Track.9-23「そういうの、セクハラですよ」
「芽衣ちゃんっ!」
「叔父さんっ!」
愛詩の指示によりその場でしばらく待機していた四人に、新宿駅に隣接する小田急百貨店から下ってきた世尉とはららたちの一団が合流した。
世尉は姪の無事に安堵し芽衣もまた胸を撫で下ろしたが、その遣り取りを見て驚嘆の声を上げたのははらら。
無論――まさか改めてアイドルとしての道を歩み始めたグループメンバーがいるなどとは思っていなかったのだ。
「リセ!」
「え?――土師さん!?」
駆け寄り、小柄な身体をまじまじと見詰める。
芽衣もまた、すらりとしたスマートなはららの身体を仰ぎ見た。
「……そっか、森瀬さんの姪って、リセのことだったんだね」
はららは道すがら世尉から芽衣のことを朧気に聞いていた。一度は棄てた道を再び歩み出そうとしている姪の話として。
確かに――気付いた今なら、それは確かに芽衣の物語と合致する内容だ。随分とぼかされていたから気付けなかったが。
しかしそうだとすると――はららの胸中にひとつの疑問が湧く。
「……リセ、あなたも魔術士なの?」
その問いに込められた意味を芽衣は察知した。だから幾許かの“信じられない”を表情にしたが、それでも確かにひとつ頷く。
「……帰ったら、話しましょう」
「はい」
微笑んで肩に置かれた手。その手に、芽衣は自らの手を優しく重ねた。
(……出遅れた。完全に、私の出るタイミングじゃない)
打ち解け合い、攻略の話をし始めた五人の魔術士たち。その輪に入って行けず、しかし怯える一般人の様子を偽装しながら周囲の警戒を行う心は脳裏でそう呟いた。
ふと――そんな心の様子に、芽衣が気付く。
芽衣はこの周回ではまだ彼女、鹿取心と遭遇を果たしていない。
安芸茜とすら邂逅を果たしていない芽衣は叔父である世尉に魔術の師事をしているし、彼の下で訓練を積んでいる。
また今周の彼女はそもそも異術の質が違うのだ。その検証をしなければならないという強迫観念すらありはしない。
だから彼女が、自身の後輩となる彼女――鹿取心をまじまじと見たのはこれが初めてだ。
しかし彼女に気付いたのは――心が、自身と同じ学校の制服に身を包んでいたから。
「――ねえ」
「――えっ?」
はららの横を擦り抜けて駆け寄った芽衣は、一団の後方にいた心に近付くと足元から頭頂までを改めて見た。
初めて見る、だけれどどこか懐かしい――これまでに何度も味わった感覚だ。そしてその感覚の先には、確かな繋がりがあったことを、芽衣は何度も思い知らされてきた。
「君、星百合学園のコだよね?」
「……はい、そうです、けど……」
「あたしもそう。2年の、森瀬芽衣」
「1年の、鹿取心です」
「もしかしてだけど……君、魔術士じゃない?」
霊銀の流れを視通す【霊視】に経験則を含めれば視認した対象が魔術士かどうかは――相手の力量・経験にもよるが――判る。
しかし芽衣は現在、【霊視】を切っている。だからこそ心は『どうして判ったのか』と思考を巡らせたがその答えは出ない。そしてその解を探すあまり、表情からは冷静さが抜け落ちてしまっていた。
その様子は周囲を騒めかせる。当然だ、魔術士でありながらこの異世界の攻略――迫り来る幻獣や異骸への抗戦に参加しなかったことの是非、口々に心への避難の声が上がり始める。
それを切り裂くように柔らかく取り纏めたのは世尉だ。
「芽衣ちゃん、よく気付いたね。そう、彼女は僕の秘蔵の弟子で、魔術士じゃない一般の方々に紛れて殿を務めてもらっていたんだよ」
「え?」
疑を発したのは寧ろ心の方だった。それもそうだ、そんな事実など何処にも無い――あるとすれば、殿を務めていた、という部分だけだ。
「ほら、こちらの戦力を全て明らかにしてしまうと対応されてしまうからね、だから黙っていたんだけど――」
「え、じゃああたし、言っちゃいけないこと言っちゃった?」
