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第二十三頁「嗚呼、青春のカラオケ“狂”奏曲」

 「いつまで寝てんのアンタはぁーーー!!」



 ―――ガバッ!



 茜ちゃんの怒声が部屋中に響く。

 と、同時に布団がひっぺがされた。


 ……陽ノ井茜流布団引き剥がし術、久々の炸裂って感じだ。



 「やぁおはよう、茜ちゃん」


 「やぁ、じゃないわよ! まったくも〜、アンタって男は、ほんっ……とに進歩が無いんだから!」


 “やぁ”の部分は微妙に僕の真似をしてみたようだが、本人から言わせてもらうと、似てないぞ茜ちゃん。



 ―――それはともかく、この起こされ方はやはり茜ちゃんのが一番効く。

 以前、あやのが真似してやった事があるけど、改めて本家の技を喰らうと、その威力を再認識させられる。

 一発で完全に目が覚めた。


 そして、その目覚めた意識で目の前の茜ちゃんを見てみると、いつもと少し様子が違う事に気付いた。



 「あれ……茜ちゃん、もしかして女子も今日から夏服?」


 「えっ? ああ、そうそう。やっと移行期間が終わってくれたから。中間服のベストって、どうも好きじゃないのよね」


 志木高の女子の夏服は、よくある半袖タイプの白い制服だ。

 ちなみに、男子は普通の半袖シャツ……要するに、そんなに奇をてらったデザインではない。


 男子は普通に6月になったら衣替えなのだが、女子には5月の最終週当辺りから6月の第一週までが移行期間になっていて、

 この2週間は冬服と中間服、どちらの着用も認められている。

 ただ、この期間中の夏服着用はなぜか認められておらず、ある意味での志木高の謎となっている。


 ―――とまあ、こんな生徒会に入ったから知ったような知識はともかく、だ。


 こうやって涼しげな夏服姿の茜ちゃんを見ると、夏が近づいているのを感じられるような気がした。



 「ほら、何ぼさっとしてるのよ、章。今日はまだ少し余裕あるけど、自転車はもう確定なんだから、早くしてよね」


 「は〜い」


 まったく。情緒もへったくれもないな、我が幼なじみときたら

 衣替えなんて、節目の行事だっていうのに。


 ……初めから寝坊しなければ、せかされることもないんだろうけど。


 だが確かに、もたもたしていると遅刻しかねない時間には違いない。

 ここは茜ちゃんの言うとおり、さっさと準備して出発するとしよう。




 ………




 ………………




 初夏の登校路を、少々せわしく自転車を漕ぐ……もちろん二人乗りで。

 前方の小さく見える志木高生の背中を追いかけながら進むような感じだ。


 虚しいと言うか何と言うか……週明けの朝から、ちょっと寂しい気分になってしまう。


 いや、分かってはいるんだ。その週明けから寝坊する僕が悪いというのは。

 分かってはいるんだけど、その何と言うか―――。



 「ちょっと章、急がないとホントに遅刻しちゃうって! 危ないのは分かってるんでしょ!?」


 「あっ、ゴメンゴメン。……っと、それじゃあ、ちょっと飛ばすよ!」


 自分への言い訳を考える前に、まずは目の前の遅刻を回避するのが先決だ。

 自転車の変速機を坂道用の“軽”に入れ、少しだけ漕ぐスピードを上げた。




 「そう言えば茜ちゃん」


 「何?」


 「ソフト部、地区大会優勝おめでとう」


 ―――そう。この週末、我が志木高女子ソフト部は見事、地区大会優勝を果たし、

 全国大会へと繋がる上位大会への出場を決めたのだ。



 「……うん、ありがとう。大会の結果、ちゃんと知ってたんだ?」


 「まあ、一応。昨日は、あやのがやたらと喜んでたからね」


 「ふ〜ん、そっか。

