Track.4-17「今度タピオカラテでも奢るから許して?」
7月に入ると、番組上で芽衣の復帰報告の映像が流れ、同時に公式サイト上で芽衣の綴った直筆の言葉が載せられた。インターネットやSNS上がざわつき、幸か不幸か大手SNSのトレンドにも入った。
芽衣は自分でも止めた方がいいと考えていたが、しかし今の自分と向き合うために、番組が終わった深夜にエゴサーチをかけた。
相変わらず心無い言葉は続いていたが、その中に、「おかえり」や「待ってた」「これで全員揃った!」という言葉も多く見られ、芽衣はこれで良かったんだと呟いた。
8月、全国ツアーが終わり、徐々に芽衣は笑顔を取り戻していく。
まだぎこちなくはにかむ程度のものだったが、それでも確実に前に進んでいる姿に心を打たれる者は多かった。
初めて参加した握手会では、彼女に温かい言葉をかける者も多かった。彼女はうまく笑えなくてごめんなさいと前置きし、それでもその時点での彼女の精一杯の笑顔で「ありがとう」と伝えた。
『安芸、これ――』
『ああ、おかしいよ。そんなの解ってるから取り合えず見てくれよ』
航の疑念に茜が返す。そう、この物語はおかしいのだ。
航が知り得る芽衣の過去は、入院した4月に茜に弟子入りし、翌月からは異術士としての訓練に明け暮れていたはずで、6月には鹿取心を助けたことで邂逅を果たしていた。
9月。
クリスマスに行われるライブに先駆けて販売・配信が開始される新曲が発表され、そしてレッスン上で集められたメンバーにフォーメーションが伝えられる。
前列4人、中列5人、後列7人。
グループ初の“ダブルセンター”に抜擢されたのは、二期生の鐘倉未夢と同じく二期生の星藤花だ。それをセンター経験者の一期生二名、佐古加奈緒と女木崎未夏で挟む形になった。
最後列7人の上手から2番目のポジションを貰った芽衣は、実に分相応な評価だと頷いた。
しかし驚いたのは、通常版に収録されるカップリング曲が藤花と芽衣の二人だけのユニット曲だったことだ。
“深海魚”と題のついたその曲は、まるで、いやまさに、藤花と芽衣のために創られた曲だった。
“光がこわい”という歌い出しから始まり、歪な自らを忌避しながらも光を求めて浅瀬へと、そして空を目指して陸へと自を変貌させながら駆け上がっていくその曲は、自身を持てなかった自分を変えるために勇気を振り絞ってアイドルへと足を踏み出した藤花と、そして自らを殺し続けて強くなろうとした芽衣を表していた。
ダンスレッスンは激しさを増し、ボーカルレッスンでも血を滲ませるように立ち向かった芽衣を、不特定多数の声は鼓舞し、受け入れていった。
10月。レコーディングが終わり、看板番組で収録曲が披露された。
第一週目は全員で歌う表題曲、二週目には一期生のみの楽曲、三週目には二期生のみの楽曲、そして四週目は“深海魚”だった。
予約状況はやはりBDに加え生写真や全国握手会のチケットが封入された特典版――TYPE-A、B、Cの三種が遥かに多かったが、しかし運営スタッフの予想に反し、通常版の予約状況は過去最高だった。
11月に入り運営スタッフが緊急で会議を行い、通称“トカリセ”と呼ばれる、藤花と芽衣のユニット――グループでは芽衣は苗字を捩って“リセ”と呼ばれている――の楽曲“深海魚”のMVを新規で撮影することを決めた。
それは動画配信サイト上でフル尺で公開され、そしてクリスマスライブのBD・DVDの特典映像に収録、発売後はショート尺のものを公開する運びとなった。
それらの情報は、11月に入ってすぐの握手会にて発表される“予定”だった。
あくまでもそれが“予定”だったのは、その握手会にて事件が起きたからだ。
その事件のために、握手会の最後に行われる筈のステージパフォーマンスが中止され、発表の場を失ってしまったからだ。
事件とは、握手会の三部の時間帯に、藤花と芽衣のレーンに並んだ一人がおよそ腹ほどの高さのプラスチック柵から身を乗り出し、握手しようと同じく前傾姿勢になって手を伸ばした芽衣の首筋を刃物らしきもので切り付け、芽衣の斜め後ろに控えていた警備員に現行犯逮捕されたというものだ。
ポケットから取り出した刃物らしきそれは、セラミック製の器か何かの破片であり、切れ味が増すよう研がれてあった。
セラミックであることから入場時の手持ち式金属探知機による検査には引っかからず、手荷物には不自然な点は見当たらなかった。
盛大に血飛沫が舞った場内は悲鳴が沸き起こって騒然とし、すぐに救急車が駆け付けたが、芽衣は搬送された先の病院にて死亡が確認された。死因は大量出血によるショック死だった。
そして凶行に及んだ者とは、かつて芽衣と同級生であり、ともにオーディションに応募したあの女子生徒だった。
