと一緒に、
新聞部室で章の誕生会の計画を立てていた。
思い立ったが吉日、行動は早いに越したことはない。
章に見つからないよう、わざわざ新聞部室で話したりとか、随分と事態が大きくなった気がするけど、これはこれで楽しかったり。
「それで……結局、誰が来るんだっけ?」
まとめ役の川科さんが言った。親友である空木さん曰く、『優子に任せておけば大丈夫』との事なので、頼りにさせてもらってる。
「え〜っと、執行部の先輩方全員に、私とあやのちゃんに愛美ちゃん、それから京香お姉様ですね。
そう言えば、あやのちゃんは3年生の先輩を呼んだんじゃなかったっけ?」
「うん、明先輩のことだよね。でも、先輩はその日、用事があって来れないんだって」
明先輩は欠席かぁ……3年生だし、色々忙しいのかな?
「そっか〜。どっちにしても、結構な大所帯だよね。
桜井くんも人気者だね〜。
陽ノ井さんも、幼なじみとして鼻高々じゃない?」
「あっ、あたしは別に、そんなことないけど。
それより、十五人以上も集まれるような場所とか、この辺にあったっけ?」
何だか嫌な流れに話が向かいそうだったので、事前に危機回避。
単なる直感だけど、川科さんってある意味、新聞部長やってるとかを抜きにしても、翔子なんかより恐ろしい気がする。
「う〜ん……そうなんだよね。
お店とか借りようにもけっこうお金がかかっちゃうし、学校の食堂じゃちょっとって感じだし」
一同、難しい顔をして考えていた。
場所なんて基本的なことだけど、もしかしたら早速最大の問題にぶち当たったのかもしれない。
「―――思ったんだけど、福谷さんの家とかどうかな?
あれだけ広いんだし、そういうスペースには事欠かないと思うんだ。
迷惑にならなければ……っていう前提つきだけど」
思いつきで言ってみたが、意外とウケはよかったらしく。
「あっ、なるほど。じゃあ、早速つばさに聞いてみるね」
とか言うと、川科さんはすぐに携帯を取り出して電話をかけた。
……確かに、これだけ行動が速いと、任せて大丈夫というのも納得できる。
「―――うん、そうそう。オッケー、分かった。ありがとね、つばさ。
それじゃ、バイバイ」
「つばさん家は大丈夫だって。離れを使うとか何とか。
離れがあるなんて、やっぱお金持ちはスゴイよね〜。
でもまあ、即答してくれるつばさに一番感謝だよね」
「は〜……福谷先輩って色々とスゴイ方なんですね」
随分と感心した風で小春ちゃんが言った。
春休みの花見の時も思ったけど、あたしも今回のことで、彼女がご令嬢なんだという事実を再認識させられる。
もちろん、そう言われるのを嫌がってる本人の前では、口が裂けても言えないけど。
「よ〜っし、じゃあ場所も確保できたことだし、後は桜井くんにバレないように準備するだけだね。
テスト期間中に準備ってことになるから、みんなに負担がかからないようにしないと……」
そう言いながら、早くも川科さんは準備係の割り当て表を作り始めた。
本当に頼りになる。一人で新聞部を切り盛りしているのは、伊達じゃないってことなんだろう。
うん。みんなすごく協力してくれてるし、この分なら上手く行きそうな気がする―――
土日を挟んで、月曜日。期末テスト週間も中盤にさしかかっていた。
今回はどうやら、赤点の心配はなさそうだ。
何故なら―――
「やっほ、桜井くん。勉強は進んでる?」
今日“は”怜奈ちゃんか。
「……まあ、お陰様で」
「あ〜、なぁに、その嫌そうな目は。私と話するのが、そんなに嫌なのかな?」
「あっ、いや別に、そういう訳じゃないんだけどさ」
ちょっと変に思ってるだけであって、特に嫌ではない。
「ならいいんだけど。
―――ねっ、桜井くん。よかったら、今日は私と図書室で勉強しない?」
……やっぱりそう来たか。
「う〜ん、どうしようかな〜……」
「テスト期間だから、別に予定とかもないでしょ?