  ―――あはは、章にそんなこと言われると、何か照れちゃうな」


 「えっ、そう? 別に当たり前の事だと思うんだけど……」


 「それはそうなんだけどさ。何て言うか、改まって言われると、ちょっと違う感じがするじゃない? だから、ね」


 後ろにいるから、茜ちゃんが今どんな表情をしているかは見えないが、長年の付き合いで何となく想像はつく。

 ちょっと照れた感じで、はにかむように笑っているんだろう。あんまり見ない表情の一つだ。



 「改まって、ねぇ……そういうもんかな?」


 「そういうもんなの! ほらほら、気を抜かずに漕ぎなさいって!」


 何だか照れ隠しみたいにも聞こえたが、とりあえず茜ちゃんの言う通り坂道を急ぐことにした。

 だけど、僕をせかす彼女の声もやはり嬉しそうだった。



 「でも、章も昨日の決勝戦、見に来ればよかったのに。

  あやのちゃんはベンチだったけど、翔子も明先輩も、もちろんあたしだって頑張ったんだから」


 「ごめんごめん、昨日はちょっと色々あってさ。スコアとかは、今日帰ってから新聞でじっくり見るよ」


 ……まさか、前に怜奈ちゃんに頼まれた演劇の台本の締め切りが近づいてきてるから、

 それを書いてたなんては、口が裂けても言えない。

 とりあえず、次の機会で埋め合わせすれば問題無いだろう、多分。




 とか何とかやっている内に学校に着いた。只今の時刻8時27分……30分に予鈴が鳴るから、まあ悪くないタイムだ。

 ちょっと急いだからか、背中の辺りが汗ばんでいて、もう夏も近いなぁと、またそんな事を思った。






 ………






 ………………






 あっという間に昼休みがやって来た。僕は茜ちゃん、翔子ちゃんに光、そして京香ちゃんという珍しい五人で話していた。



 「……へえ、それじゃあ西園寺さんも昨日大会だったんだ。しかも個人、団体の2冠達成、と」


 感心したように翔子ちゃんが言った。


 京香ちゃんの剣技を間近で……というより、もはや体感に近い形で見た僕にとっては、そんなに驚くべき事でも無い。

 風の噂では、剣道部のエース、それも男子の吉澤を抑えてナンバーワンに君臨しているらしいし。



 「日々の鍛錬と、後は多少の運があっただけだ。やはり、勝利は努力なしで得られる物ではないからな」


 「うんうん、そうよね。さすが西園寺さん、分かってるわよね。

  ……でもねぇ、最近思うのよ。努力のし過ぎもどうかって」


 「翔子ちゃん、それってもしかして圭輔のこと……」


 「あら、察しがいいじゃない章。いいわよねえ、アイツも。

  当番の仕事を私に押し付けてやるキャッチボールは、さぞ楽しいでしょうね、オホホホホ―――」


 う〜む、翔子ちゃんは怒り心頭って感じだな。

 顔は笑ってるし、声も穏やかだけど、怒りがにじみ出ている。


 圭輔もこうなることが分かってて飛び出すしなあ。

 あいつの場合、昼休みのキャッチボールは努力というよりは遊びに近いんだろうが、

 ……多分、そこは問題じゃないんだろう。


 救いようがないというか何というか。

 それだけ野球が好きだってことなんだろうけどさ……。


 この件には不干渉の方向で。




 横で翔子ちゃんが静かに怒りの炎を燃やす中、唐突に教室後ろ側の扉が開いた。

 まさか圭輔ではと思ったが、見えた影はふたつ―――そして、内ひとつは、物凄いスピードでこっちに突っ込んでくる。



 「きょうかおねえさまぁぁぁーーーー!!!!」


 半分叫ぶように言いながら、京香ちゃんめがけて一目散に向かってくるのは―――もちろん小春ちゃんだ。


 弾丸のように飛んでくる少女を、京香ちゃんは冷静に右腕を突き出し、片手で受け止める。

 そのまま失速した小春ちゃんは、顔から地面に激突!


