Track.8-44「あ、名前ど忘れした」
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『本当に其方は――――面白い。眼前の地獄を対価とするか』
「……御託はいい。契約がしたい」
『ならぬ』
「何で?」
『我は其方と既に契約を交わした。同じ者に二度契約を交わすことは赦されない』
「何で?」
『それが自然の節理だからだ』
「自然の節理って何さ」
『――真理に刻まれた、世界がそうあるべき絶対の規律』
片手で頭を抱えたわたしは、自慢の乳白色の髪を掻き毟った。
あんな思いまでしてここまで来た、って言うのにこの超越者は――何て、融通が利かないんだ!
「あーもう、腹が立つ!」
『……心の声が漏れ出ているぞ』
「わざとだよっ!」
心底ご立腹であるわたしに、“阿摩羅”はわざわざ説いてくれる。
どうして自然の節理なんてものがあるのか。
どうして同じ対象に二度の契約を交わせないのか。
言ってしまえばそれは、死んだ存在が蘇っちゃいけない理由とそっくりだ。
理解は出来た。でも、納得なんて出来るわけが無いわたしは、――――そして、気付く。
『ならば選ぶがいい、幻術士。永らえた命を謳歌する未来を選ぶか、それとも――』
「んじゃあ後者で」
『……まだ、我は何も申してはいない』
「まだるっこしぃんだよ、いちいちさぁ――こちとらそんな覚悟なんて世界ぐるっとぶん回した時から決めてんだ。さっさと力頂戴よ」
『――つくづく不躾だな』
「まぁ、育ちが良いとは思ってないしね。親、いなかったようなもんだし」
そして、“阿摩羅”からの繋がりが伸び、わたしの霊的座標に接続される。
『――特例を赦そう。しかし力を与えるのは一瞬――永遠よりも長い一瞬だ』
「ああ、なら大丈夫かな。うん、それでいいよ」
『もう三度と、遭うことは無いだろう』
「平気平気。寂しくなったら思い出すからさ」
『去らばだ、蜉蝣に過ぎなかった少女よ』
そしてわたしの意識は、舞い戻って再びホールの阿鼻叫喚を見下ろした。
「……ただいま」
「夷ちゃんっ!」
立ち上がって歩み寄ったわたしを見るなり、いとちゃんは脇目も振らず抱き着いてきた。
わたしの薄い胸板越しに、凶悪にぶら下がった二つの“たゆんたゆん”が押し寄せてわたしは勇気百倍アンパンマンだ。本当にいい子だと思う。ゆげくんぶっ殺す。
——まぁ、いいか。くっついた方が、いとちゃんも幸せだし、さ。
「状況は――」
「大丈夫。視たから」
一度“阿摩羅”に会う直前にこの地獄絵図なら見ている。だから誰が何をどう頑張ってて、いとちゃんが何をどうしたいのかも、考えるより先に脊髄反射で解ってしまう。
流石“阿摩羅”だ。ただ接続しているだけでこれだ。わたしはまだ、契約を完了させてもいないし、力を与えられたわけでもないって言うのに。
「いとちゃん、ありがと――――取り敢えず、あの変態白紳士ぶちのめすのが先?」
「うんっ!」
力強く頷いたいとちゃんにわたしも頷き返して、でもわたしはイケオジとカゲ君と交戦する流憧ではなく、その上空に安置されたままの歪んだわたしの霊器を見上げた。
対異界特攻霊器、“焉鎖の魔杖”と“壊理の魔剣”。それらが連結し、よくわからない腐肉に包まれ穢されてしまったもの。
アレで以て、白い魔女は誕生してしまった。
どうしてアレをあの時取り出したのか――ここには異界なんてありはしないのに。でも、今考えてみればすぐに解る。
それが、孔澤流憧の狙いだったのだ。
白い魔女を生み出したかったのは、孔澤流憧の執念だった。
よくもまぁ――そんなのに踊らされて、最後だって決めた17周目もてんでぐちゃぐちゃだぁ。
