LastTrack「在り続けるんだ」
11月――あたしがRUBYに戻り、本格的に活動を再開して、そしてアイドルとして初めて参加する“握手会”。
はっきり言って、閑古鳥が鳴くんじゃないかと気が気で無かった。
それくらいあたしは、あたしなんかのために並んでくれる人はいないと思っていたんだ。
でも。
「嘘っ……」
マネージャーから、1~3部が完売したという話を聞いた時は違う意味で気が気じゃ無くなった。
これは――相当に、気合いを入れなければならない。折角来てくれた人に、満足して帰ってもらわなきゃ。
そして迎えた当日――結果から言うと、あたしは散々だったんじゃ無いか、と思う。
目まぐるしく回転する人の入れ替わりように目が回るようだった。
何とか必死に、トーカに見てもらいながら練習した笑顔をどうにか維持して、貰った言葉に「ありがとう」を返すだけで本当に精一杯だった。
でも、嬉しいことは何度もあった。いや、嬉しくないことなんて一度も無かったけれど、その中でも特に印象に残っている、二つの出来事。
ひとつは――かつてあたしをオーディションに誘い、でも一人だけ落ちずに残ったあたしを苛めた張本人、比奈村実果乃が来たこと。
正直、その顔を見た瞬間は背筋がゾッとして――でも、あたし以上に辛そうだった。
あの時咄嗟に、手を伸ばして良かったと思う。
彼女は――あたしに、謝りに来てくれたのだから。
じっとりと汗ばんだ手でごめん、と思ったけど、でもおかげで彼女の言葉を引き出すことも出来た。
あんな風に自分の異術を行使するのは、ちょっとルール違反な気もするけど……でも、はららさんも何も言わなかったし、多分大丈夫だ。
そしてもうひとつは――咲が一緒に連れて来た、小さい女の子。たぶん、小学生かな?
フードを目深に被ったその子は、目がひとつしか無かった。後で調べたら、“唯眼症”という先天性の霊銀汚染らしい。
咲はその子の友達でも知り合いでも何でも無くて、偶々会場の中で連れ添いとはぐれてしまった子を発見し、躊躇いなく声をかけた。そういうところが彼女はすごいな、って思う。
話を聞いてみたら、あたしのファンだってことが判って、時間も時間だから一緒に行こうと手を引いて連れてきてくれたのだ。
どうしてだかは判らない。でも、彼女が目の前に来た時、涙が溢れてきた。
戸惑わせてごめんなさい。でもね、とても嬉しかったんだ。
その容姿のために、心無い言葉も扱いも、きっと受けて来ただろう。
もしかしたら彼女は、現実を呪って自らの理想とする異世界を創り上げ、そこに引きこもってしまったかもしれない。
でも、彼女はそうじゃなかった。
この世界に好きなものを見つけて、そして会いに来てくれたのだ。
ありがとう。本当にありがとう――――
後で聞いたら、握手の後でちゃんと連れ添いの方と合流出来て、るんるんで帰って行ったんだとか。
クリスマスライブも来てくれるといいけれど――
そう言えば。
クリスマスライブの準備が着々と進んでいく中で、偶々土師さんと同じ車での移動となった時に少し魔術についてのお話をした。
「私ね――RUBYを卒業したら」
「えっ、卒業するんですかっ!?」
「あ、ううん。直ぐの話じゃなくて、いつか卒業したら、ってこと」
「あ、そうですよね、ごめんなさい、取り乱しました」
「ううん。私も、誤解させちゃってごめんね――それで、卒業したらね、自分でアイドルのプロデュースしようと思ってるの」
なんて素敵な目標だろうか、と素直に思った。
「それって、もしかして」
あたしの“もしかして”に、土師さんはこくりと頷く。
「魔術士のアイドルグループ」
予想はしたけれど、実際に言葉として聞くと思わず目が見開いてしまった。
パフォーマンスの一環として魔術を取り入れるなら、それは飛びっきり現実離れした、夢のような空間・演出に仕上がる筈だ。あたしだって見てみたい。
「ねぇ、リセ――リセは、魔術士としての夢ってある?」
RUBYでの活動では基本的に、魔術は行使してはいけない、あくまで一般の人の目線に立つということが提示されている。
だからあたしの異術だって大々的には使ってはいけないし、この前の握手会だって本当は――。