彼女が何故そのような行動に及んだのか。それは、芽衣の記録上には残されていない。それが発覚するのは、芽衣が死亡した後の話だ。
ただ芽衣は、狂気に歪んだ彼女の顔を見て、微笑んで何かを呟いた。おそらくそれは、「ごめんね」だった。
そんな彼女の最期を、遠く離れた場所で四月朔日夷は“視”ていた。
暗転。
『安芸、答えろ――何がどうなってる』
航は思念を荒げさせた。茜は嘆息交じりに、『どうもこうも、見たまんまだよ』と呟き、今しがた見ているこの記録は、世界が保有する記録に美青が強制的に“接続”して保管したものだと説明した。
要領を得ないその説明に航はさらに苛立ちを加速させる。
落ち着きながらも、解を切望したのは葛乃、初、リリィも同じだった。
その握手会の日程と言えば、つい昨日だ。そして、本来であれば芽衣は自分たちと一緒に、PSY-CROPSの異界調査から帰ってきたばかりだ、と。
見知った記憶とまるで違うその歴史は、違和感どころか歪そのものだ。
そして交わらぬ意識の中で、芽衣もまた混乱していた。
退院した後の自らの行動が、記録の中とまるっきり異なっていた。
そしてそれらを納得させる解を、茜は発する。
『――これが、一周目ってこと』
発せられたと同時に、暗闇に塗れていた視界が明転した。
航たちが疑問を発するよりも早く、映り込んだ風景は彼らを絶句させる。
泥に塗れる混濁の上に、白い少女と黒い少女が立っている。
「――勝手に死んでんなよ」
「――ごめん、でも――」
「うん。悔しいよね――わたしだって悔しいよ。こんな結末、わたしは認めない」
白い少女が黒い少女に告げる。
その表情は天使でも悪魔でも無く、ただただ覚悟を決めた人間のそれだ。
「だから、待ってて――君を、芽衣ちゃんを、必ずこの結末の向こう側に送り届けるから」
時が遡る。
負の符号を伴って全てが加速し、前を向いて歩く人々が逆行する。
ただ一人、常盤美青を除いて。
「――私の術を、勝手に使われてる?」
逆行する世界で唯一前進する美青は疑を唱える。外部から干渉を受けたことは無い。
ならば内部はどうだと自らの潜在意識に深く潜った美青は、そこで漸く夷と遭遇した。
遠く離れた場所で、二人は意識を通わせる。
物理的な距離がどれだけ隔たっているかは分からないが、その瞬間は確かに二人は霊銀によって繋がっている。
「もしかして――君が、咲ちゃん?」
慈愛の奥に怒りを滲ませて美青が訊ねる。
「咲は消えたよ。わたしは、夷の方」
「ふぅん――で、どういう了見で他人の魔術を勝手に行使しているのかしら?」
魔術学会がグノーシス領域にアップロードした魔術概要に接続すれば知らない魔術を行使できるのと同じ理由で、他の魔術士の霊基配列に接続することが出来ればその魔術士の有する魔術を行使することは可能だ。
しかしあくまでそれは、“接続することが出来れば”の話である。
魔術士の霊基配列は暗号化されており、また接続されないように魔錠がかかっている。基本的にそれは、本人にしか解錠出来ない。
だからこそ、美青は焦りをひた隠した。自らが有する13の霊基配列それぞれに同時に、それも暗号化も魔錠も全てを解除して、そして外部ではなく内部から接続せしめたその白い魔術士に畏敬の念すら抱いたのだ。
「ああ、それはごめんなさいとしか言いようが無いんですよー。他も当たってみようかと思ったんだけど、世界の時間逆行なんてあなたにしか出来ない芸当だった。すごいね、美青先生って」
霊基配列に接続しているのだから、会ったことの無い人物に名前などの個人情報が筒抜けなのはもはや驚く対象ではない。
問題なのは、全ての霊基配列に接続を許してしまっているこの状況だ。おかげで支配権を奪われ、美青にはただ問答をするしか選択肢が無い。
「安心してよ。ちょっと昔に戻ったら、ちゃんと返すから。ああでも、先生の霊脈は殆ど消費しちゃうなぁ――今度タピオカラテでも奢るから許して?」
あどけない表情でおどける白い姿は、芽衣から散々聞かされた白い少女の情報と合致する。しかしまさか、このように規格外の怪物だとは思わなかったのだ。物理的な距離の別なく、他者の霊基配列の支配権を強制的に奪えるような怪物だとは――。
違う世界線という形で、二人の過去を描いたスピンオフ
「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」
意外と本編と違う描かれ方をしています。
お暇な方は是非ご一読を。
→次話、6/14 8:00公開です。
宜候。
【違う世界線での二人の過去はこちら】
「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」(5/31完結)
→https://book1.adouzi.eu.org/n5492gg/