 ……効果音をつけるとしたら“ベチャ”って感じだろうか。



 ―――ベチャ。



 ほら。


 さすがに、すぐには起き上がってこなかったが、5秒と経たない内に、むくりと小春ちゃんが復活した。



 「うぅ…………ひっ、ひどいですよ京香お姉様! どうして受け止めてくれないんですか!」


 「当たり前だ! 受け止めたが最後、いつまで経っても離れんではないか!」


 「うっ、うっ……うわ〜ん!! 京香お姉様がひどいよ〜!!」


 「あ゛〜もう! これぐらいで泣くな!」


 ……どっちに転がってもコントになるのか。恐るべしだな、この従姉妹コンビは。



 「もうハルったら……西園寺先輩の事になると見境無いんだから。

  今日は、用事があって来たんでしょう」


 「あっ、そうだった」


 2−Aの教室を訪ねてきたもう一人、あやのにそう言われると、ピタリと泣きやむ小春ちゃん。

 我が妹ながら、友達を上手く操縦していると思う。



 「先輩方、カラオケに行きましょう!」


 「カッ、カラオケ?」


 そりゃまた急な……って言うか、脈絡なさすぎな気もする。

 それにしても、小春ちゃんの復活が早いこと早いこと。



 「そうです! この前、中間が終わった後でご一緒した時、すごく楽しかったので、是非是非!」


 「今日は部活も休みだし、せっかくだから茜さんや翔子さんも誘おうと思って」


 そっか、昨日が大会だったから、今日は休養日なのか。

 じゃあこのカラオケは、プチ打ち上げって所かな。



 「う〜ん……せっかくのお誘いなんだけど、あたし、今日は個人面談があるから行けないのよね。ごめんね、二人とも」


 とは茜ちゃん。華先生の面談は結構長いからなあ……多分来れないだろう。



 「すまんが私も遠慮させていただこう。今日は、剣道部のミーティングがあるのでな。

  吉澤から、必ず来てくれと言われているのだ」


 こちらは京香ちゃん。剣道部も打ち上げめいた事でもやるのだろうか。

 吉澤が必ず来てくれって言ってるし、多分そんな所だろう。



 「俺は大丈夫だ、別に予定は無いしな。章も大丈夫だろ」


 「うん、大丈夫。……って事で、後は―――」


 「翔子はどうだ?」


 「私? 私は……その……」


 光に話をふられた翔子ちゃんだったが、なぜか口ごもっている。

 こういう翔子ちゃんって珍しいな。



 「ん? どうしたんだよ、何か予定でもあるのか?」


 「ううん、別にそういうワケじゃないんだけど。あの……」


 「じゃあ島岡先輩も参加決定! 大丈夫、ですよね?」


 「え、ええ。カラオケよね……分かったわ」


 多少強引な気もしたが、割って入った小春ちゃんによって、翔子ちゃんの参加もめでたく(?)決定した。

 最後の最後まで、渋っている感じがありありと見えたが。



 「えっと、じゃあ参加メンバーは私とあやのちゃん、桜井先輩に和泉先輩、それから島岡先輩ですね。

  あっ、それから愛美ちゃんも来ますから。それでは、放課後に玄関で!」


 そう言い残して、小春ちゃんはあやのを伴って帰って行った。

 最後まで元気が良かったな、ホント。



 「やっと行ったか……やれやれ、あいつといると、心底体力を使うな」


 「そんな事言って、京香ちゃんも案外まんざらでもないんじゃない?」


 「桜井、滅多な事を言うでない。大体、小春は昔から、岸辺家の巫女としての自覚が―――」


 この後、延々と京香ちゃんによる小春ちゃんへの愚痴が続いたが、

 彼女がいつもより少し元気そうに見えたのは、僕だけではなかっただろう。


 何だかんだと仲が良い―――と言うか、お互いに心を許しあってるんだな。

 僕もあやのっていう妹がいるから、何となくだがそういう気持ちも分かる気がした。



 ともかく、一波乱あった昼休みは、こうして過ぎ去って行くのであった。






 ………






