表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅲ;原罪 と 顕現
55/300

Track.3-5「病院なんだから医者に決まってんだろ」

『そこを動いてくれるなよ。逃げる背を追うのは面倒だからな』


 目が合った瞬間に、鼓膜を通り抜けるその声を葛乃は確かに聴いた。

 間違いない――敵は、自分と同じく“音”を操っている。確信を得、しかし葛乃はその囁きに従うつもりなど無かった。


「夜車くん、ちょっと乱暴に行くで!」

「えっ!?」


 手ではなく、その手首を強く握りしめた葛乃は、踏んだ窓枠から思い切り跳躍ジャンプした。

 すでに発生させていた上昇気流は、事態についてこれない撥矢の身体をも巻き上げ、手を繋ぐ二人が舞い上がる影を“雷鳴のステロペス”は露出した右目を見開いて睨み上げた。


猪口才ちょこざいっ!」


 叫ぶ声とその轟きはほぼ同時だった。

 雷が落ちたような残響を置き去りにして強くアスファルトを蹴ったステロペスは、次いで蹴った乗用車のボンネットをぐしゃりを潰しながら医院の二階の壁へと到達する。

 身を低く、まるで蜘蛛のような前傾姿勢でそのまま壁を走るステロペスを振り返り、葛乃はなるべく医院から離れるように気流を操作した。


「ふんっ!」


 大気を切り裂く鎌鼬が二発、後方から飛来する。気流の壁を作りそれを防ごうとした葛乃だが、ステロペスの放った【断罪する轟嵐の鎌(スラッシング・ゲイル)】はその壁ごと切り裂き、葛乃の背中と左脹脛(ふくらはぎ)に大きな裂傷を刻みつけた。


「――っ!」

「うわぁぁぁあああっ!!」


 痛みにより気流の操作を失った葛乃は、撥矢を伴って落下する。もはや気力を振り絞って再び術を行使しようにも、その墜落は上昇気流の生成を待ってはくれない高度だ。

 しかし二人は墜落を免れる。

 ふわりと何かに抱き留められ、まるで羽が地面に着地するように重力に逆らって接地した二人の身体。

 見ると、葛乃の身体を抱き締めていたのは鈍く輝き蠢く、白銀色の物体だった。それが地面から伸び、二人を降ろしてくれていたのだ。


何奴なにやつっ」


 白銀色が抱える二人の前に、医院の壁を蹴って襲撃者(ステロペス)が躍り出る。しかしその間に立ちはだかる影がひとつあった。


「病院なんだから医者に決まってんだろ。名を訊きたいなら先ず名乗れよ」


 春徒同様の長身痩躯。掛けた細身の銀縁眼鏡。短髪、そして白衣。

 首から下げた空色のネックストラップに下がるIDには、その端整な顔と、そして“水野ミズノ ギン”という名前が印字されている。


「大丈夫かい?」


 振り返らずに後ろで地に膝をつく二人に声をかける。

 葛乃の背中と左脹脛には、それまで二人を抱き留めていた白銀色が覆い被さり、血の流出を防いでいた。


「何、心配するな。すぐに処置に入る」


 挑発するような笑みを零す銀は、親指と人差し指を立てた左腕を前に突き出し、まるで銃の照準を合わせるような動きでステロペスを指差した。


「――ぇっ!」


 怒号とともに、銀の背後から白銀色の散弾がステロペスに襲い掛かる。それらを轟きを残して回避したステロペスは、再来する白銀色の散弾を厚く構成した気流の壁で防御した。


 しかし今度は、地を割って白銀色の触手が幾つも伸びて来る。跳び退き、それでも追従する白銀の殺到を、今度は空を断つ鎌鼬で斬って落とそうとした。

 轟音はしかし弾かれ、波打つ触手はステロペスに急迫する。再びの轟音、再度白銀の散弾がその身に降りかかり――


(――近付けぬっ!)


