Track.9-31「……強くなったんだよ」
オレ、安芸茜が異端審問官になった理由は、単に孔澤流憧を今周で絶対に仕留めなければいけなかったからだ。
真理の一端へと到達し、その名を刻まれた人物は例え時を戻そうと、次の周回でも必ず真理の一端へと到達して魔術師になる。
何故なら、真理はあらゆる事象を包括するゆえに、あらゆる事象から解放されているからだ。
真理に名が刻まれた時点で、過去現在未来のどの時点に於いてもその事実は揺るがず、だから孔澤流憧は奪い取った“無幻の魔術師”に遅かれ早かれ成り上がってしまうのだ。
オレもまた、魔術師という立場では無いが、【空の王】の関係で真理の一端に触れた一人だ、前周の結末は一切忘れないまま今周を繰り返した。
時間の問題だった。どの時点で流憧が魔術師になるか判らない以上、先手先手で事を運ぶ必要があった。
でも結局、オレが家にある『空の王』という物語を読み解けたのは15歳になってからで、オレが【空の王】の全解放を成すにはその条件が必須だった。
読まないうちは、どうしても【空の王】の異術は開花しなかった。
高校入学直後に常盤さんに頭を下げて魔術学会の異端審問所を紹介してもらった。無論、異端審問官になるためだ。
そこがどういうところで、どういうことをして、どういう特例を許してもらえるか――そういうのは全部常盤さんから聞いた。
常盤さんも勿論魔術師だ。だから事情は解ってもらえたし、案外すんなりと事が進んだな、とは思った。まぁ、入ってからがちょっとした地獄だったけど。
そしてオレは高校1年の終わりに、無事親友の暴走を止めることが出来た。ぶっちゃけて言うと若干やりすぎちゃって意識を飛ばしてしまい、暁は2ヶ月くらい目を覚まさなかったけど――でも常盤さんが「大丈夫よ」と言ってくれたから、暁もどうにか5月に目を覚ました。
いや内心冷や冷やだったんだよ。鹿取妹の視線は痛いし、実果乃もずっと泣きそうだったし。
異端審問官としての仕事の都合でオレは学校をすぐに辞めた。授業なんて受けてる暇、全然無いんだもん。忙しすぎだよ、マジ人手どうなってんの、って感じ。
いや、寧ろ所属メンバーの自由すぎるシフトに問題があるんだと思う。自由出勤が認められているって、出勤しないでいいって意味じゃないよね?
ま、今はもう慣れて上手くやれてるかな。
そして。
オレが推していたアイドルは、あの異世界侵攻から2ヶ月後の9月にグループメンバーとしての本格的な活動を再開した。
もともと、RUBYには戻っていた筈だ。多分、5月くらいには。んでもって7月には公式サイト上で情報解禁がなされ、8月に看板番組での初お披露目とビデオメッセージが放映されていた筈だ。
でも今周のオレはその辺りをよくは知らない事になっている。だって、オレたちは出遭って無いんだから。
新宿駅南口の異世界侵攻――孔澤流憧の異世界が消失した直後、オレはその後の処理を魔術学会所属の魔術士・間瀬奏汰に任せてすぐに立ち去った。
理由は単純。
森瀬芽衣に、会いたくなかったからだ。
もう彼女は、オレの推しじゃない。
オレにはもっと、大事にするべき彼女がいるのだから。
「実果乃――本当に大丈夫か?」
「うん、……うん……」
11月に入って最初の土曜日。
来月に控えているクリスマスライブに先駆けて発売されたシングルCDの握手会。
その会場であるここ、幕張メッセにオレと実果乃は来ていた。
何で、って――――そりゃ、アイドルと握手しに、だろ。
――まぁ、勿論それだけじゃないんだけど。
「次回に回すか?」
嫌々と首を振ってオレの甘やかしを棄却する実果乃。でも、顔は真っ青だし具合悪そうだし本音を言うとキツイんだろう――精神的に。
「――――っ」
溜息を吐きながら手元に握る握手券に視線を落とす。
ゲット出来たのは僅か3枚だが、その全部が森瀬芽衣のレーンだ。他のメンバーに比べて倍率は低いかと思っていたけど、復帰後初の参加だからそうでも無かった。
「……行く」
「本当に大丈夫かよ」