 ………………






 で、放課後。僕達は後輩トリオの到着を待っていた。



 「―――だけどよ、良かったのか翔子?」


 「何が?」


 「圭輔だよ圭輔。お前、当番日誌押し付けて、とっととこっちに来ちゃったからな。

  アイツ、今頃教室で暴れてんじゃないのか?」


 冗談めかして光が言ったが、確かに圭輔の場合はシャレにならないかもしれない。



 「いいのよ。昼休み、勝手にキャッチボール行った罰よ。

  それに……」


 「「それに?」」


 僕と光の聞き返す声が重なる。



 「何だかんだ言ってアイツも、やるとなったら、やる奴だから。

  嫌々かもしれないけど、多分ちゃんとやってくれるわよ」


 「圭輔の事、信頼してるんだ」


 「信頼って言うか、ね。アイツはバカだけどちゃんと筋は一本通ってるし。

  ……でも、やっぱりちょっと悪い事しちゃったかなぁ。今度、埋め合わせしないとね」


 彼女らしい、ちょっと余裕のある微笑で翔子ちゃんが言った。


 伊達に付き合いが長いワケじゃないらしい。

 それに、何かとケンカが多いけど、なんだかんだと仲は良いし。

 二人の関係の深さを、思わぬ形で垣間見た気がする。



 「へぇへぇ、仲がよろしくて羨ましい限りですよ」


 「残念だけど、光が期待しているような事は全くないわよ。

  そういうあなたこそ、最近やけに可愛い後輩ができたみたいじゃない?」


 「まあな。新しいバンドも見つかったし、小春ちゃん様々ってとこだな」


 「バンドが見つかったって……もしかして光、小春ちゃん達のバンドに入ったの?」


 「ああ、そう言えば章にはまだ言ってなかったよな。

  あん時のカラオケの後、あの娘達の練習見に行って、それからだ。

  音楽はもちろんだけど、ルックスも実力派揃いで、ドラマー冥利に尽きるな」


 予想通りの展開って所かな。

 それにしても、光をして実力派と言わせるんだから、かなりレベルが高いんだな、小春ちゃんバンド。

 ルックスはまあ……確かに可愛い娘ばっかりではあるけど。



 「そうだったんだ。よかったね」


 「ああ。これで後は、ギタリストが加われば完璧なんだがなぁ……。

  章、お前誰かギター弾けるヤツ知らないか?」


 「ギター? う〜ん……ちょっと思いつかないな。誰か見つけたら、すぐに教えるよ」


 「ああ、頼む」


 ―――とりあえず男はダメだけど。光はともかく、あやのが変な男に引っかからないとも限らない。

 兄として、最大限の配慮だ。



 「せんぱ〜い!!」


 でも、女性ギタリストなんてそうそういないだろうな〜なんて思っていると、小春ちゃんの声が聞こえた。

 振り返ると、後輩トリオが小走りでこちらに向かってきている。



 「すみません、遅くなって。ホームルームが長引いちゃって」


 「ううん、気にしないで。それじゃあ、行こうか」


 まあ、バンドの事はひとまずおいといて、とりあえず今はカラオケだ。

 半分成り行きだけど、せっかくなんだから楽しまないと。


 まだ聞いた事がない、翔子ちゃんや愛美ちゃんの歌が聞けるかもしれないし。





 ………





 ………………





 「「〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜♪」」


 相変わらず上手いなあ、光―――と小春ちゃん。

 デュエットによる相乗効果でもあるのか、いつもより余計に上手く聞こえる。


 いつの間に一緒に歌うような仲になってたんだ……なんていう質問は、野暮ってもんだろう。

 それに、二人の性格からいって深い意味があるとは思えないし。



 「―――はい、それじゃあ次は愛美ちゃん!」


 「ええっ!? わっ、私はいいよぅ。和泉先輩と小春の後じゃ、ちょっと……」


 「ダメダメ、今日は歌うって約束したんだから! 

