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げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅳ;現実 と 幻日
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Track.4-24「通り魔に遭ったと思って諦めてよ」

 白い骸骨のような少女から溢れた“無”は、誰にもそうと知られないままに四月朔日の邸宅を覆い尽くした。

 まず最も近くにいた竜伍の身体を包み込み、次に夏蓮、そして玄靜を包み込む。

 そして屋敷内の10人はいた使用人全ても包み込むと、“無”という本質をその身体の内に満たしていく。


 咲の遺体は看過された。

 真言は異端審問官の業務の都合でその日は四月朔日家にいなかった。


 術者である夷と、咲の遺体、そして真言を除いて。

 その日、四月朔日家から多くの存在が消失した。


「しまったなぁ。使用人の一人くらいは残しておくべきだったなー」


 黒衣を脱いた夷は、呟いたと同時に裸身を翻し、棺に満ちた白い花に埋もれて目を閉じている自らの妹の遺体に肉薄した。


 もとより、彼女たちはひとつだった。何らかの因果で分け隔てられたふたつだ。

 だから、その因果と境界とを“無”へと還す。これからやろうとしていることは、ただそれだけだ。


「咲ちゃん――いただきます」


 死化粧により淡い桜色を灯す唇に、自らの枯れた唇で触れる。

 肉と肉が接触している感触が薄れ、やがて無くなる。蕩けるように、粘膜と粘膜が皮膚を擦り抜けて結合する。


 融解し、溶け込んでいくふたつの肉体は――ひとつの存在に合致した。



 雪のような白い髪は、緩く弧を描いて内へと、そして外へと跳ねる。

 存在感の無い白い眉を隠すような前髪の下で、愛玩動物めいた貌が意地の悪い笑みを称えている。天使のような可憐さと、悪魔のような妖艶さが同居している。

 両の虹彩は、淡い薔薇色と淡い琥珀が上下に混じり切らずに、ただ円らに双眸の中心に座している。

 薄く尖った唇は、桜色に色づき、吐息までをも染め上げるようだ。

 首筋と四肢は華奢と呼ぶには細すぎて、まるで白木の枯れ枝だ。


 白い花弁を散らして棺から起き上がった夷は、自らの内に拡張された霊基配列を確認して、ああ、そうか、と独り言ちた。


「これ、咲ちゃんのか」


 咲は確か、魔術の訓練を受けずに一般人として育まれた。だからそれが固着せず真っ新なままで残っていたのは、明らかに自分が行った魔術の訓練が影響を与えていたのだと確信できた。

 思い掛けない収穫だったが、これで2つ目だ。もし自身の力のみで時間逆行の魔術を行使するなら、あと5つ。

 これを獲得する方法、若しくは時間逆行の魔術を行使するに値する人物の選定について、考えなければならない。


 元より後者を考えていた夷だったが、万が一の保険で前者も考えた方がいいと直感する。他人はあてにはならない。何故なら自分自身では無いからだ。裏切ることも考慮しなければならないし、阿摩羅識の力の使い方もまだ未熟だ。


 融合した肉体は元の体よりも馴染む。肺から喉にかけての霊銀ミスリル中毒は残ってしまっているが、以前よりも調子はいい。全力で戦闘行為を行っても、3分は持つのではないだろうかと思われた。


「さーて――そろそろ出てきてもいいんじゃない?」


 空間から滲み出るように、その人物は襲来する。

 実体を持った巨腕が、夷の新たな肉体の腹部に食い込むと、それは皮膚を通過して腸を掴み上げ、薙ぎ払うように内側から外へと肉と皮膚を突き破って血肉を散らす。


 透過した腕を突き刺した体内で実体化させ、掴み上げた内臓ごと体外に引き摺り出すこの技は、その使用者の名を冠す。

 その技の名は、“腸抜き”(ワタヌキ)と言った。


 破れ裂かれた腹部から赤く濡れた腸をずるりと伸ばしながら、夷は実に冷めた笑みで襲撃者を睨み付けた。


「そりゃあ、そうだよね。同じ力同士、相殺されてたよね」


 血飛沫で濡れた畳の上に、その老躯は立っている。齢90を超えて尚、鍛え上げられた巨躯を持つ、四月朔日玄靜だ。


「愚かしい――」

「うん、そうだね。同意するよ――じゃあどっちがより馬鹿らしいか、比べっこしようか」


 自らの傷を【罪業消滅】(サンスカールラ)で無かったことにして回復した夷は【厭離穢土】(キャラーカ)によって中庭に自身を複製し、即座に畳間の自身を棄却することで転移に似た移動を見せる。

 一方の玄靜は、自身の孫娘が自身と同じ阿摩羅識の力を使いこなす姿に感嘆しながらも、存在情報を“無”として座標を隠匿する【唯我独存】(ニルラクシャ)によって姿を消した。