「大丈夫……本当に、大丈夫だから」
実果乃がここに来たのは――過去の罪を、清算するためだ。
オレにしてみれば、“それってお前の罪悪感を解消したいだけじゃん、相手にしてみれば過去のトラウマ掘り起こしてんじゃねえよ”って感じなんだけど――でも、それはオレも望んでいることだったし。
それに。
森瀬なら、ちゃんと受け止めてくれる気がする。
手荷物検査を受けて会場に入る。
すでに各レーンは人が賑わい、列じゃない所々でグッズの交換やおやもじ同士の交流なんかが行われている。後でオフィシャルグッズはチェックしておこう。
「あ、ごめんなさいっ」
「……っ」
中学生だろうか――それぐらいの女の子とぶつかってしまった。咄嗟に謝ったけれど、相手からの返答は無かった、いや、聞き取れないくらい小さい声だったかも。
でも一目見て納得した。っていうか、何でこんな所にいるのか判らないんだけど。寧ろ、アイドルとか興味あったんだ、って感じだったけど。
大き目のパーカーのフードを目深に被り、長い前髪で隠した顔をきょろきょろと巡らせて周囲の確認をしている。誰か、探してるのかな。
「茜君、どうしたの?」
「いや――悪い、並ぼうか」
声を掛けたい気持ちはあるけど、でも今は実果乃から目を離さないようにしないと。こいつ、いっぱいいっぱいだからさ。ごめん。
5部制のうちの4部目だったこともあり、思っていたより早く列が解消していく。自分たちの順番が、どんどん近付いてくる。
「……一枚でだいたい3秒から5秒くらいだってさ」
「うん……」
「オレ別に付き添いだからさ、3枚全部使えよ」
「え、悪いよ……」
「いやオレの推しお前だし」
「う……うん、……ありがと」
10秒くらいは猶予があるだろうか。その短い時間で、実果乃は謝ることが出来るだろうか。
その時が来た。
「あ、オレ付き添いなんで。3枚とも彼女が」
「はい、どうぞ」
3枚の券を渡し終えた実果乃の背を押して、オレはそそくさと退場口の方に回り見守る。
対面した森瀬の顔は――笑顔だった。でも多分、伏し目がちな実果乃の顔を見て一瞬はっとしたから、気付いてはいるみたいだ。
「あの、……その、」
「……手、繋ごう?」
「えっ――」
差し出された手が、実果乃の手を握り締めた。
その一瞬――手と手の間の、僅かな隙間に。オレは蜉蝣を見た。
目を凝らしても視えない程だ。異端審問官になってからというもの、【君臨者】を常駐化して常に【霊視】の効果を得ていなければ気付けなかっただろう。
「……そんな使い方すんのな」
交わされた握手。柔らかく微笑む森瀬と、実果乃が遂に向き合った。
「――ごめん」
「ううん。来てくれて嬉しい、ありがとう。これからも、よろしく」
「……いいの?」
「当たり前だよ。実果乃がいてくれなかったら、あたしはここにいないから」
「ごめん、ごめんね」
10秒が終わる。剥がしのスタッフが終わりを告げ、名残惜しく手を離した実果乃が森瀬の方を向いたまま、オレの方へと歩いて来る。
泣き腫らした目をしているけれど、すっきりしたからか嗚咽はそこまでしゃくり上げていない。
「茜君」
「おう」
「“頑張れ”って言われた」
「そっか」
「……何であの子、あんなに強いの?」
「……強くなったんだよ」
何度も自分を殺して、その度に彼女は生まれ変わり、強くなっていった。
もう、自分を殺すことは無いんだろう。きっと、弱かった彼女はもういない。
何でだろうな――少しだけ、寂しい気がするのは。
「グッズ買いに行こうぜ」
「うん」
「推しメンタオルマフラー、買うだろ?」
「うんっ」
最後に一度だけ振り向く。遠くに見える彼女の顔は、やっぱり満面の笑みで。
あの頃その顔を出来なかった彼女はもういない。
さようなら。
あなたを推していた月日は、とてもとても大切でした。
Epilogue;安芸茜――――――――――――――――――――out.
アッキー、お疲れ様でした。
→次話 5/23 0:00同時公開です。
宜候。




