Track.4-13「傍にいてくれる?」
夢の中で、あたしを殺そうとする黒い人影は泣いていた。
これまでは不鮮明だったその言葉も、今では「あたしは悪くない」と繰り返しているのだと聞き取ることが出来る。
あたしを殺していたのは、あたし自身だった。
恐らくそうだろうなぁ、と考えていたあたしに驚きは無い。
「駄目」
あたしは首を横に振る。
「嫌だ」
あたしは首を横に振る。そして。
「お願い、あたしを、――あたしを、嫌わないで」
あたしは首を横に振る。そして、あたしを抱き締めた。
辛かったね、痛かったね。一人で、独りきりで戦って、苦しかったね――そう言いながら、その背を、その頭を撫でた。
ここに来て解ったことがある。
あたしは、芽衣じゃなくて、芽異だ。あたし自身が、自覚していなかっただけで。
咲に夷がいるように。あたしに寄り添う、あたしだ。
暗転。
「白い魔女から、わたしを取り戻させてくれてありがとう」
「……どう、いたしまして?」
幾度となく推敲して完成した、二人のゲームブックを遊び終えた咲の特殊な感想に、あたしはどう答えればいいのかよく分からなかった。
それでも咲の顔が満足そうだったから、きっとそれでいいんだと思う。
このゲームブックにはまだ挿絵も無いし、全文手書きで、コンビニで売っていたB5サイズのノート5冊にも渡る超大作だけど。
それでもこれは、あたし史上の宝物になるに違いなかった。
図書室の窓からは、今日も燦々と降る光の粒が、天に伸びる欅の葉に当たっては散り、中庭の大気を沢山のキラキラで満たしていた。
ベンチでは日光浴をする老人が、扇子を手にぱたぱたと首元を扇いでいる。
今日が日曜日だからか、子供たちのはしゃぐ声も聞こえるし、それを眺めながら井戸端会議するお母さんたちも和やかで気持ちいい。
いい日だ。
全てを知るなら、こんな気持ちのいい朝がいい。
「ねぇ、咲」
「……うん、」
「傍にいてくれる?」
「……うんっ」
それを、あたしは黒い匣越しに眺めていた。
心臓がきゅっと痛む。再び、その記憶を思い出す場面に遭遇することに、一抹の不安は拭い去れない。
それでも過去のあたしが決意したように。あたしも、もう一度あたしに立ち返ろう。
この記憶の果てに、あたしはきっと大切な約束を置いてきたから。
意を決してパソコンの前に座ったあたしは、左手でエミの右手を握り締めながら、そのホームページのリンク部分をクリックした。
森瀬芽衣
・・・2019年3月、二期生としてRUBYに加入
・・・2019年7月、体調不良により休業を発表
その文字列を見た瞬間に、あたしは全ての記憶を取り戻した。
取り戻して、きっとあたしは泣いただろう。でもそれは、静かな静かな慟哭だった。
あたしはRUBYというアイドルグループが好きで、そして同じくアイドル好きな友人を持っていた。
その容姿からクラスでも中心的な立ち位置にいて、かねてからアイドルになるためにダンスレッスンに通ったりしていた。
あたしは彼女のことを綺麗だと思っていたし、アイドルという肩書きは彼女の胸元にひどく馴染むと考えていた。
あたしたちは学校の昼休みや放課後にアイドルの楽曲を踊って完コピを目指したりした。メンバーごとの振りの違いやその意味、個性や特徴などについて語り合ったりもした。
そんなあたしたちだから、RUBYがグループの二期生メンバーを募集すると知ると、すぐにそのオーディションに応募した。
とは言っても、あたしはもともと応募するつもりじゃなかった――と言うのも変だけれど、応募したくないわけじゃなかったけれど、選ばれるつもりなんて全く無かった。ただ、彼女が一緒に応募しようと言ってくれたから、ただそれだけで応募した。
そしてあたしたちは書類の一次審査に二人で受かり、でも二次審査で友人は落ちてあたしだけが残った。
何であんたが、と言った友人の顔を、あたしは忘れないだろうと思っていたけれど今まですっかり忘れていた。思い出したい顔じゃなかった。
そこから亀裂が入り、どちらかというと人気者の友人の取り巻きのような立ち位置だったあたしは、周囲からハブにされ出した。
オーディションに辞退しなよ、という周りの声もあったけれど、折角勝ち得たチャンスを、あたしは棒に振りたくなんかなかった。それらの声に抗ってオーディションを進み続けた。
グループ入りが決まった頃には、学校に味方はいなくなっていた。
インターネットでエゴサーチをかけると、掲示板サイトや学校の闇サイトなんかであたしへの罵詈雑言をこれでもかと言うほど見てしまった。