ほら、行こ行こ! 早くしないと、場所がなくなっちゃうし」
「わわっ、ちょっと怜奈ちゃん!?」
考えるフリをしてみたものの、強引に手を引っ張られる形で立たされた。
予定がないのは確かにそうなんだけど……やっぱり変だ。
別に怜奈ちゃんが勉強に誘ってくるのが変だと言うのではない。
だが、テスト期間になってから毎日毎日、執行部のメンバーが日替わりで誘ってくるのだ、不審にも思いたくなる。
先週の木曜は翔子ちゃんと圭輔、金曜はつばさちゃんに連行された。
土日は茜ちゃんが押しかけてきて家から出られなかったし。
成績優秀者が連日コーチについてくれるだけあって、確かに赤点はないだろう。
……が、何か妙な感じがする。
茜ちゃんが押しかけてきた辺りから、変だとは思っていたけど……今日で疑念が確信に変わりそうだ。
もしかして、執行部がみんなでグルになって、何か企んでいるのではないか、と。
しかし、そんなことより重要な、当面の問題がひとつある。
「ねぇ、怜奈ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「あのさ、この手は離してくれないのかな?」
この手、とはさっきからずっとつながれている右手の事だ。
ギュッと、かなりきつくつながれていて、ほどこうにもほどけなかったりする。
さっきから、どうも周りからチラチラ見られてる気がする。主に男子から。
それも、あまり好意的な視線ではない。
これさえなければ、そんなに悪い気もしないのだが……。
「ダーメ。だって、離したら桜井くんが逃げちゃうかもしれないでしょ?」
「いや、別に逃げないって」
「う〜ん……でも、ダメ。離さない」
「はぁ……さいですか」
そりゃなあ。学園のアイドルと称される女の子と手をつないで歩いてれば、
やっかみの視線がひとつやふたつ、あるいは多数あるだろうけど……勘弁してほしい。
執行部云々の疑念さえ“そんなこと”と思えてしまうぐらい、今の僕には切実な問題である。
「それにね、役得だし」
怜奈ちゃんが何か呟いた気がしたが、それもほとんど耳に入らなかった。
「それとも桜井くん……もしかして、恥ずかしいのかな〜?」
そういう怜奈ちゃんは、ちょっとからかうような表情だ。
「いや、それはその……」
言われたら、少しだけど、急に恥ずかしくなってきた。
もっとも、手をほどきたい理由No.1は、あくまで皆々様の痛い視線だけど。
「桜井くんって、意外と純情なんだね」
「意外と、って言われてもなあ」
「だって、結構色んな女の子と仲良いし……それも可愛い娘ばっかり。
こういうのには慣れてるかと思ったよ。
こないだのデートも、普通に手をつないできたでしょ?」
「や、あの時は状況が状況だったから。
だから、そんなことないって。僕は中坊並みの精神力だし」
「何それ」
今度は苦笑している。
とりあえず、さっきの嫌らしい、翔子ちゃんとか華先生っぽい笑いではない。
でも、嘘は言っていない。
実際、デートの時のアレだって内心はちょっとドキッとしてたんだし。
「まあ、それはともかく、今日は一緒に頑張ろうね。テストはもうあさってなんだし!」
「は〜い……」
どうやら、やはり手は離してくれないらしい。
結局、怜奈ちゃんに押し切られる形になってしまった。
何か、この娘といるとこういうパターン多いな……。
それにしても、僕の拘束状態はいつまで続くんだろうか?
とりあえず、テストが終わるまでは続きそうな気はするんだけど―――。
「と、いうことで。男子諸君には当日の買い出し、および会場準備を担当してもらいます」
再び新聞部室。
いつの間にか、パーティーの実行委員長みたくなってしまったあたしの他、
新聞部室を貸してくれた川科さん、そして章を除いた執行部の男子全員が集まっていた。
いつもなら、テストをあさってに控えた放課後にこんなことしてる場合ではないのだが、
今回に限っては、そんなことを言ってる場合じゃない。
「まあ、力仕事ぐらいしか俺たちにできることはないしな」
妥当な人選だ、とつけくわえながら沖野くんが言った。
「だけど茜、買い出しはともかく、会場準備は俺たちだけに任せていいのか。飾りつけとかもあるんだろ?
吉澤たちはどうか知らんが、少なくとも、俺と圭輔はそんなにいいセンスしてないぞ」
「俺まで一緒にするなっての。
……まっ、光の言うとおりだけど」
「それについてはご心配なく。指揮は川科さんがとってくれるから。
みんなは指示にしたがってくれるだけでいいわ。
男子なら高いところとかでも手が届くし、よろしくね。
他に、なにかある?」
高いところ、と言ったけど、執行部の男子って章以外はみんな結構背が高いのね。
吉澤くん、沖野くん、工藤くん……みんな175センチ近く、あるいはそれ以上ある。
アイツ、自分では言わないけど、もしかしたら気にしてるかも……。
「―――さん。陽ノ井さん?」
「はっ、はい!? えっと、なにかな?」
いつの間にやら意識がどこかへ飛んでいたらしい。
工藤くんに声をかけられていたらしいけど、全然気がつかなかった。
「大丈夫か? 心ここにあらずって感じだったけど」
「あっ、うん! 全然大丈夫だから!