慌てふためく芽衣に吹き出し、広がりかけた内側への疑念を和やかな雰囲気に変質させた世尉――その彼のパチリとした目配せを、心は見逃さなかった。
そして気付く――自分は、守られたのだと。
その理由は定かではない、どんな思惑があるのかは知らない。ただ、自分に被害が及ばないように守ってくれたのだと。
その意を受け取った心は、ふぅと嘆息して付き合う。
「術系統は宝術、主として用いる宝石は黒曜石と土耳古石。戦闘配置で言えばAからFまで、Cを除く全てに対応できます」
C――治療役を除くということは、撃破役を引き受けられる攻撃力を持ち、防衛役を引き受けられる防御力あるいは回避力を有し、囮役となっても生存出来るほどであり、支援役や妨害役を担当できる魔術を修得している、ということだ。
(――勢いで言ってみたものの、こりゃ凄い逸材が隠れていたもんだ)
年長者ということもあり、全体を取り纏める役を買って出た世尉は驚きを表情には点さない。
「以降は森瀬さんの指示に従い、この異世界の攻略に寄与します。よろしくお願いします」
「オーケイ。でもしばらくは、引き続き殿を頼むよ」
「はい、分かりました。あの、これを……」
そして魔術士一人ずつに手渡されたのは、おはじきよりも一回り大きい程度の黒曜石だ。形状は丸型と菱型が一つずつ。
「これは?」
「はい。丸い方は隠密用、菱型の方は戦闘力増強の魔術が込められています。霊銀を込めながら握り潰すことで魔術が解放されますが、同時には併用できません」
「なるほど、助かるよ」
「いえ――私こそ、助けていただきましたから」
ぼそりと呟いた心の言葉に返さずに、世尉はにかりと笑んでその小さな肩に手をぽんと置いた。
「そういうの、セクハラですよ」
「ああ、いや、ごめんごめん――そういう時代なんだよねぇ……はぁ」
「世尉さん、女子はマジ気を付けた方がいいっすよ」
同じく苦い顔をしながらコーニィドは揶揄する。世尉は再び顔を顰めながら笑った。
「よし、それじゃあ装備を配るぞ」
コーニィドが固有座標域を展開し、一般人の中でも体格のいい男性陣3名に外套を配布した。
車輪の公国軍正式採用乙種兵装・車軸だ。特殊機能は二つ、一つは“廻れ”の起動式を唱えることで機動力を高めるのと、もう一つは“停まれ”の起動式を唱え、かつその場から動かないことでどんな攻撃・干渉であっても一度だけなら強制的に無効化するというものだ。
女性や子供、そして芽衣と咲に対しては愛詩が弦創した外套が渡された。特殊機能は無いものの、防刃・防弾性能を持ち、さらに高低温と電撃に対する耐性を備えた絶縁素材だ。軽く、そして使用者の身体の規格に適合させているため動き易い。
「これ、全然切れないけど?」
「あ、それはね――――」
咲に対する手解きは嬉々として芽衣が担当した。起動式と解除式、として特殊機能の使用について。周囲でそれを聞いていた一般人に対しても、改めてコーニィドから説明がなされる。
「土師さんは大丈夫?やっぱり武器持っていた方がいいかな?」
「いえ、大丈夫です。私は魔術士ですし、両手が空いていた方がやり易いので」
世尉の目に、両手首にキラリと光るそれぞれ異なる意匠の小さく細い鎖が映る――魔術具だ。ひとつで事足りるがふたつ着けているのは片方が予備だからだろう。
かくして準備は整った。
一般人を囲むように、前列にコーニィドと愛詩、右舷にはらら、左舷に世尉、殿には芽衣と咲と心という陣形で一同は都営大江戸線のホームを目指し動かないエスカレーターを下って行く。
じとりと汗が滲む異世界の深層――様相は段々と変わり、荒廃した世界の表面に腐肉の色が混ざり出す。
「ひひ……来る……もう直ぐ、もう直ぐだ……もう直ぐ、アレがワタシのモノになる……ひ、ひひ……ひぃひひひひ……」
その最奥で、この世界の核と化した孔澤流憧は彼らを待ち受けていた。
“魔術士殺し”は何をやってるんでしょうね。お楽しみに。
→次話 5/19 0:00公開です。
宜候。




