表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
げんとげん  作者: 長月十伍
Ⅸ;眩耀 と 原風景
268/300

Track.9-03「――血の操作」

「あとは何か、聞いておきたいことある?」


 これからの入院生活について丁寧に教えてくれた後で常盤さんはそう訊ねた。

 あたしは少しだけ思案したけれど、疑問はすぐに頭の中に浮かび上がった。


「あの」

「どうぞ?」

「あたしのことじゃなくてもいいですか?」

「どんなこと?」

「他の、入院している患者さんの話なんですけど……」


 常盤さんは手に持っていたボールペンの頭で顳顬を掻いた。


「ごめんね。プライバシー保護法とかそういうのもあるから、他の患者さんのことは教えられないの」

「あ、……そうですよね」


 四月朔日咲――あの、全身を包帯で覆った彼女。そのことを、あたしは聞きたかった。

 常盤さんから聞けないとなると――それはもう、自分で聞くしかない。


「あ、じゃあ――」


 だからあたしは、他の病室に遊びに行ってもいいかと訊ね、当然のように常盤さんは駄目だと答えた。

 勿論、その答えを予想できなかったわけじゃない。そんなに頭が悪いつもりは無い。


「友達になったコの病室だったら、いいですか?」

「……本当に、友達なのなら、ね」

「はい。ありがとうございます」


 作戦を練る必要があった。彼女の行動を把握し、その行先に出向いて彼女と話をする機会を作らなければならない。

 若しくは常盤さんに彼女はあたしの友達だと嘘を吐いてもいいけれど、多分彼女の反応とかで直ぐにバレるだろう。それは得策じゃない。


 病室を渡って歩く?――直ぐにバレる奇行だなぁ。

 トイレ前で張り込む?――不審がられるだろうな。

 お風呂のタイミングを狙う?――あの包帯だ、多分しばらくはお風呂に入れないんじゃないかな。


 ——そこまで考えて、ふとあたしはどうして彼女にそんなに執着するのだろうかと自分自身に問いかけた。


 あたしはあの子を知らない。

 でもどうしてだか、あの子の声に懐かしさを感じてしまった。

 あの包帯の下に隠れた顔を見たい。

 どうしてそんなに包帯塗れになる必要があったのか聞きたい。


 知りたい。


 そして、あたしのことも知ってほしい。


 何を根源とするのか全く判りっこない不透明だけれど鮮明な衝動があたしの内側に深く根付いていて、そしてあたしはどうやらそれに抗えないらしい。


 運命、と言ってしまえばいいのだろうか。でも、そうじゃない気がする。

 何となくだけど。

 何となくだけど――あたしのこの衝動の名前はきっと。


 きっとこれは、“幻肢痛”だ。



   ◆



「やあ」

「あ……こんにちは」


 四月朔日咲に遭遇出来ないまま三日が過ぎた。

 叔父さんは毎日のように病室へとやって来る。時間帯が不規則なのは、今現在抱えている仕事の合間を縫ってやって来ているからで、昨日だけは検査の時間と重なってしまって会えなかったけれど、ちゃんと来ていたらしい。


 もしかして、あたしがここに運び込まれてから毎日来ているのかもしれないと思ったけれど、叔父さんがこの病院に駆けつけたのはあたしが目を覚ましたその日だったと教えてくれた。


「前も言ったけど、兄さんは勝手に家や親族と縁を切って出て行っちゃったから、その――僕もニュースで兄さんがどうなっているのかを漸く分かったんだ」

「そうなんですか」

「そうなんだよ、困っちゃうよね……それで、兄さんに奥さんがいることが分かって、調べてみたら君がいるってことも分かった。でも君は単身日本に残っていて、この病院に担ぎ込まれたって分かった。兄さんはとても利口でさ、自分の居場所を特定されにくいように細工していたんだよ」

「そう、なんですか……」


 どうしてそんなことをしていたんだろう。やっぱり勝手に縁を切った手前、探してほしくなかったのかな。


「魔術士の家ってさ、なまじ系譜が多いと面倒臭いもんなんだよ。きっと兄さんは、隠すことで家族を護ろうとしていたんじゃないかな」


 隠されていた、という実感は無かった。それは同時に、護られていたという実感も無かったということ。


「ああ、安心して。僕は今更君に、魔術士になって森瀬家の魔術を継いで欲しいとか、そう言うつもりは無いから」

「あ、はい」

「前にも言ったでしょ?僕は、君の意志は最大限尊重したいと思ってる。代わりに、君の世話、という面ではあまり役に立てないけど」


 それから叔父さんは、自分の仕事――フリーランスの魔術士としてどんなことをしてお金を稼いでいるかについてを語った。


 魔術というのはそれはとても膨大な学問で、言ってしまえば霊銀(ミスリル)と呼ばれる暗黒物質(ダークマター)――科学的な側面からはそれはまだ存在の実証までには至っていないらしい――を用いて様々な現象を再現する、というのが魔術なんだけれど、どんな現象を再現するのかという面において細かく枝分かれしているんだとか。それを、魔術士業界では系統(ブランチ)と呼んでいるんだとか。


 この国においては、魔術という学問は既に義務教育課程に参入し、あたしもそれが実施された中学校の最後の年に授業で齧った。でもあたしが今通っている――そして休学している高校の入試には関係ない教科だったし、受験勉強に精を出していたあたしは当然のように無視(スルー)した。試験(テスト)、とても簡単だったし。


「それで、僕や僕ら森瀬家が扱う魔術系統というのが――」


 ゴクリ。叔父さんが溜めたもんだから、あたしは口腔内に溜まった唾液を飲み込んだ。叔父さんは話し上手だと思う。ここまで唾液が溜まるほどあたしは聴くのに集中していたんだから。


「――血の操作」

「血?」

「そう――――血の流れを早くすると運動機能が向上するし、傷の治りだって早くなる。逆に血流速度を緩めればリラックス出来たり。僕は自分の血しか操れないけど、昔の森瀬の魔術士は他人の血流を阻害して恣意的に血栓を作ったりなんかで暗殺を請け負っていた人もいたんだって」

「それ……例えば、身体の外に出た血を、違う形――蜉蝣(かげろう)とかに変えて飛ばしたりとか」

「出来るけど、何で蜉蝣なの?」


 あたしの無意識的な質問に笑って答える叔父さん。あたしも自分で言った後に、どうして蜉蝣なんか口走ったのか首を傾げたかった。


「運搬作用と凝固作用を操作して、簡単なナイフくらいなら作れるよ。ただ、あまりやんないかな」

「そうなんですか?」

「だって、結構血を消費しちゃうしね」

「ああ、そっか……」


 ふふ、と微笑みを湛え続ける叔父さんは、ふと遠い目をして窓の外を眺めた。


「懐かしいなぁ――昔、美青(ミサオ)と一緒に組んでいた頃は、美青が作ってくれた即吸収性の輸血パック持ち歩いていたなぁ」

「何ですか、それ」

「うん。ウィダーインゼリーみたいに経口で補給出来て、飲み込んだ瞬間から体内に即座に吸収されて血になるんだよ」

「そんなのあるんですか」

「あれはね、異世界調査やってた時は必需品だったよ。僕、当時は結構やんちゃだったからさ……前のめりに突っ込んで、すぐぼろぼろになってた」

「そうなんですね……」

森瀬さん家も魔術士だったんですね!


→次話 5/9 5:00公開です。


宜候。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