  それに、愛美ちゃんは放っておくと絶対歌わないし! さあさあさあ!」


 と、歌い終わるなり小春ちゃんがずいずいっと詰め寄る。

 手に持ったマイクが愛美ちゃんの口元まで持って行かれ、ムード的にも歌うしかないような感じだ。


 ちょっと強引な気もするが……でも、物凄くうまいと噂の愛美ちゃんの歌は、是が非でも聞きたい。

 しかも、持ち歌は百乃木愛子ときてるし。


 ―――まあ、重要なのはそこだったりするんだけど。



 「僕も聞きたいな、愛美ちゃんの歌。

  それに前は、機会があれば歌ってくれるって言ってたよね?」


 「ホラホラ、桜井先輩もああ言ってるんだし♪ ここは一曲歌わなくっちゃ!」


 「小春……、それに桜井先輩まで。

  ……はぁ、分かったよ、歌う、歌うよ。

  それに、もう曲も入ってるんでしょ?」


 「あは、バレてた? 大丈夫大丈夫、いつもの曲だから!」


 「いつもの曲……だね。うん」


 観念したように、マイクを受け取り立ち上がる愛美ちゃん。


 いつもの曲とか言ってるって事は、相当歌いこんでるってことだよな。

 うーむ、これは期待大だ。



 「……おい章、お前って可愛い顔して、結構意地の悪いこと言うんだな」


 横にいた光に、そう小突かれる。



 「可愛い顔は余計だって。でも、そんなことないと思うけどな」


 「お前なあ、ああいう言い方されたら、歌うっきゃなくなるだろうが」


 「う〜ん。愛美ちゃん、もしかして嫌がってる?」


 「……まあ、まんざらでも無さそうだけど」


 二人して愛美ちゃんの方に視線をやると、彼女はイントロと共にリズムをとり始めていた。

 曲はもちろん、僕が以前歌った『ど〜せ〜ジェネレーション』の主題歌だ。



 「いよっ! 待ってました愛美ちゃん!」


 そう言って光も愛美ちゃんを盛り立てる……って、何だかんだ言いながら自分も聞きたかったのか!?

 ―――やっぱり食えない奴。




 「―――〜〜〜♪〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜♪♪〜〜〜♪」




 そうこうして、愛美ちゃんが歌い始めた訳だけど―――うまい。


 下手な形容詞がいらないぐらい、ひたすらうまい。

 期待以上って言葉で語りつくすには余りにももったいない、そんな歌だ。


 素人意見なのは承知で言わせてもらえば、特に声の出し方がスゴイ。

 いわゆるお腹から声が出ているって感じで、声の出し方というか、響かせ方がうまいのだ。


 光や小春ちゃんも、その辺は確かに上手だけど、それよりワンランク以上は上をいってる気がする。

 何て言うか……今の愛美ちゃん、輝いて見えるな。


 そして、何よりも―――。




 「〜〜♪〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜♪♪

  ―――あっ、ありがとうございました!

  ……あ〜、緊張したぁ」


 「お疲れ様」


 そう言ったあやのや、他のみんなの拍手に包まれながら曲が終わった。

 愛美ちゃんも心底安心したようで、座るなり大きな溜め息が一つ。



 「いやあ、すごいよ愛美ちゃん! 僕なんかより、断然うまいね」


 「そっ、そんな! 私なんか、全然ダメですよ!」


 「いやいや、お世辞抜きですごいって。

  歌の事は詳しく無いけど、まるで、百乃木愛子本人が歌ってるみたいだったよ」


 そう……テクニック云々より何よりも、まるで百乃木愛子本人が歌っているかのようだったのだ。

 それも声質が似ているとか、そういう次元を超えている。


 この曲のCDは何度となく聞いているが、聞かせどころとか、そういった所まで同じだったと思う。

 醸し出す雰囲気というかオーラというか……そういったものまで再現しているかのように感じられた。



 「ほっ、本人……ですか!?」


 「そうそう。声とか、雰囲気とかそっくりだったし」


 「そっ、そんな事無いですよ! ただ、百乃木愛子が好きで、CDとか何回も聞いてて!