……でも、それはきっと、わたしが悪い。
「どうしたの、夷ちゃん?」
「んーん、何でもないよ。ただ、お爺ちゃんから勝手に借りてたから、返す時はきちんと綺麗にしないとなぁって思っただけ」
「え?」
手を翳す。
“阿摩羅”との繋がりはただそれがそこにあるだけで何故かよく解らないけれどその力の片鱗をわたしに齎してくれる。
餞別だろうか――何だあいつ、いいとこあんじゃん。
「帰って来い――――わたしが悪かったよ」
パキパキ――――腐肉が唐突に乾き、亀裂が走る。
ふたつの霊器はわたしの上空5メートルにある。でもそれはあくまで実体の座標。
わたしと霊器は、霊的座標でなら繋がっている。その繋がりを伝って、わたしの意思は流憧が塗れさせた臭い腐肉の防衛機制を無理やりに剥がしていく。
パキ、パキィ……バキンッ――――おかえり。
「なっ!?貴様、泥棒!」
「いや先に奪ったのあんただろ、異界表現者。窃盗および不法侵入および覗きと痴漢とあと何だ――あー、とにかく有罪ッ!死刑ッ!」
「ほう、面白い!今やもはや魔王と化したと言っても過言ではない至高の芸術作品たるこの私にぃ――――あ、っれぇ?」
まぁでもちょっとくらいは感謝してるよ。あんたがいなければ、この解に到達することも無かった。
だからさ、お爺ちゃん秘伝の今まで一度も使ったこと無い“斬術”ってやつで葬ってあげる。
「四月朔日流斬術――――あ、名前ど忘れした」
斬り付ける瞬間の殺気、振り抜く予備動作、刀身そのもの――それら全てを敵の認識の外に追い遣って不可知・不可視とする、四月朔日家に唯一伝わる斬術、それも居合術だ。
うん、かっこよく決めたかったんだけどさ、あまりにも使わな過ぎたからさ――忘れちゃうのも仕方ないよね。ほら、人間って忘れる動物だって言うし。
「か、かぺ?――ぷぉ、っぽろ!」
顔面を両断されたと言うのに、いや本当生き汚いなぁ。勿論こっちも、“阿摩羅”の力が及んでいない、わたし本来の幻術士としてだけの力でどうこう出来るとか思ってないけど。
それでも、その意識の外側からの一太刀の隙は、後に続く凶悪な連携攻撃の布石になる。
「車輪の騎士団式斬術――――」
「座標指定、領域定礎、元術球全解放――――」
じゃあね。まぁ芽衣ちゃんいるからすぐ復活すると思うけどさ、それ、ねちっこいやつだからなかなか時間かかるよ?
「“円環する鎖刃の顎”!」
「“煌々たる灼赫の蛟”!」
放たれたのは高速で円回転するいくつもの斬撃の軌跡と、それを追うように襲来する全身が燃え盛る野太い蛟の咬牙。
回転ノコギリの刃だけを飛ばしたような斬撃が流憧の身体に食い込み恍惚の絶叫を上げさせると、それを真上から飲み込むような火柱が貫いた。
「おおおぉぉぉぅっ――いええぇぇぇぇええっっっす!」
わたしから無理やり“阿摩羅”との接続を奪って“無”と“無限”の力を手に入れた流憧には相変わらず効いちゃいないんだろうけど、さっきも言ったように今しがたこの二人の異世界人が繰り出した二撃はすぐには殺してあげないって感じの粘着質なやつだ。こんな術開発した奴、絶対心病んでんだろ。
「よし、この隙にちゃちゃっと最後の仕上げと行きますかぁ!」
そう――これが最後だ。
出来るだけ明るく、今まで通りに振舞っているつもりなのに、何でかなぁ。
いとちゃんはわたしの“つもり”を見抜いたのか、わたしの前に正対して泣きそうな目で見詰めてくる。
あのー、そんなに強く掴まれたら、肩、痛いんですけど?
「夷ちゃん……教えて」
「……なぁに、いとちゃん」
「何で、契約が完了してないの?」
楽しんで書いてます。
→次話 更新日時未定とさせてください。たぶん八章終わりです。
宜候。




