Track.8-42「足し算じゃなく掛け算なんです!」
「はららさん、はららさんっ!」
メインステージでRUBYメンバーたちを背に奮闘していた土師はららも、いつしか気が付けば体内の荒れ狂う霊銀の乱流に蝕まれ、灼けるような痛みをもはや感じない域まで達していた。
意識すら飛びかけた状態でただただ両手を突き出し、霊銀を操作しては自分たちに襲い掛かる“死”をどうにか遠ざけ続けている。
ただ、それも時間の問題だ。
「――もう、いいです」
背中に感じていた仲間たちの声は、諦めと絶望の中にあった。
手を、下ろしてしまってはたと気付く。もう、はららにはその手を翳すことは出来なそうだ。
疲れ。諦め。もう希望は無いんだと言う絶望。
それらが飽和した両腕は、もう二度と上がらない――そう解ってしまったからこそ、はららは愛しい仲間たちに振り向いて。
「ねぇ」
振り向いて、泣きそうな顔で仲間たちに声をかけた。
「終わりまで、一緒にいてくれる?」
「冴玖、どこ?」
「澪冴、僕は、ここだ――」
もはや光を映さない目で、澪冴は必死に双子の兄を探していた。
足はもう動かない。腕ももう身体を支えられない。そんな妹の身体を抱き締めながら、冴玖もまた自分の身体がどんどんと死に蝕まれていくのを感じている。
「弥都っ」
「へっ、へへ……もうすっからかんっす。ぐぅの音ひとつも出ませんって」
「諦めるな、まだ……まだ、終わりじゃない」
「右京さん……あなたともっと、いっぱい、コンビ組んでいたかったなぁ」
「弥都!おい、弥都!……馬鹿野郎っ……」
右京の細い両腕に背を預けた弥都の吐息は弱弱しい。
激昂するように鼓舞する右京もまた、そうしたからどうだという疑念に苛まれている。
鼓舞し、立ち上がったところで――どうやってこの状況を脱するのか。
打ち勝つ・打破するという選択肢すら浮かばない者は、もはや戦士ではない。
「ここまでか?本当に、ここが終わりでいいのか?」
「太雅君……私たち、よく頑張ったよ」
「諦めたかねェが……身体が動かなィんだ……どうしようもねェさ……」
「太雅サン。ワタシ、もウ、疲れましタ……」
人は集団となれば集団心理を得る。そしてその中では、よりマイナスめいた思考こそが伝搬し――だからクローマーク社最高戦力である筈の調査チームWOLFにさえ、諦観の悟りは訪れる。
「リニ――目を開けろ。家に、帰るぞ……」
「……絲士様に、会いたい……」
「会うんだ。必ず、帰るんだ……」
願いは口にすれば叶う時と、叶わない時がある。
それでも口にせずにはいられないのが、人の弱さであり。
「間瀬さん」
「言うな、初……言えば終わる」
「……ですが」
「終わりを決めるのは、僕たち自身だろ……まだ、まだ終わりじゃ……」
自らを騙し切れない嘘は、誰も騙すことは出来ない。それなのに、どうして事実を覆すことが出来ようか。
「……お嬢。今度も僕たちはまた、間違えたのでしょうか」
何を以て間違いとするのか。
その定義が定まらない以上、全ての事象は必然だと言える。
世界は死に、万物は絶える。
真界と呼ばれる、全ての中心であり祖である世界が滅びゆく。
それすらも、必然だと言えてしまえる。
それでも。
それでも、諦めない者はいる。
「――“弦創”!」
黒の奔流に匹敵するかと思うほどの膨大な弦を伸ばし、それぞれをこのホール内にいる魔術士全員に接続した愛詩は、誰よりも真剣な眼差しで声を伝える。
「諦めるにはまだ早いです!」
弦を通じて確かに届いたその声に、誰もが「そうは言っても」という反論を浮かべた。
いや、浮かべなかった者もいないではない。ただ、その者たちも迫り来る死の蹂躙をただ待っているだけだ。
「一人じゃ無理でも、力を合わせれば――足し算じゃなく掛け算なんです!」
しかしいくら乗算したところで、無限に湧き出る死には到底及ばない。
そんな不等式が脳裏にちらつくからこそ、誰もその声に賛同できずにいる。
「――私は“結実の魔術師”です。その私が、出来ると言っています。なら、出来ないのはあなたたちの、心の問題です!」
「出来ないなんて言ってないだろ」
いつも、こんな時にいの一番に立ち上がって見せたのは茜だった。その傍には、霊銀欠乏による眩暈にふらつく彼女を支える実果乃の姿がある。
