Track.3-8「――相手は、言術士だ」
鬱蒼と茂る森の中を、クローマーク社調査チーム“FOWL”の一人、錫方弥都は木陰を背にして息を潜めていた。
『ダメっすね、こっちはうようよしてます』
そして耳に嵌めた無線式インカムを通じて、無音通信を飛ばす。
弥都の遥か後方には、残りの三人と、すでに合流した他会社の調査チーム四人の計七人が木々の合間に潜伏していた。
FOWLの牽引者、糸迫右京は先行して偵察を務める弥都に再度無音通信を送信する。
『そうか――敵の程度は?』
『――まぁ、大したことは無いかもですよ』
弥都の視線の先には、森を闊歩する巨人の姿が何体も見えていた。
まず最も巨大なものが、全身の皮膚に眼球を備えた体長5メートルほどの個体で、次に一回り小さい五つ目の巨人、さらに一回り小さい三つ目の巨人。二つ目の巨人は3メートル程度の大きさしかなく、それらが群れを成して森の開けた道に往来していた。
『目の数と身体の大きさは比例しているみたいですが、個体としての強さは寧ろ逆っぽいっすね。小さいやつほど霊銀の輝きが強いっす』
すでに異界の全体像を把握した調査団にとって、目的地へと向かうにはこの森を突っ切るしか無かった。
右京は無音通信によってもうひとつの調査チームと協議を行った結果、突破という選択肢を採用する。
(敵個体の戦力偵察も、重要な任務だからな――)
すでに奏汰から、それぞれの異界は異なる環境を持ってはいるが存在する異獣については共通する情報を得ていた右京は、そこに多眼の巨人たちの戦力を追加することを考えたのだ。
それぞれの異界で共通する異獣が存在することを考えると、そうすることによりこちらの調査に遅れは生じるが、全体で考えれば利得が発生する。
おそらくは誘いの異界である可能性が高く、最深域への到達が見込まれない可能性のある以上、次善でも成果は多い方がいい。
『弥都。お前の見立てでどうだ?苦戦するか?』
『冗談――ものの数分、ってとこっすかね?ま、増援次第、ってとこっすけど』
明るくあっけらかんと言い放つ弥都の見立てを信じ、右京は自分を除く七名に無音による一斉送信を行う。
『敵影、百眼の巨人が2体、五つ目が5体、三つ目が3体。散開して遊撃する』
『了解ぃ』
『了解』
『了解っ』
『了解しました』
『了解っす』
『了解いたしました』
『了解』
『行くぞ――!』
会社が違うとは言え、八名の調査団は異界調査のプロだ。中には数度競合して組んだことのあるメンバーもいる。
面々が跳び出したことを確認した右京は、自身も前方に跳躍しながら魔術の行使体勢に入る。弦術士である彼は、まず森の木々に網目のように霊銀の糸を張り巡らせ立体起動の足場を組むと同時に、図体の大きな巨人たちを包囲し雁字搦めとなるよう糸の檻を創り上げる。
敢えて両チームはこの場では競合せず、互いのチームそれぞれで散開を行った。団としての動きは右京の第一撃のみである。
相手が単身なら競合すべきだ。しかし今回の敵は団体であり、数の利も自分たちには無い。
先行していた弥都が鉱術による金属片の掃射を行い、まずは百眼の巨人の“眼”を奪う。
立体的な機動により空高く跳び出したFOWLの双子撃破役、海崎冴玖と澪冴の二人が、大気中の水分を凝縮した雨の弾丸を矢継ぎ早に放ち、三度の掃射により巨人たちは体中に無数の孔を拵え夥しい血を流した。
「「「VRRROOOOOHHHHHHH!!!」」」
口々に様々な音の雄叫びを発し憤慨を顕わにする多眼の巨人たち。その表皮を貫き肉に食い込んだ金属片や雨の散弾は、しかし異獣たちの持つ驚異的な再生能力の前に意味を失っていく。
しかし相手を怯ませればそれで第一の目的は達成だ。右京は眼前の巨大な敵が棒立ちになるや、その五指から白銀の煌きを放つ霊銀の繊条を射出する。
「“綸繰・素頸落とし”」
