Track.3-19「ちぃと火が強すぎやせんかいの?」
“単眼の大巨人”戦も大詰めだ。航によって右脚が半断された大巨人は、その巨大で強靭な腕を振り回し、荒野の大地を叩き、またその眼から熱波や寒波、光線を放ったりなどしながら抗戦するも、的が小さい上にすばしっこい敵を捉えられない。
「龍黒呀!」
四獣會の鳳雨雀が黒い拳法着を着た黒呀の名を叫ぶ。
黒呀は両手を地面に着いて闇色の霊銀の輝きを伝播させると、【影牙隆穿】により大巨人の巨大な影からいくつもの黒い槍を湧き起こして大巨人の右脇腹を突き上げる。
やはりそれは貫通こそしないものの、大巨人の動きを一時的に止めることには成功している。
雨雀の「続ケ!」という怒号に、白い拳法着を着た麒真託が航の作った足場を駆け上がり、練り上げた躰術によって放った蹴り技【仙獣翔脚】により大巨人の左膝を外側に大きく薙ぎ払った。
大きくバランスを崩した大巨人の前面を駆け上がるのは青い拳法着を纏う亀燐雪だ。その胸骨の辺りまで駆け抜けると、練り上げた躰術で震脚を放つ【亀進震陸】により、大巨人の鳩尾部分をクレーター状に陥没させ、大巨人は盛大な地響きとともに地面に背をついた。
「DGRTVRRRRRRRRR!!」
「煩えええええええええええええ!!」
その喉の上空に【座標転移】した航は、振り上げた長大重厚な刀身を墜落する隕石のように大巨人の首に叩きつける。雨水に浸る荒野の大地は再三の飛沫を上げ、その中心では紫苑の血柱が天高く衝き上がった。
しかし幻獣は核を失わない限り死ぬことは無い。無論切断された部位との再生は叶わないため、やがて衰弱し死ぬのだが、大巨人にはその巨体に見合う生命力がある。
「GGZBT――AZYTRF!」
顔面の中心に大きく見開かれた眼球は、肉体を捨てて上空へと飛び出した。黄色く濁った体液を雨に混じって撒き散らしながら飛び上がった眼球は、戦場一帯を睨みつけると乱回転を始め、周囲の霊銀を収束・吸収していく。
「させるかよぉぉぉおおおっ!」
階段状に作り上げた足場を駆け上がりながら加速する航は、遥か下段に構えた“鵺”を屈めた身体を伸び起こす勢いで斬り上げる。
しかし瞬時に照射された膨大な熱線が斬撃を阻む形で刀身にぶつかり、弾かれた“鵺”を航は自身も吹き飛ばされながら手放してしまう。
乱回転を続ける眼球に収束した霊銀は、最早霊脈どころではない霊壤レベルの魔力を秘めている。
(くそっ――あいつ、戦場一帯を焼き払うつもりか!?)
先程の熱線ですら、多眼の巨人たちが放つそれの数倍以上の出力だ。あれがもし“鵺”の刀身ではなく航のその身に受けていたら、溶解・蒸発し、わずかな炭を残すばかりだっただろう。
分割した思考が脳を焼き続ける。限界を超えた身体は急速に熱を失おうとしている。
すでに身体中を穢れた霊銀が毒となって蝕んでいる。
力は無い。握力も、膂力も、脚力も。しかし、ひとつだけ残っている力がまだあった。気力だ。
空を切って吹き飛ぶ中で、起点を規定し、組み上げた術式を朦朧としながら解放する。
回転を加速させながら霊銀をさらに収束させる眼球の周囲に、赤く輝く光の点がいくつも生まれ、衛星さながらに周回する。
「させ、る、かよ――“捩じ斬り裁ち頻る異端の牢獄”」
赤い衛星同士が切断する意思を込められた赤い線で結ばれ、それが眼球を中心にぐちゃぐちゃな軌道で眼球を細切れにする。
黒く粘性のある晶液とともにただの肉片となった水晶体が落ち、それは地面に到達する直前で霊銀へと還元された。
「おうおう、一番でかいのはもう片付いたらしいぞ?」
高台の中央で仁王立ちのまま腕組む龍月は、後方で詠唱を続けるアンリたちに振り向かないままに声を掛けた。
「何じゃつまらんのう――やはり所詮、若輩の無法者の戯れか」
「煩ぇぞ、ジジイ!」
小さな傷を全身につけた“隻眼”の幹部は右目の妖しい光をさらに輝かせて襲来する。中空の軌道に投げ出された細かな赤い粒は雨に流された。
「うらぁぁあああ!」
右目から一条、青白い光線を射出するも龍月は身体を捻る動作のみで躱し、続けて放たれた長剣の一閃は間に割り込んだ瑠璃の刀が受け止める。
鍔迫り合いの最中にも幹部は右目から光線を射出するが、即座に瑠璃は刀に秘められた霊銀を解放し、自身の表皮一枚外側に鏡面を作った。光線は鏡面に反射し、幹部自身の左脇腹を掠めて焼き切った。