それでも、RUBYの一員になれたことがあたしは嬉しかった。誇らしかった。あたしの全てだった。
学校での扱いは最早苛めで、あたしは酷く惨めだった。
物が無くならない日は多分無かった。誰がやったかは知らない。
悪い噂が聞こえてこない日は多分無かった。誰が言ったのかは知らない。
他のクラスから、あたしのそんな状況を知らない子が、応援してるって言ってくれたこともあったけど、どうしてだか次の日以降来なくなった。
遠くであたしを指差す人たちがいた。
遠くであたしを見て笑う人たちがいた。
遠くであたしを見て逃げていく人たちがいた。
トイレの個室で水を被ることもあった。
それでも、それで学校を休んだら負けだって思った。
そうなったら、あたしが不登校になりでもしたら、きっとRUBYに迷惑がかかるだろうって。
そんなのは一番嫌だった。
それに、もうすぐ中学を卒業する頃だった。高校生になれば。環境が変われば。そこまでの辛抱だと自分に言い聞かせた。
もともと家族には反対されていた。
アイドルなんか出来る筈がないと母に強く言われた。それでも父は、落ちたら身の程を知るんだから受けたければ受ければいいと言ってくれた。それが合格を期待する言葉じゃないとは判っていた。
そして最終選考に受かった時、辞退しなさいと言われた。
あたしは断った。首を横に振って、何度も何度も説得を試みた。
家族は、本当は父の仕事の都合であたしが中学を卒業したら全員でイギリスに行く筈だった。
あたしは日本に残ると、アイドルをするんだと言い放って聞かなかった。
最終的に折れたのは父の方だった。あたしは絶対に譲らなかった。
そんなに言うなら、自分で生きてみなさいと。一人でアイドルとして生きなさいと。
何とか中学を卒業したあたしは、ごく短い時間の中で父と探したアパートに一人暮らしをすることになった。引っ越しを終えてすぐ、家族はイギリスに旅立って行った。
許されたのか、見放されたのか。あたしは認識を選べなかった。
一人になって、あたしを否定する友人も家族も居なくなって。
漸く、夢のような日々が始まったと思った。
でも、あたしはその頃からうまく笑顔を作れなくなっていった。
笑うべき場面で、どうしても申し訳なさが先に立った。
やがて、笑おうとすると涙と嗚咽が出るようになった。
週に一度のダンスレッスンも、ボーカルレッスンも、どうにか踏ん張って参加し続けたけれど、もうどうしようも無かった。
そんなあたしに、メンバーの皆は優しく接してくれた。
でもあたしは変わらないどころか、どんどん悪化していった。
そして、アンダーグループとしてのRUBYの二期生が、秋にお披露目のための単独ステージに立つことが決まった。
ひとつのアイドルグループとして公の場に立つ初めての活動だった。
二期生全員で、一丸となって臨むことを誓った。一期生の先輩方も、強く背中を後押しすることを誓ってくれた。あたしたちはひとつになった、筈だった。
あたしだけが違った。
そして遂に、メンバーの中で一番親身にあたしに接してくれた、同郷のメンバーから拒絶されてしまった。
あの“事件”は何がきっかけだったのだろう。確か、ダンスの振りをどうしても間違えてしまうあたしのために、休憩中も付き添って練習してくれていた時だったか。
結論から言うと、危うく暴力を振るわれるところだった。
踊れない、歌えない、剰え、笑えない――それが変わらないあたしに、お前はそれでもアイドルかと、彼女は激昂を顕にしたのだ。
彼女は馬鹿にされていると感じたんだろうか。でも他のメンバーが必死に止めてくれて良かったと、今では思う。
彼女が振りかぶった手は、あたしに振り下ろされることは無かった。それだけは、絶対に良かったことだ。
そしてあたしは、運営スタッフの方と話し合い、自ら申し出て活動を休むことにした。
まだ表に現れる前から休業だ。本当に情けなくて、不甲斐なかった。
そんな夏頃から、あたしは体調不良で学校をも休みがちになった。
定期的に取っていた運営スタッフさんとの連絡も、段々とその間隔が長くなっていった。
違う世界線という形で、二人の過去を描いたスピンオフ
「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」
意外と本編と違う描かれ方をしています。
お暇な方は是非ご一読を。
→次話、6/14 4:00公開です。
宜候。
【違う世界線での二人の過去はこちら】
「殺<アイ>されたいコと愛<コロ>してくれコ」(5/31完結)
→https://book1.adouzi.eu.org/n5492gg/




