Track.9-25「――死守します」
「うぉるぁあああ!」
「“裁断者の祈り”!」
コーニィドの剣戟に合いの手を入れるように、愛詩の手から迸る霊銀の弦は異形者たちを斬り裂いていく。
唐竹に斬り伏された異骸術士は事切れる直前、断末魔の代わりに【崩熱空間】の魔術を解き放った。
しかしそれは咄嗟にコーニィドが行使した極小規模の【選択透過の次元牢】に阻まれ、寧ろ自身の骸を焼く結果となる。
「“天擁の繭”!」
犇めく異骸術士たちの数体を蹴散らしながら迫る百肢の巨人の、忙しなく蠢く無数の手足に弦を張り巡らせ動きを封じた愛詩は叫ぶ。
「土師さん!」
呼ばれたはららは――しかし上空から墜落の速度で強襲する愚肉の天使たちを動術【月蝕】で空中に吸い寄せ固定し、炎術【火垂】による翡翠色に燃える弾丸をばら撒いて着実に撃ち落していく。
「危ないっ!」
「――っ!?」
突如跳躍した複合異骸が、陣を飛び越えて芽衣や咲、心のいる後衛のすぐ傍に着地した。
振り向いた幾多の人面からは呻きのように呪詛を垂れ流している――それを間近で耳に入れた三人は顔を歪める。
しかしバチンという音が響き。
「中ボス風情がイキってんじゃねぇ!」
転移したコーニィドが頭部の中心に水車を突き立て、特殊機能の起動式を叫び上げた。
「“水車、廻れ”!」
肉の内側に入り込んだ切っ先から渦巻く高圧の水流が注がれる。
それは融合した腐肉をぐちゃぐちゃに掻き混ぜ、裏漉しされた挽肉ほどに攪拌すると複合異骸の頭部に備わる幾つもの人面の目や鼻、口から黒く濁った飛沫が上がった。
ズゥン――――巨大な芋虫状の身体が核を失って肉の地面に伏す。
振り返ったコーニィドは芽衣ににかりと微笑みを見せると、またも指を鳴らして空間を跳躍する。
「森瀬さん!」
「はいはい、ちょっと待っててね――よいしょぉっ!」
鮮血よりも鮮烈な輝きを放つ騎士と化した世尉は、両手に握る紅の剛剣で腐肉の竜を叩き斬る。
返す一閃でその隣に迫って来ていた灼獄魔人を斜めに両断すると、常人離れした跳躍力ではららの傍に着地した。
「どうしたの?」
「いえ……私、黙っていたんですけど……」
「それはアレかな?君が骸術士だって話?」
「え、どうして……」
くつくつと笑う世尉の顔は残念ながら赤い兜と面に隠れて見えない。
しかし世尉の側からは、はららの驚愕はよく見えている。
「そりゃあ――土師という家名で炎術と動術を扱う魔術士、ときて骸術士に行きつかないのはもうこの国の魔術士じゃないよ」
そう――この日本という国の魔術業界において。
土師家という骸術士はそれほどまでに有名なのだ。
「それで、何か思いついた?」
「あ、はい――確か、この異世界に出現する異骸は……」
孔澤流憧の異世界に出現する異骸――それは、かつて孔澤流憧が異世界侵攻により取り込んだ多数の命、それを基礎に創り上げたものだ。
そしてその中には、彼の異世界を攻略しようと攻め込んできた魔術士たちの命も含まれる。
「なら、私の骸術で支配権を略奪できるかもしれません」
「そうか――その手があったか。でも大丈夫かい?無理は禁物だよ」
「はい、解っています」
はららは魔術の修練を重ねているとは言え、その生業はアイドル業だ。RUBYのグループリーダーとしてライブなどのイベント企画にも口と知恵を出すという多忙を極めるスケジュールの中で、彼女が魔術士でいられる時間は1日の中に1時間も無い。
明らかに力不足だ。しかし、少しでも目があるのならやらない理由は無い。
「行きます――」
「分かった。なら頭上のハエは任せてもらおう」
告げて跳躍した世尉は血の散弾をばら撒いて愚肉の天使たちを撃ち落し、また新たなる【血の洗礼】で背中に滑空するための【竜血の赤翼】を拡げ、空間の内壁を蹴って空を滑りながら【竜血の剛剣】で斬り伏せていく。
「――“浸食、開始”」
地に膝をつき、両手を肉の地面に当てて目を瞑ったはらら。
その瞼の裏側に映るのは幾つもの魂の嘆きだ。
空間内に点在するぼんやりとした光――かつてこの異世界に飲まれ、失われてしまった命。
それを種としてどす黒く濁った霊銀を纏わせ肉を融合させることで彼ら異骸の兵団は創られる。
(――私ならこんな風に、愛の無い扱いはしない!)
憐憫と慈愛――それを霊銀に込めて空間を浸食していくはららの骸術。
ゆっくりと、春の温みが雪解けを齎すような速度だが確実に腐肉は瑞々しさを取り戻していく。
「貴様ぁっ!ワタシの“死”を奪うつもりかぁっ!?」
嗤いながら奮闘の様子を眺めていた流憧もこれに気付き、黒い想念を飛ばしてはららの周囲に新たな異形の兵団を創り出す。
しかし。
「ガァッ!」
「ギョォッ!」
瞬時にそれは断たれ、そしてその傍から氷結した。
シュゥ――迸る鋭利な冷気を纏う黒曜石の剣。血振りをするように剣身を空転させると、迸る冷気がきらきらと黒い靄を生み出した。
「大事な局面だってのは解りました――死守します」
空いた左手でポケットから三つの土耳古石を取り出した心は霊銀を込めながらそれを流憧に向かい投げつけた。
空中でその礫は燃え盛る業火を纏い、彗星のように尾を引きながらジグザグを刻む大蛇の軌道で襲来する。
「っ――――っぼぁああああああああ!」
三連の【土耳古石の蛇】は全て直撃し――しかしその業火を浴びた流憧は、しかし恍惚の表情を満面に浮かべている。
「ほっと……ほっと、ほっとほっとほっとほっとべるぃぃぃいいいいいほっとぉぉぉおおおおお!!」
絶叫は痛みから来るものでは無く、ただただ彼の内にある狂気そのものだ。
「よかろう小娘ぇ!ならば貴様を犯し尽くし、内側から殺し尽くして異骸術士としてやるぅぅぅううううう!」
「――ぐっ!?」
魔力比べが始まった。
魔術士にとって“魔力”とは、霊銀の支配領域の広さとその支配強度を掛け合わせた指標だ。
一般に“魔力が高い”と言っても、広範囲に術を行使できる者もいれば狭い範囲で抗えぬほどの影響を与える者もいる。
とりわけはららは支配領域の広さは優れているが、霊銀に対する支配力はそこまで強くなく。
そして孔澤流憧は――――そのどちらをも、類まれなる高さで持ち合わせていた。
「くぅっ――」
肉の地面に接したはららの両腕に、掌から登るように黒い線状痕が現れる――表面化した霊銀汚染だ。
流術士が主に用いる【浸食】という魔技術は、対象に自らの霊銀を送り込むだけでなく対象が持つ霊銀を吸収し、自らに都合のいい情報に書き換えてまた送るというものだ。
つまり、孔澤流憧の暴虐な霊銀をはららはその身に招き入れた。
それが逆に、流憧の意思を以てはららの魂を犯そうと荒れ狂っているのだ。
ピンチはチャンス。つまりチャンスはピンチ。
→次話 5/21 0:00公開です。
宜候。




