Track.8-41「――終わりだ」
「くそっ、どうなってんだ!?」
迫り来る黒い奔流を避けながら奏汰は叫ぶ。
「どうも何も、この世の終焉ですと言いましたよね」
「阿座月真言、お前は何を知っている」
「何をって……この世の終焉です、としか言えません」
「そうか。この世界は滅ぶのか」
呟いた奏汰は、しかし真言の傍まで歩み寄り、その横っ面を殴り飛ばす。
「――こんなことをしても、何も」
「諦めんなよ」
地に膝をついた言術士は殴り飛ばした光術士を睨み上げる。しかし、より睨み付けているのは後者だった。
「大体、“諦める”って言葉が嫌いなんだ。言遍に、帝って――言葉の帝王が諦めるだ?違うだろ!ふんぞり返って笑い飛ばして、どうってこと無いって言ってやるくらいの意味持てよ!」
「……僕に言われても」
「お前に言ってるんだよ、言術士!言葉を扱う人間なら、正しく諦めて見せろよ!」
「……正しくですか――――成程、一理ありますね」
「……だろ?」
「ええ、本当に――――あなた方は、どうしようも無い馬鹿だ。僕も」
立ち上がった言術士はホールを睨み付ける。呆れるほどに溢れ返る、その黒い奔流を。
「ホール内部に突入します」
「だろうな。初、行けるか?」
「はぁ――行けないと言える場面じゃ無いでしょう」
「当たり前だ。足掻くぞ」
「はいっ」
「では、行きましょう!」
黒く塗り潰された指先に光を灯し、再度行使された【九字切】は新たに十二体の阿座月真言を紡ぎ出す。
「霊銀切れですが、盾にはなります」
「全く頼もしいな!」
そうして三人は、死の入り乱れるホールの中へと飛び込んで行く。
同時に――――渡り廊下の魔術士たちもまた、元凶を止めようとホールへと向かっていた。
「これはまた――盛大な宴ですね」
2ndチームとの死闘によりすでに虫の息であるアリフは、しかし屈することなく立っていた。
手にする霊器“アリフのクリス”は折れ、体内はもはや急性の霊銀中毒になりかけている。
リニもまた、四肢に偽装した邪霊の制御を半ば失い、その特性を解放できない状態にあった。
「呪術師、これがどういうものか解っているのか?」
「雇い主に聞き齧った程度で良ければ――ともかく、止めたければホールへ急ぐ他ありません」
「お前は行かないのか?」
冴玖に問われ、ふっと嗤った呪術士は答える。
「その前に、あなた方の仲間を閉じ込めている異界を開いた方が良さそうなので」
「それはそうだな。そうしてくれ」
「仰せのままに――」
そして2ndチームを見送ったアリフは、倒れそうになる身体を支えてくれる愛しい妹の苦しそうな顔を見詰めた。
「リニ……大丈夫か?」
「私は大丈夫です……お兄様こそ」
「リニが無事なら……私はそれでいい。だが、家に帰るのはもう少し後になりそうだ」
「……ホールに、向かうのですね」
「雇い主が諦めてはいない以上、私たちも死力を尽くすべきでしょう――本当に、日本人は勤勉で困る」
ふふ、と笑うリニ。貸し与えられていた肩を解放し、アリフは二つの肢で自分を支えた。
「この国に来て、本当に良かった」
「はい、リニもそう思います」
「ならば――帰り支度を済ませましょうか」
「はいっ」
死力を振り絞り、気力を捻り出して。
呪術士とその妹もまた、ホールへと駆ける。
その最中に、鎖した異界を解き放って。
「おィおィ、どういうことだッてばよゥ!」
「異界から解放されたみたいだけど……ここ、ホール?」
「大神さんっ!」
「冴玖。どういう状況だ?」
ホールの入り口にて合流した1stと2ndチームは、情報を交換しながらホール内部へと駆け込む。
殺到する黒い奔流に飲まれたメンバーもいたが、どういうわけか死んだ次の瞬間には生き返っていた。