そっ、そういえば買い出しリストに追加分があるんだった! え〜っと―――」
別に頭の中を見られたわけじゃないんだけど、
章のことを考えてボ〜っとしていたのが妙に気恥ずかしくて、変なテンションになる。
……って、アイツの誕生会なんだから、アイツのことを考えてたって、なにも変なことはないんだよね。
「―――とりあえず、これで事前説明は終わり。
直前とか、買い出しの途中とかに変更があるかもしれないけど、そのつもりでね。
それじゃあ、ご苦労様。解散でいいわよ」
「しかし……ずいぶんと華がないな」
「それは仕事にってことか、沖野?」
「いや。買い出しは重要だからな。
そうじゃなくて―――メンツに、だ」
「「「「「「「…………」」」」」」」
一瞬、新聞部室に寒い沈黙が流れる。
沖野くんも、言ってから、ちょっと後悔したかのような、なんとも言えない苦笑を浮かべていた。
沖野くんって、吉澤くんや工藤くんがそうだからかしらないけど、
もっと硬派なイメージだったんだけどなぁ……。
付き合いも浅いし、この三人組に関してはまだまだ知らない面が多い。
……って、そんなことはともかく。
こんな取るに足らないような話をしている内にも、
章のサプライズ誕生パーティーの日は、刻一刻と近づいてきてるんだし。
最後の詰め、気合を入れてかからなきゃ!
学年を代表する秀才たちと共にうだうだ―――もとい、勉強をしてるうちに、テストも最終日が終わってしまった。
結果は……いわずもがな、かなりの手ごたえがある。
毎日毎日、勉強会という名目で拘束されるのはたまったものではなかったが、
間違いなく、結果には直結しただろう。
さてさて、せっかく今日は半ドンで終わりなんだ。
とっとと家に帰ってのんびりすることにするか。
高得点(仮)ってことで気分もいいし。
「桜井」
「わわっ!?」
だっ、誰?
「なにをそんなにうろたえているのだ、桜井?」
「うろたえてるんじゃなくて、単純にビックリしてるの!」
声が聞こえた後ろのほうを見てみれば、
京香ちゃんがいつの間にやら、僕の背後をとっていた。
すばやい身のこなしは、さすが剣の達人といったところか。
……いやいや、そうじゃないだろ。
「なにか用かな?」
「用……と言えば、そうなるか。
桜井、私の家まで一緒に来てくれ」
「へ?」
いきなりすぎて、話の流れが読めないのですが?
「さあ、いくぞ」
そういうと、京香ちゃんはズンズン歩き始めた。
……とりあえずは、ついて行くしかなさそうだ。
まさか放っておくわけにもいかないし。
話の展開とかは、京香ちゃんにとっては些細なことらしい。
最近誰かに巻き込まれっぱなしの気もするが―――なるようにしかならないか。
………
………………
やってきました、京香ちゃんの山小屋。
前も来たことがあるが、相変わらず生活のにおいが感じられない。
そんな小屋の中、囲炉裏を挟んで二人で向かい合い、なぜか二人とも正座している。
……だって京香ちゃんが正座なんだし、お邪魔してる僕としては、合わせなきゃマズイだろう。
視線を落とすと、京香ちゃん曰く“粗茶”が淹れてある湯のみと―――なぜか将棋の道具一式。
「あの……京香ちゃん、用事ってもしかして、これ?」
―――パチッ
「ああ」
―――パチッ
「なんで将棋?」
とかなんとか言いながら、指してる僕も僕だが。
―――パチッ
「私が好きだからだ」
―――パチッ
「……はぁ。そういうことじゃなくてさ」
小さくため息。
―――パチッ
「今のは軽い冗談だ。
なぜここに連れてこれられたか……知りたそうだな、桜井」
「……分かってるんだったら、ボケてないで最初から教えてよね」
しかも、ちょっとボケのピントもずれてるし。
京香ちゃんらしいと言えば、らしいが。
―――パチッ
「すまんな。島岡殿から、桜井には多少からかって接するのがよいと言われたのでな」
翔子ちゃん、適当なことを教えないで……。
これ以上君みたいな存在が増えたら、正直言って生きてけないです。
―――パチッ
「からかうって言っても、こういうのはちょっと違う気がするよ」
「そうか? ……まだまだ私も精進が必要なようだ」
いや、そんな精進はいらないから。
その分は剣の修行にでも使ってください。
―――パチッ
「それで、結局どうして僕はここに連れてこられたの?」
「そのことなんだが……桜井、悪いがそれをお前に言うわけにはいかんのだ」
―――パチッ
「さんざん前フリしといてそういうオチかいっ!?」
「まあまあ、そういきり立つな。
これも皆との約束、そして私の役目なのでな。
それに……焦らずとも、じきに分かることだ」
ホントかなあ?
