Track.9-19「おじさん久し振りに本気出しちゃうよ?」
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白亜の砂漠を突き進む、糸遊愛詩とその背に続く四月朔日咲。
時折愛詩は立ち止まっては、ぜぇぜぇと息を切らしながら咲が追いつくのを待った。
いつかの訓練の時は――こんな風に自分は、息を切らしながら山道を下って行ったっけ。でもその歴史はとうに変えられてしまった。
あの日々は、もうどこにも無い。
あの人も、もうどこにもいない。
「……大丈夫?」
涙ぐんでしまったところを見られ、声をかけられてしまった。一言「大丈夫」とだけ返した愛詩は、いなくなってしまった親友と同じ顔をしている咲を見ずに涙を拭い、キッと正面を見据える。
遠く見えるは、沈みかけた大きな建造物――その深奥に標的である孔澤流憧がいることを、彼女は“結実”と接続する自らの弦により察知している。
答えがひとつならば、“結実”により彼女は全てを知ることが出来る。――それがこの周回でも既に“結実の魔術師”へと至った彼女の持つ能力である。
しかし愛詩は不安を抱えていた。
前の周回で彼女が魔術師へと至ったのは7月であり、そこから幾度か魔術士との交戦を経て彼女の魔術は研鑽されていった。
今、同じ7月――彼女の魔術は高みには至ったが、経験は浅いままだ。前周の記憶は真理の一端に触れた者の特典として失われずに残っているが、しかし彼女の身体に刻まれた経験という記憶は失われてしまっている。
同じだけの訓練を経験を積まなければ、孔澤流憧と対峙した前周のような立ち回りは期待できない。
「それで、いい加減話してもらっていいですか?何でわたしと芽衣ちゃんが狙われているのか」
「そうですね……分かりました、お話ししましょう――でも、その前に」
愛詩は危険感知の意思を持たせた不可視の弦が発する警告に立ち止まり、即座に左手に“弓”を弦創した。
咲の前進を右手で制し、目の前に「ぎしゃあ」と現れた巨大すぎるにも程がある蚯蚓のような幻獣を睨み付ける。
“腐肉の竜”――孔澤流憧が創り上げた異世界に共通して存在する幻獣だ。
「この幻獣を、どうにかする必要がありますね」
「うぇ、気持ち悪っ」
◆
「――いくら何でも、多勢に無勢じゃない?」
階下へと移った世尉の眼前、10メートル先には犇めく人型の集団。【霊視】はその敵意満ちる輪郭の内に、この異世界に蔓延するのと同じ荒れ果てた霊銀の循環が映っている――異骸だ。
数えてみようとするのも嫌になる程の敵影。
それを視認して前に歩み出たのは土師はららだ。
「森瀬さん、私も加勢します」
「いや、それは有難いんだけどねぇ……」
懸念材料はふたつ――ひとつは土師はらら自身の、魔術士としての経験の浅さ。彼女自身は魔術の研鑽にも身を置いているが、本業はアイドルであり、そのためこうした異世界に移ったことも攻略したことも無い。もっと言えば交戦経験自体が希薄なのだ。
そしてもうひとつは、この異世界に満ちる霊銀の凶悪なまでに荒れ果てた状態だ。
励起された霊銀は毒性を持つ。有機化すると、結びついた分子に変異を齎すのだ。
魔術士であればそれを抑えるための呼吸法を修得するためそこまで問題にはならないのだが、流石にこの異世界では質と量が段違いだ、世尉自身であってもあまり長居したくない程だ。
それに、はららには傷ついたものの治療および一般人の霊銀の浄化という役割を期待している。この交戦で逆に傷つき、治療と浄化が出来なくなることの方が怖い。