「……どういうことだ?」
「解らん――ただ、」
「ただ?」
「人死には出ないらしい」
渦巻く黒い奔流の中心にいる、白く染まった人物に目を細めた一同は、あれこそが元凶だと歯噛みする。
しかしその傍に佇む、同じく白い――スーツ姿の魔女。
「あれは……孔澤流憧、か?」
「聞いた姿と合致はするな」
そして崩落した天井の瓦礫を押し退けて這い出てきた3rdメンバーも合流し、全ての警護員が揃った。
「圧巻だな、魔術士ども」
その表情に憤怒を刻みつけた流憧は、揃いも揃った魔術士たちを見渡して吐き捨てる。
「うるせえよ三下!」
「はぁ!?誰が三下だ――――おいそこのモジャモジャ頭!もう一度訊くぞ、誰が三下だぁ、はぶっ!?」
その顔面に、飛来した矢が突き刺さる。
「あなたに決まってるじゃないですか。一度殺されたんです、さっさと退場してください」
その矢を放った愛詩が、夷を背に柱のステージで言い放つ。
無論、矢はその場にいる流憧に対してのみ放たれたのでは無い――彼の持つ108の異界の全てに於いて、その核に向けて同じタイミングで108の矢は放たれ、核を穿っている。
それでもその度に、その死した身体からは黒い羽虫の群れが奔流となって湧き上がり、その身の死を奪い去って芽衣の身体へと殺到し、新たな黒い奔流が生まれるのだ。
「はぁ――――何度殺そうと無駄だ、弓使い。この森瀬芽衣という舞台装置がある限り、この世界に死は訪れない!私を殺すことは出来ないのだっ!あ、ごふっ!」
しかし死が覆されたとて、流憧の身体の内側で彼を蝕む霊銀中毒が消えたわけでは無い。そのために彼は折角夷から奪った“無”と“無限”の力を行使できず、ただただ苦悶に耐えそこにいるだけに過ぎないのだ。
そのことを見抜いている愛詩は、その場にいる魔術士全員に弦を伸ばした。敵陣の一人が放った弦に慄いたが、魔術士たちはそれが攻撃ではないことを知ると弦が伝える彼女の声に耳を傾けた。
『――時間を稼いでください。夷ちゃんがあの流憧に奪われた“阿摩羅”と再接続するまで……それまで持ち堪えれば、必ず、夷ちゃんが――――』
「成程ねィ。つまりあの、黒いうじャうじャと鬼ごッこッてかい?」
『あの孔澤流憧は放っておいても問題はありません。彼は今、あらゆる魔術を行使することが出来ませんから――でも、油断は禁物です。彼が霊銀中毒を克服したら、戦況は一気に変わります』
「ただ――――どうやってアレ相手に時間稼ぐんだ、って話だな」
魔術士たちはそれぞれの目でその黒い奔流を見上げた。
もはやホール内の空間は黒一色に染まっており、それらが降り注ぎ続ける観客たちの様相は死と蘇生を繰り返す、白骨と肌色とが交互に映るコマ送りの映像だ。
天井は見る影もなく、空間を隔てていた壁は用を為さない。
夜空に星の明かりは無く、それが夜空なのか覆い尽くされた黒い死の塊かすらも判らない。
『それは――』
「頼みの“結実の魔術師”様にも解らないとなれば、これはいよいよ幕引きですかね」
『アリフさん……』
「ふぅ――異界でも、ぶつけてみますか」
人が死んでいく。
物が死んでいく。
魔術が死んでいく。
概念が死んでいく。
ならば世界も。
「――終わりだ」
どこかで、そんな声が上がった。
彼らはホールの内側しか知らない。外の世界がどうなっているかを知る者はいない。
いや、知ることは出来る。つい先ほどから、無線式インカムの向こう側から聞こえてきていた音声が一切聞こえなくなっているのだ。それがどういうことか、考えれば想像がつく。
だから考えないようにしている。
考えれば、答えなどすぐに解ってしまうから。
ええ、終わりが近いです。
→次話 5/2 21:00公開です。
宜候。




