Track.9-06「くっそ痛かった」
「へぇ、アイドルなんだ。どーりで可愛いと思った。何かきみって、一見清楚系だけどよく見るとメンヘラっぽいよね」
「でもそれってさ、別に芽衣ちゃんが受かったことと、そいつが落ちたことに因果関係あんの?そいつの僻みでしょ?」
「……なんて言うか……ごめん、何も言えないや」
両親の死から自殺しようとしたことまでを話し終えた頃には夕焼けももう宵闇に変わっていて。
駐車場を抜けて病院の正面玄関へと辿り着いたあたしたちは、医療スタッフに迎えられてそれはもうしこたま怒られた。
何となくそれが懐かしい気持ちを呼び起こさせたのは、一体何の記憶だろうか。
「明日さぁ」
「うん、明日?」
「病室、遊びに行っていい?」
「うん、来て欲しい」
「そしたら明後日はさぁ」
「行っていい?」
「うん、来て欲しい」
そして病室を抜け出す時は必ず報告を入れることと、遅くならないうちに帰ってくることを常盤さんに約束し、あたしは運ばれてきた遅めの夕食を摂る。
何となく味付けの薄いそれを食べながら、彼女から聴いた彼女の物語を思い返して。
四月朔日咲の17年間。
森瀬という家よりも遙かに魔術士の名家として栄えた四月朔日家に生まれた彼女には、本当であれば双子の姉がいたらしい。でも姉は生きて産まれてくることが出来なかった。母親の胎内にいる時に咲に吸収されたのだとか。バニシングツインというらしい。
幼少から愛らしい容姿を持ち合わせていた彼女を、父親は魔術士にはしたくなかった。あたしの父と一緒で、彼女の父親も魔術士という職業を心底毛嫌いしていたんだそうだ。だから彼女は魔術から切り離された生活を送り、普通の、あたしと同じ一般的な道を歩む。
『最初に男の人と付き合ったのは中学校入ってすぐだったかなぁ。わたしって別に好きでも無い人でも、わたしのこと好きって言ってくれる人だったら誰でも良くってさ』
手を繋ぐことも、キスをすることも、彼女は嫌いでは無かった。
同年代の誰よりも早くその体験に到達した彼女は寧ろ、誇らしいとさえ思っていた。
でも彼女に好意を向ける全員に対しても同じである彼女だ。中学生の終わりに初体験を済ませると、彼女の噂はあっという間に流布され、“済ませ易い”と評判になった。好評なのか悪評なのかはあたしには判らない。でもきっと、そのどっちもだったんじゃないかな。
『わたし、“穴モテ”してたんだよね』
その言葉の意味はよく解らなかった。後々でよく考えてみて、眠る直前に漸く“ああ、そういうことか”って気付いた。気分は、いいものでは無かった。
彼女はあまり勉強が得意では無かったらしい。運動も、どちらかと言えば観る方で。部活動には入っていたけれど、マネージャーとして応援する方の立場だった。
『ほら、男子も女子もさ、そっち側の人材って重宝されるじゃん。わたしただそこにいるだけでちやほやされたし。出来ない子でも良かったからさ』
誰かと身体を重ねることに抵抗は無く、言い寄られればほいほいとついていった。そうやって求められることが彼女にとっては普通で。応じることも、だから普通だった。
でもその普通は、周りの普通とは違った。段々とその認識の齟齬は明確に、色鮮やかになっていき、深度が増すごとに彼女を見る目は大きく二つに分かれていく。
欲を晴らしたいという色情に駆られた視線と。
まるで汚らしい異常を垣間見ようとする視線。
どちらもがどんどん肥大していって――――やがて後者が爆発した。
『何かさ、わたしとヤった人の一人に彼女がいたらしいんだよね。でもわたしは知らなくて――まぁ知っててもどうだって良かったんだけど』
激昂し追及する女生徒は同様の憤りを覚える数名で彼女を追い詰めた。
『その怒り方から判ったよ。ああ、すっごい好きなんだろうなぁ、って。なんかね、羨ましくなったくらい。わたしさ、考えてみたら“そういう風に”誰かを好きになったこと無かったからさ』
そして肥大した矛先は、女生徒に理科準備室からその薬品を盗み出させた。
力任せに蓋の開けられた瓶のびしゃりと浴びせかけられた液体は、彼女の肌を焼いて肉を爛れさせた。
咄嗟に腕を上げ身体を捩ったことで、どうにか顔の右半分は守れたらしい。でも。
『本当最悪だったよ。おかげで右腕の殆どと、顔の左側と、あと左手、身体は胸からお臍くらいまでかなぁ?くっそ痛かった』
“やってしまった”と呆然とする加害者に、“どうしよう”ばかりを空転させる傍観者。
彼女が痛みのあまり絶叫していたらもう少し早く救助されていたのかもしれない。
でも彼女は声を上げなかった。必死の形相で奥歯を噛み締めながら、ただただその場に立ち尽くした。
『右目は生きてたからさ。だから、焼き付けておこうと思って。もしわたしが死んじゃってたら、ちゃんと枕元まで行って、呪い殺せるようにさ』
彼女は何も向けられる感情全てに無頓着なわけじゃない。ただ好意には好意で返し、悪意には悪意で以て立ち向かうことを本能とするような、苛烈な性分だった。
『それで――手術するんだ、元の顔に戻るための。それで入院してるの』
包帯取らせちゃってごめん、と再び伝えると、彼女はにかりと笑いながら首をぶんぶんと横に振った。
『――でも、本当はまだ迷ってる。わたしの顔や身体が元に戻ったらさ、また同じことになるのかな、って』
そして彼女は、その言葉を続けた。
『変なこと言っていい?わたしさ、すっごい昔から頭に思い浮かべてた理想の友達像ってのがあって――その子はわたしよりも少し背が高くて、綺麗な黒髪で、クールな顔で、それでとても強くて……わたしが本当に間違った時はちゃんと叱ってくれる。でも、そうじゃないところは受け入れて、認めてくれるの。何か、きみってそれっぽいなぁって思ったよ』
それを聴き届けた時。
あたしには、もうひとつの“強くなる理由”が生まれた。
いや、違う。生まれたんじゃない。
――――もう一度、思い出したんだ。
◆
一目見た瞬間に夢だと判るのは、ありえない光景だったからだろうか。
視界360度全面のスクリーンに投影された、目まぐるしく変わりゆくいくつもの風景と光景。
その中心には、まるでプラネタリウムの機械みたいにそれを映し出している黒い球体と。
そしてその傍に佇む、真っ白な人物。
真っ白な、あたしだ。
まるで配色を全部白で統一したようなあたしがそこにいて、黒い球体が映し出すスクリーンの光景をじっと眺めている。
(――っ!)
声は出ない。それどころか、あたしの身体は輪郭も、色彩も無い。
ここにいてそれを見ているのに、意識しかここには無い。
だから真っ白なあたしも、それを見ているあたしに気付かない。
——何の意味があるんだろうか。
——この夢は、あたしに何を教えているんだろうか。
“穴モテ”って言葉があることが衝撃的過ぎた。
→次話 5/10 1:00公開です。
宜候。