 互いに扱う力が“無”と“無”では、比較のしようが無く、決着など着かない。

 それでも時間制限のある夷と、それの無い玄靜だ。このまま力比べを続けていたのではどちらに軍配が上がるかは自明の理。


 だから夷は、玄靜には出来ないことをする必要があった。幸い、その術式は“彼女”のことを考え続けていた間に出来上がっていたし、その術式を構築するのにちょうどいい、真っ新な霊基配列は妹から贈られていた。それを組み上げる魔力に関しては、無と無限を司る存在と繋がっているから心配など無い。


 無を無で弾き、無を無で拭いながら、夷はゆっくりとそれを自身の中に組み上げていく。

 試運転も無いままに実戦投入だが、不思議と不安は無い。空想上では、それはもう完成されていた。



 無為のような180秒が過ぎ去り、夷の肺で霊銀ミスリルが細胞と結びついて赤黒い毒へと焼成する。

 それを吐いた隙に、玄靜の太い腕が頭蓋を通過して脳に突き刺さった時――夷の遺体から、白い蜉蝣(かげろう)が溢れ出した。


「――“我が死を、(Mei Mori,)彼らに”(Se.)


 溢れた蜉蝣はその色を黒へと変え、玄靜に殺到する。異変を感じた玄靜は再び【唯我独存】(ニルラクシャ)を行使して無の境地へと姿を隠したが、それは無駄だった。


 蜉蝣の姿はあくまでただの演出だ。それは術が行使された――というよりも、術の行使条件が満たされたその瞬間に、因果は逆転し、生と死は交錯する。


 青い蜉蝣たちが無から滲み出て夷の遺体に次々と駆け込んでは融け込み、意識を取り戻した夷がゆっくりと立ち上がった時。

 無が晴れて、割れた頭蓋から脳と脳漿を派手に撒き散らした玄靜の遺体が、そこには横たわっていた。


「うん、まずまずだね」




 その後一年を掛けて、夷は孔澤(アナザワ)流憧(ルドウ)を探し出した。

 “異界表現者”という異名を持つだけあり、流憧は殆どの時間を自らが創り上げた作品たる異界にて過ごしていたが、やはり時折真界に降り立つことがあった。


 白い燕尾服に白い手袋、白い帽子(ハット)に白い(ステッキ)、そして白い革靴。ただ燕尾服の下に着たシャツと双眸の虹彩だけが血のような緋色に染まっている。

 見つけた。孔澤流憧だ。


 深淵接続(アビスリンク)を通じてその座標を特定した夷は、機を待ち、【厭離穢土】(キャラーカ)の行使によって単独となった流憧の元へと馳せる。


「――美しい」


 彼が夷を見て最初に発したのはその言葉だった。

 それは夷の容姿のみを見て生れ出た言葉ではなく、――無論、彼女の相貌はその言葉に相応しいではあったが――その“歪んだ在り方”に対してのものだった。


「真っ白なものは汚したくなるように、美しいものほど壊せずにはいられませんね」


 会話など無い。ただ純然たる欲求だけがそこには在った。

 流憧は夷に何も言わせないままに異界の門(ゲート)を開くと、周囲一帯を自らの異世界で侵蝕した。


 夷は何も言えないままそこに突っ立っていたが、やがて異世界に住まうミールワームのような幻獣がその触腕を伸ばし、先端の吻口を開いて彼女の細い身体を飲み込んでは咀嚼して砕くと、【我が死を、彼らに】( メイ・モリ・セ )によって幻獣の命を断ち切った。


 面白いと興奮して次々と流憧が幻獣を放つが、システム化された因果逆転の魔術により夷を絶命には追い込めず、そして夷は認識を改めて術式を構築し直す。


 粘液がぬらりと体表を覆う、グロテスクな磯巾着(イソギンチャク)のような巨大な幻獣にその身を嚥下された夷が再三行使した【我が死を、彼らに】( メイ・モリ・セ )は、その幻獣ではなくその幻獣を生み出している異世界そのものを標的として因果を逆転させる。

 流憧の異世界が滅び、再び真界に舞い戻った時。

 異世界が死んだことで幻獣も死に、そして夷は意地の悪い笑みを浮かべながら流憧に歩み寄った。


「悪いけどさ、通り魔に遭ったと思って諦めてよ」


 こうして白い少女は白い魔女に取って替わった。

 流憧が持っていた全ての異世界の支配権を強奪し、暗躍を進めていく。

違う世界線という形で、二人の過去を描いたスピンオフ

「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」

意外と本編と違う描かれ方をしています。

お暇な方は是非ご一読を。


→次話、6/21 0:00公開です。


宜候。


【違う世界線での二人の過去はこちら】

「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」(5/31完結)

 →https://book1.adouzi.eu.org/n5492gg/

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