Track.8-37「魔術結社を創ろう」
「――これはこれは。何とも、規模の小さすぎる異界侵攻だのぅ」
空間をぶち抜いて、切り取られた宝物庫の欠片とともに座礁した俺たちの前に現れたのは、見たことの無い衣服に身を包んだ壮年の男だった。
腰に差した武器は俺たちがよく使う軍刀に似ている。が、おそらく霊器だろう――鞘に収まっても迸るほどの濃厚な霊銀がそれを物語っていた。
「……敵意は無い。事故だと思っていただければ」
率先して頭を下げたのはクロィズだった。俺も、レンカもケイもそれに続いて膝をついて頭を下げた。
「そりゃあそうじゃろうて――そうでなければ、その規模で攻めてくる道理が立たん。どれ、客人として丁重に扱おう。儂について参れ」
俺たちは本当に運が良かった。
俺たちを迎えてくれた人は、俺たちの話を聴こうとしてくれたからだ。
もしかすると――隣国の異界侵攻の中には、俺たちのように救援を求めて来ただけのものもあったのかもしれない。それを考えると胸がきゅぅっと縮み上がる思いに駆られ、苦しかった。だから、なるべく考えないようにしようと心に決めた。
「四方月龍月と申す」
「コーニィド・キィル・アンディーク・レヴォルテリオだ」
「殿下、言葉を」
「ああ、悪い……です」
溜息を吐き、しかし「構わんよ」と言ってくれた四方月さんに俺たちは自己紹介を続ける。
「クロィズ・ミローです」
「レンカ・ディウス・エゼマキナです」
「ケインルース・アルファム・ランカセスです」
「あー、うん。コーニィドに、クロィズに、レンカ、それにケインルース、で合っとるか?」
四方月さんはこの日本という国で異界侵攻に対抗する防衛機関の長を務める人物らしい。機関の名は“暦衆”――全員が斬術を修め、他にも様々な系統魔術に秀でる魔術士が集う、十二の隊からなる壮大な集団だ。
しかしこの世界に存在する防衛機関はそれだけで無く、そもそも世界自体がとてつもなく大きい――六つの大陸に千を悠に超える島々だ――まさしく“真界”と呼ばれるだけある世界だ。
「我々の世界もまた、誰かの創った世界なのですね」
それを聞くまで、俺たちは俺たちの世界こそが真界であり、どこぞの魔女が創り上げた異世界だなんて思ってもいなかった。
だから俺たちの世界に名前なんて無くて――もしかしたらあったのかも知れないけれど、きっと遥か昔に失われてしまったんだろう。少なくとも俺や俺たちは、聞き及んだことなんて無かった。
「白い法衣の人物か……男か女かも判らんのかのぅ?」
「多分あれは……男だった」
「なら思い当たる節は一人おるがのぅ――」
「本当かっ!?」
「殿下!」
「あ、悪い……」
「ほっほ、構わんよ。生きが良いのはいいことじゃ」
つい掴みかかってしまった俺の愚行を笑って許す辺り、本当に俺は運が良かったんだろう。不敬だって言って斬り捨てられるなんて未来もあった筈だ。
「しかし、法衣というところが引っ掛かるな。あやつの格好は白は白でも、白いスーツ姿じゃからな」
孔澤流憧――曰く、“惨劇の魔女”。或いは“異界表現者”。
日本という国が排出してしまった、最悪の魔女らしい。その所業を聞いたけれど、確かにそれが頷ける内容だ。
でも、そのイメージはあいつとは何となく違う、そんな気がした。
「だろうのぅ――孔澤流憧はあくまでも異界を創りし者。そのような得体の知れない技術だか魔術だか兵器だかを使って、他の異界を壊すようなことはしない。いや、少なくともこれまでの孔澤流憧はしておらんかった」
「そうですか……」
「時にお主ら。これからどうするつもりじゃ?」
「これから――――」
そう問われてはっとする。
俺たちには、もう帰る世界は無い。
