第一話 もたらされた縁談
<ご注意>
※本作品は、適当な設定の中世が舞台のお話です。
※女は結婚するのが当然、20代後半ですでに嫁ぎ遅れと言われ、世間から浮きます。出産は30代からは基本無理と思われています。
※男はきちんと職に就いている場合、生涯独身も普通で、社会からも認められています。
※平民、貴族、王族といった身分制度があります。同じ人間、と言う認識は普通ありません。交流は可能と思われています。考え方の基本が全く異なります。
※主人公ウイネが卑屈な思考をしますが、この世界では常識的な考えです。
※特定の動物に対する迷信は、完全に作中の設定です。
「お前が良いなら構わない。ところで、俺はこの後、鹿狩りに行きたいんだが。だからもう良いか?」
お見合い。顔合わせ直後、貴族のジョージ様はこう言った。
ウイネはとっさに反応できなかった。虚を突かれるとはこういう事か。
けれど、相手は貴族。自分は平民。否という権利など元々ない。
「は、はい。お時間、どうも有難うございました」
「あぁ。では」
ジョージ様はスックとソファーから立ち上がり、ウイネに頷いて見せてから、さっさと部屋を出ていった。
所要時間、2分。
待ってジョージ様。私、この2分のために、話が来てから碌に眠れてなかったぐらいなんですが。
あぁ、でもいいか。
結局、この場だって、誰かの顔を立てて、顔を出しただけにすぎないんだ・・・。
と思ったのが、1回目。
***
この話は妹のケルネが知り合った貴族のご令嬢方の善意で作ってもらった縁談だ。
10代後半から20代前半で結婚が多い中、ウイネはすでに32歳。
本当なら自分も20代前半で結婚しているはずだった。
なのに、一人の妹が世間的に事件を起こした。婚約者のいる王子様にアプローチをしかけ、王子様と貴族のご令嬢の中を引き裂いたのだ。その結果、妹イセリは悪女として有名になった。
妹イセリ自身は王都を出た。
残された家族は、けれど悪評に耐えながら王都での商売を続けている。生活のため、周囲に許しを求めるために、父親がそう判断したのだ。
その過程で、ウイネの結婚は白紙になった。2年半付き合っていた彼氏のご両親や家族が、ウイネとの結婚を猛反対した。当然だと思う。王家、貴族にケンカを売った家の人間なのだから。
ウイネは結婚したかった。未婚なんて考えられない。そんな人、周囲にもいない。
泣く泣く他の相手を求めたけれど、ウイネを欲しがる人は居なかった。
ちなみに元カレは他の年下の子と結婚した。仕方ないけれど辛かった。
さすがにもう結婚は無理だ、とあきらめざるを得ない年齢になって、店で働いていたある日。
もう一人の妹ケルネが、貴族のご令嬢方からご厚意を受けてきた。
ウイネの希望も書いて良いという。恥を忍んでウイネは書いた。結婚したいと正直に書いた。まるで叶わない夢と分かっていたけれど、ひょっとしてなんて期待も捨てきれなかったからだ。
そうしたら、縁談が持ち込まれた。お見合いの相手は、貴族のご令息だった。
ウイネたち家族は茫然とした。貴族となんて、あり得ない。釣り合えない。
身分の釣り合う人、つまりまっとうな平民が希望だ。そんな希望は当然すぎて書く必要がないはずなのに。
お相手は、宰相パスゼナ様の実兄ジョージ様。ウイネの丁度10歳年上42歳。貴族ご令息のくせにいまだに独身。
ちょっと個性的な人で、と説明があった。
いや、個性的とかそういう問題では無いのだが。それとも悪い冗談なのか。
しかし、これは指令だった。ウイネが希望したから縁談が持ち込まれた。ウイネが断れるものではない。
断っても良いと言われても実際そんなの無理だ。
絶対1度は会う他ない。ウイネは実際蒼白になりながら、お見合いの日に備えた。
そして、1回目。相手にしてもらっていなかった。
酷かった。でも、当然だと思う。
***
まさかの2回目が訪れた。
どうやらウイネが2回目を希望するか聞かれて、「はい」と答えた結果のようだ。
しかし、常識的に考えて、ウイネから断るはずがないではないか。
平民と貴族。話の発生状況から見ても実際の身分差からみても、断るならジョージ様側からしかあり得ないのに。
ジョージ様は、さては断るのも面倒だったか?
いや、縁談を持ち込んできた貴族の顔を立てないといけないのかもしれない。
でもジョージ様から断っていただくしかないのだけどな・・・。
このお見合いに意味を見いだせないながら、ウイネは2回目に臨んだ。
そして、迎えの時。使いの人がウイネにこう告げた。
「先に申し上げておきますが、3回目お会いされる場合、婚約成立となりますので」
!?
言葉には出なかったが表情で驚きを語ったのに、使いの人は動じず穏やかに微笑みさえ浮かべてウイネを馬車に誘導した。ちなみに、微笑みは作り笑い。
幸か不幸か、ウイネには人物含めて物事の真偽がよく見える。父親譲りと周囲に言われる。
ウイネは状況に飲み込まれている自分を知った。
そして、どうしようもない。飲み込まれるまま流されていくほかないのだと思う。
2回目は、ジョージ様と夕食だった。
「腹が減ったから丁度いいだろう」
と仰った。
ウイネは蒼白になった。マナーなど何も知らない。フォーク1つとっても、たくさん並んでいる。一体どれを使えばいいのか。そして一体どう使って料理を口に運べばいいのか。ニンジンにはフォークを差していいのか。それとも差すのはダメなのか。
運ばれてきた料理を目の前に固まるウイネに、給仕の人が気を利かせてそっと使うべきフォークとナイフを教えてくれた。
サラダをなんとか口に運ぶ。味わいとかより緊張が優る。
消化不良になりそうという予感がする。
どうしてこんな食事なの? 相応しいかの試験?