  きっと、だからだと思いますよ!」


 「そっかぁ、愛美ちゃんも百乃木愛子ファンなんだ―――

  うんうん、いいもんねー百乃木愛子!

  演技も歌もバツグンに上手いし」


 そして、諸々のプロフィールが未詳ってのが、また神秘的でいいんだよな。

 普通、声優って年齢なんかは分からない事が多いんだけど、

 その他のプロフィールも不明……ってのは珍しい。



 「そう……ですか。ありがとうございます、先輩」


 「ん? 何か言った?」


 「あっ、いえ……。何でもないです」


 ふと愛美ちゃんの顔に目をやると、照れたのだろうか、はみかむように笑っている。

 歌い終わって、安心したって所だろうか。


 ……そう言えば、何か言われたような気がしたけど、気のせいだったかな?






 ………






 ………………






 「もうすぐ時間だね……」


 あやのが少し名残惜しそうに呟く。

 ちょうど曲の切れ目で、今は誰も歌っていないから、小さな声でも聞き取ることができた。



 「後、歌えて一曲ってところだな。誰か、ラストいくか?」


 「あれ……島岡先輩、まだ歌ってませんでしたよね」


 小春ちゃんの言葉と共に、翔子ちゃんに視線が集まる。


 そう言えば、確かにまだ歌っていない。

 歌っていないどころか、ほとんど言葉を発してもいない気がする。



 「言われてみりゃそうだ。翔子、せっかく来たんだから最後に歌えよ」


 「わっ、私はいいわよ! 私は雰囲気さえ味わえればいいって言うか、何て言うか……」


 「またまた、島岡先輩ったらそんなこと言っちゃって! 歌いましょうよ〜。

  それに、歌わないと料金がもったいないですよ」


 「でっ、でも……あっ、そうだ! 章がラストいきなさいよ!?