でも、みんなってことは、他の誰かも関わってるのか。
誰が共謀者なのかはともかく、
なにやら僕が知らない間に、僕を巻き込んだ計画が進んでいたらしい。
「……そっか。それじゃ、京香ちゃんの言う通り、しばらくは大人しく将棋でもしてることにするよ」
―――パチッ
「ふむ。桜井よ、それは仕事が楽になるのでありがたいのだが……。
とりあえず、その手はいただけんな」
「へっ?」
局面を見ると、いつの間にやら、かなり追い込まれていた。
―――パチッ
「王手」
さらに、京香ちゃんの今の一手で、完全に窮地に立たされてしまう。
「ちょっ! 京香ちゃん、まっ―――」
「待ったはないぞ、桜井」
つっ、強い上に容赦ないとは……。
むぅ……時間潰しといえども、真剣にいかないとな。
勝てないまでも、ある程度勝負らしい勝負はしたい。
「そこに動かすと詰みだぞ」
「ええっ!?」
……とりあえず、一方的に負けないようにだけはしよう、うん。
「今ごろ、京香お姉様はなにをしておられるんでしょうか?」
右隣で料理を作っている小春ちゃんが、ポツリと言った。
「ホントにね……。どうやって時間を潰すつもりかしら。
私がこんなこと言うのもナンだけど、
西園寺さんが自分からあの役を申し出たの、意外といえば意外だったかも。
『私にできることはこれぐらいしかないが、微力ながらできるだけのことはしよう』とか言ってたけど」
……こんなこと言っている翔子だが、さっきはノリノリで、
「章と話す時の秘伝だから」とか言って、かなりキワドイことをしこんでいた。
―――あたしを始め、みんな、おもしろそうだから放っておいたけど。
「お姉さまは手先も器用だし、お料理も得意だからどの係でもこなせるはずなんですけどね」
「西園寺先輩って料理もできるの、ハル?」
「うん、和食なら一通り。あっ、でも確か洋食は無理って言ってたけど」
「……あはは、なんか納得できちゃうな、それ」
あやのちゃんの言葉に、料理班全員がうなずいた。
それにしても、今日の参加メンバーには料理ができる子が多い。
あたしはともかくとして、あやのちゃんはもちろんのこと、翔子も知ってたし。
それ以外にも、今言ってた西園寺さんに加えて、小春ちゃん、愛美ちゃん、さらには福谷さんまで。
小春ちゃんは前に西園寺さんにお弁当を持ってきてたから、何となく想像つくし、
愛美ちゃんも分からなくはない。本人は「大したことない」とか言ってたけど、なかなか手際はいい。
ただ、いわゆる超お嬢様の福谷さんが料理上手という事実がとにかく意外だ。
もちろん悪い意味ではなく、いい意味で。
何でも、ここ1、2年ほどで家事全般を練習したんだとか。
……ぐうたらの章に、ツメのアカでも煎じて飲ませてやりたいわ。
ちなみに、会場準備班に回ってるけど、文化部三人娘も料理上手らしい。
―――空木さんを除いて。
どれほどの腕なのかを川科さんと山村さんに聞いたけど、
二人とも嫌な思い出でもあるのか、あまり話してくれなかった。
ただ、一言だけ。
「あの物体を完食した桜井くんは普通じゃない」
……それだけ聞ければ十二分に分かるけど。
なんと言うか、さすがは章、ムチャは慣れてるって感じね。
「陽ノ井先輩、どうかしたんですか?
なんだか嬉しそうですけど」
「えっ!? なっ、なんでもないわよ、なんでも!
あっ、そうだ愛美ちゃん! こっちはいいから、ちょっと翔子を手伝ってくれないかな!?
