第4話。「3対1」
バスを降り、急いでアパートに向かうと、入り口の脇にはあのリムジンが停められていた。
アパートの2階へと目を向けるとそこには、ぼくの部屋の扉へと向かうと3人の姿があった。
「ち、ちょっと待ってえええ~!」
声に気づいた3人はこっちを振り返り足を止め、 その隙にぼくは急いで階段を駆け上がり3人の下へと駆け寄った。
「3人共、一体何してるの!?」
「何してるのじゃないわよ!」
「えっ?」
最初に口を開いたのは意外にも西野さんだった。
「えっ? じゃないわよ! あんたの机の中探してみたけど、進路調査のプリントなんてなかったわよ」
「ご、ごめん。……でも何で西野さんがここに?」
「はい。これ」
そう言って西野さんが差し出したのは1枚のプリントだった。
しかもこれは……。
「先生に言って新しいの貰ってきてあげたから」
「ぼくのためにわざわざ……」
「か、勘違いしないでよ! 言ったでしょ、あんたが出さないと私が怒られちゃうんだから! だから別にそういうんじゃ……」
「大丈夫。ちゃんと分かってるよ」
「……全然分かってないよ」
「何か言った?」
「な、何でもない! バカ!」
……な、なんなんだ?
「じゃあ私は帰るから、ちゃんと先生に提出するのよ」
「まあまあ、そう言わずにお茶でも飲んでいけよ」
「そうですわ。せっかく美味しいケーキもお家から持ってきてもらったんですから」
「……おい」
「で、でも悪いしそんな……私なんかがお邪魔しちゃっていいのかな?」
「もちろん! 何も無いとこだけどゆっくりしていきなよ」
「それじゃ中へ入りましょう……」
「ちょっと待った!」
「どうした昴? 急に大声なんか出して?」
「思春期ですからね」
「違うよ! 違くは無いけど……」
「神坂、不潔」
「だから違うって! っていうかもう突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのか分からないよ!」
「まあ、そう興奮すんなよ。とりあえず中へ入ろうぜ」
「うん。そうだね……ってだから違~う!」
「思春期ですか?」
「だから……」
その時、バタバタと廊下を走る足音と共に、ぼくの部屋のドアが勢いよく開いた。
「何だ、騒々しい! ワタシの眠りを妨げるやつはどこのどいつだ!」
時が止まった……そんな気がした。
しかし、本当に時が止まってるはずなどなく、みんなの視線は部屋から出てきた少女に釘付けになっていた。
「どうしたスバル? 何故固まっている。……こいつらは誰だ?」
えっと……さて、どうしようか。どうしようか。どうしようか。
「とりあえずみなさん、中へ入りましょうか」
ぼくは無言で首を縦に振った。
部屋へ入るとぼく達は綾瀬の持ってきたケーキを食べた。黙々と食べた。
でもこの空気のせいなのか、今のぼくにはこのケーキの味は全く分からなかった。
唯一喋っているイヴはケーキを絶賛していて、ぼくは気のない返事を返していた。
気まずい沈黙が続く中、ちらりと3人の顔を覗き見ると、何か考えてる様子の光、何故か悲しそうな西野さん、そして何故か何故か楽しそうな綾瀬がいた。
「さて、そろそろ話を聞こうか」
光はニヤリと不気味な笑みを浮かべながらそう言った。
「えっとこの子はぼくの……親戚?」
「何で疑問形なんだ?」
「し、親戚! 遠い外国から来てそれで夏の間、ぼくのところに遊びに来たんだ」
「ふ~ん……それじゃあ昴君、詳しく聞かせてもらおうか」
「楽しくなってきましたね」
「楽しくないよ!」
まずい! 何か……言い訳、何か……何か……何か……。
……そうだ!
「あの光……」
「ブッブー! 時間切れ」
「えっ!? 何で! ってか、いつそんなルールいつ出来たの?」
「罰ゲームは……」
「罰ゲームまであるの!?」
「特にありませんがその罪を一生背負って生きてくださいね」
「ぼく、そんな悪い事したの!?」
「そうだよ!」
そう叫んだのは今までずっと口を閉ざしていた西野さんだった。
「こんな小さな子を家に連れ込んで……」
「拉致監禁ですね」
「違うよ!」
「私……神坂の事……だったのに……」
西野さんは言葉が終わる前に泣いてしまって最後のほうはよく聞こえなかった。
「昴が女を泣かせた~」
「神坂君が女の子を鳴かした~」
「鳴かしてないよ!」
「泣かせたもん! 神坂のせいだもん!」
「いや、そうじゃなくて……」
「違くないもん!」
「うん。そうだね。ぼくが悪かったよ」
「神坂君、やっぱり……」
「だから! ……はあ、もう好きにして」
やっぱりどう足掻いてもぼくなんかが綾瀬に勝てるはずなんかなかったのだ。
西野さんは顔を洗いたいって言って洗面台の方へと向かっていった。
っていうか西野さん、さっき語尾が「だもん」って、泣くと女の子っぽくなるんだな。
「さてと、それじゃあそろそろ本題に戻ろうか」
本題? ……すっかり忘れてた。
「こっちから色々質問するからそれに全部答えてみろ」
「り、了解」
「その子とお前の関係は?」
「……イギリスにいる叔母さんの叔父の孫」
「5点」
「点数方式なの!? しかも何点満点!?」
「それでは次は私から……神坂君はロリコンですか?」
「違うよ」
「では熟女好きですか?」
「違うよ!」
「なるほど……神坂君は『どちらでもいい』っと」
「それも違う! っていうか何そのアンケート方式!?」
「次、何でその子は海外で暮らしていたのに日本語が使えるんだ?」
うっ……鋭い。
でもそう言えば何でだろう?
「えっと……在英日本人の学校に通ってたから……」
「ライフラインもありますよ?」
「あるの!?」
「テレフォンだけですけど」
「……相手は?」
「私のお知り合いにイギリスの日本大使館で働いてる人がいますの」
「……いりません」
さすがお嬢様。
「なあ昴」
光はさっきまでとは真剣な顔で静かにそう言った。
「そろそろ本当の事を聞かせてくれないか?」
「私も聞きたい」
戻ってきた西野さんも落ち着いた声で言った。
でも目は真っ赤で少し腫れている。
「分かった。実はこの子は―――」
「はじめまして。イヴと言います」
イ、イヴ!? いきなり何を?
「へぇ~イヴちゃんって言うんだ」
「う、うん」
「それでは皆様、ワタシの眼をよく見てください」
「眼?」
「はい。あ、それとそこの方は眼鏡を外してもらってもよろしいですか?」
「えっ? えっと……はい」
眼鏡を外した西野さんは結構……というかかなり可愛かった。
「それでは……」
そう言うとイヴは瞼を閉じ、そして目を大きく見開いた。
イヴの目はいつもの蒼い色じゃなく、綺麗な黄金色になっていた。
3人の様子を見てみると、みんなの目からは正気が消えうせたようで、まるで人形のようになっていた。
「ワタシの名はイヴ。昴とは祖母つながりの遠い親戚。夏休みを利用して昴の家に遊びに来た」
「はい」
「以後、この事に関する一切の質問を禁じる」
「はい」
「それと今日はもう帰れ」
「はい」
そこまで言うとイヴは静かに目を閉じ、それと同時に3人も元に戻っていった。
「そうだったのか」
「疑ったりしてごめん……」
「イヴちゃんも1人でこんな遠くまで来て大変でしたわね」
「はい。でも、今はスバルがいるから大丈夫です」
「まあイヴちゃんったら可愛すぎますわ」
なんだ? この状況は?
「それじゃあ俺達はそろそろ帰ろうか」
「じゃあイヴちゃん、また会いましょう」
「ええ。それでは皆さん、さようなら」
そして光たちは足早に去っていった。
……何故?
「イヴさっきのは?」
「ああ、あれか? あれは魔眼だ」
「魔眼?」
「まあ簡単に言うと催眠術みたいなものだ。眼が金色に変わっている間は相手を意のままに操れることが出来る」
そんなものもあったんだ……。
「へぇ~、さすがバンパイア、そんなことも出来たんだ」
「フッ、そう褒めるな」
……ちょっと待てよ?
「ねえイヴ」
「何だ?」
「何で最初からそれを使わなかったの?」
「おもしろかったからな」
「……はい?」
「いやー、笑いをこらえるので必死でお前が皆と喋ってる間、一言も喋れなかったぞ」
それであんなに静かだったのか……。
「まあそんな事はどうでもいい。それよりもスバル、飯だ。飯を用意しろ」
「……抜き」
「今、なんと言った? もういっぺん言ってみよ」
「抜きって言ったんだよ!」
「いい度胸だな。よしスバル、わたしの眼をよく見て……って目をつぶるな!」
「やだね! 誰が見るもんか」
「ええい! この開けんか!」
「うわっ! やめろよイヴ」
目をつぶって抵抗したぼくにイヴは力ずくで目をこじ開けようとした。
必死で抵抗するぼくと必死に開けようとするイヴ。
「いい加減に……ってうわっ!」
目を閉じたままのぼくはバランスを崩しその場にイヴを巻き込んで倒れてしまった。
ゆっくり目を開けると目の前にはイヴの顔があった。
イヴの瞳は蒼く戻っていてぼくたちは時が止まったように見つめ合っていた。
そしてその時、静かに開く扉の音にぼく達は気づかなかった。
「お兄ちゃん、何してるの?」
一難去ってまた一難?
この時ぼくの心の中では第2ラウンドの開始を告げるゴングが鳴り響いた。