「先輩を救えるなら、乗りますよ」
続いて、心もまた立ち上がる。彼女は諦観を決めていたわけじゃない。機を待ち、自らを守りながら霊脈を練り上げていたのだ――その身を、荒れ狂う霊銀の穢れに侵されながら。
しかし心はすでに一度、霊銀汚染に曝されている。その結果が右眼に新たに宿った霊基配列だ。だから彼女は、常識的な限界なら突破できると考えていた。彼女の身に余る才覚を自覚しているからこそ、そうすることが出来たのだ。
「まぁ、この面子だろうな――」
そして立ち上がる、四方月航――いや、コーニィド・キィル・アンディーク・レヴォルテリオ。
「殿下。私は殿下の剣であり、盾です」
「ああ——そういやそうだったな。忘れてたよ、出来ればずっと忘れていたかったけどな」
「コウ兄、俺っちも」
「お前は強制出撃だよ」
「はぁ!?空気読めよ、ちっとはかっこつけさせろ!クソが!」
こんな状況だと言うのに――コウは笑う。その在り得なさに呆れて、他の者からも仄かな笑みが芽吹く。
「これだけですか?」
「はぁ――これだから本当に、日本人は……働きすぎにも程がある」
アリフも。リニも。
立ち上がり、再び臨戦の意思を灯した。
「異端審問官――――足掻けよ」
奏汰と初も。
「……悪足掻き、ですか。……それもいいでしょう」
真言も。
「――新設チームに、いいところばかり譲れんな」
チームWOLFも。
「……土師さん」
はららは立ち上がれない。覆い被さるように守ろうとするRUBYメンバーたちを抱き留めることでその両腕はいっぱいいっぱいだ。
だから悔しそうに奥歯を噛んで、ただただ涙の零れるがままにしている。
「……わかりました。————いいですか、説明します。時間が無いので一度しか言いませんから、よく聴いていてくださいっ」
そして愛詩は言葉では無く、弦を伝う想念で以てそれを伝え切る。
知ったばかりの魔術士たちの一部は困惑に顔を歪め、その他の者たちは己が運命に思わず笑った。
「……クローマーク最高戦力が、盾、か」
「いいだろゥよ――やッてやる」
「了解、しましタ!」
「その代わり、決めてよねっ!」
「リニ――――」
「大丈夫です。覚悟なら、もう決めましたから」
「初、頼んだぞ」
「……間瀬さん、やはり僕がその役目を」
「“結実の魔術師”が言うんだ。何が正解か、判るだろう?」
「でも……っ」
「しかし――僕みたいなチビに“防衛役”とは……思い切りが良すぎるだろ」
チームWOLFの四人とリニ、そして奏汰は迫り来る死の乱流から魔術士たちを守り抜く“防衛役”が割り当てられた。
それはつまり、犠牲になってくれと言う死刑宣告に他ならない。
しかし魔術士たちはそれを受け入れる。
元より、死ぬしか無い未来だ。命を繋げられるなら、本望とすら思えた。
「中央の陣形、組んでくださいっ」
しかし何も防衛役たちは使い捨てなわけじゃない。彼らの皮膚を黒く塗り潰す、実果乃の【非実在性傷念】がある。
ここに来て実果乃のその異術は、実果乃のみを対象とするのではなく、霊的座標の繋がりさえあれば他者にもその恩恵を齎すことが出来ると知った。無論、それを解き明かしたのは愛詩の“結実”だ。
そして中央で仁王立つ実果乃の後ろには茜。黒い表皮を伝って吸収した霊銀を“無”へと帰す布陣だ。
それは確かに使い過ぎれば“無”へと誘われ、霊銀欠乏による無力化が待っている。しかし実果乃と繋がっているなら、足りない霊銀は勝手に向こうからやってくる。
「私は、司令塔ですね」
「はい――その眼で、未来を導いてください」
心は右眼に宿す【いつか視た希望】で6秒先の未来を幻視し、死の奔流の動きを愛詩が張った弦で防衛役たちに伝える役割だ。
この精度が高ければ高いほど、防衛役たちが稼働できる時間はより長くなる。より長く、死を遠ざけられる。
「阿座月さんは、足りない部分を補助してください」
「……任されたよ」
穢れ切ってしまって言霊は使えないが、彼の身体にはまだ万を超える字が宿っている。時には防衛役に加わり、時には動けなくなった者を癒し、そして隙あらば撃破役に加わる。言わば真言の役割とは遊撃兵であり、調整役だ。
終わりが近いですね。
→次話 5/2 22:00公開です。
宜候。




