Track.8-43「えくす、ったっ、しぃいいい!!」
「俺たちは?」
「四方月さんたちは――待機です」
「はぁ?」
「でもただの待機じゃありません。……車輪の公国の異界、それを待機させておいて下さい」
「俺たちの、異界を?」
「はい――――私にもよくは視えないんですけど……夷ちゃんは多分、それを使うんだと思います」
しかしコウもクロィズもケイも、三人の誰もが異界を自在に操る魔女ではない。だからそこに、“樹海の魔女”アリフが加わる。
「余所者にあんま触られたく無いんだけど……」
「そんなこと言わないで下さいよ。大事な所には、なるべく触れないようにしますから」
「はは、なら頼むぜ」
しかし。
魔術士たちの準備が整ったと同時に――それまで苦悶の嘆きを謳い上げていた“惨劇の魔女”もまた、幾重にも降りかかった死を乗り越えて、その身の内を劇しく蝕む霊銀の洗礼を乗り越えた。
「――――いい、気分です。今なら、……そうですね、“魔王”にもなれそうだ」
愛詩が目を見開く。弦が震え、今しがた決まったばかりの陣形が揺らぐ。
「予測より早いっ!?そんなっ、——」
“結実”による演算結果は、あくまで問いを掛けたその時点を条件として弾き出される。
そこには、たとえば個人の成長や軌跡などの再現不可能な産物は加味されない。
「殿下、私が前に出ます」
「俺っちも」
「待て、俺も行く!」
「なりません!――殿下にしか、あの異界は扱えません」
「――っ、」
「尻に敷かれんなよ?」
「うっせえよ!あいつそんなデカケツしてねぇぞっ!」
怒号に笑う、従者と弟分。
歯噛みするも、コウは再び自分の役割を再認識し、背を向ける。
「――コウ様。異界の座標を」
「分かってる。……繋ぐぞ」
「うおおおおおおっ!」
「りャァァァあああッ!」
自らの表皮を黒く染める【非実在性傷念】の恩恵を受けたチームWOLF、そしてリニと奏汰の6人が飛来する黒い死を受け止め、薙ぎ払う。
「――これなら、解き放てるっ!」
その身に十分な量の霊銀の供給を得られたリニは、先程まで暴走しないよう閉じ込めていた四肢の邪霊を解き放つ。それらは黒く染まった肉の触手を伸ばし、遠くの死すらも捉えて喰らう。
「|“帳下ろす終幕の光弾”《ファイナライズ・フォトン》!」
奏汰もまた、受け止めた死から夥しい霊銀を得てはそれを魔術として繰り出した。行使された無数の光弾のひとつひとつすら、霊銀を分解して吸収する黒い闇色に染まっている。
弾け、爆ぜ、波濤する。
寸断された死は闇に溶け、しかし新たな死が降り注ぐ。
「せぁっ!」
「おうっ!――えくす、ったっ、しぃいいい!!」
「ド変態かよっ!」
クロィズの魔を排す聖剣が流憧の左肩に食い込み――しかし刃が毀れているためか本来の切断力を発揮できない。
そこに追撃とばかりに繰り出されたケイの【排斥の渦】は遥か後方へと恍惚に顔を歪めうっとりとしている流憧の身体を吹き飛ばす。
ガダァ――――衝突した壁が崩れ、コンクリート片が惨劇の魔女に覆い被さる。
「終わりじゃ無いんだなっ!――“元術球”!」
跳躍し宙に舞ったケイの周囲に、それぞれ色の異なる七つの光球が展開する。
「“神曲”!」
降り注ぐ万雷、燃え盛る業火、凍てつく零度、吹き荒ぶ嵐流――――この世の天災を凝縮した極局地的な地獄が顕現し、屍となった観客たちごと爆ぜさせた。
「とるるるるれっ――――びっ――――あああぁぁぁぁあああんぬっ!」
しかし予想だにしない絶叫とともに立ち上がった流憧の出で立ちは無傷にほど近い。
クロィズはその状態にこそ困惑し、ケイはその言動にこそ狼狽した。
「素晴らしい、素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいぃぃいいいいっ!まるでこの私こそが、至高の芸術のように美しいっっっ!ああ、そう――美しいものは何者にも縛られず、何者にも穢すことは出来ないようにっ!あらゆる干渉から解き放たれた私こそっ!真のっ!芸術にっ!あ、違いなぁぁぁぁああああああいっ!」
「クライマックスだっつーに、ふざけてんなぁ!」
一進一退の攻防は繰り返される。
愛詩の策により死を薙ぎ払い、少しずつ切り取りながら膠着した状況を耐え切る魔術士たち。