張り巡らされた糸の足場、そして糸の檻に比べ、明らかに硬度と強度で上回るその糸たちは、展開されると急速に伸びて巨人たちの手足や首に巻きつくと、その太さにも関わらず一気に収縮し切断した。
張り詰めた糸が巨人たちの切断部から溢れる紫色に濡れ、獲物を失って中空にはらりと舞うと、地面に墜落した指や腕や脛や踵や首は俄かに土煙と地響きを上げる。
断末魔を上げながらしかし三つ目の巨人は額の第三の目を妖しく輝かせたと思うと、超高温の熱戦を放って一帯を焼き払う。
その霊銀の挙動を事前に感知していた冴玖は自身の固有座標域に接続し、そこになみなみと揺蕩う大量の水の一部を召喚する。
「“召喚・海竜の棲処”!」
また兄の動きを察知した妹の澪冴もまた、その魔術の行使に併せて自身の術具にありったけの意思を込めた。
「“群雪狼の吠え声”!」
大気を焦がして樹々を焼き切り、全てを灼熱の紅蓮に焼べる筈だったその熱線は、射出した直後に瀑布のごとく降り注いだ大量の水流が急速に凍結し出来た分厚い氷壁に遮られ、周囲に膨大な水蒸気を創出したに過ぎなかった。
そして未だ光を失わぬ巨人たちの多眼に、弥都の放った金属塊の槍が捩じ込まれ、頭部にある核を破壊されたことで霊銀に分解されて消滅する。
「ま、こんなもんっしょ」
弥都の声に右京が首を向けると、もうひとつの戦場もほぼ同時に交戦を勝利で締めていた。
「やはり図体が小さい方が火力・速力ともに驚異度が高いな」
「三つ目は額の眼から熱戦を射出するぞ」
「こっちの三つ目は光線だったよ」
「炎術タイプと光術タイプか。氷術タイプもいるかもしれないな」
「百眼の巨人の全身の眼は殆ど飾りだ。一度に視覚を得ているのはやはり四つ程度だ。ただいつでも好きな目に切り替えられるようだが」
右京たちは取り纏めた情報を、異界の外、真界で待機する奏汰の元へと送信する。
その情報は瞬く間にそれぞれの異界で調査する団員たちに共有された。
◆
「うちのもうひとチームがお手柄のようだ」
洞窟内を慎重に進みながら、航は芽衣や茜、心にそう告げた。
「あの巨人たちの実力が大体分かったぞ」
情報を受け取った航は一度立ち止まり、再度この後の方針について打ち合わせる。
戦闘記録を確認する限り、ある程度の火力を一斉投入した短期決戦が最適だろうが、しかしこちら側の調査団は範囲殲滅に難があると考えた航は、やはり隠密機動を継続して出来うる限り会戦を避けること、仕方が無い場合も少数を相手取るように立ち回ることを決め、進行を再開した。
そして一団は時折数体の巨人を屠りながら、やがて目的地たる鎖された門の残滓を感知した広い場所に出た。
陽炎で視界が揺らぐ中、ドーム状に切り取られた空間には規則的に石柱が並び、まるで宗教儀式を行う様相だ。
中央に盛り上がった台座の前面に設けられた十段程度の階段の中腹に、一人の男が腰掛けている。
色の抜けた銀に近い金髪は目にかかるほど長く、その左目は“眼”の意匠が据わった黒い布に隠れている。
立てた両膝に置かれた両肘から伸びる両の前腕の先、組んだ手の十の爪は黒く染まっており、隠密機動を継続している筈の調査団に気付くと、徐に立ち上がる。
その細身の身体を纏う衣服は、まるで執事か貴族の衣装のようだ。
「ちっ――気付かれてるか」
舌打ちし、ぼやく航。まだ、全員が石壁の影に隠れている状態である。
「――当たり前だろう。“出テ来イ”」
その言葉が発せられた瞬間、気付くと航たち7人――安芸が除外されたことからやはり魔術の効果と思われた――は細身の男の眼前、5メートルほど距離を開けた先に立っていた。
俄かに航の背筋に冷えた汗が降り、即座に無音通信で7人に一斉送信を行う。
『っくそ、ふざけんな。こんなのが幹部クラスとか有り得ない。気を付けろっつってもどうしようも無いが、とりあえず全力で撤退する方針で行く。――相手は、言術士だ』
名前のストックはあるのですが、術のストックがやばいです。
如何せん大量投入しすぎたか・・・?
→次話、5/29 0:00公開です。
宜候。