「があぁっ!」
「はっ!」
たじろぐ隙に競り合う刀身を押し跳ね、そして刀の柄尻で幹部の鳩尾を力いっぱい突き上げた。
その強襲は横隔膜を痙攣させ、急性の呼吸困難を幹部に齎す。喉を抑え目を見開いた幹部の無防備な首筋に、素早く回り込んだ瑠璃は刀を返した峰で以て唐竹に振り下ろす。
声無き声を上げて白目を剥き倒れる幹部。
六人の幹部はこれで半数が戦闘不能となり、残る半数も違いすぎる地力の差にすでに戦意を喪失しつつあった。
なお、龍月はこの戦いで一度もその刀を抜いていない。もう一つの暦衆チームを束ねるリーダー、最上川我聞も同様だ。彼らの下につく下位六人が、幹部一人一人を圧倒していたのだ。
「“――主よ、我らを、そして彼らを救い給え”……待たせたね」
そして神言の詠唱を続けていたアンリ達“聖歌の修道騎士”は、横長の菱形に展開したその頭上に収束させた膨大な霊銀の塊を空に飛ばして一息ついた。
まるで天に昇る龍のようにうねりながら雷雲を衝く霊銀の束は、分厚く黒い積乱雲に同心円の穴を開けた。
「さぁ、戦争は終わりだ。“神の怒り”」
俄かに雨が引く。どうしたことかと調査団が空を見上げた時、積乱雲を割り裂いて、巨大な火球が幾つも降りてきていた。
「ああ、言い忘れていたが――離れろ、危ないから」
その言葉は小さくとも、さすが言術士、調査団全員に響き渡る。慌て、戦場から飛び退く調査団。その直後、尾を引いて燃える隕石が戦場一帯に降り注ぐ。
戦場を浸していた水など、火球の熱で蒸発する。虫の息の巨人はすぐに炭となり、まだ活発な巨人ですら熱にやられ倒れてしまう。
そして隕石が大地に接すると、巨大な地響きとともに天へと向かう火柱が上がり、水の戦場は一瞬にして業火に包まれた。
「小童共、どうするかい?――命は取らん。が、ここから先は儂も抜く」
未だ立つ三人の幹部たちは戦場の風景を振り返り、それから力なくしなだれ膝を落とした。
煌々と燃え続ける荒野。巨人たちの命が焼べられた炎の柱は勢いを弱めないまま大地と大気と天を焦がす。
「アンリ殿、ちぃと火が強すぎやせんかいの?」
告げて腰に差した刀を抜いた龍月は、その刀に意思を通して霊銀を活性化させると、天高く掲げて破顔する。
「“妖刀・朧”――出ませい」
その刀身の輝きは周囲に拡散すると霊銀の霧となり、辺りに立ち込める。
龍月が刀を振るうと霧はその勢力を拡大させながら戦場の火柱を包囲し――やがて、静かに鎮火をし終えた。
◆
「仔細、了解した。――ならば戦争だ」
時を遡ること、雷鳴とともに“単眼の大巨人”が召喚された直前。
円卓の間の真上――断崖の間と呼ばれる屋上の空中庭園で、眼下に広がる荒野の街並み、その先の高台に集まった60人弱の魔術士たちを【千里眼】で睥睨しながら、ブロンテスは拡声した宣言とともに左手を高く掲げた。
空中庭園に集まった9人の幹部。ブロンテスは振り返り、荒ぶる8人のうち6人を指名する。
「ハンニバル、レオンハルト、ホレイショ、クラウス、モーシェ、デヴィッド。好きに暴れろ」
「へへっ」
「楽しみだぜ」
彼らはこれまで、真界や他の異世界から入界してきた魔術士たちを屠り続けてきた。さすがに60人もの魔術士を一度に相手取ったことは無いにせよ、彼らの脳裏に敗北など影すらも無かった。
そしてブロンテスが黒雲から召雷し6人を転送すると、矢継ぎ早に宮殿の地下深くに眠っていたこの異世界の守護神たる“単眼の大巨人”をも戦場に投入する。
一万にも達しうる多眼の巨人の軍勢も向かわせ、万策を講じたと、こちら側の勝利だと思っていた。
だから“隻眼の魔術士”が、遅れて断崖の間にやって来たのにも関わらず飄々と現れたことに呆れを表したが、その後ろに控える眼帯をつけた三人の女子を引き連れてきたことには破顔した。
「“隻眼の魔術士”、何をしていた?――まぁいい。で、そいつらは何だ?入信者か?」
“隻眼の魔術士”こと阿座月真言はにこやかな笑みを称えながら答える。
「我々に、興味を抱いているみたいですよ」
あと6話だけど本当に第三部終わる?
書いてるの自分だけど超不安。
→次話、6/6 0:00公開です。
宜候。