しかし刻一刻と死は増徴され、増幅され、またも新たに降り注ぐ。
その策は、やはりただ時間を稼ぐためのもの。
夷が、再び“阿摩羅識”と邂逅し、契約を交わしてその“無”と“無限”の力を得るまでの――
「夷ちゃん……」
しかし。
人はか弱い。驚くほど脆弱で、だからこそ群れる。
群れでこそ、人は強くなれる。夥しく振り撒かれる死に抗えるほどに。
夷は。
独りだった。
独り、たった一つの心と身体で挑んだ幾度もの潜行は。
意識を潜り、無意識を通り、阿頼耶識を突き抜けたその先は。
けれど、到達することは無かった。
(くそっ――くそっ――何が足りない、考えろ、考えろ――――)
阿摩羅は告げた。すでに契約を交わした者と再度それを交わすことは無い、と。
しかしその声は夷には届いていない――いや、届きはしているのだ、彼女が認識していないだけで。
言わば契約違反――契りを破ったのは、夷の方なのだ。
ただただ阿摩羅が無欲なだけで、本来であれば契りにより得た繋がりを奪われた時点で、夷は死んでいる。いや死すら生温いだろう――それほどまでに、超越者というのは鮮烈だ。
『能わぬ――――契りは二度も交わされぬ。其方が其方である限り、我は其方とはもう契りを――――』
そうして真っ白な無でしかない空間の中で、夷は自らの薄い胸に手を衝き入れると、その奥――固有座標域の中心、その遥か深淵から、“黒い匣”を取り出した。
その匣は、四月朔日家の本堂の裏にある、“伽藍ノ堂”と呼ばれる座敷牢に安置されていた、あの匣だ。
解き放つことで、彼女の祖父である四月朔日玄靜が集めた様々な要因による“無量感”の記憶を再現し、それを以て“無”へと到達するための――――
(――――行けぇっ!)
『成程――確かにその中身なら、我に到達することも出来るだろうが――――浅はかだな、幻術士』
(……何で?)
匣の中身を解き放ち、確かに夷は無量大数に迫る幾多もの無量感を体験した。
しかし、これは17周目であり、この周回で一度先に経験したものだ。
経験は、慣れを生じさせる。もはやその程度の衝撃では、夷は“阿摩羅”へと到達することが出来ないのだ。
(考えろ――考えろ――――)
『無駄だ、飛ぶ運命に無きか弱き雛鳥よ。全ては無より生まれ、無に帰すゆえに、ありとあらゆるが無為――無駄だ』
しかしその声は届いていない。届いていたとしても、それを認識していたとしても、やはり夷は思考を、思索を放棄しなかっただろう。
たとえ彼女はその身を死に追い遣ったとしても。考えることを止めず、解を求め続けただろう。
そして解が無かったとしても。
その身で、創り上げたに違いない。
(――――もしかして)
だから。
(――いや、行ける、出来るっ!)
それに気付いた時、夷は閉じていた目を思い切り開いた。思い切り開いて、ホールの中に渦巻く黒い奔流と、それに連携して立ち向かう魔術士たちの雄姿、センターステージを中心に交戦する魔女と二人の魔術士と、全ての準備を整え自分を待ち続けていた仲間の姿を見た。
しかし見ただけだ。視たのではない。寧ろ彼女が視たのは、黒い泥により死に追い遣られ今や白骨死体となった夥しい観客の群れだ。
そのひとつひとつの、座標を彼女は目に焼き付けた。
「――――“深淵接続”」
あの黒い匣の中身など悠に超える、絶大な無量感なら目の前にあるじゃないか。
そう独り言ちて霊的座標の深淵に降り立った彼女は、ひとつ息を思い切り吐いて、そして鼻から吸った息を肺に留め丹田に力を込めた。
脳を割り裂くほどに暴れ狂う、恐怖と憎悪と後悔と未練と怨嗟と激情の嵐。
もう何度金槌で頭を打ち付けられたか分からない衝撃と、もはや頭蓋が破れ脳がまろび出ているんじゃないかとすら思える融解感。
痛みは痛みとして認識できず、苦悶は苦悶として受け入れられない。
闇。
ただただ真っ黒に塗り潰された、様々な感情の色が混ざりあった成れの果て。
ぶちまけてもぶちまけても込み上げる嘔吐感は、胃や腸ごと吐き出してしまいたい境地。
永遠よりも長い一瞬のうちに、幕張メッセ4・5・6ホールに集まった二万人強の人間が只管に死に蹂躙され尽くしていく無量感を得た夷の精神は――当然のように“阿摩羅”の目の前にいた。
いや、ふざけちゃいないのよ。
→次話 5/3 0:00公開です。
宜候。