今、なんだかちょっと大変そうな感じだし」
「私の方は、別に人手は足りてるけど?」
涼しい顔でそう言う翔子。
そういう問題じゃないんだけど……って、どうせわかってて言ってるのか。
人選ミスだ、うん。
「愛美ちゃ〜ん! ちょっとこっちを手伝って〜!」
「あっ。うん、分かった! すぐ行くね
―――それじゃ陽ノ井先輩、私は小春を手伝ってきます」
「よろしく!」
小春ちゃん、ナイス!
「チッ」
「そこ! 舌打ちなんかしてないで、手を動かす、手を!」
……今さらながら、“島岡翔子あなどりがたし”ね。
―――って言うか、嬉しそうだったって、いつの間に?
そりゃ、これだけ大勢集まってこんなことしてれば、自然と楽しくもなるけど……。
愛美ちゃんが言いたいのは、多分そういうことじゃないんだろうな。
翔子ほど鋭いかどうかはともかく。
でも、どうせやるならアイツにも喜んでもらいたい。
んでもって、そうやって喜ぶアイツとか、いろいろ想像してたら、なんかおかしくって顔に出た。
とりあえず、そういうことにしておこう。
……顔に出すのは、いかがなものかなって気もするけど。
―――もういいや、深く考えない! 最後の仕上げだ、頑張れあたし!
―――ここに来るのは二度目だが、恐らく何度来ても、ここの異常なまでの広さに慣れることはないだろう。
京香ちゃんに連れられてやってきた場所……そこは、福谷邸の離れであった。
僕のデジタル時計には“17:24”と表示されている。
時刻が示すとおり、辺りは既に夕暮れというのがふさわしい情景だ。
しかし、もう夕方とは……ずいぶんと長い間将棋をやっていたもんだ。
―――ついに一度も勝つことはできなかったが。
はっきり言って、京香ちゃん強すぎ。
「さて……そろそろだな。桜井、私が入って5分経ったら入ってきてくれ。
5分経つまでは絶対に入ってくるなよ。いいな?」
「それって……一体?」
京香ちゃんに問いかけてみたものの、答えは返ってこない。
後ろさえ振り向かず、離れの中に入っていった。
道は、まさに自分の手で切り拓け、といったところか。
………
………………
時計の表示が“17:30”となる。
やけに長く感じられる5分間だった。
ドアに手をかけ、1回だけ深呼吸した。
別に、中に入るぐらい何でもないことなのだが、やたらと緊張する。
京香ちゃんの念押しのせいだろうか。
ドアの向こう側から、やけに気合が感じられたので、
僕の方も気合を入れるという意味で、何となくカウントダウン。
3・2・1―――
『章、誕生日おめでとうっ!!』
―――パーン!
意を決して中に入った瞬間、えらく大人数からの祝福と、クラッカーの音とが僕を迎えた。
使用済みクラッカーをもった執行部のみんなに、京香ちゃん、後輩トリオ。
それに加え、綺麗に飾られた部屋の中で、ひときわ目を引く『桜井章バースデーパーティー』と書かれた横断幕。
目の前に広がる情景を見て、僕は初めて状況が理解できた。
「みんな……えっと、その―――ありがとう」
こういう時、気の利いたセリフのひとつでも言えればいいんだろうが、何も思いつかなかった。
むしろ、そういうセリフは無粋なものにすら感じられるような……。
部屋の中は、そんな雰囲気に包まれていた。
「えへへ……びっくりした、お兄ちゃん?」
「うん、そりゃもう……。
だってあやの『今日はお兄ちゃんの誕生日だから』とか言って、29日の夕飯の後にケーキ出したろ?
テスト期間だったし、今年の誕生日はあれっきりだと思ってたよ」
「まあ、それも、数あるカモフラージュのひとつなんだが」
吉澤が得意げに言った。
数あるってことは―――
「もしかして、勉強会もそのひとつ?」
「そ〜いうこと♪
だますみたいな形になってごめんね、桜井くん」
怜奈ちゃんが、お得意のいたずらっ子スマイルで笑っている。
「でも、ちょっとビックリしたよ。
私が誘いにいった時、何も疑わずについてくるんだもん。
連休も陽ノ井さんが家に押しかけたって聞いたから、さすがに気づいてるかな〜って思ってたんだけど」
「あれは何も疑ってなかったわけじゃなくて、止める間もなく引きずられただけだって!」
「アハハ、そうでした」
……まあ、何にも気づいてなかったのには間違いないけど。
他に勉強会をしたメンツの顔を見回したけど、みんながうなずいた。
一応“みんなでグルになって動いている”っていう予想だけは当たっていたみたいだ。
「ってことは、京香ちゃんの将棋も?」
「それも、万が一にもお前がここに近づかんよう、足止めをするためだ。
見事に引っかかってくれたな、桜井」
「さっすがお姉様ですね!