  章も、まだそんなに歌ってないでしょ!?」


 「いやあ、僕はいいよ。それより、翔子ちゃんの歌を聞いてみたいな」


 「あれ? お兄ちゃんも翔子さんの歌、聞いたことないの?」


 「うん、まあ」


 ―――そうだ。今、思い出したが、翔子ちゃんと来た過去何回ものカラオケで、一度も彼女の歌を聞いたことが無い。

 まあ、いつもの五人で来ると、大抵茜ちゃん・圭輔・光の三人でマイクが回っているからっていうのもあるけど……。


 それでも、何回も一緒に来ているのに、一度も聞いたことが無いというのは普通では考えにくいだろう。



 「ほらあ、みんな聞きたがってますよ、島岡先輩の歌!」


 「えっ、えっと、その……」


 そのまま黙ってしまう翔子ちゃん。

 みんな聞きたがっている、とまとめられるのもかわいそうな気もするが、反論できないのもまた事実だ。


 僕だって、翔子ちゃんの歌に興味はあるし、そこは、ここにいるみんな同じだろう。



 「あきらめろって翔子。ここはいっちょ大トリ、頼んだぜ?」


 「…………」


 光にマイクを渡され、しばらく黙っていた翔子ちゃんであったが、

 やがてリモコンを手に取り、何かの曲を入れた。


 程なくして、モニターに表示が出ると同時に、曲のイントロが始まる。

 翔子ちゃんがチョイスしたのは、人気アイドルの最新曲というベタなものだ。



 「アンタ達、どうなっても知らないんだからね!!」


 ……えっ? それってどういう―――






 「〜〜〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜♪」






 ―――それってどういうこと、と聞き返すまでもなかった。


 確かに、どうなっても知らないと自分で言うだけのことはある。

 翔子ちゃんの歌は、例えるなら……そう、歌が死ぬほどヘタな某ガキ大将レベルの実力だった。


 その上、光に小春ちゃん、愛美ちゃんと、さっきまで実力派の歌を聞いていたせいで、

 余計に翔子ちゃんの歌が際立っている。


 はっきり言ってしまえば、救いようが無い。

 みんなも、己の浅はかさを後悔し―――ているかはともかく、ただただ黙っていた。


 こりゃ確かに歌いたくないわけだ……。今までも、多分歌わないようにしてきたんだろう。


 ―――そう言えば、今日も来るのを渋ってたっけ。


 必死で頑張る翔子ちゃんの姿には、一種の哀愁すら感じられた。




 こうして、翔子ちゃんは見事に(?)大トリをつとめ、ほぼ問題なくカラオケは終了した。




 ………




 ………………




 店の外に出ると、街は既に茜色に染まっていた。



 「―――それにしても、今日は良かったなあ。

  愛美ちゃんの歌も聞けたし」


 しかもすごく上手い百乃木愛子ソング……最高だ。



 「ありがとうございます、桜井先輩」


 「よかったら、今度は別の曲も聞かせてよ」


 「はい、機会があったら是非」


 「ふ〜ん、愛美ちゃんったら、先輩の言う事は素直に聞くんだね♪」


 「そっ、そんなことないよぅ!」


 「こっ、小春ちゃん……その辺でちょっと」


 愛美ちゃんは湯気が出そうなぐらい真っ赤になっている。


 実は、これはこれで可愛いんだけど……。

 あんまりからかうのもかわいそうだし、この辺で。


 それにしても、愛美ちゃんって、大人しいけど表情豊かで、見ていて楽しいものがある。

 あやのもいい友達を持ったもんだ。






 「はぁ」


 元気な後輩コンビに比べ、翔子ちゃんは意気消沈といった感じだ。

 ……まあ、無理もないが。



 「翔子ちゃん、その……お疲れさま」


 「章……。オンチなんて、恥ずかしい所見られちゃったわね」


 「そんな事ないって。あれはあれで、その……味があってよかったよ?」


 「フフッ。章って、フォローがうまいんだかヘタなんだか、よく分からないわね。

  でも……ありがと」


 少しだが、翔子ちゃんの顔が明るくなった。

 これだけでも、話しかけた意味があるってもんだ。



 「でも、翔子ちゃんにあんな弱点があったなんて……。

  やっぱり翔子ちゃんも人間なんだなあって思ったよ」


 「章、あなた私にどういうイメージ持ってたのよ?

  そりゃあ、私だって苦手なものの1つや2つぐらいあるわよ」


 「そうだよね……うんうん」


 「? 何を納得してるのか知らないけど、この事は茜とか圭輔には内緒よ?」


 「分かってるって」


 僕の隣にいるのは、もういつものクールな翔子ちゃんだった。


 だけど、翔子ちゃんがオンチっていうのは、意外という以上のものがあったな。

 なんとも可愛らしい弱点だし、それを必死で隠そうとする翔子ちゃんも、何だか微笑ましかったし。




 愛美ちゃんに翔子ちゃん、二人の新しい表情を見れたってだけでも、今日のカラオケは収穫だったかな?

 これはこれで、中々楽しいものだった。機会があればまた……ってことで。






 ……6月。暮れなずむ夕陽が、夏の訪れが近づいている事を告げていた―――。


 作者より……


 ども〜作者です♪

 Life二十三頁、いかがでしたでしょうか?


 ちなみに、作者は歌は下手です。持ち歌も少ないですし(^^;

 でも、翔子よりはマシかな?(笑)


 内容的には、無難にまとめられたかなって気がします。あくまで個人的な感想ですが……。

 またしても、色々妙なフラグを立ててるようなそうじゃないような章ですが、温かく見守ってやってくださいね(笑)


 さてさて、今回の次回予告ですが……あんまり謎かけばっかりやっても仕方ないので、たまにはちゃんと(^^ゞ

 次回は誕生日のエピソード。誰かは―――まあ、適当に推測してやってください(笑)

 あっ、結局謎かけで終わってしまった……。


 それではまた次回お会いしましょう。

 その時まで……サラバ(^_-)-☆byユウイチ

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