 ステロペスが移動しようとすると、必ずその到達地点には触手か散弾が待ち構えている。

 水平方向と垂直方向とが織り交ざったその遠隔攻撃は、術そのものは脅威でなくとも、動きを全て読まれ先回りされている点が恐ろしかった。


 地力の違い。余裕すら見せる圧倒的な強者を前に、ステロペスは回避行動を繰り返しながら徐々に撤退を脳裏に巡らせる。


「逃げようったってそうはさせないさ」


 その心づもりを読んだ銀は、散弾と触手との波状攻撃を一気に強めた。

 もはや躱しきれず、もはや防ぎきれない白銀の波濤が押し寄せ、ステロペスはその右目に宿る特殊な霊基配列に意識を通すと、妖しく発光する右目の輝きを増幅させて轟音を解き放った。


 【轟雷竜の咆哮ロアリング・サンダークラップ】と呼ばれるその術は、極大の雷の直撃と同等の衝撃波を前方に展開する。

 もはや静寂ですらある轟音を伴い、衝撃波は白銀の波濤を蹂躙し霧散させた。

 距離に限度のあるため、銀や葛乃、撥矢にはその余波が衣服をはためかせた程度で終わったが、銀の扱う術を破れることを確信したステロペスは、荒く息をしながら前進のために力強く地を踏む。


「が――っ!?」


 しかしその瞬間、身体の力は奪われ、歪んだ景色の中でステロペスは地に伏した。

 理解が追いつかない。確かに避けることが出来ない攻撃はあった。しかし確実に防ぎ、この身への接触を許さなかった筈だと。

 崩れ行く意識の中で、ステロペスは銀を睨み付ける。


「――き、さまっ!何を、っ!?」

「何って――水銀をばら撒いていただけだ。お前もそれは知ってんだろ?」


 馬鹿な、とステロペスは呟いたが、その声は音にはならなかった。

 暗視と霊視で以て薄暗い駐車場での決戦を、何一つ見逃さずに対応した筈のステロペスには、その散弾と触手が、駐車場という広域の空間に気体となった水銀を蔓延させるための布石だとは気付けなかった。


 銀が操る鉱術【蹂躙する白銀(クイックシルバー)】とは、水銀を操るものである。

 常温・常圧で液体の形態を取り、容易に気体として揮発する水銀は、当たり前に生物にとって毒性が高い。

 それを安定して操作する銀は、霊銀ミスリルによって高速回転する散弾として放ちながら、遠隔操作で地中に伸ばし触手という流動する形態で殺到させながらも、散弾は射出したそれらが躱された直後に、触手は殺到する最中に、液体の水銀から少量ずつを揮発させていたのだ。


 魔術士は体内の霊銀ミスリルを循環させるために特殊な方法を用いた呼吸を繰り返す。これを怠れば、体内で活性化した霊銀ミスリルが周辺の細胞と結びつき、変異を齎す霊銀ミスリル汚染が始まってしまう。

 また、特にステロペスやアルゲスは、通常脊髄に存在するのとは別に、右目に特殊な霊基配列を作っていた。そのため、霊銀ミスリルの循環は通常の人や魔術士に比べて必要の度合いが段違いに高かった。


 そしてその呼吸は、周囲に満ちた気化水銀を大量に肺に取り込むことになる。

 肺胞の中で血中に解けていく水銀は、酸素と結びついて酸化水銀となり、もしくは血中で有機水銀へと変化した。

 それらが急速に体内を循環し、結果、ステロペスの体内で急速に水銀中毒の症状が発生したのだ。

 躰術によって血液の循環速度を高めていたこともまた、爆発的に水銀の酸化および有機化を促進した要因だった。


「何、ここは病院で俺は医者だ。安心しなよ、三下」


 侮蔑の言葉をかけられるステロペスに、最早意識は無かった。

尚、コバルトは銀鉱山などで銀を守るように現れることから、

(硬すぎてその奥の銀になかなかたどり着けない)

コボルドという妖精が「銀を守る」という役割を逆転的に与えられたり、

日本の一部のファンタジーではそれが転じて「銀を腐らせる」という能力を持ったり、

などとされました。

銀×コバのBLって需要ありますか?

(インテリヤクザヘタレ攻め×物憂げ優男誘い受け、ですが)


→次話、5/26 0:00公開です。


宜候。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