「――復讐を」
「ほう――悪鬼羅刹に成り下がるか」
馬鹿げているとは解ってる。でも、俺はそれをやらなければならない理由がある。
「あいつはあれを、複製体と言っていた。つまりあいつの手の内には、まだまだあの力があるってことだ」
「あの黒い泥の力が?」
「ああ、そうだ。――アイツを止めなければ、俺たちの世界みたく、他の世界がどんどん滅ぼされていく。それを黙って知らない振りなんか俺には出来ない」
「何故?お主らの世界は滅ぼされた。つまり、知らぬが仏を決め込めば、もう二度とお主らには与り知らぬのでは?」
「――――俺は、車輪の公国の王子だ。俺の祖国は気高く、誇り高く、友愛と義憤のために戦ってきた国だ。小さくとも、間違った思想には決して屈しなかった強国だ。その国の王子である俺が、その遺志を継がないで王を語れるか。国を背負えるか」
「いいだろう、知らぬ小国の王子よ。ならば手を貸さぬ理由は無い」
にやりと不敵に笑った四方月さんは、戦士の圧を俺たちに向けた。きっとこの人は、幾多もの戦場を生き抜いてきた人なのだろうという凄味と、厚みがあった。
こうして俺は、四方月さんの元に預けられることになった。
レンカも、ケイも、四方月さんの伝手でこの世界の住人の元に預けられることになった。
クロィズだけは大人だから、自由に行動できるよう誰かの預かりじゃなかったけれど、でも本人もその方がいいと首肯していた。
「あー、必要な書類やら手続きやらはこちらでやるからのぅ。一応心配せんでくれ」
「有難うございます」
「礼には及ばんよ。異なる世界とは言え、世の中“持ちつ持たれつ”――儂らがやばい時に援けてくれりゃあええ」
「ええ、その時は、必ず」
俺は四方月家の分家筋の人間、四方月航となり。
レンカは眞境名家という家の眞境名連歌となった。
ケイは大神家という家の大神景となり。
クロィズは和泉緑朗となった。
生きるためには稼ぎ口が必要だ。幸い俺たちは全員が魔術士で、そして復讐者だった。
それを遂行するのに最も効率が良い方法を、何日も何日も考えた。異なる環境で生活をしながら、異なる文化や文明に驚きを隠せないながら、ずっと―――—
そうして俺は20歳になり、レンカも20歳になった。ケイは漸く15になり、クロィズは37歳になった。
その方法を弾き出したのは、俺とクロィズだった。
「魔術結社を創ろう」
「奇遇ですね。私もそう、進言しようとしていたところです」
四方月さんの力を借りて隠匿していた宝物庫の秘宝を眺めながら、集まった俺たちは魔術結社について話を広げる。
最終的な目標は“白い法衣の人物が放った黒い泥を打倒する”であり、そのためには戦力が必要だ。つまり、戦力を保持できるような集まりじゃなければ意味が無い。
「この国には魔術を用いた警護を請け負う会社があると聞きました」
「それだ!」
「コウ、魔術を民間人でも展開できる道具の開発ってのはどう?そしたら私みたいな非力な魔術士でも戦えるよね?」
「それもいただきだ!」
「民間魔術企業の設立――この世界では“魔術学会”がありますから、設立にあたり法的な援助はしてもらえるそうです」
「渡りに舟だな!」
その最終的な目的は後ろ暗い感情にある。それでも、新しいことを始めるのは楽しい。
その二律背反に悩むこともあった。
でも、この世界は俺たちには眩しすぎて、暖かすぎた。いつの間にか、本当にこの世界が俺たちの故郷になってくれたらいいのに、なんて――――
あと1話で、航の、いやコウの物語も終わりですかね。
さぁ、どんどんクライマックスは進んでいきます。
→次話 更新日時未定とさせてください。
宜候。