でも、平民って時点で、こういうの無理って分かってるはずなのに。
肉料理が来た。サラダ、スープ、前菜は何とか食べた。でも、ステーキを前にウイネは困った。
切り分け方にマナーが問われそうな予感がしたのだ。
硬い表情でウイネがジョージ様の食べる様子を見あげると、ウイネが固まっている間に皿の中の料理は綺麗に無くなっていた。
茫然とした。なんという早食い。それが貴族なのか。食べ方の手がかりが消えた。
ワインを選んで、ついでもらったジョージ様がゴクゴク飲んでから、ウイネの様子に気が付いた。
首を傾げた。
「どうした。もう満腹か?」
「いえ・・・」
正直に答えてから、しまった、満腹ってことにすれば良かったかもとウイネは思った。
いや、ダメだ、これは食事量を測るテストかもしれない。そして自分は満腹では無い。ここを『適量』と判断されるのは困る、気がする。いや困るのか?
ここにきて、ウイネは色んなことを諦めた。
そもそもこの見合いはおかしい。平民と貴族だなんて。
下流貴族でさえ難しいのに、中流貴族。しかも、宰相パスゼナ様の家だなんて。
恥をかいて、終わろう。
ウイネは握りしめていたフォークとナイフをそっと置いた。
「私、テーブルマナーが何一つ分からなくて・・・。どのように食べれば良いのか、分からないのです。失礼になってはと・・・」
カァアッと赤面するのを自覚しながら、ウイネは言った。真実だからだ。
「あぁ、気にするな。好きに食べれば良い。お前は平民だからそんな事期待していない」
「え、でも、本当に・・・」
「面倒な事言うなぁ」
とジョージ様が本当に面倒そうに言った。
ウイネは傷ついた。でもどうしようもない。
「じゃあ、何なら食えるんだ」
「え、と、ですね」
ウイネは迷った。正解の言葉が分からない。
自分がいつも食べているものを言うべきだろうか、と思ったが、一瞬で不吉な予感もした。それを今から用意させそうな・・・!
もし予感が正しければ、そちらの方が無理だと思った。そんな事を平民の分際でさせるなんて耐えられない。失礼にもほどがありすぎる。
平民としては、出されたものを食べる方が平穏なはず。
ぐっとウイネは覚悟した。
「あの、私、本当にマナーが分からなくて・・・。ですから、あまりに変だったら教えていただければ直します。それで、あの、このお肉、美味しそうですから、いただいても宜しいですか?」
「あぁ。食べれば」
ウイネの覚悟の重さを意にも介さず軽い返事が来る。
ウイネは高まる緊張の中で、ナイフとフォークをまた握りしめた。
慎重にしたのに、キィィ、と、ナイフと皿がこすれる音が出た。心臓に悪いが切らない事には食べられない。
頬をひきつらせながらウイネは肉を小さく切った。
恐る恐るフォークで突き刺す。口に運ぶ。
柔らかい。美味しい。小さい。もう無くなった。でもやっと食べた。
ほっとした。
ウイネがジョージ様を見ると、ジョージ様はウイネの食事の様子は気にも留めず、
「待ってたら日が暮れるから先に俺の料理を出せ」
と傍の人に指示していた。
ウイネに関心はなさそうだ。当然だ。
ヤバイ、胃が痛みそう。
ジョージ様を待たせてはいけない、早く食べてしまわないと!
ウイネは必死で料理を食べるという作業に集中した。
会話など何も生まれない。
美味しいけど、ものすごく苦痛の時間だった。
「お前は本当に俺と結婚するつもりか?」
「え? あの・・・」
急に質問が来てウイネが顔を上げると、全ての食事を食べ終わっていたらしいジョージ様がワインを飲みながらウイネの様子を観察中だった。
「俺は別に構わないが、平民だろうが何だろうが。ただ、俺はあまり構ってやれない。好きに生きてきた。今更誰かに時間をとられるのも嫌だからな。家は弟が継ぐことになってる。俺は遊んで暮らしていて構わない。だからって嫁が贅沢三昧では困る。自由にいるのは俺だけで良い」
「はい・・・」
「良いか、贅沢するなよ」
「はい・・・」
ウイネはかろうじてそう答えた。
どうして、結婚前提の話なのか理解ができない。
ジョージ様は、どうして結婚に前向き?なのだろうか。やっぱり断れないのだろうか。
***
3回目を前に、ウイネは自分に暗示をかけるように何度も何度も呟いた。
年齢考えたって、もう自分には結婚のチャンスなんて絶対来ない。絶対来ない。本当に来ない。
この唯一の機会。
どうせ駄目でも、一度ぐらい結婚したい。
駄目なら駄目。仕方ない。
また店に戻って、変りない生活になるだけ。
一度やって駄目なら、もう諦めだってつくし。
3回目。
こんなに悩んでるけどジョージ様が断るかもしれない、それもそれでショックだ、こんなに最後のチャンスだって取りすがろうとしているから。
などと悶々と悩むこと数日。
ウイネの「はい」にこたえて、3回目のお見合いがやってきた。
迎えの人には
「ご成婚という事で。おめでとうございます」
と社交辞令のはりついた微笑みを向けられた。
私は、結婚にすがるあまり、分けのわからない選択をしちゃったんじゃないだろうか。
ウイネの未来は、正直全く明るくなかった。