でも、あたしは魔術の訓練をやめてはいない。あたしの霊基配列は凝り固まってしまったから、あたしが新しく何かの系統の魔術を修得するなんてことは出来ないけど、叔父さんとの特訓のおかげで瞳術【暗視】を覚えたばかりだ。相変わらず、真夜中の池袋の街を駆け回る鬼ごっこはあの街に外国人観光客の数を増やしている。
「あたしは、具体的には決まってないんですけど……高校を卒業したら魔術を専攻できる大学に通おうと思っていて、……将来は、魔術で誰かを笑顔に出来る何かがしたいって」
「そっか。すごくいいと思う」
「ありがとうございます」
世界は変わっていくんだろうと思う。ほんの少しづつだけど、確実に。
魔術がどんどん当たり前になっていって。
男の子が男の子を、女の子が女の子を好きになるのも当たり前になって。
一つしか目の無い人も、普通に街中で見られるようになって。
当たり前は、変わっていく。その変化についていけないこともあるかもしれない。くたびれて、折れてしまうことだって。
でも、「それは正しいことだよ」と言ってくれる人が、いつだってそこにいる。
受け入れて、でも本当に駄目なことは叱ってくれて。
そういう世界に、あたしは生きている。
もう自分を殺すことも無く、笑いたくて泣いてしまうことも無く。
そして、12月の終わり。
ついにその日を迎えた。
RUBYクリスマスライブ in 幕張メッセ。
前回の全国ツアー同様、あたしの基本的な立ち位置は袖幕の後ろだ。そこで、メンバーたちが舞台から帰ってくる度に声をかけ、ドリンクを渡し、入りと履けを確認する。出番を確認して伝える。
でも、そこからひとつ、増えた役割がある。
カーテンコール――その向こう側、アンコールの舞台で、あたしはステージの上に立つ。
最後の一曲だけ、あたしは歌って踊るのだ。
たったそれだけだけど――――もう、緊張で死にそうだ。
みんなすごいと思う。こんなに心臓や肺が小さくなってしまったのは、人生で一度として無いんじゃ無いか、ってくらい――でも土師さんは「そのうちそれが病みつきになるよ」って言うし、トーカでさえ「もう流石に慣れたよ」って言う。マジかぁ……
やがて全ての楽曲が終わり、ステージの上で広げられていた物語の幕が閉じる。
暗転し、アウトロも消えていく。
ドクン――あたしの心臓の音が煩い。出番が近い。
イヤモニから聞こえてくる指示に従って、あたしは奈落のその場所に立つ。
舞台上ではアンコールのために、メンバーが整列してMCを回している。
『行くぞ、よろしく!』
イヤモニから合図。せり上がる地面。
「ここでね、お待ちかねだと思うんですけど……」
「最後の曲は、全員で歌おうと思います!」
鳴り響く歓声。あたしは、遂にその瞬間を迎えた。
ステージに、立った。
「と、東京都出身、森瀬芽衣です。二期生です。今日のこの時を、ずっと楽しみにして来ました」
一際大きく響く歓声。そして会場が、白いサイリウムの光に包まれる――あたしの推し色だ。
見渡す限りの白一色。それはまるで、いつか見たあの丘の光景のようで――
「ちょっとー、何で泣くのー」
「あはは、感極まっちゃったみたいでーす」
揶揄されながら迎え入れられ、あたしも列に並ぶ。
眩しくて直視できないほどの歓迎。感極まって当然だ。でも――
「それでは最後ですが、聴いてください!」
“約束の場所へ”
その曲を歌い、踊る中でも。
あたしの涙は途切れてくれなかった。
だって。
きっとあたしには、この光景を見てほしかった人がいた。
あたしがここに立っている、その姿を見てほしかった人が。
でもどうしてだろう――その人が何処にもいないと、あたしは知っている。
名前も、顔も、思い出せないけれど。
逢ったことさえ、無いけれど。
だからこの喪失は埋まらない。
あたしの左腕にいくつも走る、この傷跡のように。
いなくなってしまった空っぽが、
ずっとずっと、あたしの中に在り続けるんだ――――
Epilogue;森瀬芽衣―――――――――――――――――――out.
芽衣ちゃん。お疲れ様でした。
次回、エンドテロップです。
→次話 5/23 0:00同時更新!
宜候。