「じゃあ土師さんには彼らの防衛をお願いしよう。僕が打ち漏らしてそっちに行ったり、もしも僕が彼らに屈してしまうようなら躊躇わずに討ってほしい。お願い出来るかな?」
「え、でも、私も共闘した方が……」
「いや、敵は目に見えるところにいるとは限らない。今のところ、手伝ってくれるのは君だけなようだし……」
告げて、世尉はちらりと後方を見た。
気付かれないよう殿に位置していた心は嘆息する。
(バレてるか……)
「まぁ大丈夫。人間、やる気にならざるを得なければ隠した爪も発揮する。一先ずここは僕にやらせてよ」
「……分かりました。全身全霊を以て死守します」
「助かるよ。じゃあ、行ってくるね」
そして世尉は前に出る。異骸の群れは、呻きを上げながら徐々に前進している。
「ああ、因みに――僕の交戦風景はそこまで美麗じゃない、寧ろ醜悪と言っていいだろう。だからあまり怖がらないでね、傷ついちゃうからさ――――“赤の洗礼・緋血の散弾”」
唱えると同時に懐から取り出したナイフの刃を自らの右掌に突き立てた世尉。その右手を差し向けると、流れ出る血は加速して射出され、敵陣営の最前列にいた10体を激しく撃ち抜き後退させる。
「土師さん、後で治療、お願いね」
「は、はい……分かりました……」
「さて、おじさん久し振りに本気出しちゃうよ?“赤の洗礼・竜血の剛剣”」
流れ出る血が世尉の意思の通りに宙を舞い、クレイモアに似た騎士剣の形状に凝固した。
世尉はポケットから取り出した、常盤美青が開発した経口式輸血パックを十秒チャージよろしく握り締めて飲み干すと、笑顔のまま雄叫びを上げて前進する。
「せぁああっ!」
「ギヒィッ!」
左の肩口から右の脇腹にかけて両断された異骸の兵隊――孔澤流瞳はこれに“異骸術士”と名を付けている――はどしゃりと床に落ちると共に霊銀の奔流となって霧消した。
「次だっ!」
「グショァッ!」
返す剣で隣の異骸術士を上下に両断すると、自身の右側から殺到しようとした一団に対し再び【緋血の散弾】を放って遠ざける。
「“浸食・開始”――」
そして周囲に空間を作ると、次いで取り出した輸血パックに自らの霊銀を浸透させる。
「――“赤の洗礼・竜血の魔鎧”」
パックから彼に支配された血液はビニールの外包を突き破って宙に舞うと、込められた意思の通りに迸って世尉の身体を覆い――赤々とした甲冑に身を包んだ騎士の姿がそこに現れる。
「“焼却の一閃”!」
そこに一筋の熱線が照射され、赤い甲冑の騎士となった世尉に降り注がれたが、透過したものを焼き払う紅蓮の一閃も世尉の纏った【竜血の魔鎧】には傷ひとつつけられない。
「土師さん、巻き添え行っちゃうかもしれないからちょっと下がっててくれる?」
「はい、わかりました!皆さん、後退します!」
号令とともに駆け出す一団を、異骸術士たちは追うために足を踏み出す。
しかし。
「駄目駄目、行かせないよ――“赤の洗礼”」
阻む赤の騎士は、構えた剛剣を横薙ぎに一閃する。
「“屠竜の一薙ぎ”」
砕けた刀身が赤い飛沫を散らして同心円状に拡散する。その拡張された斬撃はまたも最前線にいた8体の異骸術士たちを両断し、世尉は失われた刀身を新たな輸血パックの消費によって取り戻す。
「……あらら、まだ半分も行ってないのね……これは骨が折れるなぁ……」
そして赤き甲冑の騎士は駆ける。自らの血で創り上げた赤い剛剣を振り抜き、異骸術士たちを屠っていく。
その戦闘が終わった――異骸術士たちが全て斬り払われて霊銀に還元され霧消したのは、それから15分後のことだった。
血を纏って戦うとかドン引きっすよ。厨二心はくすぐられますけどね。
→次話 5/16 0:00公開です。
宜候。