大役、お疲れ様です♪」
「だ〜っ!? なんでそこで抱きつくのだ、お前は!?!?」
これに関してもいろいろと突っ込みたいことはあるけど……まあ、いいか。
結局、僕はまったく気がつかなかったんだし。
まさか、テスト期間中の勉強会と、今日の将棋がつながっているとは思いもよらなかった。
サプライズバースデーパーティー……完全にしてやられた。
「さてさて、種明かしもすんだことだし、改めまして。
―――コホンッ。章、誕生日おめでとう。
って言っても、さすがにテストの真っ最中にパーティーするわけにもいかなかったから、
ちょっと遅れちゃったんだけどさ」
「ううん、すごく嬉しいよ。
ありがとう、みんな」
改めて、今日来てくれた、そしてここまで準備してきてくれたであろう、みんなの顔を見渡す。
総勢十五人……ひとりひとりと目があうたびに、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
「それから……ささやかだけど、あたし達からのプレゼント」
そういう茜ちゃんから、綺麗にラッピングされた箱を手渡された。
そんなに大きくはないが、かと言って小さくもない。
「開けてみていい?」
茜ちゃんがうなずいたのを了承と受け取り、破れないよう、慎重に包装をとく。
現れた無地の箱を開けると―――。
「目覚まし時計……?」
入っていたのは、丸いアナログ式の時計に2本の足、ベルが2つと、ポピュラーなデザインの目覚まし時計だった。
「そう、見ての通りの目覚まし時計。
でも、ただの目覚まし時計じゃないわよ」
そう言って、得意げな表情で茜ちゃんが何やらいじくり始める。
『いつまで寝てんのアンタはぁーーー!!』
「わわっ!?」
なっ、なんで時計から茜ちゃんの怒声が!?
しかも布団引き剥がし術バージョン!?
「どう? 世界にたった1つだけの、メッセージ入り目覚まし時計。
もちろん、あたしのだけじゃなくて、ここにいる全員分と、都合で来れなかった明先輩の分も入ってるから。
これで毎朝ちゃんと起きられるわね」
「そっ、そんなにたくさん……よく入ったね」
「まあ、福谷さんの家で作ってもらった特注品だから。
そういう意味でも、世界にたった1つね」
サラッと流したが、とんでもないことを言っている気がする。
……げに恐ろしきは福谷グループの技術力か。
「さあ、それじゃあみんな!
主賓も到着したことだし、始めよっか!?」
『オー!!』
全員の声が重なる。
特に、腹でも減っていたのだろう、男性陣は待ちかねたといった感じだ。
「章の誕生日を祝って……乾杯っ!」
茜ちゃんの音頭で、宴が始まった。
こうなれば、もう後は盛り上がるしかないわけで。
半悪ノリ状態の優子ちゃんや圭輔には、死ぬほど飲まされるし……ソフトドリンクだけど。
定番のビンゴゲームは、スポンサーであるつばさちゃんの力で商品が超豪華だったからか、異様な熱気だったし。
どこからかアルコールがまぎれ込んできて、テンションはおかしくなるし。
もちろん、他にもいろいろ。
とにもかくにも、僕の人生で最高の誕生会は夜中まで続き、大盛況となった。
……ちょっと恥ずかしくて口には出せないから、僕も心の中でみんなにお礼を。
『この素晴らしき仲間達に、この胸いっぱいの感謝をこめて―――乾杯っ!』
作者より……
ども〜、作者です♪
Life二十四頁、いかがでしたでしょうか?
今回は長いですね〜(^^ゞ いつもの約2倍あります。
まあ、色々と濃かったので、これもアリかなってことでひとつ(笑)
内容の方は……ホントに色々やったな、自分―――といった所です(^^ゞ
フラグ発生、あるいは消化はないですが、視点切り替えなど、ホントに色々やらかしてます。
(今回の頁が長くなった原因の最たるものですね)
楽しんでいただけたなら幸いです。
そして恒例の次回予告ですが……次回は一学期の終業式です。
多分、色々まとめっぽい話になるのではないかと。
新学期から始まった第二部っぽい流れの終着点……かな?
いつものごとく、期待しすぎない程度にご期待をば。
それではまた次回お会いしましょう。
その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ




