第14話。「イヴの秘密」
大分、頭も冷めてきた……。状況を整理してみよう。
ディアナさんはイヴがぼくに魔眼をかけて……そのせいでぼくがイヴを好きになったと言っていた。
もし、それが本当なら―――。
本当なら? 本当なら一体どうしたって言うんだ?
イヴを憎悪するのか? 違う! そうじゃない。だってぼくはイヴが好きだ。だけどこれは……。
「あ~あ! 分かんねー!」
考えても仕方ない……とにかく今ぼくが取るべき行動は……。
「どこへ行くのですか?」
どこへ行くって? 決まってるじゃないか。
「イヴを追いかける」
「どうして追いかけるのですか?」
「好きだから」
「好きだから? 何を言っているのですか。その感情はあの娘の魔眼によるものだと言っているでしょう」
確かにそうなのかもしれない……だけど。
「そんなの関係ないよ。たとえ理由がどうだろうときっかけがどうだろうと、それはぼくが今、イヴを愛している事を否定する理由にはならない! だからぼくはイヴを追いかける」
「仰る意味がよく分かりません……」
「やっぱそうかな」
正直ぼくもよく分かってない。
「だけどぼくはイヴを追いかけるよ」
「……ダメだと言ったら?」
「それは困る」
「フフフ、本当に面白い方ですね……いいでしょう。あの子を追いかけてください……その代わり――」
「その代わり?」
「少し私の話に付き合ってはもらえませんか?」
「話?」
何の話だろう……。
「そう怖がらないでください。あの子の……イヴの事です」
「イヴの?」
「ええ、あなたは追いかける前に、あの子について知らなければならない義務があります」
それからぼく達はベンチに腰掛け、ディアナさんは話を始めた。
「さて何から話しましょうか?」
微笑みながら訊ねてくるディアナさん。そんな事、ぼくに聞かれたってわかるはずない。
「そうですね……。それでは1つずつ答え合わせをしていきましょうか」
「答え合わせ?」
「そうです。まず最初に、あなたはイヴの事が好きですか?」
さっきも同じ事を聞かれたきがするけど……
「好きですよ」
「では、あなたは幼い少女に性的嗜好をもつような特殊な方なのですか?」
「違う……と思います」
「ええ、そうでしょうね。現にあなたは先ほどから私の胸ばかり見てらっしゃいますから」
「見てないよ!」
「フフフ、それはさておきあなたが正常な性的嗜好をもっているというのなら、あの子に恋愛感情を抱くというのは不自然だとは思いませんか?」
「うっ……」
確かにその通りだ……。以前ぼくも同じような事を思っていた事があったし、これには反論できない。
「だけど、それでもぼくは――」
「ええ、知っています。けど安心してください」
「……安心?」
この状況で一体何を安心しろと?
「あの子の本当の姿は、あなたと同じくらいの年頃の娘のような容姿ですから」
「……はい?」
「あの子は今年でちょうど100才になります。我々バンパイアの身体的成長が人間より遅いとはいえ、100才で容姿が幼女ということはありませんから」
100才!? 本当はぼくと同い年くらいの容姿!? ……まずい。頭がついていかない。
「えっ!? でもイヴは確か100年間ずっと寝てたって言ってたはず……」
「あの子ったら、そんな事を言ってたんですか?」
「は、はい……。バンパイアは老衰で死ぬ事はないからそのくらい寝ることは結構あるとか」
「嘘です」
一刀両断。
「確かに私たちは老衰で死ぬ事はありませんが、だからと言ってそんなに長くの間眠らないですし、眠る事なんて出来ません」
「そ、そうなんですか……」
「そうです! 全くあの子ったら嘘ばっかりついて……」
そう言って頬を膨らませて怒るディアナさん。そのせいかさっきとは違って随分幼げな印象を受ける。
イヴが100才で容姿がぼくと同い年くらいっていうのには驚いたけど、だとしたらディアナさんは一体いくつくらいなんだろう。
正直、見る限り子を産んだ人とは思えないくらい若い。
……ってそんな事より。
「1つ質問してもいいですか?」
「……いいですよ」
「何でイヴは嘘をつく必要があったんですか?」
「…………」
ぼくのディアナさんの顔から笑みが消える。この様子の見る限りだと多分……。
「もしかしたらそれはあなたと何か関係があるんじゃないですか?」
「ええ、そうです」
やっぱりそうなのか……。
「では最後の答え合わせといきましょう」
「……はい」
「それは……私がイヴの恋人を殺したからです」
ディアナさんは感情のこもっていない冷たい目をしてそう言った。
「……どうして殺したんですか?」
「彼がイヴを殺そうとしたからです」
「何で!?」
「彼とイヴが出会ったのは今から大分前の事。日本の山奥で道に迷った彼をイヴが助けてあげたのです」
「……それで?」
「怪我をしていた彼は私たちとしばらく共に暮らす事になりました。そして日々が重なるごとに彼とイヴは互いに惹かれあっていきました」
「なら、何で?」
ディアナさんは遠い昔を思い出すように遠くを見つめている。
「……彼の怪我が治って下山できるようになった頃、彼は知ってしまいました」
「まさか……!」
「そうです。イヴが、私たちがバンパイアである事を……彼は知ってしまったのです」
それから何が起きたのか……。悪い予感だけが脳裏をよぎっていた。
「それから彼の態度は急変し、ついにはナイフを手に取り、そして……その刃をイヴに向けました」
「それでディアナさんは……」
「ええ、彼を殺しました。肉片の一片も残さず」
大体は分かったけど……1つだけ納得いかない。
「だとしたら何でイヴはディアナさんを恨むんですか?」
「彼がナイフを構えたとき、イヴは眠っていましたから……そして目が覚めたとき、目の当たりにしたのは愛する人を殺した母の姿ですから」
「それじゃあ誤解じゃないですか! どうして誤解を解かなかったんですか?」
「どんな理屈を並べようとも、彼を殺した事実は変わりません。彼がイヴを殺そうとせずに出て行ったとしてもイヴは深い悲しんだ事でしょう。その悲しみが私への憎しみとなる事で和らぐのなら……」
「ディアナさん……」
「……あの子は今、スバルさんの家の近くの公園にいます」
ぼくとイヴが出会った場所……。
「ただしスバルさん覚えていてください。私はあの子の母親です。愛する娘を泣かせたら、たとえあなたを殺します」
「はい」
「娘をよろしくお願いします」
「はい……。お義母さん」
優しく微笑むディアナさんの顔はまさしく子を思う母そのものだった。
ぼくはディアナさんに笑みを返すと、迷わずイヴの元へと駆け出した。
月明かりの綺麗な夜。ぼく達は出会った。確か最初は強盗とまちがえたんだっけ。
公園でアイスを食べて、悲しげなイヴの瞳を見てぼくは守るって決めたんだ。
それからいっしょに暮らすようになって、たまには喧嘩もしたし、家計に大打撃も与えたけど……。
イヴと過ごした日々は、ぼくにとってかけがいのものだった。
いっしょに笑って泣いて、過ごすたび、ぼくはイヴの事をもっと……もっと好きになっていった。
だから会ったら絶対言おうって決めた言葉がある。
「イヴ!」




